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(^_-)-☆心配 安心 [思うこと]

 2784 この時期、私が一番心配することは、従業員の給料を問題なく払うことでできるか、である。この頃の毎月末近く、通帳の残高は、150ジュタ残っていれば、25人ほどの給料は安全だが、100ジュタを切ってしまう。頼みは、先月末に出した請求書の金額がいつ降りこもれるかである。条件が、月末締めの月末受け取りになっているので、月末までには、必ず入金されることになっている。月末支払いの給料が出せるかどうか微妙な状態になっている。ということで、気持ちは、月末ではなく、その二、三日前に、振り込んで貰えたらな、である。
そして、月末、二、三日前に、アカウンティングに、ATMで残高をチェックしてもらう。入っている!! 取引先のうち、日系企業は、月末待たず、27,8日には振り込んでくれる。中には、お願いすれば、一週間前でもなんとかしてくれる。有り難い。ローカルは、場合によっては催促をしないと月末でも払ってくれない、コレアは、丁度、月末に振り込んでくれる。流石、日系企業のおかげで、毎月、安心して給料を支払えている。昨日、十分な金額が預金残高にあることを確認した。私の報酬も、安心して受け取れる。ただし、コミサリスや私からの借り入れを返すまでにはいっていない。

利益は出ているが、修理費や原料費の前払い(未だに、支払いを先にしないと原料をだしてくれない商社ある)設備投資などで、毎月残るお金は少ない。また、来月には、引っ越し費用という、特出金があるし、ディスカカル関連も、申請や許可収得の出金もある。
ラマダン、レバランの関係で、稼働日数が極端に少なくなっていたし、一日の稼働時間も少なくなっていたので、6月7月の売る上げが落ちていた。なかなか、楽はできない。
8月の売り上げは、急回復、月として最高の売り上げになった。来月末は楽にあるぞ。予定通りなら、引っ越しだが、その時に、資金の心配をする必要はないはずだ。9月の受注もほぼ8月と同じだが、四日ほど製造が出来なくなるので、作りためをしている。
心配をするなら、10月からの支払いだ。新工場のローン、移転費用、設備投資がどれだけになるか。
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何回か改築しているが20年以上前からあるポンパ ベンシン 現在プレミウム(レギュラーガソリン)の価格は45円くらいだ。
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ジャラントールのブカシバラット インターチェンジの直ぐ脇に建設中にショッピングモールなどの総合施設、地下二階まで掘り下げている。この辺り、建物の外に駐車スペースはないから、大規模ちじゃ駐車場を作るんでしょう。
  

タグ:安心 心配 信頼

(^_-)-☆TRIM [押出成形]

 2783 二台あるラップトップの一台のギーボードが機能しなくなってしまった。全く、キーボードのどこを押しても、何も出てこなくなってしまった。取りあえず、開くときのパスワードを打ち込めない。コンピューター修理屋に持って行って、チェックしてもらった。接触不良以外には考えられないようで、あちこち、いじってみたが、治らない、キーボード自体のどこかが壊れているから、ということになって、別のキーボードをUSBコンセントに差し込んで、テストしてみた。打ち込みが出来た。これで、パスワーソは、数字と記号とアルファベットだけなので、PCを開くことができた。値段は7万Rp、安っ!!! 
但し、日本語機能はない。英語、インドネシア語のみの使用になる。日本語の文章を書き込みたいなら、別のPCで作った文章を、このPCにコピーして、残すしかない、ま、必要はないでしょうが。取りあえず、ダメもとで、日本語文字を打てるキーボ-ドを探してほしいと、頼んでおいた。あまり、期待しない。年末、日本に帰った時に買えばいいから。高かったら、買わなくてもいい。

ブキットインダーの車のシート屋さんへ行ってきた。見積もりを提出してきた。主にUの字の片足が長い、そんな断面のPPのプロファイルだ。トゥリムという。パナソニックやハイアールに提供している、冷蔵庫の各段の板の前を保護するUの字型の製品もトゥリムという、似たような形をしている。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage060.html
この種のプロファイルの成形は、45年近く前からやっている。これも、昔は硬質塩ビ(H-PVC)製だったが、太田化工では、PPで引き受けていた。インドネシアでも、私が、話を聞いたのは、塩ビで、ということだったが、PPで提案し、勿論、その方が良いわけで、PPで対応した。その後、間接、直接、三社にメイド イン インドネシアとして提供するようになった。しかし、まだ、全てではない、一部、輸入している。それを、今回、見積もり依頼を受けていたのでした。
断面形状は10種類程度だが、長さは、千差万別で、中には、2mm、3mmしか違わないものもあり、一つの断面で、長さが30種類もあるものもある。短いものは15mmm 17mm 20mmといった具合だ。長いものは1m以上の物もある。特に短いものは、作る方としては、M単価を割高にしたいので、価格の折り合いが付きにくいことは分かっている。

40種類の見積もり表と原料二種類の物性表(プロパリー データ)と原料安全シート(MSDS)を提出した。この仕事、どうしてほしいというほどではないので、後は、返事を待つだけだ。返事がなくても、多分、催促はしない。手間のかかる、ボサン(bosan)の仕事だから。
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使われ方の一例 
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ジャラントールで目的地に向かう途中、前方に黒い雨雲がある。あの下は強烈な雨が降っている。そして、その中に突っ込んだ。乾季は3月から9月、雨季は10月から翌年2月と大体決まっている。しかし、今回の乾季は、乾季らしくなく、よく雨が降った。乾季が無かったような感じだ。そして、ごく最近の天候を見ていると、10月からのはずが、既に8月の末に、雨季に突入したようだ。ジャカルタでは、洪水騒ぐが始まっている。


(^_-)-☆デング熱 [インドネシア]

 2782 いつも元気はつらつのゴルフ仲間の一人が、デング熱に掛かって入院してしまった。本人、多分、20日か21日のゴルフの最中に蚊に刺されたのかなと言っている。水曜日に日本に仕事で一時帰国をする予定で、今日のゴルフはできないと言っていた。今日、同じ会社の方とゴルフをし、その人に、彼が参加出来なくて残念と言おうとしたら、彼は日本じゃなくてシロアムだよ、と言った。木曜日に入院したので、もう、熱も下がって、血小板の数値も回復してきたという。土日はそのまま入院、明日、血小板の数値をチェックして、退院になるでしょうという。
発症がちょっとでも遅れていれば、日本に出発していたところだった。日本で発症とうことにったら、とんでもない騒ぎになってしまったかもしれない。

デング熱とは関係ないが、一般的に、全額保険で支払われる、日本人の出向者の入院は、どの病院も大歓迎、大喜びで迎えてくれて、ビップルームに迎えられる、その病院の最上級の部屋に入らされる。場合によっては、病院長が、果物などの見舞いをもって、歓迎の挨拶にくる。そして、病気が治っても、怪我が治っても、出来るだけ、長く泊まってもらえるように、検査を臆させるなど、画策をする。退院していいか、退院したいのだが、と、聞かれなければ、退院を積極的に、進めることはない、

天狗熱ではありません。デング熱 (インドネシア語Demam berdarah ドゥマン ブルダラー、熱が出て血が出るという意味です。インドネシア人はデーベーデーと言っています。 英語Dengue feverデング フィーバーですね。日本語は英語からきています)は、デングウイルスを持った蚊(ネッタイシマカ・ヒトスジシマカ)に刺されることによって生じる感染症です。昼間 活発に活動する体に目立った白い縞模様があるから、見れば直ぐ分かる。

感染後3~7日経過してから、発熱(38.0℃以上)、頭痛、目の奥の痛み、筋肉痛や関節痛といったインフルエンザ様の症状がでます。また、発熱して3~4日後から胸やお腹に赤~桃色の小さな発疹が出て、次第に手足や顔面に広がります。血止めの役割をする血小板が異常に減少するので、内出血が止まらなくなり発疹するのです。

通常は発熱してから1週間ほどすると解熱し、回復します。しかし、この時期に一部の人は、歯茎からの出血や血便や血尿といった「出血症状」、さらには「ショック症状」をおこし、重症化することがあります(デング出血熱)。重症化した場合の致命率は、治療を受ける国の医療水準にもよりますが、1%前後とされています。二回目以降は死亡率が増すと言われています。

血小板の数が回復してくれば、安心です。私が経験したわけではないが、日本人の友人、何人もかかった人を知っています。私が住んでいる地区のインドネシア人、数え切れないほど、掛かっています。インドネシアは、通常デング熱とわかると、一泊入院するだけというのが平均です。三日四日休めば治ってしまいます。子供が掛かる確率が高いというか、子供が多いからだと思う。

昼間の蚊に刺されないことです。ゴルフの時には特に注意。どぶ川があるゴルフ場は、しっかり、アンチニャムック(蚊よけ)の対策をしましょう。
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ここの信号、10年くらい前に設置されたのだが、その間、使えたのは、合計、1年も無かったと思う。現在は、1か月くらい前に直して、1週間くらい使えたが、また、消えてしまっている。近所の人だと思うが、信号の代わりをしている。インドネシアでは、交通信号が非常に少ない、その少ない信号も壊れている場合が多い、信号など設置しないで、交通警察官が、信号の代わりをした方が、故障がないと思うが。
 

(^_-)-☆奇数偶数 [思うこと]

 2781 リオ五輪の閉会式での日本の紹介は、世界中から好意的に見られたようですね。私としては、後半が物足りなかったと思う。特に、エンブレム、何をしでかしたのか、説明があっても分からない。非常にもったいなかったと思う、あれが、はっきり、形成の過程と形を成しているのを見ることができていたら、なるほど、こんなからくりというか、意味があったのだということがはっきりして、やっぱり、日本だなと、なお思ってもらえたと思う。エンブレムの意味が見ただけでは分かりにくいので、なおのことだ。
真上から撮る手はずになっていたはずだ、失敗した?故障した?肝心なカメラです、予備と、予備の予備、二台,三台を仕掛けておくのが普通だと思うが、それが、なかったのでしょうね。ブラジルらしいかもしれないが、日本らしくない。

遠い記憶の続き、買ったチケットをどうするか迷った。親友を優先するか、彼女に話を持ち掛けようか、迷った挙句、どちらかというと、安易な方を選んだ。彼女に話しても、断られるかもしれなし、一緒に行くと言われたとき、東京のことは知らないのに、自分が、全ての段取りや案内をしなければならない、交通費も負担しなければならない。彼なら、恩を着せることができるし、狭山の人間だから、東京には詳しいし、全て割り勘で済む、そんなことで、彼と行くことで、話をしたら、“彼女に断られたのか、そうか、それなら、もったいないから、俺が行ってやる“と、言われた。否定をしなかった。もったいないから、一緒に頼むよと、頼む形にした。そして、その時、彼がチケットを買えれば、一緒に行こうとしていた女性は、後に、私の妻になって、20年も別居生活をしているが、今でも、町内では結構、先生、先生と言われながら、いろいろな世話役をしているから、私が居ない方が良いかなと思うし、話はずれるが、私が日本に落ち着くと、妻以上に何かの役を引き受けなければならなくなるので、面倒くさいことになるかなと思っている。

どういう、行き方をしたのか覚えていないが、印象は、代々木や駒場の競技場の周りを、男二人で。うろうろ、当たり前だが、外国人が多かった。国立競技場にどういう経路で行ったか。全く覚えていない、どのあたりから入ったのかも覚えていない、覚えていることは、依田という人の80mハードルを一番遠い、一番高い方から見たことと、男子の800mニュージーランドのスネルという選手が優勝したのも見た。黒のユニフォームだった。

http://smartcity.jakarta.go.id/blog/76/ketahui-pembatasan-lalu-lintas-ganjil-genap-di-jakarta

Ganjil dan angka genap奇数、偶数ナンバープレートで、今までスリーインワンだった道路に入ることができるシステムに30日からなる。私がジャカルタのその規制道路に規制時間に行くことはありえないから、どうでもいいが、偶数日は偶数車、奇数日に奇数車しか通過できないようなる。スリーインワンを実施するときに、どちらにしようか、迷った末にスリーインワンにした経緯があった。何故そうしたのか分からない。とにかく、ジョッキーなどという小遣い稼ぎがいなくなるのと、取り締まりをしやすい、社内の様子を確認する必要がないからだ。ということで、試行期間中の通行量は20%ほど少なくなった様だ。違反者は50万Rpの罰金だそうだ。

 インドネシアではなぜか、車やバイクのナンバープレートを私が来た20年前には、もう、道端で売っている。間もなく、ジャカルタに通う人の殆どは、ナンバープレートを二枚持つことになるでしょう。まさか、車を二台まではしないでしょうが、そういう人もいるかもしれない。ナンバープレート屋が儲かる、喜ぶ。
これは、取り締まりが難しくなるぞ。すべてを止めて車検のようなものをチェックするわけにはいかないでしょうから。

以前、ここからスリーインワンになるぞ、という看板があったが、それに、替えて、何と書いてあるのでしょうか。私は、見ていないので知らない。
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この先、真っ直ぐ行くと私が住む場所があるが、看板には真っ直ぐ道の案内が書かれていない、変な案内板で、この先、直進も右折もできないのに、大きな矢印で、右へのジャバベカゴルフとプレシデン大学や中学校 高等学校と書かれている。左は確かにジャバベカ3の工業団地で合っている、ドライポートも左だ。
私は、自然に左折させられて、200mほど先でUターンにて、先ほど直進できなかった道に戻って左折し、自宅に向かう。左折しないで直進で、ゴルフ場や大学へ行ける。


(^_-)-☆三社三者三様 [思うこと]

 2780 一社目、原料の購入に時間がかかっている。今日も、或る商社がやってきた。インドネシア人若者営業マンだ。まず、ナイロンの話をした。ナイロンに6とか12など、その他、いくつも売られていることを知らなかった。ネットでまず調べなさいと言った。次に、HDPEの架橋剤crosslinking agent入りのことを聞いた。Apa itu?と言われてしまった。次に、透明TransparentのHIPSが欲しいが、と言ってやった。そんな樹脂あるの?と言われてしまった。ダメだ、こりゃ、勉強してくださいよ、もっと、私と話をしたければ、と言ったら、そんなこと言わないで教えてくださいよ、でした。気の毒だから、LOTTEのHDPEの見積もりを依頼した。ところが、私がグレードナンバーを指定したら、そんなグレードはないと言われてしまった。仕方がないから、そのデータシートを見せてやった。インジェクショングレードしか、扱ったことがないので、知らなかった。

二社目は、PT,TPRの工場長をやっていた人物で、私の教え子の一人、数ケ月前に15年以上勤めていたが止めてしまって、7年前から弟にやらせていた会社に移ってしまった。S-PVCの押出にだけなら、彼が、インドネシアで一番の腕だと思う。何社かの冷蔵庫のガスケットは、15年以上作っていた。ポリトロンという、冷蔵庫やショーケース、洗濯機を作っている会社がスマランにある。そこのガスケットを受注するために昨日まで行ってきたという。そこで、何を言いたかったかというと、私に資金援助をしてほしいということが見え見えだった。現地に工場を作りたいという、コンテナトラックがすれ違うことができる広い道沿いで、2500平方メートルの土地が300万円で買える、安いでしょう。という。そりゃ安いでしょう、しかし、私は、そこまでしか聞かなかった。中部ジャワは確かに物価が安い、スマランやジョクジャなどの大きな都市でも、物価はおそらく、ジャボタベックの半分ぐらいじゃないかと思うくらい安い。人件費、最低賃金もブカシ、カラワンの70%くらいでしかないはずだ。工場を作りたい人にとっては、魅力だと思う。
彼に仕事というか、客先候補を一社紹介した。

三社目、二か月ほど前に公表されたが、身売りをした会社の従業員の二人だった。来週、買収した会社から新しいダイレクターが着任してくるそうで、従業員は、その人の話をきくことになっている。今月中に、従業員はどうするのか決めるという。今のことも、従業員の半分以上は止めたいと思っているが、退職金次第だという。要は、会社都合か自己都合扱いかのことだ。自己都合扱いなら、居残るという。そりゃそうだ。そういうことを、買収前にきっちり決めておくのが普通だと思うが、売る側、買う側双方とも、契約条件に入れてないのでしょうか。乗り込んできてから、大きな問題になる可能性があるでしょう。今までの経営者は、既に、どこにいるのか、従業員には知らされていないという。気の毒な話だ。
来た二人は、私の会社に移りたいが、どういう止め方をするか、止め方次第だという。私は、9月末まで待つと言っておいた。
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半年以上、このまま、残り何秒でしょうか。信号が使えているだけでもいいとするか。
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運が悪かったバイクの人。
  

(^_-)-☆引越一か月前 [日常]

 2779 新工場の建設現場を見てきた。今日の状態、工場の形が鉄骨によって分かる程度、引っ越しの予定は、9月22~25日で完了させ、26日から、新工場で生産開始というスケジュールは出来上がっているという。後一か月しかない、見る限りでは、とってもじゃないが。無理だと思うが、工事関係者、私以外のこちらのスタッフ皆が大丈夫だという。私は大丈夫じゃないと思う。
それと、住所が分かっていない。もう、一か月前ほどから、住所を教えてほしいと言っているが、一向に、知らせる気がないというか、まだ、確定していないのでしょうか、確定をする気がないのでしょうか。よくわからない、売買契約の時に土地の住所は必要なかったのでしょうか、それとも、その時に住所から変えるのでしょうか。まだ、分からないのなら、いつごろ分かるのでしょうか、聞いても、無駄、とにかく、返事をもらえない。取引先への案内状、名刺も新しくしなければならないのに、焦っているのは、私だけらしい。
電話番号はどうなるの?これも、まだだ。とにかく、挨拶というか案内ができない。
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味の素のコマーシャルで、中川遥香の日本語が変、“いただきま~す“が、特に変というか、インドネシア人にしゃべらせれば、そんな言い方になるかなという、喋り方だ。日本人にとって、変でも、インドネシア人にとっては、心地よく聞こえるかもしれない。20何本もコマーシャルに出ている彼女、何故、そうなのか、テレビコマーシャルは日系企業の物が大多数だからだ。多分、彼女、日系企業以外では、コマーシャルに出ていないと思う。毎日生放送で一時間と二時間とかの番組にレギュラーで出ている。歳にしては、幼稚な喋り方、チョコチョコ走り回っている、喋りは、完全に、バハサ ガウルといって、若者が、友達同士で話すような言葉が自然に、躊躇することなく出てくる。一緒に出ているインドネシア人は、言葉では、全く、気を使っていないほど、自然に溶け込んでいるのは、すごいと思う。ただし、インドネシア語で書かれたものを読むには、たどたどしいとうか、幼稚園の程度、これが、インドネシア人に大受けする。

シェフ原田より、ハルカの方が遥かに、インドネシア人に溶け込んでいる。名前は知らないが、インドネシアの旅番組で各地を紹介している、青年がいる。彼の風貌を私は好きではないが、言葉は、ネイチィブに近いから、インドネシア人は気を使わないで、便利に使われていると思うし、日本から芸能人やテレビ関係者が来た時には、通訳として十分、やれると思う。HARUKAは、フォーマル状態での通訳は無理、友人のような人の通訳なら、うってつけでできると思う。それにしても、彼女の勢いというか、人気ぶりは、凄まじいものがある。日本人と庶民的な感覚で話せるというのが、インドネシア人にとっては良いのだと思う。一般的に、日本人と聞くと、構えてしまうのがインドネシア人だから。ポカリスウェットがスポンサーになって、ジャカルタからスラバヤまで自転車で走破した。約800Km12日かかったというから、一日70km近く、走ったことになる。交通事情の悪いインドネシア、空気が悪いインドネシア、良く走ったと思う。

前ダイレクターのフレンシFrensi君が、会社から去った。散々、会社の損失に寄与したまま、去っていった。問題も残していった。しかし、彼がやっといなくなったことで、問題が増えることはないし、客先に嘘を言うことはなくなった。社員全員にとって良かったと思うし、本人にとっても良かったと思う。この会社にいては、立場がなくなるばかりだからだ。


(^_-)-☆エコ雑知識 [知識]

 2778 プラスチックの袋(カントン プラスチックkantong plastik)、スーパーマーケット(ジャイアン、カルフール、ハイパーマート、ファーマーズマーケットなどなど)、の多くで、今や、200Rpで、売ることになっている。コンビニでは、まだ、無料だ。いつ、スーパー寄ってもいいように、私は、車に、必ず、プラスチックの袋を二三枚置いてある。お金がもったいないのではなく、資源節約のためだ。この二年前ほどから、そういう具合にインドネシアでも、なってきているが、ほとんどの人はマイバッグを持っていないと思う。レジで、私に確認もしないで、店の袋に入れようとする。私はそれを断って、袋を出して、自分で袋に入れる手伝いをする。どの店員も、何やら、複雑な顔をして私を見ながら、ニッコリする。日本人だぞ、と、私は、内心、思う。
余計な事だが、kantong plastikインドネシア語として正しい。英語ではplasticだが、インドネシア語にして書くときには、最後のcをクと発音する場合は、書くときにkにするのが習慣です。ちなみに、このkも実際には聞こえない、プラスティッと聞こえる。スーパーマーケットのgiantは、ジャイアンと言います。ジャイアントではありません。ドラエモンのジャイアンはGianですね。インドネシアでは、どちらも同じに聞こえます。ギアンと言って笑わす人もいます。インドネシア語読みならそう読んでも不思議ではないからです。コカコーラCocaColaをチョチャチョーラと言っても、おかしくないように、というか、冗談で、そういう人いる。

ま、それにしても、プラスチックの袋を有料にしただけの話で、それも、ほんの一部のスーパーマーケットだけ、それも、自袋を持ってゆく人はほとんど見かけない。一袋2円もしない、5袋使っても8円くらい。有料化にするなら、せめて、1袋10円くらいにしなければ、ダメだと思う。スーパーで売っている買い物バッグの値段が200円くらい、これでは、買わないで、袋代を払った方が安いし、無視できる金額だ。

巷には、捨てられたプラスチックが、至る所、道端に捨てられている、時には。油を掛けて、それを燃やしている。異臭、刺激臭が、どこからともなく流れてくる。それを何とかしなさいよと言いたい。

ちょっと、また、逸れるが、コンビニやスーパー出だしてくれるプラスチック袋は、プラスチックの袋であって、ビニール袋では、ありません。ビニールというのは、プラスチックの多くの種類の中の一種にすぎません、そして、ビニールを原料にして作られる袋は、ほとんどないはずです。多くはPP(ポリプロピレン}かPE(ポリエチレン)袋です。また、“ポリ袋“というのも滑稽です。ポリというのは、沢山という意味です。ポリエチレンというのはエチレンの分子が沢山つながっているという意味です。それに対し、モノが一つという意味ですね。モノレールはレールが一本ですね。

シンガポールからサプライヤーを迎えた。リルサンを売ってもらっている会社だ。毎月250kg購入している。主にバイクの何かのホースのプロテクターチューブとして使う。多分、客先の依頼で11ナイロンチューブを作っているのは、インドネシアで内だけだと思う。どこの商社に聞いても、扱っていないという。ただし、日系の一社で。自社でアセンブリーするために、日本の本社から他の原料と一緒に送ってもらって、チューブを作っている会社はある。そこが、チューブを売るという仕事をしていないというか、プラスチック製品を売るというライセンスはない。
話は飛ぶが、インドネシアというところは,面倒くさいところで、仕事をするのに、内容に対して、いちいち、申請し、許可を取らなければならない。届け出だけでは駄目である。それが、かなり細かく分類されているので、何かを買って、それらを使って作った製品を売る。何を作るか、何を売るのか、細分されているので、何種類かの許可を取らなければ、許可がないものを作ったり、売ったりしてしまう場合があるので、お金をかけて、ちょっとでも、広い範囲のライセンスを取っておく必要がある。そして、そこには、アンダーテーブル、贈収賄、コルプシの温床にもなる。プラスチックの製品を作る会社が、原料を買って、製品を作って売るのは勿論、いいのだが、原料を売ることはできない。下請けにその原料で製品を作ってもらって購入して売ることはできるが、下請けには、原料を売るのではなく、支給するのです。で、加工賃だけを払うのです。

仕事の種類の多いこと、分厚い雑誌になっている。プラスチックの成形も細かく分類されている。

製造販売のライセンスを持っていても、製造装置がないなどで、実際には製造していないで、下請けを使って作らせて売るだけの商売はできない。それをするなら、商社のライセンスが必要だ。
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ジャカルタのグロゴール付近にある国立心臓病院とがん専門病院、ほとんど並んでいる。私は、心臓の方、RUMAH SAKIT HARAPN KITAに何日か入院したことがある、そして、パニック障害
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0063.html
でインドネシアから脱出するために、空港に近いということで、この病院に入院し、夜中にここから、密かに脱出し空港に向かい、日本に決死の覚悟で帰った。

(^_-)-☆一社訪問 [行動]

 2777 私に手伝ってほしいことがある、先ず、現場を見てほしいというので、タンゲランのコンパンド屋さんへ行ってきた。一度、オランダ人が訪ねてきた会社だ。タンゲランまで平日に行くのは嫌だと言ったら、迎えに行くというので仕方がない行くことにした。タンゲランでも一番西のゲート、ビトゥンで出た。カワサンインダストゥリー マニスの入り口を右に見て、直ぐ、左に曲がる、これが、分かりにくい狭い道、凸凹、マヨラというお菓子メーカーがある、MM2100にもある会社と同じ。そこを通り過ぎると、

訪問した会社の直ぐ近く、この先を100mほど言って右に曲がる。狭い道、何度も曲がる。非常にわかりにくい場所にある。12時に出て、行きは予想外の順調、14時過ぎには到着した。
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この辺りの工業団地は多分30年ぐらい前からあったと思う。高い塀で仕切られ、中は見えない、会社に名前も目立たない、トンテナ車が、ギリギリ、すれ違いはできない道ばかり、よくこんな環境の場所を作ったな、そして、日系企業がよく入ったなと思う。多くの企業は、ジャカルターチンペック高速道路沿いの工業団地に主力を移している。当然だ。

私が訪問した会社は、そんな中にある。入ってみると、やはり、環境は良くない、工場内は暗いし、狭いし、雨漏りの跡や壁が壊れた後、天井がはげ落ちた後、ユーロ系の会社とは思えない。主業は、なんと、プラスチック製のロタンをはじめバンブーをして椰子の葉っぱやいろいろな木の蔓、インドネシアの植物から作られる、色々な道具や装飾、屋根材、壁材を作っている。装飾品やかごなども各種作っている。ユニークな会社だと思う。こんなところで、こんなものを作っているのかと、初めて知った。欧米への輸出だそうだ。ヨーロッパでは人気だそうだ。日本には送っていないらしい。人気がないという。

その工場の奥の方に、ペッレットを作る装置が置かれていた。高そうな装置、一時間に2トンできるという、乾燥、袋詰めまで、自動、超モダン装置、まだ、仕事はほとんどないそうで、出来た製品のサンプルをもって、営業に回り始めている段階、一見、私が手伝うことは内容だ、眺めてきただけとう感じ。こんな会社もあるのか、良い工場見学をさせてもらったという程度だった。
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帰り道、タマンアングレックの前の高速道路の高架から、夕日を背にタマンアングレック、そして、東側、高速道路。相変わらずの渋滞ぶり、タンゲランの方に曲がる道も空港やプルイット方面の道もいつものように渋滞。
ジャカルタには日曜日以外になやはり、行きたくないし、タンゲランなど、日曜日でも自分で運転してゆきたくないと、再認識した。


(^_-)-☆遠い記憶 [思い出]

 2776 オリンピックの閉会式の様子を見た。勿論、東京オリンピックへの引き継ぎセレモニーが興味深かった。安倍首相が中途半端なマリオで登場したのには、ちょっと、賛否はあるところだが、おおむね、好評だったのかな。政治家が前面に出るのはどうかな、と思う人もいるでしょうが。あのマラソン銀メダルのエチオピアの選手を、土管を通して、安倍首相が日本に戻るときに、一緒に、日本に連れて行ってやるならいいと思うが。総じて、なかなか、粋な、東京紹介だったと思う。四年後に期待を待たせるのに効果があったと思う。

ところで、今書くかどうかのことだが、私が大学3年の10月、東京オリンピックが開催された。これにまつわって、忘れられない思い出がある。以前書いたかな、記憶がない。
大学三年の初めごろから、学芸学部の教育課程の女性を好きになっていた。石和のブドウ園の娘さんだった。一学年下、私は卓球部のキャプテンをしながら、書道部にも入っていて、そこで会った。そして、私の親友だったY君もその女性のもう一つ属していた合唱部の友達を好きになっていて、紹介しろよと、言われて紹介し、その後、愛宕山の彼女の家に遊びに行っていたようだった。どちらも、恋人と言えるまで状態ではなかった。しかし、四人で良い付き合いをしていたと思う、フォークダンス、学内体育大会、学園祭などの時には、開催委員会のメンバーになって、いい役割をしていた。一緒にいる時が、長かった。

夏休み、遊ぶ金がないし、夜勤の仕事があるというので、友人二人で、甲府市の南部にあるアイスクリーム清三会社で、紙で棒付きのアイスクリーム(チョコマロン)を包む仕事をやっていた。夜、6時から朝6時まで、一晩で、1200円位だった。当時、大卒初任給が2万円位だったから、アルバイトとしては良い給料だった。20日ほどやって、ちょっと割り増してもらって2万5千円程受け取った。その会社の経営者は、大学の先輩だったこともあって、な私大生にアルバイト賃金は、ちょっと多くしてくれていたようだった。下宿の家賃が畳一畳千円の時代でした。

その話と東京オリンピックと、何が関係あるの?夜勤明けで帰宅する途中、いつも、岡島の前を通る、その日、宝くじを売る場所に長い列ができていた。直ぐに、オリンピックの入場券を売り出すと分かった。開会式や閉会式などは無理として、国立競技場に,行って見たいと思った。第三コーナーの最上部、100m競争のスタート地点から対角の一番遠い場所、そこ辺りが500円だった。二人でそれぞれの彼女と四人で行きたいなということになり、私はたまたま千円を持っていた。彼は100円しかっていなかった。その当時、学生が食べる朝食は50円で腹いっぱい食べられたから、彼は、十分なお金を持っていたのでしたが、チケットを買うには足りない。私が行列に並び、彼は下宿へ行ってお金を持ってくると言って、消えてしまった。三十分後、彼は、戻ってきた。7時から売り出しで、7時半ごろ私たちの順番になった。私は千円を出し、二枚チケットを買った。彼、ポケットを探っている、ない、という。持ってきたはずだという。それでも、どこのポケットにもない。慌てていて、ポケットに入れるのが不完全だったのかもしれない。がっかり、意気消沈、急いで、お金を取りに行ってきたのに。彼は、買うことができなかったが、私は買った。彼には悪いが、これで、あとは、彼女を誘うだけだと、思った。続く!!!   
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渋滞で止まっている車のサイドミラーからの風景、前も対向車線も渋滞している。高校生の二人乗りが捕まっている。相場としては、この警察官が10万Rp(8百円くらい)受け取る。高校生だからもっと安いかもしれない。

(^_-)-☆自分が [押出成形]

 2775 四日に日本最終ゴルフをやり、7日にインドネシアへ戻った。そいて、今日まで二週間で、5回ゴルフをやって、体力維持に役立てている。そして、昨日も今日もゴルフの後、会社で、数時間、仕事をしていた。先ほどの仕事は、光拡散剤のトライだった。5種類の光拡散剤で、混ぜる量を二種類にし、10種類の組み合わせの上に、白の顔料も二種類、要するに20種類のサンプルを作った。面倒な事だが、客先の要望に、応える事ができない。客先の要望があって、いちいち、サンプルの作るのでは、仕事が増えてしまう。20種類にサンプルを作っておいて、その中から選んでもらう方法にしたいからだ。その中に無い場合でも、近いものはあるはずだから、ちょこっと配合を変えるだけで済むという目論見だ。

二人のインドネシア人が休日出勤をして、この仕事を彼らが主にやってくれていた。私が出勤と言っても、ある程度、試作が進んでいる状態に、途中から確認しに寄った程度、様子をみて、作られている製品の欠点というか、持った直したいところを指定し、直す方法をいくつか提案をしただけだ。私が手出ししない。彼らが、彼らの方法で、私が言ったことを参考に知ることもあるし,しないこともありながら、指摘した、直したらいいと、言った欠点を直す作業をする。私は、眺めていたり、事務所に入って、見積もりなどの資料を作ったりしている。彼らが、私に、途中経過や結果をもって、これでいいか、聞く。私は、それを見て、気が付いたことを話す。そんな仕事だ。この仕事は、自分がやっている仕事にて出してほしくないものだ。私自信が、最初からそう思っていた。自分がやっているときに、周りから、ごちゃごちゃ言われるのは、邪魔でしかなかった。いろいろ言うだけなら、自分がやって見せろよ、と、サラリーマンの時には、何度、口に出そうかと思ったことか、最初からやらない人が、途中から、いろいろ言うなよと思った。だから、今は、私が、ああしろ、こうしろということはない。
匙を投げてしまえば、私がいつでも変わることができると思っている。しかし、インドネシア人、二人は、今日の仕事に限らず、自分にやらせてほしいという。そして、日曜日に出てきてやる。私の気持ちはいい。私が居ることは、彼らに、安心を与えているようだ。

自分がやる、自分がやりたいという人はこの仕事に向いている。手を出さないで、見て覚えようとする人は、向いていないし、覚えることはない。目や耳で覚えることはできないし、やれない。体全体で覚えるものだから。自分でやりたいという人を制しする上司は、向いていない。任せる余裕がない人は向いていない。勿論、状況に寄るが。
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二色成型の溶融金型の様子です。こんな方法で作っているのです。一見、シンプルで簡単そうでしょ、そう、簡単ですよ、インドネシアのプラスチックの押出成形屋さん、やってみませんか、将来、有望な商品ですよ。
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この白紫のロータス、小さいでしょ、赤とんぼのサイズより小さい、これより大きな花はまわりに沢山あるが、この花はこれ以上、大きくならないと思う、完成サイズです。