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(^_-)-☆火山情報 [情報]

 2814 ロンボク(Lombok)島で27日夜、リンジャニ(Rinjani)山の噴火口内にあるバルジャリ(Barujari)火山が噴火した。頂上ではなく、火口湖の中の島になっている火山だ。この火口湖の周りにテントを張って、泊まり、頂上を目指す人が多い、しかし、今回噴火した、火口湖の中の火山までは、見下ろす感じで、ざっと1km以上は離れている。映像を見た限りでは、外輪山に噴煙が届く可能性はないと思う。私が行った時には、火口湖の縁まで降りてテントを張る人はいなかった。アジア系で登る人は、ほとんどいないと言っていいでしょう。会ったのは、多分、欧米系だけだった。
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/pageo407.html
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0406.html
スマトラのシナブンは、相変わらず、活発ですね。ブロモも、時々、接近禁止のニュースが入る。解除のニュースはないが、インドネシアだから、なんとなく、落ち着けば、登りだすのでしょう。展望台から見ると、ブロモの向こうのスメルは、いつでも、ポコポコ、噴煙を上げているが、それがブロモに登ることとは、関連しないようだ。行って見て、運が悪ければ、登り禁止になっているかもしれない。ここは、登山というところまで行かない、ほんのちょっとの登りだが。
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage06.html
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先日のイジェン火口湖(Kawah Ijen)だが、この写真、朝、6時過ぎですが、どうですか。火口湖を見下ろし、左の向こう側で、水蒸気?が上がっている。そのあたり、硫黄で黄色くなっている。そして、よくよく見ると、黒い点が見える、もっとよく見ると、人だった。底まで降りる途中の崖にも点々と蟻のような黒い点が見える。写真を撮ったが、最初の一枚では、その黒い点が見えない、拡大していって、見えるようになった。
夜中の3時ごろから4時まで、この下にいた。人が小さく見えますね。この崖を、真っ暗の中、下って登ったのです。知っていれば、怖くて、行かなかったかもしれない。ここから、その様子を見て、びっくりでした。まさか!あんなところだったの。日本なら、有毒ガスや崩れ落ちそうな崖、絶対、進入禁止だ。有毒ガスがなくても、鎖場になっているはずだ。青い炎を見に、こんなところへ行っていたのでした。

インドネシアの火山と言えば、ムラピ山も有名です。その名の通り、グヌン アピGunung apiアピとは火のことですMerapiムラピは、火を噴くという意味になります。ジョクジャカの北、ボロブドゥールの東の山です。チャンディ プランバナンの南にあるラトゥボコというヒンドゥー遺跡がある丘の上から、北を見れば、チャンディ プランバナンの向こうにムラピが両すそ野を広げて、富士山のように見えます。数年前に大噴火をし。火砕流で何十人も無くなったし、ボロブドゥールに降灰に10Cmほど積り、掃除するのに三か月以上、閉鎖になったことがあった。雨季になると、山腹に積もった火山灰が濁流と共に河川の流域を襲った。
ところで、ムラピ山ゴルフは、景色抜群、バリのニルワナの次に、魅力的な環境だと私は思う。
  

(^_-)-☆引っ越し予定日 [思うこと]

 2813 売り主が来て、いろいろ確認した。第一、25日の引っ越し可能と言ったことについて、最初から無茶だった。そして、全く無理だと言っているのに、出来ると言っていた25日は過ぎてしまった。
現在の様子を見ると、これから、最低、一か月は掛かると思っている。良くわからないが、完成して引き渡せるようになるには、どこかの検査を受けて、OKの承認をされる必要があると思う。それで、OKが出ても、私がOKを出さなければ、引っ越しは、しない。
そこで、今の工場のレンタルを3か月延長することにした。貸主が最低3か月と言っているらしいので、仕方がない。家賃は、新工場の売り主負担になる。勿論、早く、移ることができる方が良いと思う。一応、今日の処では、10月17日に移れる状態にすると、言っている。引っ越しは20日から23日、10月24日から新工場で生産開始。ということにした。私は、無理だと思うが。ターゲットを遅くすると、それに合わせるように、作業者がサボりだすので、そうするという。契約時の今月25日、引き渡しも、そういう理由で、早くしたのだと、変なうう分けをしている。

Pemilihan umum Gubernur DKI Jakarta 2017 (selanjutnya disebut Pilgub Jakarta 2017) akan dilaksanakan pada 15 Februari 2017[1] untuk menentukan Gubernur dan Wakil Gubernur DKI Jakarta periode 2017–2022.
ジャカルタ特別州知事の選挙が始まった。都知事選挙のようなもの。以前は、現大統領のジョコウィさんが知事になった。その時のコンビだった副知事のアホックさんが、自動的に知事になっていた。その任期切れのため今回の選挙だ。どんな人か、良く知らないが、次の三人が立候補している。ユドヨノ前大統領の長男もいる。噂になった、スラバヤの女性知事Tri Rismahariniは、出なかったし、歌手でプロデューサーのAhmad Dhaniというのも出なかった。
Basuki Tjahaja Purnama (dikenal sebagai "Ahok")
Anies Baswedan
Agus Harimurti Yudhoyono,
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通勤途中の車の前後。もう、渋滞なんて言うものではない、数百メートル競り合いだ。アンコッタ(ミニバス)が路肩を使う、路肩が塞がっている場所で割り込んでくる。
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MM2100から夕方5時ごろになると出口方向は、LGの前より遠くから渋滞になる。ほとんどがジャカルタ方面行き、チカンペック方面は少ないが、ゲートの100mほど手前まで、渋滞の中から抜けられない。


タグ:目標 渋滞 遅延

(^_-)-☆考え事 [思うこと]

 2812 考え事,物思い、参考にしてください。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0211.html
私が最近もらった日本からの土産の中でうれしいのは薬類でした。胃薬、太田胃散や風邪薬、そして、膏薬類でした。日本の風邪薬はインドネシアの風邪に効かない、コンビニで売っている風邪薬を使った方が直ぐ効く、大方の意見だが、私が使うわけではないが、身近な日本人が風邪を引いた時には使ってもらう。胃薬は、気が付けば、飲むようにしている、一種の気休め、安心感です。膏薬は機会があれば使っている、張り付けている、本当に筋肉痛になるのは希だが、足がつる、腰が痛くなる、それらの予防的に使っている。先日のイジェンの時は、こちらの薬局で買ったが、量が少なくないので、すぐなくなってしまう。
目薬やオロナイン、メンタムなども嬉しい。目薬は涙のようなものを希望している。涙の量が少なくなっているので、目が覚めた時、目がくっついてしまっていることがあるし、パソコンを暫く捜査していると、二重に見えだす。目を潤すと,元に戻る。運転をする前に目薬を注す。沢山持って行っているが、足りなくなるからだ。日本の薬を売っているが、滅茶苦茶高いし、種類が少ないので、選べない。
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Pekan Olahraga Nasional (disingkat PON) adalah pesta olahraga nasional di Indonesia yang diadakan setiap empat tahun sekali dan diikuti seluruh provinsi di Indonesia
国のスポーツ週間は、インドネシアのすべての県が参加する四年ごとに催される国のスポーツの祭典。今、盛んに行われている。EMBUという種目があるみたいだ。審判の服装が面白そう。演武からきているのでしょうね。拳法、空手?でもないようだ。
NTT(Nusa Tenggara Timur)RAIH DI EMBU BEREGU PUTRA DAN EMBU CAMPURAN YUDANSHA 有段者などと言う言葉も入っている。
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よく、使っている金属加工屋の扉、STSと小さい文字で書いてある。PT,SUMBER TEHNIK SELARASの略。ちょっと、考え事をしていたり、他に気を取られたりしていると、あっという間に通り過ぎてしまい、500ほど先まで行ってUターンして戻ってこなければならない、そして、右手にこの門を確認し、300mほど、向こうまで通り過ぎてUターンし。300mほど戻ってやっと着く、そこで、何を考え出したのでしょうか、また、通り過ぎたことがあって、二回、グルーっと回ったことがあった。その隣の廃品回収会社のゴミを目標にすることにしてから、通り過ぎることがなくなった。


タグ:国体 通過 薬品

(^_-)-☆ミスマッチ [思うこと]

 2811 日本からのお客さんやゴルフの仲間が一時帰国した時に、食べ物のお土産を買ってきてくれる。インドネシアでは手に入らないでしょう、日本の味をほしいでしょうと、思って、買ってきてくれるのです。しかし、私が貰えば、ほとんど、インドネシア人に上げることにしている。というのも、特に私が聞かれて、お願いしたもの以外は、私が欲しい、食べたいと思うものは、残念ながら、ほとんどない。特に、空港の免税店で買ってきてくれたものは、こんな高い物、こんな過剰包装の物、まったく、食べたいと思わない。ただ、もったいないと思う。食べ物よりゴミの方が多いくらいだ。別に免税店でなくても、日本の地方で有名だと言われているらしい食べ物、お菓子、これらも、似たりよったりで、“名物に旨いものなし”は、当たっていると思う。例外もある。
日本食レストランに、行ったことがないだろうからと、一緒に行こうと誘って、やることが以前あった。そして、反応は、特に美味しいとは思わない。馴染みがないから当然だ。高いばかりで、無駄だ。今では、私も同じようになっている。
そして、土産物を渡されたインドネシア人の反応は、喜ばない、である。しかし、どうするのでしょうか、もらった人は、多分、友達や家族などに上げるのでしょう。そして、皆さんで、少しずつ味見をするのでしょう。そこまで、追跡をしない。
口にして、露骨に、嫌な顔をするのは、ワサビ味と抹茶味、日本からのいろいろなお菓子の中に、日本人になじみがあるだろうと、買ってきてくれるが、インドネシア人にとっては大の苦手。吐き出してしまう人もいる。インドネシアのお茶(テー)と書いてある飲み物は、全部、甘い。グリーンティーと書いてあるものも、甘ったるいし、緑色ではなく紅茶色をしている。お茶の苦さは、ダメだ。インドネシア語で“苦い“はパヒッpahidという。そして、ワサビの辛さは、インドネシア語にないと思う。プダスとは違う。ほんの一部のインドネシア人が寿司や刺身を食べたことがあって、中には、美味しいという人もいるだろうが、一般のインドネシア人は、初対面の味と辛さだから、美味しいなどと言うはずがない。

何度も、書いているが、本当にインドネシア人にも長期でいる日本人にも、喜んで受け入れてもらいたいお菓子を上げようと思うなら、百均で売られている物に限る。そして、単純に甘いもの、そして、ちょっと塩味のもの、
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今日の私の昼食です。カキリマから届けてもらうミールブスです。私もインドネシア人もラーメンと言っています。インスタントインドミーに野菜と卵と鶏肉の細切れが入っています。日本円にしたら65円です。50何年前、学生時代にたべたラーメンも50~60円ぐらいでした。その時も美味しかった、そして、今も、美味しい、私に合っている。8万Rp(650円)する、日本からの著名なラーメン店のラーメンより、美味しい。そんな私ですから、日本からの土産物なら100円ショップで買ってきてくれたものがうれしいし、インドネシア人にも喜んでもらえる。
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チカランバラットのインターからジャバベカ方面に向かう道路、私がインターに向かった時には渋滞はなかったが、帰ってきたら、インター方向は大渋滞、多分、リッポチカランに向かう道で何かが塞いでいるのでしょう。ジャバベカ2から出てくる車も大渋滞の尻尾が見えなかった。
  

(^_-)-☆待つのはいや [思うこと]

 2810 待つのは嫌だが、待たせるのはもっといやだから、ほとんどの場合は私が待つ。小学校の時から、旗を持って、クラスの皆が集まるのを待った。

昨日は、8時スタート、今日のゴルフは、5時50分スタートだった。昨日の夜の雨は、上がっていたが、曇りだったからでしょうか、5時半では、まだ、暗かった。スタートできる明るさではなかった。私たちは、三番目のスタート。日はまだ上っていないが、なんとか、見えそうだというところでスタート、後続の組は、カートは繋がっていて、クラブも積まれているが、人はまだ来ていない。それほど、急かされる状態ではなかったので、前の組がスタートグリーンから次に移動するまで待ってスタートした。理由は、前の組が打ち終わるのを待たなくて済むように、だった。自分たちのプレー速度になるようにしたかったからだった。
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二番目(11番)のグリーンでのサンライズ、14番のフェアウェー、ヤシの木の影が何本も横切っている。

このときは、待ちたくないから、ゆっくりスタートしたのだが、それは、その時に待っていたのです。そして、自分の組の中では、例えば。ミドルの場合、二打目を打つのにグリーンが空くのを私は待たないで。打ってしまう。その時、私が二打目を打つのを他に人は待っている。しかし、私は打って、皆さんより、グリーンに近い位置に移動する。皆さんはグリーンが空くのを待っている。私は、皆さんが二打目を打つのを待っている。前の組がグリーン上でもたもたしていれば、私は、じっと待つ。皆さんが二打目を打った後、直ぐに三打目を打つ。そして、多くの場合、グルーン上で、皆さんが到着するのを待つ。そして、カートを二人で使うが、私は二打目の場所までカートで行くが、それ以後はカートに戻ることは、ほとんどない。二打目に向かう時に、私は二打目のクラブを持つが、キャディーは私が三打目で使うだろうクラブを三本持ってきている。二打目を打った後、そのうちの一本をもって、歩きだし、ボールそばに行く、カートは、一緒に乗っていた人の為に、後方にある。
日本で、セルフでやる時には、自身で、二打目のクラブに他に、距離的に次に使うだろうクラブとPとパターを持ってカートから離れる。サンドを使うことはない、バンカーに入ってもPで打つ。

打つ前に素振りは一回だけ、二回振ることは無い。方向確認するためにクラブで打つ方向を指して確認などしない。それでも、ボールが何処か探さなければならないようところに行ってしまうことは無い、探すために、他の人を待たせることは全くないし、探してもらうこともない。他の人のボールが見えなくなって、探すのを手伝うことはよくある。
パットの前に、即座に打つ方向と強さを決めてしまい、パットのポーズをボールの手前で、やってみることもない。構えたら、すぐに打つ。それで、オリンピックもどちらかというと、受け取る方が多い。

客先訪問でも、ミーティングでも、時間前には、必ず、そこにいる。早く着きすぎる場合は多いが、早く出発する、そして、そこのそばで時間調整をする。自分で運転するのも、それが多くの理由に一つだ。

旅を一人でするのも、理由は、一緒の人がいれば、リードするのは私だが、一緒の人に合わせなければならないと思うし、待たなければならないからだ。団体行動の旅などまっぴらごめんだ。昔の社員旅行やインドネシアへ来てからも多くの若者をボーリングやアイススケートに連れて行ったが、やりたくないし。参加したくないが、自分の気持ちを犠牲にしてでも、遣ってやったり、参加してやったりする必要を優先させたからだ。ところで、11月にはファミリー ギャザリングを実施しなければならない。
 

(^_-)-☆雨季に入った [思うこと]

 2809 他のグループの人達と、三か月ほど前に、ゴルフプレー中、カートで移動中、カートから落ちて足をねん挫し、歩くのも大変な状態になってしまったという、83歳の射出金型屋の社長さんがいる。私がインドネシアで付き合っている中で、最年長だ。この人、10年以上前からの知り合いで、ゴルフは月平均1回程度お付き合いをする仲なのだが、絶対、自分でカートを運転しない人だ。このときも、横に座っていて、曲がり坂で凸凹している下りで、本人に言わせると、運転していた人が徐行しなかったから、横に転げ落ちたという。
それを私は知らなくて、最近、見ないな、どうしたのかなと思って、誘う電話をして、それを知った。一か月ほど前だった。殆ど痛みは無くなって、歩くだけなら気にしなくなったという、しかし、まだ、ゴルフとなると怖いから、まだ、再開していないという。いつでも、やってみたいと思ったら連絡してくださいと言っておいた。
そして、今日、その方から、電話があった。104だったよ。だめだ。足は問題なかったが、腰が回らなくて、普通に回すと痛みが走って、回せないんだよ。平日に一人で回って見たそうだ。

今回の乾季は、雨が多く、乾季の感じがしないまま、既に雨季に入ったようだ。インドネシアでは、大雑把に言って、10月から3月が雨季、4月から9月が乾季だ。果物の多くは、乾季から雨季に入る時期、10,11月が収穫時期になっている。今年は、乾季がはっきりしなかったので、果物がなる時期にバラつきがあって、また、収穫が少ない予想になっている。それでも、最近、ヅクやサオが道端で売られ始めている。
そして、早速、洪水と崖崩れの被害がニュースになっているし、街頭でブンチャナ(Bebcana災害)地への街頭募金も始まっている。
Bencana Banjir Bandang CIKAJANG GARUT 2016 | sungai Cimanuk & Cikamuri Meluapチマヌック川とチカムリ川の氾濫のよって、チカジャン ガルッで壊滅的な洪水。ガルッは、バンドゥンから南西方向、タシクマラヤに向かう途中、南の向かった山の中の町、パパンダヤンなどの活火山がいくつかあり、温泉街もある、風光明媚だ。大規模の棚田があり。その棚田の規模は、世界遺産に登録されているバリの棚田の何十倍の面積と二倍以上の高低差があることで、有名だ。
Terbaru!!. Detik detik Banjir Bandang dan Longsor Susulan Di Garut dan Sumedang
https://www.youtube.com/watch?v=4fTatDu3IW4
最新ガルット!!ガルッとスネダンで洪水と連続地すべりの刻一刻、スメダンはタフ スメダン(揚げ豆腐)で有名な場所、バンドゥンとガルッの間にある。
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チカランは昨晩から今朝まで、そして、先ほど午後2時から夕方6時まで、大雨。ゴルフの午後スタートは、途中で中止になったに違いない。
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蓮の池に誰かが仕掛けた釣り竿に魚が掛かっていた。そんな場所にプレーヤは行かないが、私は、蓮の写真を撮りに行って、それに気が付いた。キャディーが大喜び。私もびっくり。
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帰宅途中に雨が降り出したが、その前に、私の前を走っていた車。一生懸命お祈り 精一杯働く、実行してください。どうでも良いが、一生懸命働く、精一杯お祈り、の方が良いんじゃないの。


(^_-)-☆技術は山勘 [押出成形]

 2808 新製品の金型のデザイン打ち合わせで、チビトゥンまで行ってきた。今の会社には、図面を書く人がいないので、金型を注文する会社に書いてもらっている。今までの金型デザインで、製品が通過する隙間を言えば、冷却、溶融どちらの金型図面は書けるが、金型本体にデザインを兼ねなければならない製品を作る場合は、そのことについて、金型屋と詳細を打ち合わせなければならない。今回の場合がそれにあたっていて、今日で三度目の打ち合わせになった。

異形製品の金型のデザインは、山勘である。ある程度の経験で、どこがどう変形するかを考えて、その部分を変形込みで長くしたり短くしたり、膨らませたり、へこませたりする、その程度も、当然、山勘だ。
単に断面が正方形の製品を作る時、溶融樹脂が入り込んで冷却をしながら外側の形を決める冷却金型の内側の寸法と形状を山勘で、ほとんどすべての樹脂は、外側の寸法を強力なバキュームで引っ張って金型の内側に押し付けながら、決めてしまえば、金型の内側の寸法より若干小さい正方形の製品ができる。それでも、樹脂によって、速度によって、大きさによって、小さくなる度合いが違うので、勘より、ちょっと小さい寸法で作っておいて、小さければ、ちょっと大きくなるように修正する。
それより、問題は、完全に外側が冷えてしまって固まっていれば、そのまま正方形になっているが、少しでも固まりが足りなければ、時間が経つにつれて、引けてへこむでしょう。一般的にはへこみます。
それより、もっと、問題は、中心部にスと言っているが、空洞が連続か点々かできてしまう。原因は、固まるに連れて、収縮するからです。外側が固まってしまっているが、当然、内側はまだ、固まっていない。内側の樹脂が固まるにつれて収縮する。そして、固まってしまっている外側に引っ張られて、内側に空洞ができてしまうのです。それは、外側を内側に引っ張る力が働いているから、外側の固まりが十分でなければ、外側に凹み(引け)ができるのです。
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この製品、こんな製品を作ってほしいと渡されたサンプルです。図面はない。原料はHDPE(ハイ デンシティ ポリエチレン、硬質ポリエチレン)しかし、この製品、図面通りにはできていないと思う。何故、そう思うのか、上の四角い部分の下側の横寸法が上面に比べて小さい、図面では同じはずです。そして、平らである面全てが、内側に引けている。図面では真ッ平のはずだ。そして、これでいいのです。十分、役目を果たすのです。押出製品とはそういうものです。図面にできるだけ近づけるが、ある程度近づけば、これで、どうですか、使えますか?とサンプルを出すのです。出来れば、それでOKにしてくださいと。ダメだと言われれば、改良点のポイントを確認して、また修正して、より、使えそうな、製品を持ってゆくのです。 
  製品にスがない、空洞がない、ということは、収縮した樹脂はすべて内側に引っ張られて外面も引っ張られてへこんでいるのです。そして、へこんだ状態で平らになるように、金型の内側をアールにしてあるのです。金型から出てきた時には製品はふくらんでいるのです。
 
バキュームで引っ張る方法についてでしたが、大きさによっては、素引きと私が言っている、ただ、製品の形よりちょっと大きな隙間を通すだけで作ることも考えられる。これは、溶融金型から出てくる樹脂の形状もその隙間を勘によって、適当なものしなければならない。

また、大きさによっては、固化押出にする方が良いかもしれない、溶融押出とは全く装置になる。

これらのことが、うまくできる人と、出来ない人の差は大きい、向き不向きは、ここにある。学校の成績に比例しないし、反比例でもない。高学歴、低学歴とも関係ない。
 
偏肉の製品は、厚い方に曲がるのです。厚い方が、冷却が遅いから、より、収縮するからです。歪の話です。ストレスの話でした。ストレスは少ない方が良い。人間も同じ。
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 今日の金型屋からの帰り道、狭くいが、コンテナ車や大型トレーラーが行き交っている。左側は、結婚披露の会場です。インドネシアらしい。


(^_-)-☆予定日だった [インドネシア]

 2807 前回から一週間過ぎた。今日も、新工場の進捗状況を見に行ってきた。今月末には、新しい工場で仕事が始まっているはずで、そのため、今日、22日から引っ越しが始まり、25日には、製造準備完了、26日月曜から、通常の稼働になっているはずだった。私の予想通り、まだまだ、先のようだ。それも、現場の建設責任者に確認したら、いつまでというはっきりした日にちは示されなかった。大体、10月15日ごろ、というだけだった。まだ、三週間先だ。しかし、私はそれでも心配だ。住所もない、電話番号も未だにない。なんだか、もう、どうでもよくなってしまった。待つしかない、そして、OKが、出された時点で、本当にOKかどうか確認するしかない。OKがでても、私が確認すれば、まだ、という点が沢山あると思っている。だから、出されるOKは、いい加減なOKに過ぎないと思っている。水はどこからきて、どこに捨てるの?だけでも、分からない。そんなものです、インドネシアだから。
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井戸掘りをやっていた。45m深さまで進んだという。泥水が勢いよく噴出していた。きれいな澄んだ水が出てくるまで、掘るし、出し続けるそうだ。いつになるか、明日か、一週間かかるか、分からないと言っていた。逆にポンプを買ってあるのかと、聞かれてしまった。きれいになったらすぐ取り付けて、くみ上げを継続したいという。私が買うわけではないからわからないよ。ところで、排水は?その人たちの仕事ではないらしくて、分からないと言われた。

私の一か月前ほどの予想通り、来月の中半、後、三週間後の移転できるか、どうか、というところだ。今の工場を一か月延長で借りることになる。

これらのことは、コミサリスに一週間も間をおかないで報告をしていて、その都度、今月末までの移転は無理だ、10月の中半でもどうかと言っている。しかし、購入契約相手とスマランのコミサリスが、どんな内容の契約をしているか知らないが、コミサリスは、25日に引き渡しで契約しているとの一点張り、実態を見ていないので軽く考えているようだ。スタート時点で、9月25日完成と契約すること自体が甘い、着工から1か月半でできるわけがない。

 gotong royongゴトンロヨンと聞こえる。相互補助という意味だと思う。国の健康保険や労災保険のコマーシャルというか、宣伝で多く使われる言葉だ。響きが何となく面白いし、その響きから、相互補助、助け合い、という意味を想像しにくい。日本でいう、頼母子講のようなものがインドネシアにも昔からあって、そのことをゴトンロヨンと言っているらしい。メッカ巡礼もこのゴトンロヨンに加入していて、順番を待つ人が多いとか。やっと自分に回ってきた大喜びといった具合でしょう。昔のお伊勢参りなどと同じようなものでしょうね。

タグ:移転 予想 順調

(^_-)-☆なるほど、分かる [情報]

 2806 今朝、久しぶりにデルタマスの工業団地GIIC(Greenland International Industrial Center)へ行って見た。多分、今年初めてだと思う。以前行ったときには、ただただ、広い、地平線の彼方まで、茶色い平らな土地が広がっていて、その、ずっと向こうで、ダンプカーやブルドーザーが何十台も活動しているのが見えていた。工場はまだ、ほとんどなかった。ところが、今は、やたら、広い工場が出来あがっているか、出来あがる途中の鉄骨の林というか、すさまじい勢いで、大規模工場を建設している。既に、生産などに使われだしている建屋、工場は少ないが、一挙に、GDPを増やしそうな勢いで工事が進められているようだ。とにかく、聞いてはいたが、これほどの勢いとは知らなかった。車関係の工場が多い印象だったが、どうでしょうか。
サクラホテルの存在も初めて知った。高速のゲート、今でも、どうでしょうか、ゲートが足りない、数年後には倍にしても足りなくなるのではないでしょうか。と、以前、まだ、工場の建設が始まっていない、だだっ広いだけの工場団地を見て、そう思った。そして、その時、新しくできたチバトゥのインターからの出入りが。圧倒的に増えるだろうとも思った。一寸前まで、その通りになってきたのでしょう。
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そこで、やっぱりというか、当然というか、デルタシリコン2~6などの工業団地の車、チバトゥのインターを利用する車にとっても、その工業地帯にとっても利用する車にとって、ただ、通り過ぎるだけの車、特に、コンテナ車などの大型車は邪魔になるし、道路を傷めやすい、なんのメリットがなく、デメリットばかりだ。そこで、なるほどというか、やっぱりというか、大型車が通れないようにゲートを作った。良い考えだと思う。これで、デルタマスはゲートの数を近々、倍以上に増やさなければならないでしょう。ま、他のインターのゲートも同じように増やしているのだから、デルタマスもその時が来たということでしょう。
オレンジカントゥリ-というエリアは、チバトゥインターンーの付近一帯のことを言うのでしょう。そして、そこには、大型の総合施設が出来あがる予定で、杭打ちは済んでいる。その付近にコンテナトラックは、全く、似合わない。
それに、EJIPやヒュンダイとGIICを行き来するトラックに通過されても、たまったものではない。

MM2100がEJIPへの車の道を貫通させないのは、そういう理由だ。EJIPができた当初から、MM2100にラブコールを送っていて、その受け入れ道まで作ってあるが、MM2100は、知らん顔を通している。当たり前だ。輸送のトラックも通勤の車もMM2100内を通過するためだけに使われてしまう、たまったもの委ではない。たとえ、チバトゥとデルタマスの間のように、道を作ってしまえば、大型車だけを遮断しても、普通車は遮断できない、バイクだけOKにするなら、今も通る道はある。EJIPとMM2100が繋がれば、EIJPに大きなメリットがあるが、MM2100には、ゲートも足りなくなってしまうし、通過道路になってしまうなど、デメリットばかりだ。
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日本からのお客さんが私のラップトップのタッチパネルが機能しなくなったことを知って、日本語入力ができるパネルを買って持ってきてくれた。早速、使っている。感謝!!

(^_-)-☆来客と目的 [情報]

 2805 日本からのお客さんと午前中はゴルフ。インドネシアで平日ゴルフは何年振りだろうか、お客さんに頼まれなければ、やることはない。8時半頃スタート、ガラガラ過ぎて、どんどん進む、途中、疲れた人がいて20分休憩した。それでも13時前には終わった。昼食を終わって、工場を見学してもらい、ホテルに送ったのが15時前だった。ホテルは、ジャバベカ2の中のバティクという、最近オープンしたホテルだった。日本人の利用者も多いようだ。近くにショッピングモールはないが、コンビニやマックスはある。

 ところで、どうも、目的は、インドネシアに自社の製品を販売する拠点をインドネシア内に作るために、研修生を自社に受け入れ、その人たちの人選に来たらしい。何人かは、バンドゥンで決めてきたようだった。勉強してもらって、インドネシアでの販売担当者になってほしい、或いは、製造技術者として将来はインネシアで工場の責任者になってほしい、ということでした。

 私に、まだ、決めていない人がいるので、面接して、採用していいのかどうか決めてほしい、ということも、頼まれた。私は、そのことも含めて、その方たちの考え方、方法に付いて、話をした。

 私は、同じようなケースを多く見てきている。印象は、定着した例は非常に少ない。その会社でずっと仕事をしていることはほとんどない。転職したり、独立してしまうのが殆どだ。何故でしょうか。
インドネシア人は、仕事、その会社で、ずっとやってゆこうという意識というか、習慣というか、そういう考えが希薄だから、転職することは当たり前の行動と考えている。
営業にしても、製造にしても、向いていない人、不真面目な人が多い、向いている人、真面目な人に当たる確率は非常に少ない。面接や簡単な適正テストで、それらを判断、評価することはできない。受け入れた人は、研修期間、真面目に、正直に取り組んでいるように見えても、正社員にしたとたん、不真面目の本性が出てしまう人が多い。評価は、社員にして、責任者にした時から始める必要があるが、外れ場多い。当たり外れが多い、そして、外れが多いことを、承知していなければならない。
裏金の世界だから、任せたインドネシア人は、それらのことと、うまく、付き合えなければならないが、研修や日本語ができるということと関係ない。製造や営業能力とは別の世界、出来る人でも、うまく付き合えない人が多いから、そういう立場にいたくなくなり、転職してしまう場合もある。

結局、成功例は少ない、その会社にとって、意味のない投資になる可能性が高い。しかし、インドネシア人の能力を高めるという目的なら、大いに進める。本人にとっては大きなメリットがあるからだ。その会社に執着しないで、自分働き場所を見つける力をつけてやるわけだし、日本での収入は大きいから、身内の生活、自分の将来の生活のための蓄えも多少できる。そいう考えからなら、研修生を受け入れることはおおきにやったらいいと思う。
と、こんな話をした。彼らに期待してはいけない、日本人がこちらに来て、事情を実体験し、しっかり、日本人が現地の責任者になって、牽引しなければならないということを勧めた。
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暑かった。日本にはあまりない広々としたゴルフ場で、のびのびと楽しんでもらったような気がする。
  

(^_-)-☆耳に着く [情報]

 2804 新しい製品用の金型の確認をした。来月末前にサンプルを提出する。心配は、新工場への移転にどのくらいのロスがあるか、速やかに稼働を始められれば、問題ないが、もたつくと、どうなるか分からない。
唐突だが、インドネシア語で私が面白いと思っている言葉というか単語が、いくつかある。その中で。先ず、思いつくのは、次の三つ。Traumaトゥラウマ(トラウマと聞こえる)Serigalaスリガラ Wakatobiワカトビ、である。
Trauma Center外傷センターPusat Penaggulangan対処センター Kecelakaan Kerja Peserta労災加入者BPJS(Badan Penyelenggara Jaminan Sosial)社会保険Ketenagakerjaan雇用。要するにこの病院は、各種保険が効くと書いてあるのです。全ての病院が保険が効くとは限らないし、保険が効いても、上限の金額があるので、矢張り、金払い次第で、助かるか、助からないかが、分かれる可能性が高いのが、インドネシアの医療事情です。で、トラウマは傷、怪我という意味です。
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Anak jalananストリート ・ チルドレンという題名のドラマ、毎日、土日も、6時あたりから8時辺りまで2時間やっている。バイクを乗り回す若者主体の話だが、良い奴と悪い奴との争いが、一つのテーマになっている、その悪い奴に方のグループのことをSerigalaスリガラ、と、言っている。意味は。動物のオオカミのような生き物。インドネシアにいると聞いたことはない、インドネシア人で見たことがある人はいないはずだ。そういうものらしい。どうも、怖がられている、凶暴な動物のことらしい。

スラウェジ島の南の右足のもっと南の海に点々と島がある。そのあたりをWakatobiワカトビ、という。Taman Nasional Wakatobiという、国立公園でダイビングスポットとして、有名?で人気があるらしい。島の名前ではないようだが、海の名前でしょうか・スラウェジの北東の端にマナードという町がある。昔は色白の美人が多かったらしくて、メナード化粧化粧品の名前は、ここに由来している?という話を聞いたことがある。そのまた、北に浮かぶ島の辺りをTaman Nasional Bunakenブナケン国立公園という、ここも、ダイビングスポットとして有名だ。どちらも、日本からそのためだけのツアーがあるらしい。

三つの単語、ローマ字読みでいい、なんとなく、日本語にありそうな単語です。それらの意味に何故、こんな名前とか、そういうのか、意味が分からない。
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高速を出てジャバベカに向かう道、いきなり、大渋滞、40フィートコンテナトラックが道を塞いでいた。インドネシアは、車検制度がない。パンクも故障車も多い。


タグ:興味 言葉 単語

(^_-)-☆ワイファイ [日常]

 2803  私が使っているHP(ハーペーという)は毎月決まった機関に料金を、私に場合はATMで支払います。同じ電話番号で10年以上は、変更なしで使っている。当時、外国人が個人で、そういう、月払いのシステムが使えないと言われて、アナさんという、当時に会社に総務にいた人に契約してもらって、それを、ずっと私が使っている。今は、そのシステム、外国人で使えるようになっているかどうか知らない。ATMで支払うたびに彼女の名前が出てくるので、彼女を思い出す。そのHPで、ネットの接続もできるが、文字が小さ過ぎるので、使っていない。もっぱら、電話として、SMS送受信としても頻繁に使っている。海外に掛けなければ、一月10万RPを超えることはない。

WiFiはどうか、会社内にいる時には、社内ネットを使っている。支払いは月、50万Rp程度で、自由に何人でも使える?今は、8台のPCで使っている。会社以外の時には、その場にネットがある場合はそれに接続する、いずれも、その場のユーザーネームとパスワード(ピン)を知ることが前提になる。
個人的には、家と外でその場のネットが使えない時。用意したモデムを使う。USBに差し込まなければ使えないものと、6Mくらいなら離してしておいても使えるタイプを持っていて、どちらかが、予備になるように使い分けている。後者は私がラップトップを二台使っているので、同時に接続できるのが良い。

費用はどうか、一般の人は、月払いのシステムは使っていない。セットされているSIMカードが使えるように、店に行って、或いはネットでプルサを買う。前払いシステムだ。私もそうしている。店は至る所にあるので、私は何店か使ってみたが、大差なし、駐車しやすいか、家から近いかで店を決めている。
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期間契約を選ぶが、私は一か月にしている。4~5GB+夜間(2~7時)11~12GB、10万Rpをずっと使っていたが、最近、夜間に使うことは皆無に近いので、夜間の特典なしで、9GB15万Rpを買うことにしている。私は、月平均、会社以外(自宅が主)で12~13GBを使っているから、USB差し込みタイプにジョイは4GB、今まで通りに入れている。期限切れ近くなってきて、余るようなら、映像を見ることにしている。こんな一年、自由の格安プルサもありますね。

ちなみに、日本の家では、家全体で月払いの無線ランのおこぼれを使えるようになっているので、家以外の場合だけ、矢張り、使った月だけ払う、USBモデムタイプを使っている。一か月5千円だそうだ。高っ!

日本からのお客さんは、日本の空港などで一日いくらのどこでも渡航先で使えるSIMカードを購入する?人が多いと思うが、分かっていれば、到着した現地の空港で、プルサを買った方がたいへん安上がりだし、10万Rp(800円くらい)で、一か月使えるのが普通なので、観光などで、滞在する人にも合っていると思うし、視察や打ち合わせで、短期滞在する人にも会っていると思う。使いすぎたら、町のどこにでもある店で追加購入すればいいのですから。インドネシア人が一緒なら、誰でもできます。
通信相度は遅いと思う。場所や時間帯でも大きな差があると思う。忍耐が必要の時が多いと思う。
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ゴルフ場の周りにアパートやホテルが次々とオープンしている、ジャバベカ2のエリアー内だ。今も、大掛かりなショッピングモールを含む総合施設の建設がゴルフ場入り口の直ぐ側で、始まっている。総合病院もオープンしたばかりだ。

先日の東ジャワ、バニュワンギ、イジェン火山の“気まぐれ登山“ ”よくやるよ旅“の記録です。 
ジャワ島東端の町でもホテル内のWIFIは十分使ったし、外に出た時には、山の中以外では、自分のモデムで十分だった。
http://otaenplaext.net/newpage120.html  記録と印象 
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http://4travel.jp/traveler/enplaind/
  

(^_-)-☆また、結婚披露宴 [思うこと]

 2802 行かなければならない人の場合、知らない振りをする分けにいかない。 100%、迷うだろうし、着くまで、異常なくらい、神経を使う必要があるからだ。経験から、必ず、疲れることは分かっている。今まで、例外はなかった。

地図は、あるが、全くのでたらめ、道の幅がでたらめというか、全部、同じ広さになっている。片側二車線で中央分離帯がある道と田んぼのあぜ道に毛が生えたような、バイクしか通れない道?も同じ幅、それと、距離がでたらめ、1kmも50mも同じ距離に書かれている。地図で、当てにするのは学校やモズジッドや病院しかない。ただし、そういう施設がない、田舎というか町外れというか、皆さんが住む場所は、そういうとことが大部分だ。

今日はゴルフの後、15時にジャバベカから出発した。行く先は北タンブンだが、ブカシ ティムールに近い。ジャバベカ1に中を突っ切って裏口からジャラン ラヤに出て、西に向かう。あちこちで、渋滞にハマる。特に、チビトゥン辺りからは、ずっと渋滞、タンブンに入ってからは、なかなか、進まない。というには、途中に三叉路、四差路で脇からの車やバイクの出入りする量が多いため、メイン道路が塞がれている時間が長いからだ。昔に比べると、それだけ、脇道の先に住む人が多くなったということだ。
そう納得しながら、一時間半掛かって、そのわき道の一つを右折した。曲がってきた交差点でメイン道路に出ようとしている対向車線の車やバイクが大渋滞、大行列だった。それを横目に見ながら、ちょっと進むと。また、車だ進まなくなった。この先の踏切が閉じていたのだった。もう、道は狭い、対向車とすれ違う時に、ちょっと、広くなっている場所でお互いにやり過ごすような道だ。そのまま行くと、結婚披露宴をこの先でやっているよという、藁を編んだ、なんというのでしょうか、飾りが交差点の脇に縛ってある。今日はこの先、五組の会場があるというのがこれで分かる。お日柄というか、イスラム的に日が良いのでしょうか、これ以外にも目印を何か所かで見た。
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ここを曲がってゆくと、もっともっと狭くなり、家のつくりも貧弱になってくる。通りがかりの交差点では、あの目印が飾られている。書かれているメモを見て、目的の場所か別か判断しながら進む。途中、ふえや太鼓の音が聞こえる、カラオケ?出の歌声も聞こえる。同じ会社に従業員がクラクションを鳴らしてバイクで、私を抜いてゆく、間違っていないな、もう近いな、と確信した。

到着し、先ず、受付にある箱に祝儀を入れて、署名をした。そして、本人たちや家族らしき人たちが寄ってきて挨拶するにで、私も手を握り返して挨拶をする。ま、こんな調子で、顔を見せて。お金を幾らかおいてくる、これで、万事OKだ。30分ほどいて、みんなで記念写真を撮って、その場を離れた。帰りは来た道を逆に行くだけだだ、それが、難しい、逆の景色が違うからだ、交差点右からだったか左からだったか、考えてしまう。

メイン道路に出ても、Uターンや右折にバイクや車が道を塞ぐ、遅々として進まない、もう、たまりかねて、チビトゥンでジャラン トールにはいよことに決めて、右折しゲ~トに向かった。ここも渋滞、仕方がないから、ジャラン トールをあきらめて、ジャラン カリマランを東に向かった。これが、正解だった。渋滞がなく、そこからは順調だった。そして、家に戻ったのが19時だった。

先日の東ジャワ、バニュワンギ、イジェン火山の“気まぐれ登山“ ”よくやるよ旅“の記録です。 
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(^_-)-☆言っても無駄 [変!]

 2801 いくら言っても、動かないというか、どうしようもない人がいるもので、前のダイレクター、仕事はできない、しない、知っているふりをして話す、嘘をつく、アンダーテーブルを払う、逆に受け取る。自分しか使わないものを会社に払わせる。ローンを組むものは、名義は本人で、支払いは会社からにする。無知だが本人はそう思っていない。嘘を言っているのは明らかだが、本人は、嘘という意識がない。

ご本人、バイクが欲しくて、会社の費用でバイクを買った、一般的なバイクの価格は15ジュタ止まり、(15、000、000Rp、約12万円)、平均は13ジュタくらいだ。家族4人乗りでもできるタイプだ、それなら、事務員が銀行へ行ったり、メンテナンスが何かの備品を買いに行ったり、ちょこっとした会社の用事で、外出したいときに、自分のバイクでなくて、会社のバイクとして使える。ところが、彼が買ったバイクは、スポーツタイプというのでしょうか、かなり、体を伏せるようにしなければ運転できないタイプ、そして、250cc36ジュタもした。会社の名義ではなく、彼の名義になっている。彼、曰く、会社が赤字で、会社には売れないといわれ、個人名義ならいいと言われたから、そうした。そして、ローンの支払いは、会社がする、と、契約した。という、それで、売り先は、それで、認めたのか?と聞いたら、OKだったという。こんな、変な、話はない。本来、会社に信用がなく、その会社に売れないと言っているのに、ローンの支払いは、会社からで、OKとは、保証人は誰だと聞いたら、会社だという。私の頭が変になったかなと思わされた。

 会社を信用できないなら、会社の名義にして、あなたが信用されているだろうから、あなたが払う保証をするのが、普通でしょ、常識でしょ、売り主が本当に,あなたが言っているようにするなら売るというのは、おかしな話で、あなたが言っていることは、誰にも信用されないよ。そういってやっても、ご本人、私が言っていることが分からないらしい。やってしまったことで、今更、何を言っても、仕方がない。

 それでは、どうするか、ご本人は、会社から去ってしまっている。バイクは置きっぱなし、誰も使わない、駐バイク場に置いたままだが、雨に濡れたままだ。彼名義、彼に売ってしまいなさいよと、本人とインベスターに、言ってあるが、一向に、売る、動きがない、ローンを払ってしまわなければ、売れないなどと言っている。言い訳にもならない。売って払えばいいでしょ。
結局、どうなるか分からないが、とにかく、会社からは、ローンを払うのを止めると宣言した。持ち主は会社ではないのだから。

ほぼ完成、先日の東ジャワ、イジェン火山の“気まぐれ登山“ ”よくやるよ旅“の記録です。 
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何年ぶりだろうか、ブリタールのマリアさんから、近況の知らせが入った。帰して、8年以上過ぎた。勿論、ずっと会っていない。会いたいと言ってきた。私も会いたいが、無理だ。もう、40歳近いと思うが、若くみえる。いつ頃の写真だろうか。この子は、今、6歳になると思う。帰した後、妊娠がしにくい状態だということが分かって、その治療費は私が送ってやった。そして、生まれた子だ。私のウェブサイトの初めごろには、彼女と一緒にインドネシア、あちこち、旅をしたので、写真に写っている。パニック障害の時には、命の恩人の感があった。
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ナンバープレートを売っている店、いいのだろうか。
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渋滞で車の真横に止まったバイク。
 

(^_-)-☆引っ越し、いつ? [矛盾]

 2800 また、新工場の進捗状況を眺めてきた。引っ越しの予定日まで一週間。どうなることでしょう。約一か月前に、また、一週間前に、チェックに来たが、今月末に引っ越しは、出来るはずがないと、断言し、施工主やコミサリスへ報告しているが、どちらも、今月末に引っ越しすると,断言している。今日の様子は、写真の通り、あと10日で、引っ越しと、即、稼働できる状態にできるはずがない、少なくとも、体裁が整うまでには、これから、一か月はかかる。そして、直ぐ、引っ越しというわけにはいかない、水のこと、電気のこと、そして、床や壁などのコンクリートの状態が安定するまで10日以上かかる。結局、日本人が普通に考えれば、一か月前の予想通り、10月末の移動にするのが、妥当になるでしょう。しかし、インドネシアでインドネシア人が決めることです。不完全でも強引に完成したということにして、引っ越せというかもしれない。もう、そうなれば、私には、どうにもならないでしょう。私が、この場所に移転することを反対したことは、無視されているにだから。
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今日、夕方の新工場の進捗状況だ。その場所に向かう道は、普通車がすれ違えない狭い場所が続くし、雨になれば、相当の泥濘になりそう。コンテナ車は数百メートル離れたところまでした到達できない。従業員も通勤がかなり大変になる。全ての取引先までの距離が4kmほど遠くなる。私は、多分、国道に出てから東に向かい、途中から南に向かう通勤路になる。今日、実験してみた。住処まで変えるのに5分程度だった。私に場合は、通勤時間は今のところと同じくらいだ。
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新工場の前の道も、普通車がすれ違えない、そして、特に夕方と早朝は、こんな状況も珍しくない。移転もそうだが、移転した後、どんな、問題が発生するのか予想がつかない。全ての神にお願いするしかない、客先には絶対迷惑を掛けないようにしなければならない。それが、一番心配だ。

未完成だが、先日の東ジャワ、イジェン火山の気まぐれ登山?よくやるよ旅の記録です。 
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タグ:無茶 無理 不可

(^_-)-☆フル稼働 [日常]

 2799 四ラインしかない押出成形ラインはフル稼働だ。24時間三交代、マシンストップは日曜の朝から月曜の朝までだけだ。冷蔵庫の売れ行きが良いようで、追加注文が増えている。また、日本の水槽屋さんは一番忙しい時期は過ぎたが、注文が落ちていない。それに、何やら知らないが、S-PVCのチューブもコリアン企業からの注文が増えている。引っ越しに備えて、在庫も増やしておかなければならない。
 皆さん、真面目に良く仕事をしてくれる。というのも、やっと、従業員が定着してきた。開業から半年くらい前までは、テストもせず、金をせびって入社させていた従業員ばかりだった。ダイレクターを先頭に、仕事ができない、不向きの連中ばかりだった。ダイレクター自体が自分が不向きと気が付いていなかったから、どうしようもなかった。それらの人達全員、会社から去ってもらって、見込みがある人だけを入社させた結果、やっと、定着、三交代の各シフトのリーダーもでき、日勤の工場長補佐のような立場の人間も育ってきた。
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そんな中、昨日のように、新規の注文、金型製作依頼も入ってきている。今日は、先ほど、ジャバベカ内のインジェクションモールドの会社から、私指定で呼び出しがかかり、行ってみた。行って見たら、ナンブに頼んだが断られて、私を紹介してくれたという。求めているチューブはシリコン樹脂だという。それじゃできないよ。シリコン樹脂を入手が難しいし、成型方法も特殊で、他の樹脂に簡単にできない、専用設備が必要だよ、メイド イン インドネシアは、出来ないね。KIICに信越化学らしき会社がるが、あそこは、何を提供しているのかなと、ふと思った。
で、滑り止めグリップというから、シリコンでなくても、耐熱がそれほど必要なければ、柔らかく滑りにくい樹脂ならいいじゃないの、と、エラストマーでどうか、それなら、当然、原料自体、シリコンより安くなるし、かなり、値下げになるよ、一例としてサントプレーンを提案した。青だという。着色可能なナチュラルグレードにすれば、何色にでもできる。硬度もショアーAで、50とか60くらいのグレードも一般的なるよ。と。
オレフィンやPVCなどに比べ、安い樹脂ではないが、成形は簡単にできるから、見積がOKなら、30日後,以内には、サンプルを出せる。
それだけ、説明すると、大変、乗り気になってくれて、見積もり直ぐにでも出してほしいと頼まれた。毎月400kgくらいのクオンティティーだ。面白そうな仕事になりそう。
http://otaenplaext.net/newpage120.html急いで書いたので、変換違いや誤記が多いでしょうが、イジェン旅記録です。修正中。
  

(^_-)-☆現実に戻る [日常]

 2798 早速、会社訪問、新規の製造依頼が入った。MM2100の何でも自動化装置の製作会社からでした。図面がないので現物サンプルを戴きに行った。押出部品は日本から輸入しているので、インドネシア内からの調達をしたい。ちょっと難しそうなのが、HDPEの無垢の角棒、約13mm角、スができる心配がある。丸なら絶対スができるから、固化押出をしなければならないと思うが、角棒だから、大丈夫のはずだ。ただ、平らな表面が内側に引けるのでその分、膨らませる必要がある。どれくらいのRにするのか、修正しながら、試作をして決めることになる。
 そからの帰りの途中、MM2100からジャラントールjalan tolを使わないで、ジャランラヤjalan rayaで、チビトゥンの金型会社に寄って、この製品の金型製作依頼をした。

MM2100の奥の方の状態は、拡張目覚ましいものがある。一か月ほど前と今回で二回目になる。私が20年前にいたのは、MMに入って直ぐ、LGの向かい、現在のPT.NANBU第二工場(当時、PT.KITAGAWA)だったので、車は空いていたし、2~3分で着いた。そこから、奥に行く場合は、飛鳥のレストランに行くくらいしかなかった。MM2100の中の行動範囲はルコを含めた半径、多分1km以内でしかなかった。
そして、次のPT,AFMI(現在PT.TPR)は、当時、MM2100の一番奥に近かった。そして、それより奥には行くがなかったので、その奥のことは全く知らなかった。その後、PT,NANBUは、第二工場の裏側なので、これまた、奥に行く機会は全くなかった。

ところが、今日行った場所は、入り口から、到着するまでの時間をチェックした。なんと、15分もかかった。道は広くて渋滞はないと思うが、とにかく、ポリシティドゥールが多すぎる、普通車でも速度をだせないのに、コンテナ車は超徐行するしかない。何故、MMの中はpolisi tigurがこんなに多いのだろうか、車を傷めやすいと思う。車やバイクのメーカーは、構造的にポリシティドゥールに耐えるかどうか、テスト走行をしなければならないと思うくらいだ。自分で運転していて、嫌になってしまう。だから、距離以上に時間がかかる。MM2100以外の工業団地にはこれほど多くのポリシティドゥールはない。

トヨタやダイハツのパーツセンターの前を通って、ずっと先、左に曲がって、右に曲がって、また、左に曲がって、左に曲がって、右に曲がると、先に、工業団地の限界が見える、その手前までだ。途中の日本の大企業と言われる会社が進出し、多分、今までの工場が狭くなって、この辺りに、第二、第三といった具合に作ったのでしょう。この規模は驚きだった。ジャバベカ イジップ ヒュンンダイ デルタシリコン デルタマス カワラン スルヤチプタ ミトラカラワン プキットインダー インドタイセイ などなど、どんどん、工業団地は拡張されていて、どんどん、空間が埋まってゆく、そして、また、空間を造成する。どこまで、拡張するのでしょうか。そして、その進出企業の大部分は日系企業だから、すごいと思う。
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MMからの帰途、裏から出て、カリマラン川を渡って、チビトゥンに向かう途中。一般道の雰囲気はこんなものだ。昨日までの場所との違い。これが現実だ。


タグ:新規 現実 進出

(^_-)-☆チカランに戻り [行動]

 2797 あっという間の4っ日間でした。今日は、何もなし、ひたすら、チカランへ戻っただけ、バニュワンギの町の通りから見える場所にポトンカンビンの場所って、既に生贄にされた牛やヤギなどの肉が刻まれて並んでいた。11時過ぎで、既に、ほとんどが持ち去られて、残り少ない状態だった。町は閑散としていて、シャッターを下ろしている店が殆どだった。空港へは早くついてしまって、搭乗まで2時間待ち、ちっちゃい飛行場、待合室は狭い、搭乗手続きの後、外に出て時間が来るのを待っていた。見ていると、ギリギリに来る人が多い。真面目に二時間前に来る必要はないな。今までの経験から、地方の空港は特にそうだと思う。が、性分で、2時間以上前の着くように出発してしまう。

 スラバヤ、ジュアンダ空港では、搭乗まで1時間待ち、ゆったり、居眠りをして待つ。順調に移動、17時半に家に入ったが、一つだけ、ターミナル3は、表示の数が少ない、何が何処にあるか、いちいち、そこの人に聞かなければならない。行きも帰りも、無駄な時間を使わされた。

 ところで、体全体に痛み、特に、太ももの痛み、あれほどどうしようもなく、痛かったが、家に着いた時には、全く痛くなくなっていた。昨日の夜のマッサージが効いたのか、一時間半くらい、足を主体に全身マッサージをしてもらった。15万Rp,その時は、痛みに耐えながらで、あまりに痛がるので、マッサージの女性が心配して、弱くしようかと、言っていたが、そのままでいい(ビアルカン)と、返事をした。それが効いたのか、サロンパスが効いたのか、元々、何もしなくても治ったのかは、確認しようがない。

 今回の旅、旅とは言えないし、旅行とも言えない。なんというのでしょうか。冒険とも違う。登山には違いないが、登山が目的ではなかった。もの好きの行動、ということでしょう。最近旅をしていなくて、ちょっと、禁断症状になっていて、そこに、飛び込んだのが、イジェン情報でした。予備知識はほとんどなしで、衝動的にチケットを買ってしまった。そして、行けて良かった。
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バニュワンギのターミナル。管制塔がなければ、ターミナルに見えないどこにでもありそうな建物が野原の真ん中にあるだけ。この空港でちょっと残念だったこと、硫黄の塊を取り上げられた。可燃物だから尤もだが、売っている奴は、そのことを言わない。飛行機で帰る人は、気を付けよう。バッグに入れないで、悪いことだが、身に着けていれば通過できると、その時、すぐに思った、失敗した。結構、匂いが強いからばれても知らない。
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昨日書いたドラゴンフルーツ、日本のスーパーにも最近は、たまに、並べられているのではないでしょうか。今は、旬ではなく、普通は雨季に入って一か月後、11月が収穫時だそうだ。本当かどうか、運転手が言っていた。
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 昨日の夜食べた,スープ ソプ セハットSop Sahatとメニューに書いてあった。なるほど、豆腐、ソーセージ、ニンジン、白菜、ホウレンソウなどなど、色々な食材が入っている。バランスのある栄養が取れそうだ。その名も“健康スープ“ですから。
   

(^_-)-☆プラウ メラー [旅]

 2796 Pulau Merah赤い島という意味です。バニュワンギから南西、車で2時間余りかかる海岸にある、ちょっとした島だ。岩山と言った方が良いかもしれない。一応、この辺りでは、数少ない観光スポットの一つで、本当は、二日目も、イジェンに挑戦したいと思っていたが、とてもじゃないが無理だ。タクシーの運転手が、いいところだから、行って見ないか、P.P 70万Rpでいいからというので、どこにも当てがないので、行って見ることにした。時間つぶしで、全く、期待していなかった。東ジャワのトゥアーのコースになっているらしい。スラバヤ、ブロモ、イジェン、プラウ メラ-、バリというコースがあるらしい。外国人も大勢来るよという。
 行って見た。私が思った通り、何もないところだった。この辺りでは、多分、唯一に広い、そして、長い砂浜を持った海岸だろうと思う、そして、その真ん中あたりに多分、引き潮なら歩いて行ける岩山がそびえている。緑の山だ。何故、これは、赤いのだろうか。そして、それだけ。バニュワンギから観光客が往復4時間以上かけてくる場所ではない。三連休の中半だというのに、外国人観光客を運んできただろうバスは全くないし、当然、一人たりとも合わなかった。インドネシア人の若者が多分、パンガンダランの20分の1くらいだろうか、ざっと見て、結構、広々とした海岸に1~200人ほど、散らばっていて、マングローブの林の中に1000人ぐらい、座り込んでマカンやパチャランの雰囲気だ。
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 私は高齢者一人で、どうしたか、4Kmほど海岸を歩いて、それ以上先には人がいないし、足跡も無くなる場所まで行って、先と後ろの写真を撮って、戻った。10時にホテルから出て、12時には、着いた。ソプサユールで食事、岩山の左側までいって、様子を眺め、戻って、既に書いた行動をした。車に戻って14時には、そこを離れ、ホテルに着いたのは16時。行かなければよかったが、行って見なければ、行かなければよかったお言えない。
 この途中、ブアナガBuat Naga分かりますか、知っていますか。ドラゴンフルーツの大産地でした。日本語ではなんというのか知らない。想像の世界の竜の鱗に似ているからでしょう。日本で栽培しているのでしょうか。非常に変わった木というのでしょうか、サボテンにも見えるし、花はどんなでしょうか、全く知らない。変な果物ですね、中身はキューイーフルーツに似ているという人もいる。

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/pageo407.html リンジャニ ロンボック
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0406.html
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page237.html バトゥール バリ
ところで、昨日の後遺症で、両足の人腿が滅茶苦茶痛む、階段を一歩でも降りるのが大変になってしまった。上りや平地は感じないが、ちょこっと下るだけでも痛みが走る。バトゥールの時は日帰り、今回も日帰り、翌日に痛みが出た。高齢者の痛みは時間差があると言われる。翌日以降に本格的な痛みが現れるという。リンジャニの時には、山で一泊しての下山だったから、負ぶってもらう羽目になったと思う、今回も、今日、下山なら、多分、自力ではだめで、リヤカータクシーのお世話になっていたと思うほど、痛い。サロンパスチールを買って塗っているが、直ぐには治らない。
  

(^_-)-☆イジェン山 [旅]

 2795 Bunung Ijen2799M 頂上まで登った分けではないが、その西、直ぐ傍のKawah(火口湖)の周辺まで行った。そこで、山頂すぐ下の稜線から上るサンライズを拝んだ。その場所に背中側に火口湖が壮大に広がっていた。タンクバンプラフの形に似ているが規模はその三倍以上と感じた。真っ暗のうちにその脇を通って、サンライズスポットに向かった時には、左側が落ち込んでいることは分かっていたし、もうこの時には、完全近くに、体力と足やひざの状態が限界に達していて、ちょっとふらっとしただけで、よろめきそうで、出来るだけ、右側を歩いていた。明るくなって、サンセットを撮り終わり、多くの人が反対側を覗き込んだり、写真を撮ったりしているので、何があるなとちょっと登ってみると、なんと、豪快な火口湖があるではないか、或ることは知っていて、ガイドに、この次は火口湖を身に行きたいと言おうと思っていたところだった。しかし、ここは、危なそう、タンクバンプラフのような、柵がない、カワに向かって、下がっていて、滑りでもしたら、当然、落ちてしまいそうだ。写真を撮るのも及び腰、足が、それでなくても、既にガタガタになっているから、こらえようがない。

今朝からのことを、最初から書く、9日23時に、タクシーに迎えに来てもらった。車の駐車場というか、そこからは、バイクや車は使えないという場所まで1時間ちょっと、タクシー料金20万Rp弱、0時ちょっと過ぎに到着、早速、ガイドを運転手が気にいっている人を頼んだ。1時に出発で、7時頃戻る、そして、青い炎とサンライズと火口湖を見るコース、これが、一番ハードで、ほとんどの人は、青い炎一か所、或いは、日の出と火口湖、どちらかだそうだ。私は、甘く見ていて、フルコースにした。防毒マスク、懐中電灯、ガイド代合計25万Rp前払いだった。
 
 歩き始めた、世間話をしながら、30分ほど、それほど急ではないが、砂と小石の間くらいのちょっと、滑りやすい道だった。ところが、急に高角度の上り坂になった。例によって、インドネシアの登山道は日本のジグザグよりはるかに直線に近いジグザグになる。そこに差し掛かって10分もしない内に、腿が急に張り出したのを意識した。こんな坂が続くようだったら、リンジャニの時の時のように、下りの心配をしなければならなくなると思いつつ、上り続けた。早い時間の登り始め他だったらしく、登山者はまばらで、ほとんど、追い越したり、追い抜かれたりしない。真っ暗の中、無言で、黙々と上る。時々、道に縦割りの窪みがある。雨で浸食されているのです。青い炎まで二時間だと聞いていた。一時間ほど登ると、ポイント5という地点に着く、富士山の何号目かの山小屋というか休憩所があり、コーヒーなどを売っていた。そこのあかりが妙に眩しかった。私が到着した時には10人ほど先着がいたが、20分休憩ということで座っている間に、続々と後続が到着する、あっという間に、50人ほどでその場で立ったまま休憩したり何かを飲んだりしている人であふれてしまった。

 再び登り始まて、そこまでの道より、石がごつごつするようになり、狭くなり、急になった。もう、最初に作ってもらった杖が邪魔になるほど、手をついて上がらなければならない場所がふえた。完全に無心状態で、ただ、ひたすら上る。後500mほどで、青い炎が見える場所に着く、と、言われながら、また、黙々と上る。登り始めて2時間くらい、やっと、あれが青い炎だよと、言ってもらえた。着いた、やっと着いた。と、ちょっと、感激しようとしたが、青い炎、ずっと、ずっと、真下に近く見える、先にかすかに見えるだけ、ここまでで終わり?そんなはずがないでしょ、と言いかけた。ガイドが、ここから降りようと、目の前の真下を指した。

懐中電灯で照らすと、ここから?としか思えない。道があるように見えない。そして、ずっと下に掛けて、懐中電灯の光が点在していた、先行者は、それほど多くの人ではない。ここから、滅茶苦茶試練が始まった。もう、どうにでもなれ、足や膝が壊れて立って居られなくなるまで言ってやれ、破れかぶれになった。降り始めて直ぐに、ガイドが、察したのでしょうか、左手を出して手をつなごうと言ってきた。もう、急なんて言うものではない、真下に向かって、ちょっとジグザグに降りるが、大きな岩がいたるとことで行く手を塞ぐ、そのたびに、右か左か聞く、手を引っ張って、方向を示してくれる。足は行く方向に向いていない、横向きにして、降りるしかない。延々と続く、青い炎が、逃げ水のように、なかなか、近くならない、時々,硫黄を担いだ人が上げってくるので、よける。聞くところによると5~60kgを担いでいるという。ガイドもこの仕事をしているという。1kg1000Rpだという。50kgでたったの5万Rp(400円くらい)一日4回以上往復するそうです。24時間、いつでも働きたいときに働いていいという。稼ぐ人で、一日26万Rp(2000円)くらいだという。ガイドをできる人は、恵まれている。



30分以上掛かって降りたところが青い炎の30mほど手前、ちょこっと、平らなところあがって、私は座れる岩を探し、座ってしまった。そこの多分一時間以上いたが、その岩を他人に譲ることはなかった。ガスマスクを必要かなと思って、つけ方を確認した、結局、つけなかったが。

光景は、神秘的というしか、適当の言葉がない、既に、足がどうなっているのか分からない、それでも、そこかた、何回は、炎に近づいて写真を撮った。フラッシュを使ってはうまく撮れないことが分かった。その後、続々、大勢日人が到着した。ちょっこっとした平らな場所も立って居る人で一杯になり、その周辺の急な岩の崖のようになっている場所にも多くの人が立ちだし、写真を撮りだしていた。外国人が一杯だ。私も一応外国人。言葉が面白い。日本語は全く聞こえてこなかった。ガイドと入れ替わりで写真を撮った。そこにいる間は、こんな場所なら、急に目眩でもして、そのまま、眠り続けてもいいかなとも思った。

5時には日の出を見る場所に行かなければならないから、ここを4時に出発した。落ちてきた道を上り始めた、5分もしないに、腿がもうだめだと言い始めた。しかし、上るしかない、ガイドが引っ張ってくれていた。降りてくる人が多く、その人たちとすれ違いで止まることが多く、その時、ちょっと、助かったと思った。硫黄を担いだ人が、追い抜いてゆく、行けどこ行けども、頭上にランプの明かりが見える。まだ、あんなにのぼるの?そして、そこ距離は全然減らない。そして、気が使に内に、先ほど止まって見下ろした場所も通過していて、なお、険しい登りだった。そして、歩く道の足元の様子が変わった。岩のごつごつがなくなり、滑りやすい、砂、小石の道になった。そして、行く手がほんのり明るくなった。緩やかない登り、私の足と膝にちょっと余裕が出てきた。どんどん、稜線の先に近づくにしたがってイジェンの山のすそ野が明るくなって、5時20分くらいの日の出だった。ここに、この時間来る人はまばらで、私たちは稜線からちょっと降りてサンライズを見ていたが、振り返って稜線を見上げると、一列にまばらに並んでいる人々が見えた。よく、昔、西部劇で、インデアンが岡の上に急に現れて、下を見ている姿に似ているなと思った。

日の出を拝んで稜線に戻ると、向こう側にカワがあって、びっくりした。写真を撮りながら。下山し始めた。私が一番心配したことは、下りだった。上りでは膝ががくがくすることはないが、下りでは、リンジャニの時に経験しているが、膝ががくがくしてしまい、歩けなくなってしまったことがあって、休憩を長時間しなければならなくなった。ポーターに負ぶってもらう羽目になった。情けなかった。その状態は、どうにもならなく歯がゆかった。  それを心配したが、大丈夫だった。急な下りでは滑って転ばないように杖を使って細心の注意を払った。下る人は青い炎からの人、カワの端まで来ていた人たちが合流したので、にぎやかだった。いろいろな言葉、いろいろな人種、誰かが転びそうになって、危ないという言葉や気を付けてという言葉がとびかっていた。そして、7時前に駐車場に戻った。やれやれ、よく持ったなと思った。

余談、上り始める場所に、小型のリアカーを持っている人が大勢いた。その人たちも、三々五々登り始めていた。何か?タクシーだという。カワまでの往復で70万Rp.片道なら、上りでも下りでも40万Rpだという。私にも声を何回も掛けられた。そして、万が一の時には私も世話になるかもしれないと思った。道中、どこにでもリアカーを持った人が客待ちをしていた。面白かったのは、普通、一人が引っ張り一人が押す、二人で一台を扱う、しかし、私たちが下ってきて、ポイント5に差し掛かった時、そのリアカーに100kg以上はある女性が寝転ぶように乗っていた。二人が引っ張り、二人が押していた。こりゃ70万Rpじゃ済まないでしょう、私のガイドが、倍以上は、払わなければならないと言っていた。利用する人は結構いるが、勿論、青い炎の場所に行けないし、サンライズにスポットまでにも行けない。

偶に日本人のツアーも来るという、青い炎まで行ける人はいないと言っていた。そりゃそうでしょう、パンガンダランのジャングルなど、問題にしていない私が、参ってしまったのです。ガイドは、私はすごい、参ってしまうと思っていたが、最後まで歩きとおしたと、運転手に報告していた。観光気分の普通の人では絶対無理です。リヤカータクシーのお世話になるでしょう。それでも、ここのうりもの本来目的のblue flameには近づけないでしょう。

とにかく疲れた、体はガタガタ、頭が痛い、ふらふらする。8時にホテルに戻って、朝食の後、爆睡してしまった。目が覚めたにはお昼過ぎ、まだ、頭が痛かったし、左足が強烈に釣ってしまった。そして、今は20時過ぎ、もう、大丈夫だ。一人、やったね感に浸っている。
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200枚以上は撮った。どの写真を添えるか迷った。
  

(^_-)-☆バニュワンギ [旅]

 2794 チカランから1000Kmほど東、ジャワ島の東端、ちょっと東向こうに、バリ島がある。ここは、バニュワンギBanyuwangiです。今朝、5時前に家から出て、ちょっと、ここまで来てしまった。スカルノハッタ空港のターミナル3がガルーダのドメスティックになっている。以前、コタキナバルへ行ったときに、アジアンエアーでここに来たことがあったが、様変わり、広すぎるし、案内板が私には読みにくい、大体、ガルーダのカウンターが、やたら沢山あり過ぎて、どこのカウンターへ行ったらいいか分からない、私が預ける荷物は持っていないから、バゲジを預けない、エコノミーカンターに行けばいいが、それだけでも、多すぎる、結局、聞いてしまった。どこでもいいよと言われた。

次に、搭乗ゲートに行くにはどこからか分からない、広いフロアーの人の流れを見ても分からない、分かたないはずだった、ずっと向こうの端で、それも、そのあたり、レストランやショップを建設中で、簡易の壁が沢山あって、ゲートへの入り口にその20mほど手前まで行かないと見えてこない。

渋滞を見込んで、余裕を見て、早く、家から出てきた良かったと思う、渋滞はなく、空港へは早く着きすぎたが、空港内で、いろいろ、探すのに時間がかかってしまった。聞いてしまえばいいのだが、聞かないで、自分で探そうとしたからだ。それも、また、旅の始まりとしては良いかなと思う。

スラバヤ、トランジットでバニュワンギ、12時には到着した。何も、決めてないので、先ず、インフォメーションらしきところで、ホテルを探していることと、今晩、イジエンの火口に行きたいと話したら、一人のタクシードライバーを紹介してくれた、彼が、全ての世話をしてくれるでしょうと。AJIさん、41歳だそうだ。聞くと、結構、詳しく、私の行動を提案してくれる。結局、彼の世話になることにした。私が、移動する度にタクシーを使ってほしい、それが、彼にとってのメリットになる。先ず、ホテル、一泊40万Rp以下を指定した。そして、今、泊まっているホテルスラメットに落ち着いた。一泊、30万Rp,三日で90万Rp、私にとっては十分すぎる状態のホテルだ、プンギナパンとは言わない。

朝食付きだ、今晩、11時にホテルから出発し、戻りは明日朝、7時ころになる予定だから、戻ってから食べられる。先ほどの夕食は、表の通りを散歩しながら、ウビバカールを500g、1万Rpで買って、歩き食いをしていたら、バソマランの屋台を見つけて、それを食べた。バソマランはインドネシアでバソとしては、一番有名で、私は、本場で食べたことがあるが、確かに、私に合っていて美味しかった。バニュワンギのバソマランはいかにと、美味しかった。マランで食べた時の味がこんなだったと思った。
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プロペラ機、久しぶりに利用した。乗り心地は、良し。それほど高くないところを飛ぶので、下の景色がよく見える。今晩 登る山の北側を通過、左の高い方だ。Gunung Ijien。
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バニュワンギの空港に着陸する前の下の景色、畑や田んぼがパッチワークのように広がっていて、これも、きれい。
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タグ: 眺め バソ

(^_-)-☆“吾唯足知“ [思うこと]

 2793 ふと、思ってしまったこと。中学の修学旅行で、嵐山の落柿舎や渡月橋の向こうの苔寺、そして天竜寺の枯山水の庭園を眺めながら、目に入った“吾唯足知“という手水場?これ、なんて書いてあるの? □が真ん中にあって、その□を使って四つの文字になっている。先生に確認して意味が分かった。そうですか、禅問答のような意味だなと思った。高校の修学旅行でも再び立ち寄った。また、どこか、他にも見た場所があったが、覚えていない。誰が言ったのか、どんな書に書かれていたものか、知らない。ただ、私の気持ちの奥に、何となく、催眠を掛けられたように残っている。今でも、私の生き方は自分に十分足りていると思っている。I just learn "satisfaction".生い立ちから、ずっと、恵まれていると思う。

 そんな生き方を自然にできていると思える自分に満足をしている。ただし、その基準が、人によって違うから、それに、全てを見ているわけではないから、他人から見れば、そんなことで、足りると思っているの?努力、頑張りが足りないじゃないの?逆に、足り過ぎて、贅沢をしているじゃないかと思う人もいるでしょう。私は、他人に迷惑や負担を掛けないで、自己満足、足りていると思えるようになりましょうと、言うことだと思う。
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 通勤途中の風景、三軒の店が並んでいるが、何を売っているのか分かりますか、右と真ん中は寄ったことがあるが、左は用がない。こういうところで、食べたり、買い物をしていると、足りているなと思う。
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 建設中の多分、インドネシア料理のレストラン、離れ形式になっていて、竹が多く使われている、屋根はヤシノハブキでしょう。最近は、ヤシの葉も竹もプラスチックで作られている場合がある。その工場がタンゲランにあるのを知っている。

 新工場の建設状況は、私でなくても、2週間で、機械装置を移すとこができる状態まで完成するはずがないと思わされる。少なくとも、一か月はかかると思う。住所も知らされていない、新電話番号もまだない。排水先は100m以上離れている小川だというが、そこまでのパイプをまだ埋めてない。まさか、周りにある淡水魚養殖池に流し込んでしまうわけにはいかない。それでも、施工主は、24時間仕事で、18日には、完成させると言っている。もし、万が一できたと言われても、そんな、急いだ工事で、いいかげんに決まっている。絶対、何か、不具合が出て来るに決まっている。そうでなくても、インドネシアでのいろいろな工場を見てきているが、雨漏り、壁の亀裂、床が禿げ上がる、当たり前にこういうことになる。
 

タグ:徒然 満足 自立

(^_-)-☆変な試作 [インドネシア]

 2792 コリアン系の冷蔵庫の会社のインドネシア人スタッフから、変な試作品の依頼があった。パネルの厚さが、3mmだった輸入品から4mmのインドネシア産に切り替えたという。私の処で他の会社を手伝っているトリムというパネル先端のカバーの先端を広げて提供してほしいという。無茶を言う。今の製品の隙間は奥が3,5mmで先端が2.5mmになっていて、3mm厚さパネル用ぴったりにデザインになっている。それの隙間を広げて作ってほしいという。奥はそのまま3.5mmでしかできないが、先端を広げるなら4mm以上にはできる、しかし、それでは、奥まで差し込めないし、先端はパネルに密着しない。そう説明しても、それでもいいからという。

 そんなパネルカバーを付けて売り出していいの?すぐに外れてしまうだろうし、外れなくても、先端の隙間にいろいろな汚れが入り込んで不潔でしょう。
どうして4mmの物を買ってしまったのでしょうか、インドネシアで頼んだ会社では技術的に3mmはできないのでしょうか。以前、水槽屋さんで、ガラス板をインドネシア内から調達しようとしてメーカーを探したが、求める厚さでできる会社が見つからなかったと言っていた。そんなところでも、なかなか、メイド イン インドネシアは見つからないのかと思ったことがあった。

結局、千枚以上購入してしまったので、その分だけ、作ってほしいといわれ、提供した。多分、売ってしまった後は、実際に使う時には、そのカバーを外すように、するのでしょう。輸送時のプロテクターとして使うのでしょう。この会社、あまり、多くを作っていないんだろうか。

中国や韓国から輸入していたガラス板の到着が遅れて(理由は聞かなかった)仕方なく、インドネシアに有る会社から調達しようとしたが、厚い物しかなく、緊急で、直ぐ使う、1500枚程度を購入したとか、その為に、購買が飛んできたのでした。結局、無理やり広げて、作ることにし、明日納入する。その、1500枚の後は、大丈夫かと、聞いたら、分からないという。今、あなたの会社が買っている押出会社を知っているが、そこではできないのか、経営の人たちは知っているのかと聞いたら、それには、返事がなかった。
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私が技術指導というか伝授をした旧A社、現在T社の元工場長とその弟の共同経営会社、チカラン バル(ゴルフ場、ジャバベカ6の北西)にある会社、インドネシアの私の孫会社に相当する。W社である。S-PVC-BKのチューブが多いが、PPのパイプや縦裂チューブも作っている。道路は舗装が残っていないくらいの、水溜りをよけられないほど、凸凹道。押出ラインは5ラインあるが、三ラインは、自分たちで作ったもの。そういえば、N社も、最近三台は自分たちで作って、問題なく生産に寄与している。この押出機は65φ。
 

(^_-)-☆上がっていない [生活]

 2791 何が上がらないかって?私の足が上がっていないのです。多分、1cmも上がっていない。引きずって歩いていると言ってもいい。意識していれば上がるが、普通は意識していない。床に這わせてあるケーブルはテープなどで止めてあるか、カバーをかぶせて止めてある。それに、引っかかる。ケーブルを引っかけて、床から剥がしてしまう。時には、端末のジョイント部分からも抜いてしまう。
 事務所に入り人たちが、またやった、という顔をする。直ぐに直そうとすると、彼らが、私を邪魔扱いのようにして、直す。足が上がらないこととは、別に、プラスチックのコップに紅茶などを入れて、飲みながら、仕事をしている時、私の注意散漫で、コップを手に引っかけて倒し、机の上や床を濡らしてしまうことも時々ある。そういう時も、彼らが、またやった、という顔をしながら、ティッシュや雑巾を持ってきて、拭いてくれる。自分でやるからと言っても、やられてしまう。なんとも言えない複雑な気持ちになる。望まないが他人の世話になるということは、こういうことから始まるのかなと。

 躓きやすくなったのは確かだ。ジャングル歩きや山登りをするときも、滑りやすくなったし、転びやすくなっている、それを、意識していれば、転んだり、躓いたりしないのだが、ついつい、意識をしていなくなる。10日は、どんな山か、多分、インドネシアの山登りだから、ジグザグより、まっすぐ上る道が多いはずだ。周りの景色に気を取られたあり、ガイドとの話に夢中になったりする可能性が高いが、意識して登ろうと思う。

 注意不足と言えば、つま先を何か、身の回りにあるものにぶつける。普通に部屋の中を歩いていて、椅子やテーブルの角というか足にぶつける、足の小指をぶっつけた時には、加減してぶっつけているわけではないから、どうしようもなく痛い。これが、最近、非常に多くなった。以前、金型を取り付ける仕事中に、かがんで、何かを拾ったり、手にした後に、頭を金型にぶっつけありすることが多かった。このときの痛さも、ただただ、じっと耐えるしかなかった。そして、周りに人たちからは、自業自得だぞ、という顔をされていた。その痛みと場所は違うが、自嘲するしかない痛みだ。余計な動きをできるだけしなければ、ない痛みだ。しかし、何もしないでいる事には耐えられない。
 こんな痛みを経験をしたことがないという人はいないと思うが、頻度の問題だ。
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 あった、あった。道端のベンシン、ソーラルを売っている場所、カリマラン川添いの道。確認していないが、手漕ぎの小型ポンプ(ポンパ)が置かれていた。形だけで、実際に使えるものではないようだ。後ろにPETボトルに入ったベンシン、ソーラルが置いてあると思う。プルミニと書かれていた。何年も前に、このタイプのガソリン販売所の事を私は、プルタミナ(国営?の石油燃料の販売会社)をもじって、インドネシア人にプルタミニがあちこちにあるが、法的に認められているの、と、話をしていた。そして、プルタミニと書いてある看板を見つけて、感激した。普通はPETボトルを前面にだして売られている。20%ほど高い。


(^_-)-☆止せばいいのに [知識]

 2790 火事場の検証や掃除が終わって、周りの雰囲気は何もなかったようになっていて、そこの真ん前まで行って見ないと、火事の跡かどうか分からないくらいだ。 白壁が多いが、それほど、黒くなっていないし、窓の内側は黒くなっているが、ちょっと見ただけでは、暗くなっているだけに見える。あれほどの爆発があった割には、外見は何ともない、只、ちらっとしか見えない奥の方のダメージは酷いことが想像される、爆発は、建屋の裏側だったから。
 私の工場の裏の敷地にドラム缶が飛んできて落ちた跡があった。
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 また、移転予定の工場の様子を見てきた。とてもじゃないが、今月22日からの引っ越しは無理、一か月前に、無理だと思っていたが、今日の様子では、今月末どころか、来月末でもどうかという状況だ。出来ないことは、分かっているに、聞けば、出来るという。私の方からは、何も言う気がしない。
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ここ、一か月ほど前に、ナイロン1010というナイロンが売り出されていることを知った。ポリアミドPAの種類は、理屈的には無数にあるには違いないが、何でもかんでも売り出せばいいというものでもない。新しく売り出すナイロンは、優れた物性があるとか、同じようなら安いとか、従来品に比べて、勧める要素がなくてはならない。今回、この樹脂を提案されたのは、N11が高いので、ほとんど同じ物性で、見かけもほとんどおなじで、安いナイロンをと商社に相談したところ、勿論N12でもいいのだが、N1010はどうかと、提案された。ヘっ?そんな樹脂があるの?11ナイロンのメーカーから売り出しているという。同じ、ヒマシ油から作られるという。

安いと言っても、決して安い樹脂ではない。N11がkg、18US$くらいだが、こちらは15~16US$だ。PPが1,7US$、PCのナチュラルが3~4US$,光拡散剤入りが6~7US$,N6が4US$くらいとすれば、滅茶苦茶高い。勿論、輸入、こんな樹脂を扱う押出成形屋はインドネシアで私の処しかない。余計なことをしないでじっとしていればいいじゃないの、止せばいいのに、なんで、こんな面倒くさい樹脂を扱うのと、自分でも思う。

試作は終わった。新しい製品見積もりとサンプルを持って行って、客先に提案をする。
 

(^_-)-☆試して、目から鱗 [知識]

 2789 蚊取り線香、蚊に刺されないように、蚊よけは年中必要だ。以前、蚊取マットの効果について書いたことがあった。メーカーは、HIT,BAYGON KINCHOなどがある、スプレー、マット、蚊取り線香、一応、Anti Nyamuk Lalat Kecoaと書いてある。蚊、蠅、ゴキブリ除けということだ。私はすべて使っているし、自分の体に塗るタイプとスプレーするタイプも使っている。とにかく、どんなに密閉しても、密閉ができていないのでしょう。蚊は入ってくる。シャワー室、寝室、居間どこにでもいつの間にかいる。常に蚊取線香とマットは替えて、効果がある状態に保つことにしている。
 その時に、気になること、マットを包んである、シートから取り出すのが面倒だ。上手に取り出せないというか、シートを破く作業がうまくできない、イライラしながら、縦に裂くようにしているが、今もって、納得できる取り出し方ができていない。
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そして、蚊取線香の剝がし方だ。日本の場合はどうか知らないが、インドネシアの蚊取り線香は、プレスの型抜きの金型の精度が良くないのでしょうか、剥がした後のバリが非常に多いし、粉が大量に落ちる。しっかりくっ付いてしまっているのです。それを剥がすのが面倒、無理に剥がすと折れてしまう。折れてしまえば、折れていないまともな、蚊取り線香の上に重ねて置き、使うしかない。以前、真ん中の方から押せば、うまく剥がせるという話を聞いたことがあったが、真ん中から、どういう方法で剥がすのか、外側からでも、途中方でも、真ん中からでも同じこと、結局、不採用だった。そして、今は、簡単に剥がせる方法に出会って、苦にならなくなったし、追ってしまうことなくなった。簡単です。裏返して剥がせばいいのです。しつこく、くっ付いている物ほど、その差が分かる。アールのある方を下にして、上に剥がせばいいのです。日本で売られている物はどうでしょうか、あまり、差がないかもしれない。
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6;21スタート、この写真の時は、私たちは一組を待つだけだった。後ろを見ると、何組でしょうか、私たちの前をいれると13組以上並んでいた。間隔を7分とみて、一番後ろは1時間半待ちになる。10組くらいのコンペと聞いた。全て、インからのスタートだそうで、このコンペ、最初の組が終わってから、表彰会場で一時間以上、待たなければならない。無駄な時間が多くなるなと思う。イン、アウト半分ずつスタートできればいいのにと思う。
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キーボードが機能を無くすとは思いもしなかったが、キーボードの外付け、こんな、使いかたもできるんだ。千円もかからない、安い費用で、万事解決した。日本で修理に出したりしたりしたら、一万円以上払うのかな。


(^_-)-☆ジカ熱 [インドネシア]

 2788 異常気象は続いて、本来、乾季(ムシン クマラウ musim kemarau)のはずなのに、雨季のような天候が続いていて、10月ごろから雨季になるはずが、気象庁では9月から雨季になったと言っている。それでは8月まで乾季だったかというと、ずっと雨季のようだった。

 このマンガ(日本ではマンゴーというらしい)の木だけに小さい実が沢山ついている。他の100本以上あろうかという木には実がついていない。本来、マンガは乾季から雨季に変わったころ実をつけ始める、ところが、一か月前にも一本だけ、実をつけてしまった木があった。そして、今日また一本見つけた。マンガも実のなる時を、迷っているのです。
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ということで、インドネシアでは、“風が吹けば桶屋が儲かる“ではないが、雨が降れば、デング熱が発生しやすい、年中雨が降っているのだから、年中デング熱が流行っている。
 今日、先ほど、デング熱Deman berdarahに掛かっていた友人が、回復し、ゴルフに復帰した。シロアムに5泊した人です。両腕に、なんという名前でしょうか、韓国人が様付けているリストカバーというのでしょうか、長袖の下着を着ているように見えるやつ、を、着けていた。蚊に刺されることを、早速、警戒しているのです。日焼け防止と私は思っていたが、蚊よけにも役立つ。日本人の多くは両腕を出した状態、また、膝下の足を出した状態でプレーしている人が多い。蚊を警戒するなら、出来るだけ、肌を出さない方が良いに決まっている。

 そして、昼間、活動する、胴に白い縞模様がはっきりある蚊、ネッタイシマカ、いますよ。茂みに隠れているが、人が近づけば、出てきますよ。ティーグランド近くに茂みがある場合、特に気を付けましょう。渋滞している場合は、その場で、しばらく、待っているのですから、蚊にとっては、刺す絶好のチャンスです。

 ジカ熱Deman zika、今日のTV ONEで流していた。マレーシアとシンガポールからの到着便から、出てくる人たちに特に、熱のチェックをしていると、メダンとジャカルタの空港、バタムのフェリー港の様子だった。
 ブラジルなどラテンアメリカばかりじゃないんだ。マレー半島にもジカ ウイルスを持った、ナッタイシマカが来ているんだ。インドネシアへの患者の入国を警戒しているのです。インドネシア内ではジカ熱に掛かった人がいるとは、聞いていない。
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Waspada VIRUS ZIKA ジカ熱警告 Malaysia Lakukan pengasapan マレーシア噴霧消毒
bom meledak di pasar dekat kediaman presiden filipina. 10 tewasフィリッピン大統領官邸の近くで爆発。犠牲者10人

 デング熱が流行っているのにジカ熱まで来てしまったら、面倒な事になる。ま、インドネシアに今までジカ熱の話を聞いたことがなかったのが不思議なくらいだが。
   

(^_-)-☆爆発びっくり仰天 [災害]

 2787 まだ、興奮している。ドン、という音がして、すぐ、セキュリティーが、事務所に飛びこんできて、クバカラン トゥタンガニヤKebakaran tetangganyaと叫んだ。直ぐ飛び出すと、左の三軒置いて四軒目の工場から、もうもうと黒煙がすでに天まで届いている感じだった。続けて、爆発音とともに、大きな火の塊が黒煙を突き破るように吹き上がっていた。何かの破片が吹き飛んでいた。
 私の会社までの距離は100m近い、それほど遠くもないが、近くもない、中途半端な距離だと思い、今、どうしようか、一瞬、考えた。どうせ、停電になるだろうから、生産を止めさせた。万が一の場合を考えたが、原料や装置を持ち出すことはできない、そこで、事務所の中にあるものすべてを持ち出すことにした。
 私のアバンザとボックストラックに積めるだけ積んで、現場から500Mくらいの路上に駐車した。社員はその車の周りに自分たちの身の回り品をもって、集まって、待つように指示した。私は、車を置いて、会社の前に戻った、社員やセキュリティーの主だったもの数人が一緒だった。

 二台消防車が到着したには、20分後くらい、それから10分間隔に三台、計五台で消火活動、向かいのミニヤック ゴレンの会社の敷地内から消火ホースを伸ばし消火に参加していた、その間、ずっと、5分間隔ぐらいで、なにかもガスボンベだと思うが、爆発を繰り返していた。警察、消防、市の職員らしき人達が、野次馬の排除や消防車の通行路に確保をしていた。私と言えば、会社の前から、ちょっと、現場に近い、歩道のようなところにいて、様子を見ていた。爆発が起きるたびに、10mほど下がるが、いつの間にか、また、近づいていた。周りの知らない人が、何か、馴れ馴れしく、話しかけてくる。あなたはどの会社の人かとか、あの火事の会社は、何を作っているのかとか、怪我人、死者はあったのかとか、面倒くさいから、いい加減な返事をいていた。すると、ここに似合わないバティックを着た人が、私に話しかけてきた。日本人かとか、もう、鎮火したねとか、だった。近くにいた従業員の一人が、チカランの市長だよ、と言っていた。その人、直ぐ近くにブカシの市長と消防署の幹部などたむろをしていた。 そこに、4人の若い女性が、自分の会社に戻ろうとしていて、邪魔になるので、その幹部連中に、失礼permisiといって、ちょっと、どいてもらって、通り抜けた。すると、その市長、彼女たちに、まだ、戻るのは早いから、ここで、話をしようよ、などと、笑いながら言っていて、言った後、私の顔を見て、ニヤッとしていた。火事場だぞ、ここは。
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 野次馬もたじろいで、近づけないほどの爆発だった。

 昼前に鎮火した。四軒目が火元で三軒目が半焼だった。私の会社は、裏の方まで回って見たが、何事もなかった。持ち出した車へ行って、持ちだしたものを、全て、戻した。丁度、金曜のお祈りの時間、私は、皆さんが、もう、私の指示はいらないから、そして、いてもらっても邪魔になるから、家に戻ってほしいというので、私は家に戻った。14時前だった。

 爆撃(実際に経験していないが)かと思わされる強烈な炎と爆発音だった。しかし、広がる気配はなかった。

ワルタワンも何人か取材に来ていた。ジャカルタ新聞にも載るでしょう。先ほど、テレビでも報道されていた。何やら、黒くなったドラム缶が山積みになっていた。それは、空のようだった。あれが、から出なかったら、もっと、とんでもないことになっていやかもしれない。73年で、初体験でした。
  

タグ:爆発 火災 黒煙

(^_-)-☆生活描写 [生活]

 2786 私が扱う原料の殆どが輸入品なので、条件に付いて気を遣う。DDPって何?輸入するときのいろいろの条件のうちの一つです。
MOQ Minimum Order Quantity 注文の最低数量
DDP Delivered Duty Paid 通関費用を売り主が負担
DDU Delivered Duty Unpaid 通関費用は買主負担
FOB Free On Board 本船甲板渡し
C&B Cost and Freight 運賃込み
CIF Cost、Insurance and Freight,  運賃・保険料込み
間違っていないと思うがどうでしょうか。しっかり、確認しておかないと、問題が起きるかもしれませんね。
荷物がインドネシアの空港や港に到着しても、何かと、手間や金が必要になる場合が多い、それは、DDP以外の条件だったからです。私はDDPでお願いするようにしている。払う金額とそれを受け取れる日が、はっきりするからです。
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LPGのボンベが空になった。半年ほど持つ。近所の販売店に空のボンベを持って行って、ガスが入っているものと交換する。12Kgと、書いてある。16万Rp(千二百円くらい)安いですね。写真の小さい黄緑色は1kgで、カキリマはワルンで使われる携帯用です。

住処の表の通りのHP関連ショッピングでプルサを買う。10万Rpで一か月4GBと夜間8GB使える。しかし、夜間は2時から朝7時まで、そんな時間に使う分けがないし、昼間の4GBでは、半月も持たない、だから、一か月に二回、合計20万Rpを使う、しかし夜間の分は使わないまま捨てることになる。それでは、もったいない、何とか、昼夜関係なくもっと大きいGBの物はないかと、聞いたところ、“有るよ“15万Rpで9GBというのがあった。そこで、それをいれてもらった。そこの男の子、自分がやってやると言って、ラップトップでプルサを入れてくれた。しかし、彼は初めてのこと、お父さんが、ああじゃない、こうじゃないと、うるさく、指示をする。その内、男の子が、うるさい、自分でやると、言いだした。何とか出来たようだった。私は、本当に使えるようになったか、メッセージを確認した。9GB使えるよという表示になっていた。この家族、バタックだそうだ。そういえば、二軒隣のヘアーサロンの奥さんもメダンから来たバタックだと言っていた。
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その子、日本語を習いたいが、この近所に日本語の学校があるか知っている?とか、日本の秋は、きれいだってね、季節がいくつあるの?などと、私に聞く。大きくなったら、日本で仕事をしたいと言っていた。
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爆発音で、びっくりして飛び出したら、この通り、一番左が私たちの会社。

(^_-)-☆思い立った [思うこと]

 2785 ポトンカンビンの日(Idul Adha 犠牲祭)と、私が言っている9月12日を含めて三連休になるので、旅に出ることにした。パンガンダランでラフレシアを探すか、ブリトゥンで海岸のアートを楽しむか、どうしようかと思ったが、まだ、行ったことがない興味深そうな場所があることを最近知った。今まで、どうして、ここの情報が入ってこなかったのか不思議だ。チックまで行っていたのに。先ほど、SAKURAへ行って、航空券の予約とルートの決定をした。目的の場所は東ジャワとだけにしておく。同じ道を往復するのでは脳がないので、行きはジャカルターバリと帰りはスラバヤージャカルタのチケットにしようと思って行ったが、バニュワンギに空港ができていることを知った。それじゃ、ジャカルタからバニュワンギ往復ということにした。ただし、直行ではなく、スラバヤで乗り換える。目的地までの行き方や宿泊は、バニュワンギをベースに、行き当たりばったりで、その都度、決めることにする。ま、いつものやり方だ。

チケット代は3,8ジュタ(3万円くらい)で、最初考えたルートでは、タクシー代やバス代が掛かるし、時間もかなり余裕を見なければならないので、このほうが、何かと有利だと思う。二泊三日で合計7万円以下になるはずだ。

日本からのツアーは、多分、ブロモなども一緒にというコースになるので、バスを使うことになっていると思う。

押出用のPCの手配が、出来ないまま、一か月余り過ぎた。値段が高いので、一般グレードを手配したいと思って、商社何社かに、メーカーが異なるグレードを提案して、見積もりをお願いしているのだが、なかなか、見積もりが出てこない、もともと、納期は45日くらいかかるのが当たり前なので、欲しい二か月以上前に、見積をお願いしていて、その時に、欲しい事情を話してある。ところが、どの商社からも、見積もりが出てこない。何故でしょうか、分かっている。数量が少なく、継続性がないので、面倒くさいのです。厄介なのです。押出用の原料に関して輸入原料はみんな、そんなものなのです。インドネシア人スタッフは、その原料に関しての知識もないので、扱うにしても、本人にしてみれば、分けの分からない樹脂を扱うのです。扱いたくないと思うのは当然です。それにも増して、日本人も同じようなもの、インドネシア人に任せきりというか、関わりたくないので、多分、インドネシア人の部下から、聞かれたり、頼まれたりしても、知らん顔をしているのだと思う。全く、商社の日本人が登場する雰囲気にならない。

困ってしまってワンワンワワン、わんわんわわん、状態になってしまって、シート屋さんやブロー屋さんにも、何とか、原料を回してほしいと頼み込んだが、思わしい返事がないままだ。そして、ある方に相談したら、それらの会社に売っている商社なら、もしかして、倉庫の在庫を置いて販売しているかもしれないね、と、言われた。そうだ、と思い、早速、電話をしてみた。“有るよ“ドイツのメーカーのPCだった。MIは6と、ちょっと高いが、試作用に少量、購入することにした。これで、解決すればいいと思う。
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MM2100の中のバイク屋さん、インドネシアでの売り上げダントツを保っている。従業員の出勤風景に遭遇した。どこから湧き出てくるのでしょうか。白い行列が、蟻が巣から出て、甘いものがある場所まで続くように。
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昨日のポンパベンシンからそう遠くない場所に作り始めたガソリンスタンド。