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(^_-)-☆残念な振りでいい [インドネシア]

 2448 ジャカルターバンドゥン高速鉄道、ジャコウィさんが大統領になってから、既に、中国に傾いていたと思う。だから、中国に決まっただけだ。そして、日本は、残念と意思表示をしたらいい。私は、よかったと思う。この高速鉄道のルート、ジャカルタから東に向かい、どこから、南東に向かうのでしょうか。南東に向かったところから山岳地帯に入る、バンドゥンの街に入る直前まで山の中である。まさか、スバンを通る筈がないから、プロワカルタ、チプラランの高速道路より手前まで、地価の高い土地を通る、買収や補償問題が先ず立ちはだかる。高速道路沿いのその後はトンネルと橋の連続になる。資材運搬道路も山の中、難工事が予想される。高速道路が未だに、全線、陥没の改造工事が尽きない。

車で2時間半の距離を、高速鉄道で、途中駅に止まらなければ、40分くらいでついてしまうが、目的地の駅までと、駅からの時間プラスすれば、車での所要時間とそう変わらない。車の通行量は、バンドゥンを通りすぎて、終点ゲートまで行ってもせいぜい6万Rp(500円)である。高速鉄道の料金を幾らにするのでしょうか。多分20万Rp以上になるでしょう。飛行機は50万Rpくらいです。建設費は予算より遥かに高くなるだろうし、利用者は少ないだろうし、採算が合うとは全く思えない。大赤字間違いなし。

インドネシア人は列車や飛行機を利用するより、自分で運転する方が好きである。日本は、チレボンからスマランまで繋げることと、ジャカルターチカンペック第二ジャラントールを早期着工に向けて、運動した方がいい。
日系企業が車やバイク利用者のためにも協力して、インフラ整備の手伝いをした方がいい。安くて、効果的だ。ジョコウィさんも賛同すると思う。それと、スマトラのランプンからパレンバンのジャラントールも急いだ方がいい。そして、スラバヤのスラマドゥ橋のように、ジャラントールもバイクが走れるレーンを作ることを勧めたらどうか、絶対受ける。ガソリンスタンドもショッピングモールなどの駐車場もバイク専用があるくらいだから、これが、本当にインドネシア人が求めるところだと思う。
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0403.html
西部ジャワの地図です。
そもそも、このルート自体が変、バンドゥンは、日本で言うなら、東京から甲府に向かう山の中ルート、その後、チレボンへ向かうならやはり、山の中、途中、駅を作るような都市はない。スマランまで、日本で言うなら距離的にも名古屋である。東海道新幹線を作らないで、中央新幹線を、先ず、甲府まで敷こうというもの。変ですよね、バンドゥンなどに行かないで、ジャワ海沿いの平坦な土地を通って、スマラン、スラバヤ(距離的に大阪)までなら、採算に合いやすいだろうし、利便性もある。こんなことが、インドネシア政府は分からないのだろうか、日本も、提案したらいいと思う。事実、バンドゥンとチレボン間は、現在の鉄道も繋がっていないし、高速道路も、全く、計画していない、また、ジョクジャカルタ方面にも計画さえない。山の中だし、必要性が乏しいからだ。ジョクジャカルタはスマランと繋げれば、充分だし、途中まで、高速道路ができている。

日本政府、日系企業に提案でした。重ねて、ジャカルターバンドゥン高速鉄道は絶対に大赤字になります。そして、強引に、その後、スマランまで繋げれば、なお、大赤字になるでしょう、だから、繋げないでしょう。中流以上の階級が利用するだけです。
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タシクマラヤとバンドゥン間のバイパス的道路のトンネル?風に開かれた場所、と、それに沿っている現在の鉄道。高速鉄道はこんな場所がほとんどになる。


タグ:赤字 高価 高架
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(^_-)-☆パディ ブラス ナシ [生活]

 2447 Padi Beras Nasi稲、米、ご飯の事です。表現が細かいことは、米が主食だという現れです。お米の種類は大変豊富です。産地もインドネシア全土に広がっています。灌漑用水が安定している土地なら、二期作どころか三期作も可能だと思う。しかし、実際には、乾季、雨季があるので、そのタイミングで二期作の場所が多い。
インドネシアのお米は、長粒で、硬い、粘り気が無い、パサパサしているので、ナシゴレンには向いている。それでも、最近は、甘くなってきていると思う。そして、粘り気のある米も増えてきている。作者の名前や炊き方や保存の仕方を印刷してある袋も多くなっている。実際、私は、ローカル米しか食べない。炊く時に水を2.5倍にし、普通に、インドネシア製の炊飯器で炊いていて充分美味しいと思う。感触も日本米とあまり変わらないように思う。日本に帰った時に、勿論、日本国産米を食べるが、それほど、変わらないように思う。

多くの日本食レストランへ行くわけではないし、高級レストランへは全く行かないが、私が行くレストランでは、長粒米が出される。日本米やもち米を混ぜていない。過去には、そういう店もあって、味や食感を日本米に近づけているという店もあったらしいが、今はその必要がないと思う。今もあるのかな?
日本食レストランでは、ご飯は、茶碗に入れられてでてくる。お箸で、掬えるが、多くの場合、かき込む。それ以外のレストランでは、皿に、ほぼ、平らに広げて、もられるが、茶碗にギョット詰めてから、それを、ひっくり返して、山にして出す店も多い。これらは、箸で食べるのは難しいから、サジやフォーク使う。これが、インドネシアスタイルだと思う。
ぐっと握ればおにぎりもできるが、食べる時が難しい、海苔を一部に巻いてあるだけでは、ちょっと噛めば、全体が崩れてしまう。日系コンビニのお握りは、かなり、水を多くしてじっくり炊くなどの工夫をしていると思う。

私自身には、インドネシア米で充分、銘柄にもこだわっていない。美味しいと思わないし、まずいとも思わない。要する、ブラス、ナシなら何でもいいのです。にごり酒を作るにしても、インドネシアの安いお米で充分である。

 サウジへ行って死んだ人は、今年も多いと思う。クレーンの倒壊、踏みつぶされなど含めて、今季は今まで1600人以上現地で亡くなっているという。その場?その近く?に埋葬されてしまうのですね。埋めてしまうまでの時間制限があるのですね。自分の国、土地に戻れないのですね。なぜ、そうしなければならないのでしょうか。イスラムには、私に理解から程遠い、決まりのようなものが沢山ありますね。アッラーさん?モハンマドさん?いろいろな考えで、そうしなさいと言っているのでしょうが、皆さん、納得しているのでしょうか。理由を聞いても、皆さん、説明できない。ウスタッの説明も歯切れが悪く、本人が納得していないようだ。

ご飯をもっと沢山、Nasinya lebih banyak(sedikitすくなく).ナシニヤ ルビー(レビーではない) バニヤック お代りtambah タンバー 二倍 kali dua カリ ドゥア 半分 setengah ストゥンガー(セテンガーではない) 盛る Melayani mangkukムラヤニ マンコッ お椀 ボウル 丼に 田んぼ Sawah 
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今回、パンガンダランの写真集です。ラフレシアの写真がありません。その代わりに枯山水が一杯あります。
http://otaenplaext.net/newpage85.htm


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(^_-)-☆ランチャール [旅]

 2446 順調という意味です。仕事や交通などによく使います。
一応、四連休の最終日なので、午後の渋滞を避けるために。6時には、パンガンダランを出発した。家に着くまでランチャールでした。
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道中は順調で、途中10時過ぎに、レストランに依って、本当に、久しぶりにイカン グラメのゴレンを注文した。イカン マスと共にインドネシアでは代表的な淡水魚です。ナマズと共に、ほとんど100%養殖です。日本人にとっては、ちょっと臭みを感じると思う。インドネアシア人は一般的には、サンバルと共に食べる。私はケチャップ マニスを付けて、臭みを消して食べる。美味しいですよ。ゴレンにした時の盛り姿を各レストランは工夫する。立体的な姿にする場合も多い。バカールかゴレンで食べる。この一匹をたいらげた。ナイギレン半分を頼んで食べて、5万Rpでした。
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棕櫚(シュロ)を知っている日本人は相当の歳より、私の家は荒物屋でした。箒や羽毛を売っていた。藁や竹で作った者より高給で、庭ではなく座敷で使われていたと思う。その材料は、シュロと言っていた。南国から来た材料ということも知っていた。実際、収穫や集積を見たのはインドネシアでした。ヤシの木、全てかどうか知らないが、椰子の木のような木の高いところの葉っぱの付け根辺りに、こんなものがくっついている。タシクとチアミスの間の山道に脇に積まれているのをよく見かける。今でも、インドネシアからかどうか知らないが、輸入されたシュロで色々なものを作っている人もいると思う。
以前、私は、箒と羽毛と玄関の敷き物を日本へ土産として持っていたことがったが、飾られているだけだと思う。
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旧日本軍が作らせたと思われる鉄道用の橋、今使われている物と、使われていないもの、信じられないと思うが、この小さな橋の事を近所の人は、テッキョウと言っていた。食事時間を込みで8時間掛からない2時前に家に到着、洗濯をして、疲れて直ぐに寝てしまった。起きたのは19時を回っていた。同じことをしていても、ゆかれ疲れ方は、増しているようだ。と思いながら直ぐ寝てしまって、目が覚めたのが01時を過ぎていた。

そろそろ、最後と思いながら、又、行ってしまったパンガンダランでした。雨季に入って暫く、ということは、12月の初めに、また、行けたら行ってみようと思う。それとも、コタキナバルへもう一度か。
  

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(^_-)-☆歩きまわる [旅]

 2445 特にいってみたいところもないので、パンガンダランの首根っこの部分を歩いて回ることにした。いつも、車でスッと通り過ぎてしまうので、ゆっくり、様子を見ることはなかった。網の目のように張り巡らされた道の全てに、ホテルやロスメン、プンギナパンがあり、コソン(空き室)の札が出ている。車ではすれ違えないどことか、入ることができない、狭い道の奥にも、泊る場所がある。
 土産物屋も同じだ。体を横向きにしなければ通れない道にもある。それでも、まだまだ、増えるようで、建設中、増築中の施設が目に入らない場所はない。
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 東海岸の地曳網は、毎朝、海岸道路を塞ぐようにして引いている。10年くらい前まであった海岸が消失してしまって、こんな状態になってしまっている。
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 西海岸は昼間でもととろどころで地曳網を引いている。500mのロープだそうだ。2時間半掛かるという。収穫と言えば、気の毒に思うほど微々たるもの、大きな魚はいなくなったという。
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ライフガードの事務所へ久しぶりに行ってみた。2006年だったと思うが、津波が押し寄せ、500人ほどの犠牲者を出した。その時の様子の写真が多く張られていた。私たちは、こんな活動をしているという表示だ。イピン君、彼とは、10年以上前にチャガールアラムへ一緒に入ってラフレシアを捜しまわったことがあった。彼が、説明をしてくれた。私が、ライフガードのユニフォームのスポンサーの一人だった事も、彼は、覚えていた。

  昨日の夕方とは打って変わって、人が湧き出していた。本日、夕方6時前の西海岸の人出です。凄いでしょ。泳ぐ人は一人もいない。少数に人が、発砲スチロールの板で、戯れているだけ、他の大多数は、写真を取っている。只、立っている。単に眺めている。砂遊びをしている。男も女も日本で言う水着を着ている人は一人もいないし、ジルバブをしたままの女性が多い。
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こういう雰囲気の中で、海岸端でじゃれているインドネシア人を尻目に、私だけが、沖へ向かって、泳ぐことが多かった。100mくらいまでは水が引いた時には足が付くほどの遠浅だが、沖で泳ぐことは禁止なっている。私は、ライフガードに断って、2~300m沖で、プカプカ浮きながら、海岸に沿って泳いでいた。パシール プティーへ向かうボートが時々、私の傍を通る。それを、監視していて、もし、助けを求めたら直ぐに救助に来るように頼んであった。一回だけ、頼みもしないのに、数人が、私に向かって、競争をするように、向かって来た。私は、もっと、沖へ逃げたが、直ぐに捕まってしまった。訓練のつもりだった。彼等は直ぐに海岸に戻ったが、私はゆっくり戻った。そんな事も、イピン君は覚えていた。今は、流石に、足がつることを心配して、沖へ出ることはしない。
   

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(^_-)-☆会えなかった [旅]

 2444 チャガールアラムを四時間ばかり歩きまわったが、ラフレシアに会えなかった。残念ながら、私の匂いセンサーは、反応しなかった。ガイドも一度も感じなかった。それでも、経験で、今まで、会ったことがある場所で、又、会える確率が高いことが分かっているので、何か所かで、匂いを求めて、登り降り、かき分け,かき分け、滑って転んで、付き指をし、すり剥き、頭を打ち、72歳近い、じいさんがやることではないなと思いながら、捜しまくったが、ついに、恋人にまたもや、会えなかった。期待は見事に裏切られた。蕾の小さいものをちらっと見た。 
Ini Peta Pangandaran Orang Pangandaran silahkan print dan copi
http://otaenplaext.net/newpage22.html
パンガンダランの地図、 Map of Pangandaran
http://otaenplaext.net/newpage33.html
Saya ketemu 10 lebih Raffresia Patma di Cagar Alam Pangandaran. 16 tahun yang lalu pertama kali masuk situ. Sujak itu 60kali lebih masuk.. Saya ketemu bunga bangkai begini banyak adalah pertama kali. Silahkan lihat photo saya. Arigatoo

枯山水になっていた。聞くところに依ると、本当かどうか、3カ月以上、一滴の雨も降っていないという。完全に乾燥していて、枯れ葉もかさかさで、滑り安い、沢という沢は全て干上がっていて、オタマジャクシもミイラになっていた。パナンジュン滝、完全に、水が消えていた。以前、雨季の時の水量が異常で、こんなことは、初めてだと書いたことがあるくらい、見たことが無かった場所に滝が現れていたことがあったが、今回は、その真逆で、今まで見たことがないほどの乾燥状態だった。歩くところも地割れが多かったし、普段は歩かない、枯山水の沢を歩いた。
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乾季の方が、会える確率が多いし、咲いたラフレシアは若干長持ちをすると聞いている。しかし、乾季も終盤、余りにも感想が厳しいのでラフレシアも蕾の内に枯れてしまったのでしょうか見つけた一つの蕾の隣に枯れた蕾がくっついていた。

どうも、人出が今一の様で、今日の夕方、サンセットの頃も閑散としていたし、泊っているホテルもガラガラだ。パサールイカンの前を夕方通ったが、ここも、駐車している車が少なかった。
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東海岸のサンライズ、西海岸のサンセット
 

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(^_-)-☆パンガンダラン [旅]

 2443 スコットランドとの試合、12-7まで見て、ペナルティーをたくさん取られているなと思っていた。そこで、見るのを止めて、パンガンダランへ着いてから確認した。何と、大負けでしたね。7点の後、3点しか入っていなかった。これも、又、ショックでしたね。
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オジェックの詰め所にも誰もいない。昨日夜中までドンチャン騒ぎをして、今朝は、明るくなってからモスジッドへお祈りに行くのです。
早朝、出発、犠牲祭で今日は休日、明日を休みにして、4連休の会社も多い。一か月前までは、この連休に、会社を引っ越すことになっていたが、止めになったので、パンガンダランに行くことに決めていた。この前は、いつだったでしょうか。4月1日からでした。以外に道は空いていて、所々の道端近くで、カンビンやサピをさばいている姿が見られた。その、通りがかりも、渋滞にはなっていなかった。多分、イドゥル アドゥハの一連の行事が終わって、昼過ぎから、出発する人が多いと思う。午後は各地で渋滞したに違いないと思うのだが。

ここパンガンダランは、昼過ぎでも人出は閑散としていた。到着が夕方過ぎの人が多いと思う。滞在しているホテルも昼は、私一人だけだった。夜になっても、30以上ある部屋、私以外は入っていない。
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そして、夕方の西海岸、人っ子一人いない。

気になる。ちょっと、解せない現象が起きている。普通は、600前後、最低200位、最高でも1000回はいかないコネクトがある私のブログ、18日3100回、23日4000回のコネクトがあった。その前後は、やはり、600回前後である。8月に一回1100回、7月には1100回以上が三回あった。それでも多いと思っているのに、今月は、3000回以上と4000回以上である。異常である。特に、多くの人が検索したがる言葉があるとは思えない。どなたかが、私が書いたことに興味を持って、全部に近い文章を一日の内に、開けて、目を通しているとも思えない。何が何だかわからない。

サウジへのハジ、また、また、大事故ですね。密集した群衆が、なぜ、パニック状態になるのでしょうか、聖地へ行ってお祈りをしているのに、踏みつぶされ、押しつぶされ、殺されてしまう。これも、異常ですね。クレーンが倒れて、百何十人も亡くなり、見舞金二千万円近い金額を、サウジの政府が遺族に渡すという話があったばかり、今回は、今のところ700人以上の犠牲者、見舞金はどうするのでしょうか。誰の責任にするのでしょうか。今日は、犠牲祭、本来は、人間が犠牲にされたのを、動物に換えたらしい。今回は、人間が犠牲になってしまった。聞くところに依ると、過去にも何回も圧死事故はあったらしい。大勢が集まる場所には、いかないで、遠巻きの位置にいた方がいいですね。


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(^_-)-☆居心地インドネシア [生活]

 2442 PT,ENDOTA SINAR INDONESIAのカンパニー プロファイルです。
http://otaenplaext.net/newpage66.html
ダイレクターが交替し、その新ダイレクターが、会社の責任者になりました。Frensi(フレンシ)君です。コミサリスのエンダンさんの義理の弟です。押出成形というより、製造業は全く素人ですが、事務関係は経験が豊富で、客先や供給者への対応は、前任者のようなことはあり得ないと思う。英語力は充分です。

1996年8月に初赴任して以来、19年を過ぎた・その間、どのくらいでしょうか、日本の会社でも仕事をしたことがあるので、実質は17年くらいだと思う。53歳から72歳である。マダ、終わった分けではないが、そう長く居続ける分けにも行かない。あと、何カ月?何年?
ところで、自覚が無かった時期も含めると、パニック障害に掛かった期間は1年半ほどだったと思う。大変な目にあったが、それを克服し、インドネシアに居続ける理由は何でしょうか。

先ず、仕事、押出成形の仕事、新しい製品、インドネシアでは誰も手掛けていない製品を作り出すことに喜びを感じている。出来あがって、客先に提供した時の快感は、日本でも、インドネシアでも、歳を取っても同じこと、チップインバーディーを取った時の喜びだ。一年に何回か、数回はない。
次が、インドネシア人に私の技術を伝える事、そして、押出成型への取り組み姿勢を伝えることです。製品をできるかどうか自分で判断し、引き受けたら、全て、自分の責任で製品を作らなければならない。技術を売るのだから、営業するにも樹脂に知識や技術を持っていなければならないことは、言うまでもない。それらのことが、私に合っているので面白い。止められない、止まらまい。

気候が合っている。日本の家は静岡市だが、温暖で住みやすい地域、街だと思う。夏、35℃をこえることはまれである。冬、零下になる日は少ないし、なっても、せいぜい、一度か二度である。雪はほとんど降らない。そんな場所でも、私にとっては、暑すぎるし、寒すぎる。住みにくい。その点、インドネシアは、30℃以上になる事は希だし、寒く感じる時でも明け方の高地で20℃くらい、雨季のジメジメだけが気に入らないが老人の体にとっては優しい環境だと思う。デング熱や鳥フルなどを気にしなければ、快適だ。蚊の襲来には、参ることがある。

エンダンさんの会社を軌道に乗せなければならない。アブドゥールをダイレクターにしたのが大間違いだった。1年を無駄にした。新ダイレクターになって、ゼロからではなく、マイナスからのスタートやり直し。直ぐに、出て行ってしまうわけにいかなくなったが、方法は、色々あるので、考えようと思う。これは,居たいという理由ではなく、いなければならないという理由になる。
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引取機と自動カッターの様子を見ながら、近くの押出成形会社に寄ってみた。この会社は、PT,T社の工場長だったWさん(つい、一か月前ほどに、15年勤めた会社を止めてしまった)が5年前から弟にやらせた押出成型工場だ。そして、今は、この会社に来て、アドバイスをしている。この人も私の生徒の一人だ。この工場の金型も、私が教えたものを使っている。PPパイプの成形では、こんな場所にも、私の影,足跡があるのです。
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この会社に至る道。工業団地ではない、バラックのような住宅が並ぶ一角にある。この道の向こう、右側に押出7ラインがある工場があります。前まで行って、中をのぞかないと分からない。主に、軟質塩ビの異形品やチューブを作っている。
 

タグ:独立 生徒 足跡
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(^_-)-☆やはりすごい [思うこと]

 2441 先ほど、日本と南アのラグビーの試合を最初の選手紹介から最後までの映像を見ていた。本当に互角に試合をしていただけでも凄いと思うが、最後のロスタイム?四分間ぐらいの日本の攻撃は、圧巻だった。攻めに攻めまくっていた。つい、見いってしまった。同点のPKをしないであくまでトライ、逆転を狙っていた。最後、右端から三回のパスで左端、ギリギリに見事にトライ、分かっていても、見る度に、気持ちが高ぶる。解説者もアンビリーバボーを連発していた。歴史的なミラクルだとも言っていた。南アの選手がロッカーで、頭を抱え込んだまま、動かないのが気の毒に見えた。
実力が本物かどうか、次のスコットランド戦でわかる。明日の何時頃でしょうか、また、感動させてほしいものです。
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久しぶりに、何も事件が無かった。というより、客先やサプライヤーと会話をする機会が無かったから、何もなかったのかもしれない。

ところで、ある客先から、今使っている原料PPをHIPSに換えてほしいという要望があった。趣旨が理解できない。比重はPPより12%ほど大きい。使う場所、使い方でHIPSの方が向いているとは思えない。一般的に原料を換えるメリットはコストダウンだ。それにも関らず、製品が重くなるので、原料価格が同じなら、原料の分、製品が高くなる。客先が持っていて、それを使ってほしいというのです。デッドストックになっているから、消化したいのかもしれない。でも、不思議だ、成形会社ではないから、他の射出のサプライーに支給か売っていたのかもしれない。そこで、10%とか20%乗せて我々に売りつけて、そこで、ちょっと、利益の足しにしようと思っているのかもしれない。

他の商社から、見積もりを取ってみた、やはり、客先からの価格より10%以上安かった。それにしても、何のメリットがどこにあるのでしょうか。解せない。とにかく、サンプルを提出し、製品の見積もりも二本立てで出すが、現在より高くなる。

以前、客先が指定した原料を客先が購入して、それを売りつけて、見積もりを出させ、ある程度生産が軌道に乗ってきたところで、原料の価格を上げてきて、原料値上げ分だけの製品価格アップで見積もりを出すように言って来た。100%の歩留まりで製品ができれば、それでもいいが、100%でできるはずが無いということは、値下げをさせられたことになる。こんな姑息な、子供だましのような事をする客先もあるのです。今回も、原料の値上げ分の値上げだけ承諾するに違いない。こちらにも手段は有る。同じ原料を、他から安く買って、それも使い、歩留まりを100%以上にして納品するのです。客先の受け入れ担当者はそこまで、製品重量と売った原料重量をチェックできないのがインドネシアです。
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まだ、一人の生活が大丈夫のバロメーター、梨やリンゴなどの皮むきを途中で切らないですることができる。片足立ちで、ソックスを履く事ができる。などがある。それらはできるのだが、今日、会社にラップトップのバッテリーチャージャーのコードを置いて帰宅してから気がついて、会社へ取りに戻った。ショックだった。というのも、先週の金曜日の朝、会社へ到着してから、家に置いてきてしまったことに気が付き、昼前に家に取りに行った。注意していたつもりだったが、失敗を繰り返したからだ。


タグ:感謝 感動 歓喜
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(^_-)-☆見積もり見直し [押出成形]

 2440 非常に常識的な話。Rpで取引している場合は、定期的に価格の調整をする事。そういう、取り決めをして置くのが常識。
PCやPA,輸入原料を使った製品は、買いがUS$なので、売りもUS$でお願いしていたが、最近は、全てRpでの取引にしなければならなくなったようだ。最近は、その時のレートで自動的にRpに変換して、支払ったり、請求をしたりしている。毎回、金額が変わるわけだ。
ところが、中に、元々US$で価格を出したが、客先の希望で、Rpで見積もりを出し直し、その時の価格をずっと変えないで取引していた製品、客先がある。当時のレートが1万Rp=1US$、それが、今は、1,4万Rp=1US$になってしまっているのに、前ダイレクター、そのままの価格にしていたので、注文を受ければ受けるほど損が増えるようになってしまっていた。
今朝、その、客先へ行って、価格の見直しをお願いしてきた。客先も、分かっていて、他のサプライーは半年に一度、定期的に、価格を見直しているという。それが、当然なのに、そういう、ルールを作っていなかったのでした。客先も分かっていて、見積もりをし直すことを承諾してくれた。20%以上も変動しているのだから、赤字でずっと売っていた。客先からは、何の話もないことは当たり前だった。

見積もり明細について、これも、一般的だが、客先は求める。価格の内容を知っておきたいからです。製造に使う装置の固定費や生産速度、単位時間にいくつできるかなど、変動費というか、その製品を作るから必要とする物の費用、例えば、原料費、梱包費、後加工、仕上げ加工などがあれば、それらの費用、これらを一枚の表にして提出を求めてくるのが普通ですね。プラスチックの射出成型の世界では、何トンは幾らというように、使う成型機の固定費の相場が決まってしまっている、それは、インジェクション屋さんが腐るほど沢山あって、それも、技術の勝負ではなく、価格の勝負になっているからです。厳しい世界ですね。健全な経営をしている会社はそう多くない。
その点、押出の場合は、固定費の相場がないので、最終価格に合わせて逆算で、それら個々の費用を出しやすいし、指摘される事もない。輸入していた時との比較だけである。明細は形式的なものになる。今回、その明細も求められた。
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デルタシリコン5の会社を訪問して帰宅途中に高級住宅地がある。リッポチカランの奥の方に当たる。私には全く、縁のない場所だ。一戸建て、家賃20~30万円だそうだ。
 

タグ:固定 変動 改定

(^_-)-☆自慢は一つだけ [思うこと]

 2439 アン ビリーバボー ラグビー日本、感激した。 
インドネシアに仕事で来ている、或いは来ていた日本人の中で、私が一番だと思うこと。多分です。
1 プラスチックの押出成形の知識と技術。
2 押出原料として扱ったプラスチックの種類の数。
3 車でインドネシア内を自分が運転で走った距離。
4 インドネシアで作られている押出成形品で私が最初にメイドインインドネシアにした数。
5 ブンガバンカイ(ラフレシア)に会った回数。
6 観光で、インドネシアの端から端を旅し、尋ねた先の数。
7 パンガンダランとヌサカンバンガンへ行った回数。
8 ジャバベカゴルフでプレーした回数。
9 ネットに投稿している日本語の文字の数。
10 カキリマで食事をしたり、ブンクスをしてもらったりした回数。
11 ドゥリアンやチュンペダックCempedakを食べた量。
12 現在の生活費の安さ。
他にもありそうですが、このくらいしして置きますが、この中で、私がちょっと自慢できるのは、1の押出成形の知識と技術だけです。他は気ままにやっているだけで、他人や他国のためにはなっていない、自己満足の世界ですが、押出しに関しては、多くの他人も満足してもらっている。そして、1があるから2以下の事が全てできるのでした。

インドネシアに限らず、日本でも、私が一番先に作った、であろう製品がいくつかあります。例えば、コイリングチューブ、今はウレタンが多いようですが、最初はトーレの12ナイロンで作りました。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage024.html
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage028.html
エッジング、グロメット、押出自在ブッシュなど、今でも電材屋さんのカタロブに乗っているでしょう。
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0201.html
スパイラルチューブもLDPEとN6で作りました。これらは、47~8年以上前の話です。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage5.html
インドネシアでは色々ありませが、何といっても、車やバイクのコントロールケーブルシステム用の細いチューブです。HDPEとPOMが原料です。HDPEは架橋処理をします。これができるかと聞かれた時に、ポリカペンダントのPCの細いチューブを作った時の方法から、なお工夫すればできると思った。今は、私が提供した技術を使って、一か月100万メートル以上作っている。
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この新築住宅、エコ住宅と謳って売り出している。ここの他にも、ゴルフ場の周囲に、入居していれば、メンバー扱いになるという住宅が一杯ある。内部の設備は、直ぐ生活できるように、すべて整っているはずで、家賃は一か月20ジュタ(18万円くらい)。これが、リッポチカランやジャバベカでは相場だと思う。インフレがきつい。入居する日本人がいるのだから、値下げをする必要はない。私の家賃は10分の1だ。
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ジャバベカゴルフのレストランで食事をした。ここのソッ ブントゥットゥである。私の舌に合っているが、高い。自分で作るに限るが、牛の尻尾の値段は高い。
 

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