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(^_-)-☆寒かった [情報]

 2903 7;24スタートだった。6;30前に家を出る。日の出前、真っ暗。そして、寒っ!!!ゴルフ場に着いたのが7;00.車の中が程よく暖かになったのは乗ってから15分後、着いた時には、やっと、体が温かくなったかな、というところ。車を降りたころ、明るくなってきた。寒い。鼻水が出始めた。

ということで、思ったこと、車の暖房(冷房でもいい)を自動ONに」出来たらいいなと思う。聞いたことがないが、そういう車あるのかな。例えば、乗る15分(セッティングが出来る)前にONになる。乗る時には、望みの温度になっているように。エンジンがかかっていなくても、車の中を温める方法が在って、それを、タイマーなので、自動ON、OFFが出来るようになればいいと思う。
エンジンが自動でかかってもいい。同時にエアコンもオンになる。このときは、勿論、パーキングになっていて、サイドブレーキがかかっているのが条件。風呂場やトイレを温めておくことと同じ理屈だし、理由です。
検索をしても、オートエアコンとしか出てこない。
こういうシステム、そんなに難しいことではないと思うが、作らないのには、何か、法的な理由があるのでしょうか。
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スタートホールの日の出。

今年はついに着工できなかった中国高速鉄道ジャカルタ、バンドゥンでしたが、来年には着工するそうです。来年のいつかは決まっていないようですが。まだ、決して、放り投げてはいません。大統領も、ハリムの空軍基地付近の土地使用を認めているようですし、早くやれと言っているようですし。
Profil Proyek  ジャカルターバンドゥン 高速鉄道のプロファイルです。
Nilai investasi: US$ 5,135 miliar (Rp 68,13 triliun) 6000億円くらい
Panjang rel: 142,3 kilometer
Stasiun: Halim, Jakarta Timur; Walini, Bandung Barat; Karawang, Jawa Barat; dan Tegalluar, Jawa Barat.
Luas lahan yang dibebaskan: 650 hektare
Mulai beroperasi: 31 Mei 2019
Pelaksana: PT Kereta Cepat Indonesia-Cina (konsorsium BUMN Indonesia dan Cina)
Kecepatan maksimum: 300 kilometer per jam
Tarif: Rp 200 ribu per orang
Target penumpang (tahun pertama): 28 ribu orang per hari
これによると、2019年5月31日運行開始。ジャカルターバンドゥン間料金20万Rp(1800円くらい)。当初の乗客数目標、一日2万8千人。

30分ごとに運行し、一日15時間なら30往復、2万8千人なら、一車両平均 900人、そして、全員がジャカルタ、バンドゥンに乗るとして、一日の売り上げ、約5千万円 どうでしょうか、30往復などしないでしょうし、いって、この半分、1万5000人弱、2千500万円くらいがやっとでしょう。車を使う人数は減らないと思う。
 

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(^_-)-☆リモコン [情報]

 2902 どこの家でも、どこの会社でも、エアコンのリモコンをなくしたり、使えなくなってしまって、何台もあるなら、だんだん、使えるリモコンが少なくなって、最後は一個しかなくなり、使いまわしているところもあると思う。私の家がそうだ。20数年前のエアコンだ。5台あるが、一階二階一個ずつの二個までは、いいかなと思っていたが、今回、帰ったら、一個しか使えなくなっていた。そして、今日、マルチリモートコントローラーを買ってしまった。商品の裏側に使えるメーカー名と何年製以降と書いてある。12-3社、ほとんどすべてのメーカーで使えるが1980年代の物でも使えるというのは少なかった。ある一社製以外は、94年以降製だったが、そのある一社製が私の家のエアコンだった。それなら、88年以降製で使えると書いてあった。有ったっ!!と、思って買った。価格は、1200円だった。

早速、家で使ってみた。買ったところで、数字のセッティングが必要だよと言われていた。説明書から、セッティング画面とセットの仕方がすぐわかる。メーカーごとにその方は違っていた。そして、どんな機能(冷房、暖房、風量など、など)を使うか、で、01.02,03~~~09などのセッティングをする。私の場合は、ONを押しながら、暖房を押すと、01という数字が出てきた。それを02に変えて、30秒ほど待ち、ONにしたら、作動した。簡単に使えることができますよ。

カラオケとボーリング、孫が連れていてというので、近くの娯楽センターのようなところに行って見た。ボーリングは、ジャカルタで10年ほど前にやって以来だ。孫は初体験、1ゲームだけだった。歌もボーリングも久しぶりに楽しんだ。孫は“前前前世“をうたっていた。
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ガーターにボールが落ちないように、衝立を立てますかと聞かれたので、二人には、立ててもらった。今はこんなものがあるんだ。わたしの番になると、引っ込んでしまう。

アスカの元従業員?カタニヤ(Katanya)資本比率のゴネはどうなったのか、やっと、ホウワが経営を継ぐようで、退職希望者を募ったそうだ。ENDOTAに入りたいと、何人かが、言っているそうで、何人かを来年から引き取ることにした。インドネシア人同士で条件を離すように頼んでおいた。
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くっきりはっきり、全部見える、雲がかかっていない富士山。
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縁側の碁盤、この家を建てた時から、ここに置いてある。30年近く前から、ここにある。今は、上に何か置かれたままだ。20人以上の人とここで対戦したが、この二十数年は、全く、使っていない。その間、知っているだけで5人は、今、この世にいない。いつ、また、使うのでしょうか。縁側囲碁。碁石はどこのしまったのか覚えていない。
 

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(^_-)-☆落とし物? [ゴルフ]

 2901 PT,ENDOTAの引っ越しの最中である。私は不在の中、順調に進んでいるという。予定では、30日に生産開始である。と、いうメールが入っている。私がいない方が、順調に行くようで嬉しい。納品は、在庫から、とどこうることなくできている。

さて、こちらは、ゴルフ三昧がスタートした。付き合いゴルフの始まりだ。藤枝、家から西へ30分の場所。山岳コースになってしまっている。好天に恵まれた。アップダウンが激しく、27ホールあるが、くの字を90℃と270℃に回したコースが殆どで、高齢者にとっては非常に過酷だと思う。昨日書いたチプララン高速道路を連想させる。
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忘れ物、意識的、無意識的?今日も途中で、色々なものに出会った。先ず、スタートして二ホールから三ホールに移動する途中、私はカートに乗らず歩いていた横を私たちのカートが通り過ぎた。と、そちらの方を見ると、通り過ぎたすぐ後ろに、カートのリモコンが落ちているのを見た。てっきり、このカートから落としたのかと思った。リモコンを管理している人は、他の人の管理では、自分の思うようにならないので、自分がやると立候補する人で、私から、見れば、カートを止める位置や動かすタイミングが、本当にご自分本位だなと思う人だ。その人が落としたなと思って、拾って渡した。ところが、私たちの物ではなかった。
じゃあ、誰の?それに、私たちが一番スタート、昨日、以前に落としたことになる。落とした人たちは、どうしたのでしょうか、ゴルフ場としては、どうしたのでしょうか。

私たちのリモコンを管理している人、そのひと、全てのウッドにキャップをしている。打つときだけ。直前に外す。打つ場所まで持ってゆく、ところが、時々キャップをするのを忘れて、その場に置いたまま、カートに戻ったり、歩き始めてしまったりする。気が付けば、自分で戻るか、私に頼む。ところが、今日は、二回、既に次のホールで打つためにそのウッドを取ろうとした時に、どこかに置いてきてしまったことに、気付いていた。その都度、オフィスに電話して、探してもらい、届けてもらっていた。

その一回目の時に、拾ったリモコンを渡した。されが、お礼を言われることなく、探していたなどと言うこともなく、黙って、持っていたのが、いったいどうなっているの?と、思わされた。

その他、いつものこと、グリーン周りにクラブを置き忘れる。隣のホールからだと思うが、コースの途中に、私たち以外のボールが何個も目に入る。

最後にもう一つ、私たちの中の一人、ピッチングがない、どこかに、置いてきてしまったという。私は、グリーンを離れる時に、周りにクラブが置きっぱなしになっていないことを確認する。また、皆さんに、持ってきたかを確認しているので、グリーン周りに置き忘れはないはずだと思っている。そして、彼は、オフィスに電話して、置いてきたと思われるホールなどを言っていた。その後二ホールは、ピッチングを使わないでやっていた。その後、クラブを自分のバッグに返しているときに、隣の私のバッグに中に入っているのを見つけた。直ぐにオフィスに、見つけたことを連絡していた。

毎度のことだが、日本でのゴルフは、セルフということもあって、ゴルフ以外のことで、気を遣う。それに、後四回、付き合わなければならない。
  

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(^_-)-☆大ショック [人]

 2900 アラックバリを届けに、行ったついでに、太田化工の先、焼津方面に向かう、旧150号線、大崩海岸の様子を見に行って見た。そこまではいかなかったが、名前通り、崖崩れがあって、通り抜けできなかった。おかげで、他の車が走っていない、自由に道端駐車が出来た。もう、止めてしまったが、私が社長をしていたころ、パートタイマーで仕事を手伝ってくれていた女性にばったり会って、びっくり、あの頃はよかったね、と、しばらく、話をすることができた。
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 同じ場所で崖崩れを繰り返すので、海に迂回橋を作った30年ほど前に。
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 そして、その橋から、富士山 静岡市街地 日本平、その向こうに箱根が見える。

沼津の子会社”セピック“太田化工が沼津で始まった時に、一緒にやってくれた人に、そこを任せ、私は静岡に来てしまって、その後、太田化工から切り離し、独立させた会社だ。高齢になったが、後継者がいない、そこで、太田化工に事業譲渡をという話は聞いていたが、話がまとまったらしい。”セピック”は、クローズし、従業員、装置込みで、客先も引き受ける。既に、それらの製品は太田化工でトライし、客先からの承認も得たという。来年の4月には、完全に、引継移動が終了する。売買契約は交わされた。

赤尾洋二先生の訃報が入った。88才。大学四年の時の恩師である。卒業してから、半年後に、先日、富山へ行った時、以前、行ったことがあると書いたが、赤尾先生とご一緒だった。先生の推薦とお膳立てで、日本品質管理学会で卒論の発表をしたのでした。亡くなったのは10月24日だったとのこと、私は一寸前に先生のことを書いたなと、振り返ってみたら、10月18日(19日に投稿)に何年かぶりに、恩人というタイトルで赤尾先生との関わりを書いた。その時、来年、同級会があるのでその時にお会いしたいと思いながら書いた。会えなかったのはショックで無念。そして、10月24日(25日に投稿)には、高校時代ダブルスを組んでいた亡くなった友人のことを書いていた。どちらも、その日に書く気になったのは、何故だろうか。たまたま、思い出して書いただけなのに、何故、たまたまだったのでしょうか。
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我が家の庭、強い雨。


タグ:訃報 無念 恩人
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(^_-)-☆やっぱり [インドネシア]

 2899 チソマン橋の橋桁が傾いた。2002年Jalan Tol Cipularang(Cikampek- Purowakarta- Padalarang)第二回 アジアアフリカ会議に間に合わせるため、突貫工事で、もう出来ちゃったの~~?というスピードで作った自動車専用有料道路。バンドゥンの南のバイパスとして、既に、Padalarang-Cireunyiはあったので、Cikampekから繋げた。会議に後、たびたび、道路が崩れたり、事故で、通行止めや規制が頻発していて、今でも、規制が絶えることはない、それに、急坂を登れないか、のろのろのトラックが多くて、渋滞も多い。そんな中、ついに来たか、橋桁の歪み、傾き、修復に三か月かかるとか、その間、登坂車線を含めて3車線の内、一車線だけ、普通車が通行可能、以前の一般道をトラックが通るので、そちらは大渋滞だし、時間は4~5時間余分にかかる。この自動車道がない時には、パンガンダランまで、渋滞抜きで13時間かかっていたが、これが出来て8時間になった。そのときの状態に戻ってしまった。
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おかげで、列車を使う人が倍増したとか。中国高速鉄道が使えるようになれば、こういう時に、効果が有りそうだ。しかし、中国が作ってしまう予定の高速鉄道のレールや橋桁の方が心配ですね。こういうところを、ほぼ、平坦にしなければならない。

Tiga Langkah Perbaiki Jembatan Cisomang di Tol Purbaleunyi Sabtu, 24 Desember 2016
チソマン橋の三橋梁を修理する
"Adanya retakan-retakan ini menunjukkan memang ada pergerakan. Ini sudah lama dipantau, tetapi sekarang retakan makin banyak," 「多数の亀裂の存在、これは確かに動きがあることを示している。これはずっと監視されているが、今、亀裂は、ますます多くなっている」

インドネシアの高速道路の名前は、両側の町の名前を繋げるが、途中、大きな町があれば、それも入れる。

北陸へ借りた装置のお礼をしに、太田化工へ行ってくる。

https://www.youtube.com/watch?v=ZFld411P4nE
工事費、新幹線の方が高かったというのは間違い。 ティオンコックというのはチャイナです。
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金利も日本の方が安かった。中国人作業者を3000人ほど、中国から呼び寄せるというのは、計画の中にある。その、ビザ発行についても、何やら、問題になっている。作業が始まっていないが、呼び寄せることができるかどうか、出来るにしても、タイミングも難しい。年内に工事が始まると、KCICが、言っていたが、もう、年内っていうことはあり得ない。

他にも、スラバヤまでの中高速鉄道に関して、日本人のコメントで、勘違いしているものがある。“中国の尻拭いはできないでしょ、方式が違うのだから””ということ。別に中国の遣り掛けを引き継ぐのではないよ。全く、別だよ。バンドゥンには関係ないよ。勿論、バンドゥン高速鉄道には手を出してはいけません。

もう一つ、コメントの中に“赤字路線になるに決まっているから、政府保証を条件にしろ、というのがあるが、スラバヤまでの路線は、東海道新幹線のようなもの、最初から、航空機路線に勝って、利息は十分に払って、お釣りが来るでしょう。

もう一つの間違い、ジャワ島横断鉄道と言われていますが、横断ではありません。縦断です。ジャワ島の地図からは横に走っているが、実際には島を横断というなら、例えば、スマランとジョクジャカルタなら横断です。日本でも、横断というなら、太平洋側と日本海側のことでしょう。と、思うんですが。 
タグ:不安 傾き 橋桁
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(^_-)-☆安息日 [思うこと]

 2898 下の子が、朝、3時ごろ、枕元に置いてきたプレゼントを持って、5時前に、私を起こして、見せた。私は、良かったねと言ったが、直ぐに眠ってしまった。目が覚めたにが、8時ごろ、その時には、もう、ラップトップをONにして、何やら、いじっていた。10時ごろから、ワードの操作を教えて、保存までできるようにした。
Menko Maritim RI Luhut Binsar Pandjaitan dengan Menlu Jepang Fumio Kishida di Tokyo, Jepang, 21 Desember 2016
Jepang Sepakat Bangun Kereta Semi-cepat Jakarta-Surabaya Jum'at, 23 Desember 2016 | 17:06 WIB
日本中高速鉄道 ジャカルタ-スラバヤを起こす事に合意
https://m.tempo.co/read/news/2016/12/23/090830098/jepang-sepakat-bangun-kereta-semi-cepat-jakarta-surabaya                  
Kecepatan kereta 160 km per Jam, Jakarta-Surabaya cuma lima jam.
時速160Kmで、ジャカルタースラバヤわずか5時間
http://bisnis.news.viva.co.id/news/read/860163-kereta-semi-cepat-jakarta-surabaya-pakai-teknologi-listrik
Kereta Semi Cepat Jakarta-Surabaya Pakai Teknologi Listrikジャカルタ、スラバヤ中高速鉄道は、電気技術を使う。
Soal pendanaan, pemerintah tak ingin menambah utang.
資金の問題、政府は負債の増加を望まない。
Selain dijadwalkan bertemu Menhub pada 29 Desember 2016, sehari sebelumnya pada 28 Desember 2016, Menteri Transportasi Jepang juga akan mengunjungi Pelabuhan Patimban.  29日の国土交通大臣と会う他に、その前に、28日、運輸大臣がコンテナ港を訪問するでしょう。多分、建設中のスバンSubanの新コンテナ港のことだと思う。
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春霞風の中のような傘雲の富士山
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クリスマスで日曜、大勢の人が、近所の教会に集まっていた。
  

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(^_-)-☆クリスマスイブ [行動]

 2897 クリスマスイブに間に合った。今晩、枕元に行くための物を買いに行ってきた。何にしたらいいか分からない。何か、小型のラップトップか、2in1か、ブックオフへ行って、店員に聞いてみた。今は、使いこなせるとは思わないが、自分が扱かってみたくなった時に、そばに有ってすぐ取り出せるような状態にしておいてやろうと思う。ワードやエクセルくらいは、子供の時から慣れた方が良いと思うから。爺バカだね。小型のラップトップにした。プラス、アニメでサザエさんと東京物語ということにした。家に着く前に100円ショップに寄って、それらをどこで買ったか分からないように入れ替えるための、クリスマスプレゼントらしい袋を買った。そういう袋やクリスマスプレゼント関連の品物の特設コーナーがあって、若い人たちが、物色していた。
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その後、KFCのフライドチキン(アヤム ゴレン)を買いたいというので、エキパに駐車して、私は初めてだったが、葵タワー?の静岡市美術館でスタジオジブリ レイアウト展、パルコ、そして、ジュエノバまで行って、彼女たちのリクエストに応えた。恋人がサンタクロースではなく、“今年は、おじいちゃんがサンタクロースだね”と言っていた。RADWIMPSの“前前前世“が入っているCDアルバムまで、買ってやった。本日の投資額、約6万円。ちなみに、ラップトップは1万6千円×2=3万2千円でした。
孫たちが、これを読まないことを願うが、もうそろそろ、サンタクロースが家に来るわけがないということを知ってもいい頃だと思う。

娘が買ってきたクリスマスケーキやフライドチキンなどで、簡単なパーティー。山下達郎のクリスマスイブや恋ダンスやPPAP、でもりあがった。彼女たち、正体を掴んでやると言って、なかなか、寝床に行かなかったが、11時過ぎには、行ってしまった。どうだろうか、その後、1時過ぎに、置きに行った。多分、ばれなかったと思う。分刻みのスリリングな忙しい一日でした。
 

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(^_-)-☆静岡に戻り [行動]

 2896 孫から、今日どうしても帰ってこいコールに従った。11時17分、富山から新幹線、黒部宇奈月 糸魚川、昨日の大火は駅の南、車内から確認した。火元は駅から100Mも離れていないのではないか、そして、海まで300Mくらいか、海までもっと遠かったらどうなっていたでしょうかね。
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21日の特急券を買ってあって、23日に変更、これは、手数料掛からず。そして、富山駅で、自由席にある”はくたか”各駅停車に乗るつもりだったが、本数が少なく、1時間半待ちになってしまった。”かがやき“は、その間、三本あったが、全指定席、そこで、指定席券買おうと緑の窓口へ行ったら、この券は、一度、変更しているので、指定席特急券に変えなければならないが、二回目の変更になるので、手数料がかかると言われた。いくらかかるのか聞く前に、それなら、このままでいいと言ってしまった。なんとなく、不満に思った。特急券はそのままで指定席券を買うだけだから、変更でなく、買い足すだけでしょう、と、思ったからだ。それに、その前に、特急券の日の変更が一回しかできないというのにも、気に入らなかった。

金沢から敦賀?まで、北陸新幹線の延長予算が承認されたようで、県知事が喜んでいた。千三百何十億円?そですか、良かったですね。ジャカルタ、スラバヤは当初2000億円、次に4000億円、今は、8000億円になっているようだ。これなら、新幹線並みの高速鉄道が出来そうだ。ジャカルタ、バンドゥンの高速鉄道が、全く、無意味に、無駄使いになってしまう。日本は負けて良かった。ずっと以前にも書いたが、日本に策士政治家がいて、日本が裏切られたようにし、わざと、中国にやらせるようにしたのなら、凄い、素晴らしいと思う。

これは、今日のニュースから、
http://ekbis.sindonews.com/read/1165362/34/proyek-kereta-cepat-jakarta-surabaya-sedot-dana-rp80-triliun-1482494856
Proyek Kereta Cepat Jakarta-Surabaya Sedot Dana Rp80 Triliun ジャカルタ スラバヤ高速鉄道プロジェクトrp 80 兆(7500億円)投資
"Angka yang dikeluarkan pemerintah Jepang sekitar Rp102 triliun, kami melihat angka itu bisa kurang dari Rp80 triliun," katanya dalam konferensi pers di kantornya, Jakarta, Jumat (23/12/2016).
"日本政府見積もり Rp102 (9000億円)についての数字が rp 80 未満にすることができると思う、"彼は、オフィスで、ジャカルタ、金曜日の記者会見で言いました (2016/12/23)。

13:40東京着、ぴったりタイミング、14;03発ひかりで静岡、15;30には、家に着いた。富山を発って、4時間半だった。早っ!!!

ワイマックスWIMAXを持っていたが、活動していた高岡、射水では、圏外だった。ホテルや会社内でしかWiFiを使えなかった。何故だろうか、電話して、確認しようとしたが、身分証明が必要だと言われ、誕生日など聞かれた個人情報を伝えたが、確認できないと言われて、原因を明らかにしてもらえなかった。今日、富山で使ってみたら、使えた。トンネル内以外、東京まで、ずっとアクセスできた。勿論、自宅でも今まで通り使えた。何故でしょうか、圏外だったのは。
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路面電車、高岡と富山市にあった。今時、珍しい?
 

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(^_-)-☆暖か強風南風 [行動]

 2895 朝、迎えが来て、外に出たとたん、生暖かい風が、吹き荒れていた。昨日、こんなだったら、ゴルフどころじゃなかったね、などと、話をしていた。子供のころ、裏日本(今は、こういう言い方はしない?)のフェーン現象について、聞いたことがあった。これがそれかなと思った。
夜、夕食に連れて行ってもらう時の車の中、糸魚川の火事の状況を知った。ラーメン屋から、海の方向に飛び火し、多分、海までの家を焼き尽くしたのではないか、風上(地域の北側)と両脇からの消火活動しかできなかったのでしょう。21時前のニュースで、延焼はこれ以上ないでしょう、と言っていた。ということは、北側は海まですべて焼き尽くして、もう、延焼する建物が無くなったということか、と、思った。糸魚川大火と言われるでしょうね。夕方、5時ごろには、射水市、雨が降り出した。糸魚川も多分、9時前には、雨になったと思う。明日は、新幹線で糸魚川を通る。

もう一つ、火事のニュース、平塚の火事、新幹線が上下とも一時運転見合わせだとか、今日、帰らなくてよかった。夜中に、大宮の火事?

まいった。PCカバーができない。インドネシアで金型を作り、製品サンプルも作り、日本で、手本を見せようと、北陸までやってきたのに、製品が出来なかった。滞在日の延長をして、今日、一日中、取り組んだが、ついに、出来なかった。結局、あれがない、これが、不具合と言い訳のようなことをして、終わるしかなかった。残念、いったい何をしに来たのだろうかと思う。押出ラインの装置を確認してから来ればよかった。これらのことは、専務と話をしたが、社員の誰かをインドネシアに送ってもらって、エンドオオタで実習をしてもらったらどうかと。
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最終日の夕食ということで、高岡駅近くの居酒屋風海鮮料理屋だった。ブリのエラ周辺の煮物が美味しかったが、その他の魚や寿司もうまかった。何か、今回、インドネシアから、富山地方のレストラン巡り、という感じ、毎回、食べきれないほどだった。毎日食べ過ぎていた。

そして、日本に来ていたルフトさん。日本にジャカルタ、スラバヤ間のkerata semicepat 中高速鉄道の建設依頼をしたようですね。8000億円?高速鉄道、バンドゥンまで、より、早く運行されれば、インドネシア人と日本の信頼関係は、より、堅固なものになるでしょう。
 

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(^_-)-☆北陸でもゴルフ [思うこと]

 2894 太閤山カントゥリー?ゴルフ。引取機やバキュームポンプが到着し、準備ができるまで、時間があるので、誘われてゴルフ。富山の12月としては、何年かに一度というくらいの快晴だそうで、風もなし、一週間前に降って積もった雪が日陰だけに残っていた。おだやかな雰囲気の中、楽しませてもらった。遠くに雪をかぶった高山連峰を望むこともできた。まさか、北陸でゴルフをするとは思ってもいなかった。
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ゴルフ場に向かう途中、立山連峰の御来光。12月、本当に珍しいそうだ。
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月と飛行機雲 雲一つない紺碧の空に、
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会社に入る前、途中のラーメン屋、軍鶏肉ラーメン、とろろご飯付き。毎日、昼夜は、私にしてみれば、豪華な食事、三日四日で1Kgほど、体重増。
肝心な、PCカバーのトライ、太田化工から引取機とバキュームポンプが届いて、15時ころからトライ、一応製品は出来あがったが、継続安定しない。明日、朝から、原料を変えてトライをする。滑りの問題だ。

インドネシアでは、新たに、P.BEDから金型と製品のPOが入っている、金型の設計と見積もり受けは私がやっておいたので、後は、HENI君にお任せ。ABSで一寸大型の異形品。問題はないと思う。

静岡への帰りは結局23日になってしまった。5泊6日の出張で、ま、当初から、そんなことになるかもしれないと思っていた。明日、ゆっくり、一日、トライができる。

https://m.tempo.co/read/news/2016/12/19/090828979/luhut-kereta-cepat-jakarta-surabaya-gunakan-teknologi-listrik
ジャカルタ、スラバヤの中高速鉄道について、15日の記事から。Lufutさんは、ジャコ大統領と話して、ジーゼルではなく、電車にすることにした。というようなことが書いてある。


タグ:元気 寒気 乾季
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(^_-)-☆試作がだめ [状況]

 2893 二日目 残念ながら、PCカバーができない。問題は、設備、引取機が小さすぎて、製品を引っ張れない。それと、バキュームポンプが掃除機では、難しい。他にもあるが、取りあえずそれがあれば、出来そうなので、太田化工から借りる手配をした。どうでしょうか、私がこちらにいる間に間に合えばいいが、ギリギリだと思う。
やっていることが、同じ、押出でも、創造期の成型方法が根本的に違う。ほとんど、製造方法の革命を起こさなければ、解決しそうもない点が多々ある。知らないということは、改革を妨げるということか。従業員に、全然、考え方が違うよと言っても、彼らは与えられた設備を最大に生かそうとしているわけで、与えられた設備そのものがちょっと変じゃないのという考えには至らない。それが、普通でしょうね。インドネシアも日本の殆どは、同じような考えと、取り組みでしょうね。だから、私が教えたことしかどこの会社でもできない。応用が利かない。融通が利かない。そんなものでしょう。

引取機とバキュームポンプは、夕方、5時に静岡を出発した。明日の朝には着く予定。押出機のヘッドの状態も、全く、違うもの変えなければならない。これも、指摘した。革命だ~~ぞ。面白いぞ。
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今朝までに民宿は、どうも、不気味で、一人きりの私にとっては、不安で、今日は、泊まる場所を変えてもらった。ホテルの中の和室、昨日までと、雰囲気が別だ。しかし、高そう。
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なんという橋、新湊大橋かな、直ぐ傍に海洋丸パークがある。橋は、下を通る船舶に高さに合わせてそうと高い。飛び降り自殺が多いという。

ジャカルタ、スラバヤ中高速鉄道について、今日、明日?ルフトが日本へこのことについて話し合いに来るはず。
Studi Kelayakan Kereta Cepat Jakarta-Surabaya Dibiayai Jepang
ジャカルタ、スラバヤから高速鉄道の検討、融資日本
Menko Kemaritiman Luhut Pandjaitan mengatakan bentuk Kerjasama Pemerintah-Swasta atau Public Private Partnership (PPP) bisa saja diterapkan pada pembangunan kereta listrik semicepat Jakarta-Surabaya.
Luhut Pandjaitan は、公共の私用パートナーシップまたは公共の私用パートナーシップ (PPP) の調整は中高速鉄道 ジャカルタ、スラバヤの構築に適用できると述べた。

"Kami sudah mendiskusikan dengan Bappenas tentang alternatif ini (PPP). Bisa saja kita mengundang sektor swasta untuk bersama-sama membiayai proyek ini, dan kami akan membicarakan hal ini kembali sebelum saya berangkat ke Jepang minggu depan," kata Menko Kemaritiman saat berbicara kepada wartawan asing di Indonesia yang tergabung dalam Jakarta Foreign Correspondent Club di Jakarta, Kamis (15/12/2016). 「この代替 (PPP) 国家開発企画庁に 説明してきた。私たちは共同プロジェクトを融資する民間企業を招待でき、次の週に日本へ発つ前にもう一度説明します」インドネシアの外国のジャーナリストにジャカルタ、ジャカルタ外国特派員クラブ (木曜日) (2016/12/15)。

エンドオオタの引っ越しは、27日と決定という知らせが入った。ヘニ君、頑張っている!頑張って!!!

座敷で畳に座って食事というスタイルが殆どで、これには、ちょっと、胡坐をかいて座るというのに、慣れていない。
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夕食の堅焼きそば、イフミーIfumiである。普通だが大盛、たいらげたが、味は、サンマはインドネシアに限るように、これもインドネシアに限る。
 

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(^_-)-☆一日目 [思うこと]

 2892 午前中は、素材(丸棒や板)の成形での問題点を出してもらい、それに対する、私の考えを伝えた。この会社、私が、東プラ精工で押出の仕事をするようになったころ、直ぐにでもないが、二三年後に、プラスチック素材の成形で競合会社があることを知った。私たちだけだと思っていたが、他にもあったことを知った。それが、何とか軽素材という会社と何とかエクストロンという会社だった。同じ系列の会社で、浜松、名古屋、東京、それに、なぜか富山にもなった。それらの会社から、私が東プラ精工を止めた時に、何処から聞いたのか、勧誘があった会社の一つだった。実際に、大田区だったと思うが、日本エクストロンという会社へ行って、社長の考え方を聞いたことがあった。しかし、独立して、素材の製造をする気は全くなかったから、工場の中に入って、成形現場を見ることはなかった。中部エクストロンからは、ソルトクリームの製造販売装置の前面にあるPOMの厚肉異形品(天狗の下駄のような形)の依頼を受けて私が下請けとしてやっていたことがった。しかし、その頃は、同じ素材屋さんなのに、何故、自分の処でできないのか、疑問に思ったが、問いただすことはしなかった。

今日、訪問した会社は、創業者が私より一学年上の方で、社長さん、そして、息子さんが専務として、ほとんど、息子さんが仕切っていて、息子さんの依頼で、来てしまったといういきさつ。その社長さん、富山軽素材から独立製造を始めたとか。アドバイスをするためには、現状を見てからということで、現場の入って、製造方法、金型などのチェックをさせてもらった。ここで、直ぐ、感じたことは、なるほど、この方法では、POMの天狗の下駄はできないなと思った。

その後は、インドネシアから送った金型を使って、こうすればできるぞという、手本を見せるために、トライをしてみた。実際には、準備しておいてくれた装置(一カ所ではない)に不具合がって、製品が出来なかった。準備してもらった原料も、多分、成形しにくい物た言う感触だった。それを解消するためのアドバイスをするに留まった。残念、また、明日、やろうと思う。それと、素材の製造方法についても、変えてみようと思う。
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昼食、回転寿司、食べた記憶がない。多分、初めて回転寿司のレストランに入った。ところが、ここは、回ってくる寿司を食べる人はいないそうで、セットで頼むのだそうだ。乗っかっている魚の名前を知らないから何なのか知らないが、ウニとイクラはわかる。何十年ぶりでしょうか、食べたのは。
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民宿からのサンライズ。彦五郎という、この民宿の名前が見える。今日も、誰もいない。この家、不用心、どなたでも出入り自由、何か、持って行ってもわからない。夕食時、外出したが、持ち物すべてを持って出た。


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(^_-)-☆富山 射水市 [行動]

 2891 インドネシアに10日までいて、静岡に一週間いて、今、富山にいる。11時ごろ、静岡から出発、東京経由、北陸新幹線で新高岡駅へ、何のためかというと、ある会社からの招きに応じて、押出成形技術の確認のためだ。流石というか、ド寒い。気温差30℃以上。

約、50年前、卒論、“破壊テスト、昇降法“テーマでした。破壊強度のテスト方法です。例えば、落下破壊テストの場合、一つの試料をある高さから落とす。割れてしまえば、強度はそれ以下、しかし、どれくらい以下なのか分からない。別の次の試料では、高さを下げて落としてみる。そして、割れなくなるまで下げてみる。割れてしまえば、次の試料は、高さを上げる。割れなければ、割れるまで上げる。そんなテストの繰り返しをして、その物の強度を推測する。そういうテスト方法での強度分析法の提案をした。今、どこかの破壊テストで使われているかもしれない。それの発表を富山の商工会議所、品質管理学会?でやった。他の大学や会社から、同じようなことを研究している人々から、質問を受けて、適当に答えた覚えがある。富山と言えば、それしかない。

東京14:24発 22番線、行って見ると、行き先と発車時間が目に入ったが、新幹線の名前がない、北陸新幹線は何線だ?金沢というのがあった。多分、これだろう、行き先を見ていると富山の次に新高岡が出てきた。間違いなし、これだとやっと確認した。このプラットホーム、何番かは、東海道新幹線のプラットホーム辺りと全然雰囲気が違う。混雑、雑然としていて、昔の上野駅と似ていると思った。“はくたか“567でした。

新高岡到着、17;10 タクシーで予約してもらってある民宿へ、多分、間違った、と、タクシーの運転手に行き先を言った時だった。運転手、知らない。明日行く先の社長に電話して、運転手と直接話をしてもらう。タクシーの会社にも電話して、聞いてもらう。やっとわかって、向かった先が、予想以上に何もないところ、次第に真っ暗になってゆく、民宿に到着した。タクシー代7千円、誰も出てこない。大声を出して呼んでも出てこない。くっついた隣の建物の方から、テレビの声が聞こえる。いったん外に出て、そちらの家に入り込んで、大声で呼んだ。真っ暗い中から、むくつけき男が、むっくり、何事かというように起き上がった。予約してあると思う、太田ですが、というと、さっき入っていた建物の二階の部屋に案内した。それで、お仕舞い、何もしゃべらない、風呂が何処だとか、食事は、どうだとか、何も言わないで、多分、さっき、寝ていた場所に戻ってしまったようだ。布団は敷いてあった。18;20頃だった。

Wifiのキーが玄関口にあったので、それを持って部屋に入った。繋がるか試した。繋がったが、電波が弱い。全く、ダウンロードできない。もってきた。WAIMAXをオンにしてみた。いきなり、圏外の表示、使えない。ということは、ネットは繋がらない、諦めた。

ま、仕方がないか、テレビは見ることが出来そうなので、サッカーでも見るか。

日本のホウワという会社の発表でした。このとき、アスカからの発表はなかったと思う。その後、どうなっているのでしょうか。双方からも、8月以降の情報がありません。買収は成立しなかったのでしょうか。何か、後出しジャンケン的なことをどちらかがしたのでしょうか。
“当社では、かねてよりインドネシアにおいて、工作機械の販売・サービス・技術拠点として、現地法人の設立を目指して参りましたが、この度各種機械の輸入販売、機械の修理サービス事業を展開しているPT ASKA INTERNATIONAL 社(以下 ASKA 社)の株主と、同社の発行済み株式の99%を取得することに合意し、平成28年6月27日に株式譲渡契約を締結しましたのでお知らせ致します。新会社は、諸手続きを経て、8月末頃の発足予定です。”
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この差


タグ:出張 失敗 民宿
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(^_-)-☆君の名は [孫たち]

 2890 評判の“君の名は“ という映画を見に行ってきた。セノバという、総合施設ビルの中にある。昔の新静岡ビルだ。孫にせがまれて、ネットで前売りを購入した。画面は実に繊細できれいだと思う。いわゆるCGではなく、昔ながらの手書き風で、相当な人数と手間(時間)が掛けられた作品だと思う。日本だなと思った。
物語については、どうだろうか、何故、ヒットするのか、私には分からなかった。というより、話自体が私にはチンプンカンプン、男と女の子が入れ替わる、いつ戻ったのか、変わったのかも分からないし、隕石が落ちる位置もあり得ないし、最後には、ほとんど助かったと言っているが、三年前の報道では、500人以上犠牲になっていると言っているし、なぜ、東京で、何年後かに会えるのかも、不愉快なくらい、不可解。私にわからないのだから、小学生のアニメ好きの子供に、何が分かるというのでしょうか。創造力?想像力?が素晴らしい?前衛的設定?ま、とにかく、画面は綺麗だ。と、映画については、眠かった。

日本ですね。インドネシアではあり得ない。映画が終了。製作スタッフなどの名前が、真っ黒い画面に、白の小さい文字で流される。総勢何人でしょうか。数えようと思わないが、思っても、数え切れないでしょう。中国人と思われる名前も、あった。そんなことより、何が日本的かというと、音声や歌が流れない静か中で、文字だけが、下から出てきて上に消える。何分くらいでしょうか。少なくとも5分以上だと思う。皆さん、誰もしゃべらない、誰も席を立たない。じっとしている。全部終わってもまだ、そのままだ。何秒か後に、あかりが着きだした。やっと、誰かが立ち上がった。それを、皆さん待っていたように、立ち上がって、歩きだした。私としては、滅茶苦茶その時間が長かったし、窮屈だった。私が端っこの席なら、文字が流れ始める前に、席を立って外に出ている。
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映画館から出て、車に戻るまで300mほど歩いた。途中、何屋さんでしょうか、店の前の行列を三か所見た。これも、日本だね。行列を見て、うれしくなってしまった。私なら、並ばない、というか、行列になっている店は避ける。
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この橋は、駿河大橋、国道一号線だ。快晴、今日の富士はくっきりはっきりでした。
  

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(^_-)-☆跡継ぎ [思うこと]

 2889 太田化工、世間話、沼津のセピックの後継者の問題で、色々話があるようだ。そうだよね、太田化工の後継者のことも、そろそろ、考えなければならない時になってきている。私が社長を任せて、セピックは30年、太田化工は23年になる。私が後期高齢者に近づいているのだから、彼らは、高齢者に近づいている。インドネシアで指導した会社もそうだが、私がいなくなってから、新しい客先をとれないし、新しい仕事を取れない。日本でも同じようなもので、ほとんど、現状維持。そして、その彼らの後継者ということになれば、私から見れば、育っていない後継者が、その後継者を育てるなっていうことは、なお難しい。対象者次第だから、“SKY“のようにはいかない。こういう状況を見ていると、任せた人より、飛び出して、自分でやってしまった人の方が、真の後継者のような気がする。 
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丸子の家から、太田化工へ往復途中、通る道。この製紙工場は、戦前からここにある。通りに面した塀がその当時の風情を残している。土塀の上に河原の屋根が乗っている。そして、この煙突が象徴だ。富士に製紙工場が沢山あるが、矢張り、高い煙突が林立している。用宗地方というか、安倍川西の静岡市には、この一か所だけだ。
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とにかく、日本に戻って、静岡市街に出かける時には、安倍川を渡って行く。どの橋を渡るか、目的地によって異なる。今日の場合は、久能山南の海岸通りに用事があっていったので、この静岡大橋を渡った。この橋からの富士山が、邪魔をする市街の邪魔な建物が少ないので、良く見えるし、日本平の山も見渡せる。

久能海岸通りから、家に帰る途中、太田化工へ寄った。150号に入り、今度は、安倍川の河口に近い、南安倍川橋を西に向かい、用宗に向かう。未だにこの道、拡幅工事やフライオーバーの工事をやっている。150号バイパスでしょうか。今も大崩れ海岸通り(旧150号?)通行止め?バイパスで、日本坂トンネルを通って焼津には、行くしかないようだ。

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(^_-)-☆小学校 [思うこと]

 2888 小学校へ行って、孫たちの持久走記録会の応援というか、見に行ってきた。一周200Mのコースを、決まった時間、例えば、5分で何周出来るかを競うのです。二人とも、平均より早い方だった。それだけのことだが、後で、おじいちゃんが、応援に来ていてくれたことを喜んでいた。インドネシアで仕事をしていては、この感覚はない。

インドネシアではあり得ないことだ。こんな教育は、全く不可能だ。平均的広場(グランドとか運動場とは言えない)の面積は、テニスコート二~三面くらいだろうか。そこで、朝礼?集会?全員体操?をする。ボール蹴りや鬼ごっこをしている。生徒数、200人くらいだろうか。規模が小さい学校の数は非常に多い、小学校が隣り合っている場所もある。公立が多いが、私立も多い、大多数がイスラムだが、宗教的に学校が仕分けられている。小学校から制服、それも、曜日によって、変えているので、何着も持っているようだ。結構、金が掛かりそうだ。教育という点ではインドネシアのレベルは相当低い。宗教が邪魔をしていると思う。
ところで、アホックさん、一回目の公判が13日だったと思うが、次はいつでしょうか。このことも、教育に大いに関係がある。
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小学校からの帰り、一か所信号がある交差点を通る。
学校まで200Mくらいの学校側50Mの三叉路だ。旧東海道から、新国道方面を見る。
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この左(弥二さん喜多さんが歩いた鞠子路)の信号が赤になっている。その下に、軽車両用と書いた看板があった。軽自動車ではなく、軽車両って何?それ以外の乗り物や引っ張りものは赤でも通過してかまわないということらしい。私は初めて見た信号の文字だ。しかし、右から来た乗り物や引っ張り車は直進となるわけだから、バイクや自動車は赤でも直進なら、信号無視でいいらしい。徐行通過OKでしょうね。自転車も止まらなくていいのでしょうか。自転車は軽車両でしょうか、浦島太郎としては、知らない。ネットでチェックすればいいでしょ、と、言われそう。

工場移転、今年中にはできそうだ。結局、最初の契約?予定日?から、3か月遅れたことになる。本当に、今年中に出来るのか、まだ、100%信じてはいないが。


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(^_-)-☆金魚係 [習慣]

 2887 家の中の私の部屋で金魚を飼っている。というより、いると言った方が良い。帰ってきて、水槽を見る。何か月か、私がいない間に、水槽にはコケだらけになり、何匹か少なくなっている。二三日内に、掃除をしてきれいにする。そして、金魚の補充をする。今日それをした。5Kmほどの場所にあるホームセンターへ行って、金魚を買う。ついでに、玄関のカギを変えたので、その合鍵も作った。その時に、水槽売り場。ジェックスが殆どだった。
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日本とインドネシアの大きな違い。5Kmを往復したが、目に入ったバイク(インドネシアではモートルという)の数は三台、その内の一台だ。本当に少ない。途中、バイクの店が一軒あったが、店は開いていたが、外から、誰も見えなかった。一見、中古のバイクばかりだった。
IMG_4227.JPG日本での車の運転は、4か月ぶりか、前回の時に新しくなっていて、何かと戸惑った記憶があるが、今回も、ボタンを押してもエンジンがかからなかった。何回か、繰り返してボタンを押しなおしたがかからなかった。仕方がないから、説明書で、エンジンのかけ方を読んでみた。先ず、パーキングに入っていること、ブレーキペダルを深く踏んでいること、でした。見事にかかった。そして、動き出した。少し走ると、ピーピーなる。道端に止めると、鳴りやむ、走り出すと、また、鳴る。それを、後二回、繰り返した。このまま、ピーピー鳴らしながら走れない。そういえば、待てよ、サイドブレーキを外していないなと思った。どこにも、見当たらない。無いはずがない。あった。場所としては、マニュアル車のクラッチペダルの位置に、黒の保護色をしてあった。これじゃ、ちょっと、気が付かない。黄色にでもしてくれてあればいいのに、と思う。
これで、無事に運転することができるようになった。
しかし、日本で運転は、緊張する。停止位置とか、車線の矢印とか、方向指示器のタイミングとか。インドネシアなら、ほとんど、気にしないことだ。ただ、周りのバイクに注意を払っていれば、後は、気ままだ。

タグ:金魚 運転 合鍵
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(^_-)-☆昨日のニュース [インドネシア]

 2886 インドネシアの昨日のニュースからです。Studi kelayakan proyek kereta cepat Jakarta-Surabaya dimulai awal 2017. ジャカルタ、スラバヤ間高速鉄道のプロジェクトに関する実現可能性スタディは、2017年から始められる。 Studi tersebut akan dilakukan Pemerintah Indonesia dan Pemerintah Jepang. インドネシア政府と日本政府で研究を行います。
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Luhut Binsar Pandjaitan Menko Kemaritiman 投資調整大臣 ルフト ビンサール パンジャイタンこの人が主役になっている。
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https://www.youtube.com/watch?v=eESHApAIMGU
投資は3MUS$(約3、300億円) 速度は200Km/時 ジャカルタースラバヤ 6時間
何度も書きますが、このルートは、バンドゥンを通らない、カラワン、チカンペック、チレボン、スマラン、スラバヤです。日本人の解説者で思い違いをしている人がいるようです。
Menteri Perhubungan Budi Karya Sumadi 国土交通大臣 ブディ カリャ スマディ
Kita harapkan tidak ada APBN di situ、ya biar swasta masuk, 我々は、そこに、国家予算を期待できません。や、個人的にkita harapkan begitu”そう思う“
予算は、3000億円で十分できるルートだし、4000億円になったとしても、十分、利益が出るはずです。最初から利息返済は十分できる。政府の保証は、遠慮した方が良い。中国企業への政府保証は、最初の条件通り、しないということの裏付けにもなる。
バンドゥンまでの高速鉄道が、もし、運航されるようになっても、その先には、伸ばさないでしょう。大赤字路線になるからです。日本がこの中高速鉄道を作ってしまえば、なお、バンドゥンまでのルートは、みじめなものになるでしょう。https://www.youtube.com/watch?v=VwSbdU0gNdo延伸というのは、間違いで、それをうのみにして、コメントというのは、あまりにも、情けない。

ジョクジャカルタやソロへもバンドゥンから南に向かって繋げることは全く考えられないが、スマランから南に向かって繋げることは、簡単に出来る。

Jakarta bandung高速鉄道については、二週間前、ジョコウィの談話。Presiden Joko Widodo (Jokowi) ingin pembangunan kereta cepat Jakarta-Bandung harus dipercepat. Salah satu percepatannya dalam hal pembebasan lahan. ジョコ大統領は、ジャカルタ バンドゥンの高速鉄道の建設加速を願っている。土地買収の加速の その一つ。
Cara yang digunakan orang nomor satu ini, adalah pemanfaatan lahan yang selama ini menjadi aset negara, baik dimiliki Kementerian Pertahanan (Kemenhan) dalam hal ini TNI (Tentara Nasional Indonesia), maupun Kementerian BUMN. これを一番目に利用される方法は、国の資産になる土地利用である。TNI国有企業省だけでなく、(Kemenhan) 国防省と共有されることになる。

中国撤退とか、逃げ出すとか、日本に泣きつくな、風前の灯、などと、適当なことを言っている人がいるようだが、インドネシアでは、まだ、匙を投げてしまっていない。かなり、遅れているが、何とかしようとしている、あきらめていない人が、もうすぐ着工まで、漕ぎつけている。本当は、漕ぎつけられない方がインドネシアの為になると思うだが、ジョコさんが、面子上、投げ出せないのです。

日本での行動予定だが、18日出発で、富山の会社に技術指導に行くことにした。三四日の予定だが、行って見なければ分からない。日本にいる間、静岡付近にいれば、0℃以下になることはないと思うが、0℃以下や雪を覚悟して行かなければならない。ゴルフは、年末3回、28,30,31日と年始は3日が決まっている。

また、サンタクロースの準備は今週中にしておかなければならない。11才になっている上の子も、まだ、信じているようだから、友達との話は、情報交換はどうなっているのだろうと疑う、知らない振りをしているのか。
  

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(^_-)-☆Tidak apa apa [インドネシア]

 2885 何の日だったか知らないが、インドネシアは今日、祭日で三連休でしたね。三日間ゴルフという人も多かったでしょう。

Tidak(Ugak) Apa Apa、ティダッ(ガッ)アパ アパですね。意味は、“何もないよ、何でもないよ、大丈夫だよ、気にしないで!”などです。インドネシアでは、超有名な言葉です。社会習慣的言葉です。インドネシアを象徴する言葉だと思う。仲川遥香さんが、これをタイトルにして、インドネシアでの体験記を書いていることは、ずっと前に紹介したと思う。
今回は、吉本興業仕掛け?のザ、スリーという三人組が、めちゃ、受けしている歌?というか、なんというのでしょうか。内容も、いかにも日本人がインドネシアに来て、“これって、インドネシアだな“と思うことを、コミカルにダンスをしながら、歌っている、演じている。”ラッスンゴレライ”の類かなと思う。

これを知ったのは、PPAPを、キャディーが私に、知っているかと聞いたので、勿論、知っているよ、と言いながら、ちょっと、やってみた。大受けをした。で、次に、”ティダッ アパ アパ“っていう、日本人が歌っている歌を知っているか、聞かれた。知らなかった。”検索すれば、直ぐでてくるよ、みんな知っているよ”と言われたので、昨日、早速、チェックしてみた。あった。
https://www.youtube.com/watch?v=uCK2gsZsboE 
Tinggal dan hidup di Indonesia Banyak yang bikin kesel Banyak yang bikin bete インドネシアに住んで生活すると、嫌な事、嫌いなことが沢山ある。俗語が入っている
Tapi tidak apa apa Walaupun Banyak hal yang tidak enak だけどTAA だけど、面白くないことが沢山、
Tapi apa boleh buat Harus kita terima TAA だけど、どうしようもない。受け入れなければならない。(アパ ボレー ブアッというのもインドネシアを象徴する言葉、“仕方ばないね、度にもならないよ”、という意味です)
Saat makan ayam goreng bagian favorit saya dimakan TAA 鶏のから揚げを食べている時、私の好きな部分を食べられる。
Saat menunggu teman yang terlamabat Burket Memalukan TAA 遅れてくる友達を待っていると、恥ずかしい脇汗(インドネシア人は腋臭や脇汗を非常に気にする、それだけ、多いのです。だから、男性化粧品や香水は、バカ売れする、マンダムも儲かっている)
Saat jalan-jalan bersama teman jatuh karena lubang TAA 友達と散布している時、穴があるから落ちた。(至る所で、蓋がずれているし、突然、なくなっているし、水溜りの中に突然、深みがある)
Saat buang air besar Tisu toiletnya habis TAA 大便の時、紙がない。(トイレットペーパーはないのが普通、有ると思っている方が間違い)
Saat ingin mencudi tangan lama aekali TAA 手洗いの時、やたら長い。(トイレの手荒い場所の場合、何やら、自分の頭や顔の関係で何かをしている)
Saat jajan di warung plastiknya sobek TAA ワルンでちょっと買い物 プラスチックの袋が破れる。(プラスチックノ袋はカントン プラスチックというが、店でプラスチックと言えば袋のこと、それが、溶融接着がいい加減なので、簡単に、そこが抜ける。一寸、重い物なら、簡単に剥がれて、そこ場抜ける。家で、ゴミ袋にして、水分が付いたものを捨てると、必ず、水が漏れて、臭い水が床に広がる、プラスチックのボミ箱な底に水が溜まってしまう。私は、二重にして使っているが、それでも、漏れる)

私にとっても、全て“ある、ある”です。全て、経験しているし、思ったことです。インドネシア人も納得しているから、大受け、一緒に歌って踊っているし、パロディーも続々出ている。しかし、インドネシア語圏内だけでしか受けないでしょう。PPAPのようにはならない。
中国が受注した高速鉄道が、出来ても、出来なくても、どちらで、ティダッ アパ アパ! ジョクウィさんは、先月末に、加速をつけると言っているが、どうでしょうか。日本のネットで散々、匙を投げられたとか、中国が逃げたとか、だましたとか、だまされたとか、適当に、憶測していっているが、ジョクウィさんは、匙を投げていないですよ。もっとも、私は、今からでも、止めた方が良いと思っているが。ティダッ アパ アパじゃ済まなくなるのは、分かりきっている。 
https://www.youtube.com/watch?v=RRuTsIz9oSM
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庭の木がさっぱりしていた。隣の老人養護施設。普段の私の生活の場には、全く、見なれらに風景。


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(^_-)-☆帰国した [行動]

 2884 12時前に、家に到着、ゲートを開けると、下にチョークで、お帰りなさいの文字が書かれていた。そして、タクシーが止まったのを感知して、孫たちが、家から飛び出してきた。帰ってきた~~、という感じ。暫く見ないうちに、背が高くなっていてビックリさせられた。
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ところで、今回の機内での気分は、いままで、インドネシア国内便も含めて、最悪だった。隣に座った人の問題だ。鼾が酷い人、やたら、話しかけてくる人、ひじ掛けを越えて、肘が出てくる人、足を広げてくる人、新聞を大袈裟に広げている人、色々、いるが、今日が最悪だった。
シートはいつものように、出来るだけ後ろで、通路側と注文する。今回は、満席、後ろから三列目のFで真ん中だった。席に行って見ると、既に、そこ辺りは、ほとんど、空きがないほど、皆さん座っていた。私の席にもおばあさんが座っていた。話しかけると、その息子さんらしき人が、その横に座っていて、家族と一緒にいたいから、変わってほしいと、後ろから二列目のA席を示した。右側の窓際、参列並びで、私が奥、通路側に、ちょっと太目で大柄な人が座っていて、真ん中は空席だった。これならいいかと、座った。そこまでは、問題なし、窓際で、日本近くなれば、富士山も見えるだろうし、陸の様子も見ることができる。
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と、直後、何この人?大巨漢の男がのっそりと現れたかと思ったら、私の右の空き席に座ろうとした、なかなか座れない、多分両側のひじ掛けが広げられやっと、はまり込んだ。そして、シートベルト、なかなか、届かない、一杯に伸ばしてもなかなか、届かない、お腹をぐっと、へこませて、やっと、締まった。当然、向こう側もそのはずだが、肘が完全に、私側に大きく出っ張ってきている。座った状態で、前の座席と膝らしい場所が、くっ付いていて、前に隙間がない。背は私より低そうだが、幅が倍、厚さが倍、体重も倍有りそうだ。
 身動きができない。どうしよう、トイレに立ち上がる時に、大事になってしまう。だから、立てない。水の補給を止めた。寝るのも窮屈でできない。これは、7時間ほどじっと、耐えるしかなかった。幸い、トイレに立つ必要はなかった。食事の受け取ったり、返したりするときも、狭くなっているから大変。
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こんな人、エコノミーに座ったらダメでしょ。そして、エコノミーなら、中央の通路側に座りなさいよ。隣の人への迷惑をかけるのは、分かっているはずだし、それを、最小にするよう、気を使いなさいよ。
着陸して、こんなに、ほっとしたことはない、大揺れに揺れた時の方が、短い時間だから、それより、ほっとした。
航空会社も、体積制限をしなさいよ、と思った。
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(^_-)-☆日本へ [行動]

 2885 今年、インドネシア最終ゴルフの後、土産物を購入、と言っても、コンビニで、クルプックやクリピック シンコンやカップ麺など、嵩張るが軽い物を主体に、ほとんど、日本にいるインドネシア人友達のためである。
身内の持ってゆく土産物はない。もう、種が付きた。持って行っても、ナニコレ、と言われて、邪魔者にされるだけだ。特に、買ってきて長大というものはない。
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今日の昼間の雰囲気です。相変わらず、各地で、総合施設の建設中、ブカシ、チカランからリッポチカラン、デルタシリコンからチバトゥ、そして、デルタマス、その向こうはカラワン、スルヤチプタ、ミトラカラワン、なお向こうは、チカンペックやプロワカルタまで、クレーンが見えない場所がないと言っていいほど、各地で建設中。ここは、チバトゥインターのオレンジ、カントゥリーですね。かなりの高層ビルが建ちそうだ。

ゴルフ場のプレー代も毎年上がる。永久会員の私は、年会費16ジュタ(約14万円)を支払った。昨年は15ジュタだった。因みに、一年会員は35ジュタ(役30万円)、プレー費は来年から、ビジター、休日、2,1ジュタになるとか、もう、高すぎて、敬遠されるのではないかと思うが、そうでもない。会員数は減ることは無いらしい。
素晴らしい天気、日本の夏から秋にかけての雰囲気の空だった。雲が低い、インドネシアの雲は日本より低いと思う。錯覚でしょうか。明日は、真冬の日本だ。

19時半過ぎに、会社からタクシーで出発、昨日の大渋滞があるので、いつもより、一時間早く出発した。ところで、その前に、昨日の両替屋との15時の約束通り、食事のあと会社に寄って、10万円を買った。今まで、円買いはこんなに難しいことはなかった。日本でIDR(インドネシア、ルピア)を円に交換したら、どれほどのレートになるでしょうか。多分、130Rpが1円、などと、言われるのではないでしょうか。その通貨の国で、外国通貨と交換した方が、安く交換できると思う。日本円をRpに交換するときには、出来れば、日本で交換してきたほうが、ルピアを沢山、手に入れることができるでしょう。インドネシアに到着して、空港で、ルピアに替えるのは、一番、割りが合わないと思う。
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タクシーは順調にジャカルタを抜けて、1時間半で空港に着いた。途中、例のタマンアングレックのネオンを見たくて、スマンギ経由と指示をした。黙っていると、タクシーの運ちゃん、必ず、アンチョールの方に行ってしまう。確率としては渋滞が少ないし、遠いので、タクシー代も稼げるから、気持ちは分かるが、私は、いじわるのように、スマンギ、グロゴール、レワット(経由)という。

空港へ到着すると、後は、搭乗券を受け取り、イミグレを通過し、免税店へ行って、アラックバリを買う、今回は、しっかり、目立つ場所に並べられていた。以前、何年かは、あるかと聞くと、何か、怪しいものを持ってくるように、奥の倉庫から出してきた。大ぴらには売れなかったのが、今は、大ぴらに売れるようになったらしい。680ml 40%アルコールのライスリカーだ。235000Rp(2千円くらい)で、安いのか、高いのか知らないが、とにかく、渡し予定の方は。楽しみにしていてくれる。
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そして、レストランに入り、ブログの更新をする。今回は、ソトアヤム、9万Rpと高いが、電源を拝借し、一時間以上粘るから、安いかも。
11時15分搭乗だ。


タグ:別れ 帰国 順調
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(^_-)-☆ブリ 円 [行動]

 2884 Beli Yen両替、ルピアを売って円を買った。インドネシアでRpを必要以上に待っていても、仕方がないので、日本円に替えて、日本に持ってゆくためでした。Tiga ratus ribu yen30万円を持って帰りたいと思って、リッポチカランモールの両替屋に行ったら、円は、全く、無いという。いつなら、あるのか、聞いたら、分からないという。要するに、円を持ってきてルピアに替える人が少ないのだそうで、円が集まる保証はないという。インドネシアで仕事をしている日本人は円で給料をもらう人は、ほとんどいないと思うし、もし、ドルや円で契約してあっても、実際に受け取るのはRp出だと思う。この辺りでは、主張者が円を売るくらいのものだから、集まらないのでしょうね。

銀行へ両替をしに行っても、無いので、一度行って、申し込みをし、何日か後の交換にしに行くことになる。US$の場合も、予約になってしまうようだ。面倒なので、マネーチェンジャーに行ってしまう。MM2100のルコの両替にも電話で聞いたら、矢張り、無いと、言われた。有るようになったら、電話してと頼んであった。

勿論、ブロックMや空港なら、円がないということはないと思うが、空港なら搭乗前に根幹すればいいが、とにかくレートが悪い。また、何時間も渋滞に中、ジャカルタまで行く気はしない。

ということで、会社の取引先であるBNIに二日前に円を注文しておいた。今朝、準備ができたというので、現金を引き出しておいて、持っていた。レートは、117Rpが1円だった。120Rp以上を予想していたので、思ったより安く買えたと思った。

その後、MM2100から、電話があって、10万円ならあると言ってきたので、せっかく、かき集めてくれたので、もう、直ぐに必要ではないが、交換しに行ってきた。と言いたいが、しなかった。こちらは、119Rpと微妙に違っていた。刻一刻と変化するので、そんなものでしょう。ところで、何故、しなかったかというと、大渋滞、16時約束で、会社から、余裕を見て、15時にでた。順調なら、15分前には着くはずだった。ところが、カリマランに出たところで、直ぐに渋滞になっていた。工事中の陸橋まで、まだ、500mほどある地点だ、ここから、ずっと、渋滞の中、高速の入り口まで10分も掛からないはずが、1時間半掛かってやっと手前まで、もう、約束の時間を30分も過ぎている。ほとんど進まない。電話で、18時くらいになりそうだが、待ってもらえるかと言ったら待つという。また30分すぎた。もう、18時も無理そうなので、キャンセルの電話を入れた。二時間かかって、まだ、高速道路のゲートの手前、ここから、ゲートに入るだけでもまた、30分以上かかりそうだ。引き上げることにした。チカンペック方向の車線に入って、戻った。チバトゥの出口から出て、帰宅をした。家に着いたのが、高速で方向を変えてから、15分後の18時半だった。ただただ、渋滞の中、3時間車の運転をしていた。トイレが我慢できなくなり、帰る途中、ファーマーズマーケットのトイレに飛び込んだ。
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カリマラン川沿いの道の渋滞。
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高速に入る手前、チカンペック方面は、ガラガラ。
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チバトゥの出口手前、ジャカルタ方面はここでも大渋滞していて、電光番にカラワン、チカラン20~30kmと書かれているが、嘘、時速10Km以下だ。故障車があると書いてある。
MM2100の担当者が自分はチカランの人間だから、明日、会社に届けるという。それには、及ばないが、10万円を残しておいても仕方がないらしく、熱心にいうので、15時に、会社へ届けてもらうことにした。

結局、私がインドネシアから離れる前に引っ越しが出来なかった。工場のレンタルをもう一か月延長を指示した。三か月の延長だ。持ち主は、次に貸す当てがないので、いつまででもいいよ、という。一月初めに戻った時には、新工場に出勤ということに、ぜひなっていて欲しい。
  

タグ:渋滞 修行 両替
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(^_-)-☆たいしたことなし [インドネシア]

 2884 被災者には同情します。それでも犠牲者は100人以上になった。日本なら、半壊もないでしょう。最北西端の都市、バンダアチェではなく、アチェ県ではあるが、2004年、大震災、大津波の時とは、震源地が違う。プレートの沈み込み地帯も、全く、別物。過去の地震は、インド尿中央部からスマトラ島の西側、そして、ジャワ島の南側、インドネシアの島々の南からマルク諸島に掛けてのプレートに沈み込み地帯で起きていた。ニアス島もパンガンダランもジョクジャカルタ、バントゥールもマランやブリタール、バリやロンボック、スンバやスンバワ、フローレス、ティモールそして、アンボン、マルク辺りまで、実際に活発に活動している活火山が沢山あり、年に何回かの地震が発生している。今年も、マラン付近とマルクでM6クラスの数回あった。

インドネシアの地震学者が強調していた。今回の震源地は、スマトラ島の東側、マラッカ海峡側、過去に例がないという。ジャワ島の北側、ジャワ海側で地震は経験していません。火山性微動も海岸側にはない。15年ほど前に一度だけ、ジャカルタへ遊びにった時に、揺れを経験していますが、振れは、多分震度1か2程度、それも、横揺れ、それでも、インドネシア人、大パニックだった。それは、スマトラ中西部のパダン辺りのM7の地震でした。その程度です。今回の地震が大地震の前触れだとは考えにくいと思う。やはり、起きるなら、スマトラの西側、インド洋側でしょう。

日本では、今回の地震、たいしたことがないから、それほど、大きく報道されていないと思う。それでも、家族や会社からの関係者から、問い合わせが入っていると思う。このジャボタベックJABOTABEK(ジャカルタ、ボゴール、タンゲラン、ブカシ、カラワン?)地方は、震源から1000km以上?離れていると思う。全く、別の世界の話ですよ。こちらにいる日本人の大多数は、知らないと思う。知っているとしたら、ジャカルタ新聞を読んだ人くらいでしょう。

バリで、プラボーさんと一緒に空手?の東南アジア大会に出席していたジョコ大統領が明日現地を見舞うそうだ。移動距離、3000Km以上だと思う。
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この信号、親切です、いや、新設です。今、青と赤が同時についています。これは、止まれ、です。ゴーの時には赤が消えます。右折に矢印も同じです。
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ここは、リッポチカランのモールの方から来たところです。右折をすれば、チカランバラットのゲート方向です。しかし、10年ほど前から、バリケードで塞がれ、ゲートに直接、向かうことが出来なくなっていて、ハイアールの前まで行って、Uターンして、この場所に戻ってくるようになっていた。ところがEJIPへ向かう道、毎年恒例の補装工事、凸凹修理をするときだけ、三車線が一車線になってしまい、渋滞がひどくなるので、以前のようにここで、バリケードが、時間限定で開かれる。
 

タグ:地震 震源 遠い
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(^_-)-☆最北に近い地震 [インドネシア]

 2883 今朝、起きて、テレビを付けたら、ブレーキングニュースで、アチェの地震のことをやっていた。M6,4だし、ほとんど陸だし、津波は考えられないし、たいしたことないな、と思っていたが、直ぐに、死者が20何人だと言っている。建物が、かなり、崩れ落ちているし、これじゃ、まだ、この下に大勢いるなと思った。多分、最低、100人や200人はなくなっているのではないかと思う。2004年、未曾有の大地震や津波を経験しているのに、耐震も何もあったものではない、スカスカの鉄筋無しのブロックやレンガの土壁の家、建築物だ。みじめに崩れ落ちている感じ。
Gempa,Warga Kota Sigli Panik Ada Lari ke Masjid dan Padati Jalanan地震、シグリ町民はパニック モスクや混雑した通りに逃げた。Gempa bumi berkekuatan 6,5 skala Richter (SR) menggoyang Kabupaten Pidie Jaya, Aceh
マグニチュード 6.5 (SR) 地震が、アチェのピディ ジャヤ地方を揺する。pada pukul 05.03 WIB. 西インドネシア時間5;03
Gempa Aceh tersebut terjadi di kedalaman 15 kilometer dan merobohkan ratusan bangunan. Akibatnya 25 orang meninggal.
アチェの地震 15 キロの深さで発生し、数百の建物を破壊した。結果として 25 人が死亡しました。朝、10時頃のニュースでした。
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震源地は、スマトラの北端の町、バンダアチェの東、50Kmのマラッカ海峡の北にあり、マラッカ海峡の向こう側のマレーシア、ペナンより北の町シグリの殆ど直下だ。ジャカルタタイムと同じ時間を使っているが、実際にはジャカルタより一時間ほど遅い。だから、4時くらいの暗さ、おそらく、停電になったと思うので、真っ暗や藻になったに違いない。何事が起きたのか分からなかった人が大部分だったと思う。そのまま、崩れた建物、家の下敷きになった人が多かったはず、なくなった人は、22時現在、すでに90人を超えている。行方不明、怪我人も多数だ。この時間、まだ、救援に誰も来てくれないと、地元の人は嘆いていた。
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http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page231.html 訪問した時のアチェです。
2004年の大震災と津波は10万人以上の死者、の時を思い出した。

スズキカップ、東南アジアの準決勝戦ベトナムと対戦、ハノイだった。ボールの支配率は圧倒的にベトナムが上だったが、オウンゴールに近いのとPKで2点、ベトナムは、まともに2点で、同点だった。しかし、4-3でMengalahkanと書いてあったということは、どういうことでしょうか。インドネシアチームが大喜びをしていたから、決勝に進めたのでしょうか。よく分からない。よかったですね。
今日は、アホックもアフマッダニーのニュースは、見なかった。

先週末、動力電源が7日に繋がるという、約束というか、知らせが入っていたが、繋がったという知らせは入らなかった。もう、私がインドネシアから離れる日までには引っ越しができないことがほぼ決定した。私がいない状態で引っ越しになる。ま、私がいても、ああしろ、こうしろ、というだけで、皆の手助けにはならない。


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(^_-)-☆不安定な動き [インドネシア]

 2882 世界中で、今、戦争をしている地帯、実際に戦闘をしている地域の人達の宗教はムスレムですね。世界最大のイスラム国家、インドネシアは、戦争をしていない。何故でしょうか。私は、平均的インドネシア人は、色々な点で、一応、恵まれた生活ができていると思っているからだと思う。他国や他人から、生活を脅かられていると思っていないからだと思う。大体、満足しているからだと思う。それと、一部の民族らしい人を除いては、穏健な性格の民族だと思う。
パンチャシラ、Pancasila)とは、インドネシアの国是となっている建国5原則をさす。また、ゴトン・ロヨン(gotong royong)相互扶助の慣習のことである。スカルノとスハルト体制期には特に、国民統合のイデオロギー、体制の正統性原理となった。国を治める人たちが、うまくやったと思う。

アホックさんの裁判は13日から始まる。どうなることでしょうか。穏健のムスレムだが、過激派が、たとえ、1%としても、彼らが、結果によっては、大暴れをするかもしれない。この数か月は、例の政府転覆を企んだと言われる事件と並んで、不安定な動きが続くでしょう。
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アホックさんです。彼が余計なことを口走らなければ、良かったのにと思う。
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全国各地で、相変わらずの、洪水、地滑り、崖崩れが頻発している。タンクローローリー給水車がフル回転をしている。しかし、見ていると、ガロンボトルやポリタンクに入れるときに、半分ほど外へ出てしまっている。水を出すホースの先端が大きいためだ。水道の蛇口のようなものから出せばいいと思うのだが、半分以上、無駄にしているように見える。せめて、こぼすなら、受け皿、例えば、盥のようなものを下に置いて注げばいいと思うが、そう思わないのでしょね。
この給水車からの水、ガロンボトルに入れ替えて、ラベルとキャップ(これを作って売っている奴がいる)を新しく張ったり付けたりして、本物として売っている。洪水地以外でも、田舎での“アクアAQUA”の対部分は、偽物だと思う。

我が社のダイレクターが一人増えた。ヘニー君、31才、私のこの会社での一番弟子、今までの初代、2代は、コミサリスが連れてきたが、それらが、どうしようもない人で、私が、仕方なく、ダイレクターになったが、今回は、ビザの更新がしやすいように、私は、ダイレクターの肩書は残しが、会社にいない期間を長くできるようにという理由で、後継者と私が思っている若者をダイレクターにと、私が推薦し、コミサリスに納得してもらって、今日、手続きを済ませた。これで、私がいなくても、サインは彼で済ませることができるようになった。日本に出発間近、ちょっと、安心。工場移転の話も彼に任せられる。彼もやる気一杯だ。
 
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(^_-)-☆落下しない車 [日常]

 2881 病院に車が突っ込んだ?タクシー? 三人死亡した。あまりにも痛ましい事件。偶然とはいえ、そこに、いてしまった人達、サッカー選手が、飛行機墜落で亡くなった。偶然の積み重ねだよね。亡くならなかった人も、偶然だよね。運が良かった、悪かったというしかない。

急ブレーキを掛けるつもりが、アクセルを踏んでしまい、止まらないから、もっと深く力を揉めて踏む。踏み続ける。あ、間違った!!とは思わない。これが、人間の性です。

これを、全く、無くす方法があるのでしょうか。ペダルの位置を離す?当然、各メーカーは、とっくにじっけんしているのでしょうね、間違いやすさと、使いやすさを天秤にかけて、今の間隔が前後にしているのでしょうね。しかし、踏み間違いは絶対なくせません。本人がアクセルを踏もうか、ブレークを踏もうか、どうしようと思っているのか、思いを感知できません。分かれば、思いと行動が一致しているか、間違いか分かりますが。

間違ってアクセルを踏んでしまった時に、どうするかでしょうね。ぶっつからなければいいのです。障害物が前にある時に、アクセルを踏んでいても、ブレーキの方が強い力で掛かるようにすればいいのです。多分、そんなことは、自動運転の中の一要素に過ぎないので、相当のところまで技術が進んでいて、実際に、そういう装置がある車も使われていると思う。私が思うには、車の時速0から200Km速度自動制限装置が完璧なら、この種の事故は起きないはずでしょう。最高速度はその道に定められた最高速を越えないようにし、前45度の障害物までの距離が100m以内の場合は、速度を、例えば、時速50kmにし、距離に従って、その距離での最高速度をセッティングできる。それより、遅ければ、それはそれでよい。5mなら、1km/hour、1mなら、勿論、停止(0Km/
hour)ですね。もっと近くに寄せて駐車などしたい場合は、それを解除すればいい。
 
ぶっつからない車に比べて、落ちてしまわない車はどうするのですかね。障害物がない場合はどうしましょう。例えば、港の埠頭で海に向かって行った場合、落ちないようにするにはどうしたらいいでしょうか。斜めの走行などで、道の脇に落ちてしまわない車。出来ますかね。危ないと思って、急グレーキを掛けたつもりが、急発進状態になってしまった時は、止められますかね。面白いことに、“落ちてしまわない車”で検索したら、“中古車の価格が落ちてしまわない車”、でした。

インドネシアでは、登り坂の向こうがどうなっているのか、登りきるまで分からない場合が多い。向こうが真っ直ぐではなく、左右に急カーブの場合も多い。かなり、アクセルをふかして登ってきているわけで、登りきったところで、急に速度が上がる。そこで、真っ直ぐでなければ急ブレーキをかける。その時に、間違えてアクセルを踏み続けることは、ほとんど、考えられないが、とっさの場合、アクセルを離して、また、アクセルを踏んでしまうとも限らない。そんなとき、障害物がないでしょ。専門家の方、スキーのエアーターンで着地する前に、制動アクションをするように、アクセルを無効にして、ブレーキを自動的に駆るようにしてください。

オートマ車は、止まっても、エンジンは止まらない、エンストをしないから、自動で止める装置で問題ないと思うが、マニュアル車はどうでしょうか。速度を落とす場合はギヤーチェンジをしなければなりませんね。私は、インドネシアで、20年ほど運転しているが、最近の10年ほどは、マニュアル車を運転している。日本と逆で、オートマは15万円程、高いから。そして、ブレーキをかける場合は、必ずクラッチを踏んで、ギヤーをロー側に落とすから、アクセルとブレーキを間違えることはありえないような気がする。無意識に間違って、アクセルを踏み込んでしまうことはありえないような句がする。また、ローから、アクセルを踏み込んでしまっても、急に速度は上がらないし、何より、エンジンをふかした音が、異常に大きくなるので、直ぐ、踏むのを止めてしまう。踏み間違って、パニックになることも、あり得ないと思う。

ということで、高齢者は、マニュアル車の運転しか認めないようにしたらいい。ボケ防止にもなるかな。でも、ダメか、マニュアル車は免許状が違っているし、日本はマニュアル車の方が、値段が高い?

ぶっつからない車は、とにかく、センサーはできるから、障害物を感知したら、止めればいい。しかし、落ちない車は、無いことを感じなければならないから、どうしましょうか。下を見ていれば、直近で、あ、無い!とわかるが、例えば、10m手前から、無い、が、関知できるには、どのくらいの高さから、下に何度で、向ければいいのでしょうか。車に屋根の先端に、出来るだけ、高い位置から見るように、セルフィーのような、センサーを付けるのでしょうか。落ちない車ということで売り出せば、受験生を抱えた家庭では、買いたくなるのではないでしょうか。博多の道路の陥没のような時にも落ちないでしょうし、地震での地割れなどでも落ちないですよ。
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タンブン チビトゥン辺りのジャラン ティクスは、こんなもの。ギヤー5にすることはない。2か3である。ブレーキとアクセルを間違えようがない。


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(^_-)-☆こんなことって有り? [欲望]

 2880 こんな事がるのでしょうか。信じられない。本当?耳を疑った。
日本のある会社が、インドネシアの日系企業を買収し、インドネシアの新たな販売拠店にした、と発表があった。経済関係のニュースにもなった。その後、9月に買収した会社から何人かインドネシアにきた。引継ぎのため、最大五人と聞いている。今までの取引先や新規に狙っている会社にも挨拶回りをしていた。ただし、会社に席を作って座るということはなかったし、従業員への待遇などの説明もなかった。と、ここまで、10月初めにその会社の従業員から聞いていた。
ところが、今日は、その会社で、以前、働いていた人が、近くに来たからと、寄ってくれた。直ぐ、元いた会社の話になって、その人がいうには、「買収したはずの会社の日本人はいなくなったよ。いくらか知らないが、買収したお金も返されて、買収をしなかったことになったよ。そして、社長は、また、新しい売り先を探しているよ。」という。何故?と聞いたら、社長は自分の持ち分を多くのこしたいと、売買契約を破棄したのだという。買い手は、びっくりして、直ぐに手を引いたのだそうだ。

この会社、何年か前から、業績が思わしくなく、最も、日系企業の50%以上は赤字だという説があるくらいだから、特別、酷いということでは無いようだが、売り先を模索していた。

要するに、この会社が持っているライセンスが魅力で、何社かがジョインや買収話に寄ってくるのです。このライセンスを新たに収得することは、外国企業にとっては、今、ほとんど、不可能になっているので、同じようなことをしたい、会社にとっては、かなりの魅力なのです。そこで、売るとなれば、買い手があるのです。
そんなに、魅力があるライセンスを持っていても、この会社、赤字続きと聞いている。それでなければ、売りたいと思うはずがないと、誰でも思うこと。社長さんはいらない、ライセンスだけほしいのだから、ジョインでなく買収なら応じるというのは当たり前の話でしょう。

そして、何社かと、交渉成立、売れたよ、買い手が見つかったよ、という話を何度か聞いた。T社、F社、S社、そうそうたる日系企業です。しかし、ことごとく、白紙に戻って、無かったことになってしまったそうだ。社長曰く、本契約寸前で、先方から、示された条件が、交渉してきた内容と違っていて、裏切られたという。

今回は、買った側が、ネットで公表したのだから、売買契約を成立したことは間違いないでしょう。ところが、この売り手側が、条件の変更することを、言い出したのだそうだ。ということは、今まで何社かと売買が成立したのを、買い手側が条件を変えてきたから、ご破算になったというのは、どうも、逆だったんじゃないかと、思われても仕方がない。そして、契約することが無意味だと思われても仕方がない。この人、契約を結んでも、後から、契約に不備があったと、言い出す、癖があるらしい。

最初は、1%でもいいから、売ってしまった方が良いと思ったのでしょう。そして、その後、この会社が動き出したのを見ていて、多分、この会社なら、相当、儲けそうだと、思い込みだして、急に1%じゃ、まずかった、30%にしようと思ったのでしょうね。頼むにしても、せめて、5~10%にすれば、良かったのに、欲張りすぎたのかな。

それにしても、本当の話なら、買い手側は、公表してしまっているのだし、契約を破棄されたことを発表するのでしょうか。とてつもないショックを受けていると思う。まともな企業なのだから、面子の問題もある。払った金を返されれば済むという問題ではないと思う。法的手段を取らないのでしょうか。

何年も、経営者が変わることを待っているだけの、この会社の従業員を引き継ぐことが、いかに重荷になるか、何故、売ろうとしているのか、しっかり、周辺の評判や、結局、買い取らなかった会社から原因調査しなかったのでしょうか。調査していれば、買い取ることは最初からしなかったと思う。

そして、一旦、買ったつもりだった会社の人は、引き上げてしまった。という話でした。従業員には何も説明がなく、何がどうなっているか知らない人が多いと言っていた。
11月29日の話でした。今どうなっているのかは知らない。
この話、何か、インドネシアと中国の高速鉄道建設の話と共通点があるような気がしますね。従業員の立場はどうなるのでしょうか。結局、話が振出しに戻ったり、何とか、成立したとしても、その後、まだ、問題が残りそうですね。

もうこの会社を買う会社は現れないと思う。
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15番ホールのグリーン側から、出入りできる老人ホーム(シニヤーハウスsenior house Panti jompo Nursing home)、日本食レストラン、その出入り口
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一天俄かに掻き曇り突風が吹き荒れた。
 

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(^_-)-☆中高速鉄道2 [情報]

 2879 Adik Megawati Jadi Tersangka Bersama Musisi Ahmad Dhani アホック騒ぎのどさくさの中、なんだかようわからないが、政府転覆を企てたとかの容疑でメガワティ スカルノプトゥリ( 初代スカルノの長女、5代の大統領だった)の妹、ラフマワティが有名なミュージシャン アフマッ バニーなど共に逮捕された。姉とは、同じ政党ではなく、姉とは絶好状態だった。ダニーは、この間の“紅葉祭り”に息子三人と共に、メインゲストとして、ジャバベカに来ていた。ゴルフをしている最中の彼の歌と喋っている声が聞こえてきていた。元の奥さんも有名歌手で、また、多くの歌手やグループを生み出している。今回、ブカシの県知事選挙で、副知事として、立候補をしている。

昨日のSemicepatの話の続き
以前にも触れたが、日本は、ぜひ、このプロジェクトを成功させてほしい。インドネシアが、最近、中国高速鉄道に関して、口癖に様に言っている、“ビジネストービジネス“インドネシア政府は、資金の保証をしない、です。これを、このプロジェクトにも、言っているので、それを、条件にして、決して、中国高速鉄道に、インドネシア政府が金を出さないように釘を刺すためにも、必要だ。

この区間は、2000億円でもおそらく、余裕を持って、完成させることができるでしょう。軌道(ルート)は、既存に沿った形にするので、単線の処を複線にするための用地買収は少ないし、高架にする部分も、あまりない。
現在、高速道路を、スラバヤまで、繋げてしまう工事が進んでいるが、おそらく、全路が繋がる前に、中高速鉄道を完成させることができるでしょう。とにかく、このルートは、日本の東海道のようなもの、海岸沿いに、いくつかの中小都市が点在している。その沿線は、畑と田圃、 東海道本線に特急の本数を増やすようなもの、だから、各町からのアクセスもいい。絶対、運航、その年から、利益が出るでしょう。 だから、政府保証などいらないのです。 

もう一つ、ぜひ、すすめてほしいことは、スマランからジョクジャカルタとソロに同じようは列車を走らせることです。もし、バンドゥンまで高速鉄道が出来ても、大赤字で、その先に延ばすことは、絶対にしないでしょう。高速道路も、その先には行っていないし、計画もない。必要性の順位としては相当、下位だからです。チレボンまでなどは20年以上できないでしょうし、中高速鉄道が開通してしまえば、なさらにことです。ましてや、南のジョクジャまでなど、200%あり得ない。しかし、ジョクジャ、ソロは日本の京都、奈良のようなもの、それに、ジョコ大統領の出身地、自分からは言い出せないにしても、提案してやれば、直ぐに乗ってくるでしょう。任期が二年ちょっと、バンドゥンまでの高速鉄道に開通時には、もう、交代している。せめて、大統領の間に、スマラン、ソロ間の着工をと、提案したらいいとおもう。まとめれば。ジャワ島で、ジャカルタ、スラバヤ、バンドゥンの次の大都市だから、この線も、既存の強化だけで済むので、相当な利益を生むでしょう。観光客も倍増になるでしょう。

それと、これは、肝心なこと、袖の下、コルプシ、賄賂、アンダーテーブル、フィー、これら、意味は同じです。ジョコ大統領とインドネシア国民に“出さない、受けない“宣言をしてほしい。中国と自分たちは違うよ、という、手本を示してほしい。
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SUZUKI CUPというのでしょか、サッカーの東南アジア選手権?インドネシア、頑張っていて、今日はベトナムと準決勝、ジョコ大統領も貴賓席で応援、なんだか、儲けもののPKで、勝った様なものだが、それでも、インドネシア中、大騒ぎ、ま、アホックデモより、遥かにましだ。決勝も、勝ってほしいですね。それにしても、スタンドの周りにある広告は、日系企業が90%以上だ。
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今日のゴルフは天候に恵まれ、終始、快適だった。
 

タグ:選考 提案 積極
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(^_-)-☆中高速鉄道1 [情報]

 2878 中高速鉄道のことだ。ジャカルタ、スラバヤ間中高速鉄道に関して、最近情報です。
Jepang Sambangi Indonesia Bahas Kereta Cepat Jakarta-Surabayaインドネシアと日本 ジャカルタ、スラバヤから高速鉄道  話し合う。 11月18日
Pemerintah Jepang akan mengirimkan perwakilan untuk bertemu pemerintah Indonesia pada Desember mendatang. 日本政府は 12 月にインドネシアの政府会うために代表を派遣します。
Kedua delegasi akan bertemu untuk membahas rencana pembangunan kereta cepat rute Jakarta-Surabaya.
ジャカルタ、スラバヤの高速路線を建設する計画にいて、2 国のデリゲートは、話しあう。

Deputi III Kementerian Koordinator Kemaritiman Ridwan Djamaluddin mengatakan, 主要な省 III Ridwan Djamaluddin の副コーディネーター氏話した。Jepang akan diwakili oleh Badan Kerja Sama Internasional Jepang (JICA) 日本は、国際協力機構 (JICA) が代表される。 Sementara, Indonesia bakal direpresentasikan oleh Kementerian Perhubungan, Kemenko Maritiman, dan Badan Penerapan dan Pengkajian Teknologi. インドネシアは、輸送、援助 と実装および技術の研究などで運輸省が代表する。

Ridwan menuturkan, kedua negara saat ini sedang membuka pembicaraan awal mengenai proyek tersebut. リドゥアン は、2国が現在開いている初期プロジェクトついて語る。Pada tahap awal, penjajakan proyek mencakup tiga hal, yaitu spesifikasi teknis, pendanaan, dan penentuan kecepatan kereta yang akan dioperasikan. 初期の段階では、プロジェクトの開発をカバーする 3 つのこと、すなわち、技術仕様、資金調達、および列車の速度の決定が運営されます。

"Mau semicepat atau cepat? Mau 185 atau 300 kilometer per jam?" ujarnya di Jakarta, Jumat (18/11). 「Semicepat中高速 あるいはcepat高速どちらにしたいか? か185 または 300 キロで走行したいですか?」ジャカルタでは、金曜日と述べた (18/11)。Keputusan tersebut, kata Ridwan, akan mempengaruhi biaya proyek, 決定は、プロジェクトのコストに影響を与えるが Ridwan は言ったkebutuhan lahan, harga tiket, dan trayek moda transportasi lain. 土地、チケットの価格、およびその他の輸送モードのルートが必要です。

Ridwan mengatakan, hingga pertengahan November ini, uji kelayakan (feasibility study) pembangunan kereta cepat Jakarta-Surabaya belum dilakukan. Ridwan は、この 11 月の半ばまでは、まだ、建設が行われていないジャカルタ、スラバヤ高速鉄道の可能性 (ビジネス検討) を勉強します。Dokumen tersebut rencananya baru akan mulai disusun awal 2017. 新しい計画のドキュメントは、早期策定 2017 に開始されます。
Lebih lanjut Ridwan menjelaskan, proyek kereta cepat Jakarta-Surabaya belum tentu didanai Jepang続けて、ジャカルタ、スラバヤ、高速鉄道プロジェクトは、日本の資本とは決まっていない。
Pemerintah, menurutnya, tidak menutup kemungkinan investor dari negara lain.
彼によると、政府は、他の国からの投資家の可能性を閉じてはいない。

"Tapi yang pasti, sampai saat ini Indonesia baru berbicara dengan Jepang," ucapnya.
「しかし、確かに、最近までインドネシアは日本と話をしている」、彼は言った。
Oktober lalu, Menko Kemaritiman Luhut Binsar Pandjaitan bertemu Perdana Menteri Jepang Shinzo Abe. 昨年 10 月、投資調整省ルフト ビンサール パンジャイタンは、日本の安倍晋三首相に会った。
Ia juga berjumpa dengan Menteri Pertanahan, Infrastruktur, Transportasi dan Pariwisata Keiichi Ishii, serta Wakil Menteri Luar Negeri Shinsuke Sugiyama.
彼はまたの石井啓一、観光大臣として杉山晋輔副外務大臣に会った。

Pada forum itu, Luhut menyampaikan harapannya agar Jepang menbiayai modal proyek kereta cepat Jakarta-Surabaya. そのフォーラムでルフトは、高速鉄道プロジェクトが、日本資本モデルになるよう希望を伝えた。
"Indonesia sudah menyampaikan surat resmi kepada Pemerintah Jepang untuk dapat mengerjakan proyek ini. 「このプロジェクトン仕事を受けるために、インドネシアは、既に、日本政府に正式な手紙渡してある。
Secara pribadi, saya yakin teknologi Jepang tepat untuk proyek ini," katanya.個人的に、このプロジェクトのための日本の技術を私は確信している、"彼は言った。

Luhut menjelaskan, kereta semicepat Jakarta-Surabaya berkecepatan 180 km per jam hingga 200 km per jam. Ini berarti, akan mempersingkat waktu tempuh menjadi sekitar 3,5 jam.
ジャカルタ、スラバヤ鉄道 中高速 時速 200 km から 180 kmについて明らかにしている。つまり、それは約 3.5 時間に移動時間を短縮します。

Luhut、"Jalurnya akan berupa rel ganda yang memungkinkan untuk dimanfaatkan juga guna membantu operasi angkutan peti kemas dry port antara Jakarta-Semarang-Surabaya," pungkasnya. (bir)
「ジャカルタースマランースラバヤ間のドライ ポートのコンテナー輸送操作を支援するためにも利用するために複線になる」とルフトは結んだ。(ビール)

意味は間違っていないと思うが、翻訳の日本語が、私でも、変に思うところがある。

デモ、スト 通勤時には、警察、軍の姿は全くなかった。皆、ジャカルタ方面へ応援に行ってしまったようだ。労働者のデモの姿も全く見えない、ちょっと、私の工場や住処辺りは拍子抜けだった。MM2100のサクラエージェントへ行って来たが、そちらも、放水車一台が置かれていたが、警察官は数人、暇そうにしていただけだった。
夕方のテレビで、ブレーキングニュースとして、やっていたが、静かなもので、今回は、大統領をはじめ各政党の党首、また、警察、軍の説得が効いたと思う、デモ ブルサマではなく、ドア ブルサマと強調していた。アホックさんの裁判の結果次第で、どうなるか、まだ、終わってはいない。
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インドネシアらしき道路を通過した。高速道路を跨ぐ道、やっと、大型車がすれ違える橋を作っている。何故、最初から、そうしないのか、ほんの2mほど広い道を作ればよかったのに。
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ジャラン ティクスJalan tikusネズミ道と言われる、抜け道のこと。当たり前にどこにでもある。主要道が渋滞の場合は多いので、良く使う。この道の先を見てください。ジャラン カリマランに出る突き当りが三叉路になっている。道が2Mくらい高くなっていて、その手前の坂がすごい、45度くらいの急な登り、こんな坂、登りも下りも、相当、運転がうまい人でなければ、事故を起こす。
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これも、インドネシア至る所にある、膝位の深さの洪水、氾濫。とにかく、ちょっと、降れば、直ぐこうなる、止んでも半日はこのままだ。とにかく、流れ出る場所がない。
   

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(^_-)-☆高速鉄道再着工へ [インドネシア]

 2877 日本では、このプロジェクト、中国が放棄するとか、インドネシアの裏切りだとか、散々に言われているようですが、また、放り投げてしまった方がインドネシアの為になると、私は思っているが、当事者は諦めていなかった。なんとか、着工にこぎ着けようと、頑張っていたのですね。
9月には、多くの問題が、まだ、あったし、中国からの送金もおくれていて、着工の目途が立っていなかった。そして、10月の中頃には、何とか、11月になれば、再開できる見通しがついたと言っていた。
Pembangunan Proyek Kereta Cepat Jakarta-Bandung masih berjalan lambat. Walaupun sudah dicanangkan pembangunannya, pelaksanaan proyek tersebut masih terganjal sejumlah masalah. まだ、問題が沢山ある。 9月4日
Dana Proyek Kereta Cepat Jakarta-Bandung Dari Tiongkok Cair Oktober Ini 資金は10月に中国から来る 9月9日
Pembebasan Lahan Kereta Cepat Ditargetkan Rampung Akhir 2016 2016 年末には高速鉄道対象土地買収確定
Direktur Utama PT Wijaya Karya (Persero) Tbk Bintang Perbowo optimistis proyek kereta cepat Jakarta-Bandung akan selesai tepat waktu. Menurut dia, saat ini, izin terkait dengan pembangunan telah lengkap, tinggal izin pembebasan lahan yang segera rampung sepenuhnya. 現在、開発に関連する許可は完了、滞在許可土地買収はすぐに完全に終わる。 11月24日

そして、11月末には、多くの問題はなくなり、用地の買収も85%以上済んだし、工事開始の認可が出たし、外国人(中国人)のビザも取れたのでしょう。来年になる前に工事が始まると言っている。これらのことが本当だとしても、私は12月中の開始は不可能だと思う。というのは、雨季です。洪水が頻発しているし、崖崩れ、地滑りの頻発地帯でもある。それに、相当に重たい(たぶん何百トン)装置を、くみ立てて、移送、稼働させなければならない。平地でも、今の時期には無茶だと思う。中国ならやっちゃうかもしれませんが。

とにかく、ほぼ、一年遅れです。19年開業は、100%無理です。但し、1年遅れなら、遅れたことは、問題ないでしょう。しかし、開業してからの大赤字は、避けられない。今からでも、止めた方が良いと思うが、止めないでしょうね。

ところで、自動停止装置はどうなったのでしょうか、保証100年という要求があったと聞いているが、それも、どうなったのでしょうか。これらのことは書かれていませんね。タンクバンプラフ(活火山)は近い(温泉卵があるよ)ので、入山、登山禁止になる火山性微動が頻繁に起きている地帯を通る。ただし、M3以上の地震はこの20年、発生していない。バンドゥンの南、30kmくらいの場所タシクマラヤ、ガルット界隈なら、火山、温泉地帯、この20年でM5以上が二回発生している。大きな噴火もガルングンや地熱発電で有名なパパンダヤンで有った。
この件について、日本ではいろいろなことがいわれているが、「ジャカルタバンドン」と言ったり、書いたりしている奴に、何も言う資格はない、バンドンなって言う町の名前な、インドネシアのどこにあるの、私は知らない。Bandungバンドゥン、こうとしか聞こえないし、英語読みでも、ローマ字読みでも、バンドンとは読めない。間違えた言い方、読み方は失礼です。評論家?政治家?コメンテーター?普通に勉強してほしい。

明日、書くが、ジャカルタ、スラバヤ間の中高速鉄道の話が具体的になってきたようですね。これの方が工事は、18年には始まると思う。こうなると、なお一層、バンドゥンまで、高速鉄道は、意味がないものになってしまう。もし、開業したとしても、何年か後には、日本に泣きついてくとことが、目に見えている。
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私の家から100M以内の通りです。日本には見られない様子でしょう。


タグ:工事 許可 着工
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