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(^_-)-☆やっちゃた [思うこと]

 2935 今朝、出勤の準備をしていた時、PCをリックに入れようと,ちょっとかがんだ、そこで、腰にギクッと来た。きた瞬間に動作をストップしたが、手遅れ、急に、鉄板が腰に当てがわれたように、腰が前に曲がらなくなった。痛みや違和感を我慢すれば、曲がるが、無理に曲げようとすると、悪化するかもしれないから、出来るだけ、後ろに反るようにしている。

何度もある経験から、日本なら、我慢しないで、直ぐに近所の整形外科へ行って,注射をしてもらえば、半日ほどで治ってしまうのだが、インドネシアでは、我慢して、自然に治るのを待つしかない。仕事は、出来るだけ動き回らないに、皆さんには、私の状態を、ちょっと大袈裟に、表現してある。歳だから、お大事にと言われた。一週間は掛かる。今週末のゴルフが心配だ。

食料材が切れたので、近くのファーマーズマーケットへ買い物に行った。休日はレジで長時間待たされるにで、平日に行くようにしている。インドネシアのスーパーやショッピングモールは、入ってすぐのところに、必ず、インフォメーションを兼ねた荷物を預けるカウンターがある。万引き対策だ。客を全員疑っているシステムだ。バッグを持ったまま、その前を通過しようとすると、必ず、呼び止められるし、止められないで入ってしまった場合は、セキュリティーの目に入れば、預けるように言われる。

ところが、この半年前ほどから、どのスーパーでも、プラスチックの袋が有料になって、自分の買い物袋を持参するように勧めている。日本と同じようになってきていた。そして、日本と同じように、手提げ買い物袋のレジに近くに置かれて売っている。プラスチックの袋を私は必ず何枚か持って入る。当然、預けろと、止められることはない。

一寸、矛盾していると思う。袋ではなく、カラッポに近い、リックサックを背負ったまま、入ったらどうなるだろうか。いつか、やってみようと思うが、それにしても、万引きしようと思えば、沢山の品物が入る袋を持ってはいることを進めているのだから、不思議な空間だと思う。大きな荷物を持っていて、買い物に邪魔になるからと、預けたい人だけが預ける場所になるのでしょうか。日本は、必ず預けろという習慣はないから、矛盾しない。

ところで、私が見た限りでは、買い物袋やプラスチック袋を持ってきて、買ったものを入れている人を見たことがない。韓国人女性の買い物が多いスーパーでも見ない。今まで通り、普通に、レジの人が、袋を出して、価格を打ち込みながら袋に入れている。私のように、レジを通り過ぎたところで、カウントが終わった品物を自分で袋に入れている人を見たことがない。最近は、今日もだが、私が渡したプラスチックの袋に、私がいれると言って、詰めてくれていた。既に、顔なじみになっているからだ。
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ここは、何処、私が、最近使う道、ジャバベカ2と新居の近道。


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(^_-)-☆電気代 [生活]

 2934 電気の支払いは、今までは、日本と同じように、検針の人がメーターをチェックしに来て、請求書のカードを残していって、それに従って、支払い場所へ行って支払ってくるようにしていた。自動振り替えができるか、出来ないのかしらない。しかし、何年か前から、内の電気代はプルサを使っているよと、言う話を聞いている。
 
 そして、新居は、それだった。聞いているのは、コンビニで、そのメーターについている番号も伝えてプルサを買う、領収書に書かれている20の数字を押す、確認した後、右下の曲がった矢印を押せば、完了。残りのKWHが、表示される。追加はいくらでもできるそうだ。
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 私の場合は、入居した日から、メーターの数字の減り方をチェックした。契約容量は1.3Wで、一日平均、7KWA減っているようだ。この住宅に入る前に、貸主がプルサを入れておいてくれた。その時40KWHしか残っていなかったので、直ぐに買わなければならないと思って、最高は幾らかとその人に聞いた時には、10万Rpだと言っていたので、インドネシア人にとっては、多分、一か月だなと思った。

 近所のコンビニで、何度もこの作業をするのは面倒だから、プルサの最高金額を聞いたら、1ジュタだという。それならと1ジュタを買うことにした。銀行手数料が2000Rpかかった。659,7KWHだった。早速、この数字を打ち込んでセッチングをしてみた。今までのわずかな残りに、買ったプルサのKWHが追加され表示された。約、100日分だ。一日、10.000Rp(85円くらい)一か月、30万Rp(2500円くらい)である。従業員にこれを話したら、一年分じゃん、と言われた。

 ちなみに、私が使う、電気器具の主なものは、AC一台、多分、5時間程度、その他は、炊飯器だけ、ランプやヲーターディスペンサー、冷蔵庫、テレビ、洗濯機、そんなもの、契約1,3KWで十分だ。インドネシアの一般家庭の契約は1KW以下なら、基本料金が極端に安くなるらしい。平均よりこれでもちょっと多い。どうでしょうか、日本人が住む、アパートや住宅は、3~4KWの契約になっているので、一か月、8000円くらい掛かるのが普通で、私がタマンセントサにいた時には、平均4000円払っていた。インドネシア人にとっては、電気代は、ばかにならない。

 あまり、日本人は知らないようだが、プルサは携帯電話やWiFiの料金支払いに使われるだけでなく、電気代や衛星テレビ受信代にも使われている。その他にもあるかどうかは知らない。
 

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(^_-)-☆新居、さまざま [住宅]

 2933 2568年だそうですね。インドネシアはイムレックと言い、春節、中国の新年ですね。ナショナルホリデーだが、今回は、土曜日と重なって、休日は増えなかった。

雨漏りを直し用に貸主会社の営業を呼んだ、そのあと、メンテナンスの担当者が来た。それは、昨日の夕方の事だった。どちらの人間も、私に聞いたこと、何処から、雨がはいっているか、と、漏れる量は、少しは、酷いか、だった。おいおい、そんなことを聞いて、私が分かると思うか、返事が出来ると思うか、そして、それを、聞いたところで、直す参考になるの?自分たちで、確かめなさいよと思う。インドネシアだなと思う。
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屋根のどこに隙間があるか、登ってみたって、私にわかるわけがないでしょ、それに、落ちてくる場所は、押してきたとことにバケツで受けているので、聞くまでもない。雨が入ってくるには、落ちてくる位置とは、全く関係ないはずだ。漏れてくる量?そんなことは、多いとか、少ないとかは、雨の量に依るでしょう。
そして、屋根職人らしき人物が、昨日のうちに、屋根に上って、直したから、様子を見てほしいと、帰っていた。今日、同じ場所から、水が落ちてきていた。雨が入る場所が塞がっていない。

タンクの水の事、配管の間違いで、タンクから落ちるバルブを通して、ポンプを回さなくても、外の水源を開ければ、タンクの水が入るようになっていた。だから、結局、タンクから落ちるバルブを閉めたままにし、吸水バルブも閉めて、タンクに、水が入らないようにした。水源から直接、台所やトイレに行くようにした。タンクもポンプもいらないのです。そうすれば、いいと、担当者が私に教える。おいおい、その欠陥状況を見て、私が、そうするしかないと説明したのに、ご本人が、そうしましょう、そうしてくださいとおっしゃる。

それじゃ、何のために、タンクはあるの?ポンプはあるの?使うように、配管を変えなければダメでしょう。というと、いいじゃないですか、使わなくてと、改善をするという返事はなかった。というより、配管の改善をどうしたらいいのか分からないようだった。次に、断水がある可能性があるから、二三日断水してもタンクの水を使うように予備の意味があるのじゃないの?と、私の方から、話してみた。その人、してやったりと、私の意見に飛びつくようにし、その通るだという。おいおい、それなら、何日も使わないで貯めていたら、インドネシアのことだから、水が腐ってしまうでしょ、ボーフラがわいたり、コケが生えたりするでしょ、不潔だし、いざとう時に使えないでしょ、予備にするにしても、常に使って、清潔な水にしておかなければ、ダメでしょ。いつも、タンクの水を使って、使った分を補充するようにしておかなけばダメでしょ、それに、もし、貯めたままにして、予備に使えるとしても、タンクへの吸水ポンプは、いらないでしょ。ポンプがなくても、タンクの水が入るにだから。と言ったら、もう、何も言えなくなってしまった。結局、今の状態では、タンクもポンプもいらないのです。

それでは、何故、予備用にもならないタンクと、それに送るポンプがあるのでしょうか。販売会社に人は分からない。私には分かる。教えてやった。水源からの水圧が低いと設計者が判断したのです。配管もそのようになっている。ポンプを回さなければ、タンクまで水が登っていかないと思ったのです。水圧を確認しなかったのです。だから、タンクとポンプを付けたと、教えてやった。すると、その通りだという。彼らは、聞いても、何も説明できないのに、私が、何か、言ってやると、分かっていたかのように、その通りだといいながら、私が言ったことを、私に説明する。
全く、配管を正常に直す意思がないようだから、ポンプは使わないが、私が家にいる時には、タンクに水を入れて、タンクからの水を使おうと思う。
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ついでに、もう一つ、洗面所のなんていうのでしょうか、水を受ける場所?貯める場所のこと、この洗面所、排水口を閉めれば、水が溜まるように、普通はなっている。あふれ出ないように、上の方に穴が開いていて、そこから余分な水は出るようしてある。写真では、一見、問題ないように見えるが、ボッチを回しても、押さえても、穴を塞ぐことはできない。蛇口を一パイに開けれ、水を出しても、出てしまう量の方が多いから、水が溜まらない。
彼らに話した。水が溜まらないよ。欠陥品でしょ。早い時期に改善か修理か交換をして、と頼んだ。彼ら曰く、太田さん、水を溜めて使いますかと。おいおい、そんなこと聞いてどうしるの、溜めて使わないなら、そのままで問題ないでしょ、と、言いたげだった。私は、水を溜めて使うよと返事した。
そんな問題ではなく、これは、本来の機能がないのだから、何とか機能を持てるようにしなければならないと、思わないのが不思議だ。黙っていては、私の次の他人が入った時に、私が壊したと思われるかもしれない。

これらのことは、全て、写真付き、解説付きで、このコンプレック業者に、意見書を送って置くことにする。自分のためにも、業者のため、インドネシアの為に。
 


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(^_-)-☆中高速鉄道 [情報]

 2932 ABSのプロファイル、製品が大きかったので、引取機のベルトの幅が不十分だが、引き受けてしまった以上、何とか製品にしなければならなかった。何とか、近くまでは行ったが、金型の修正ではだめで、一部、作り直し羽目になった。一寸、複雑な形をしていて、いくつかの出っ張りあり、出っ張りが、溝に入らなければならないが、こちらをいれれば、あちらが入らず、になってしまっている。
ジャカルタ中心、南北に作っているMRTについて、現地の報道です。期待に高さが、伺われる。
https://www.youtube.com/watch?v=h-4LSHCBlt0 
https://www.youtube.com/watch?v=xlNe1sxZm_U
これとは、対照的なのが、例のジャカルタ、バンドゥンの高速鉄道のこと、一昨日も書いたが、話題にならなくなって、これについて、検索すると、去年の12月、来年中には着工できるというニュースが出て来るだけで、おいおい、来年中って、一年先まであるぞ。そんな具合だ。で、安倍さんが来た時に、ジャカルタ、スラバヤ間の電化による中高速鉄道の建設について、ジョコさんとも、話をしましたね。中国への当てつけともとれる話ですね。中国に発注した話と全く別の話です。

Indonesiaは、どうするつもりなのでしょうか、スラバヤ ジャカルタが日本へ発注に決まっているわけではないという閣僚もいます。それらの人は、現在のジャカルタ、バンドゥンを中国に押した人達だ。しかし、だからと言って、ジャカルタ、スマランの中高速鉄道を中国に進めるわけにはいかない、当然だ、今、取り掛からなければならない工事をそっちのけにしたり、並行してややったりするなどは不可能。ルフトさんは、完全に日本派だ。バンドゥン経由のスマランまでの高速鉄道を中国にやらせばいいと思っている。そして、出来ないと思っている。だから、日本にバンドゥンを経由しないスラバヤ行きを日本に進めているのです。彼は、完全に日本派だ。

ジョコ大統領の選択肢は、バンドゥン経由は、中国に発注してしまったのだから、この話をジョクさんが、キャンセルするわけにかない。但し、中国が辞退することを望んでいる。そして、ジャワ島縦断高速鉄道に傾いている。日本の出方次第で、発注するか、止めにするかのどちらかだと思う。日本がダメなら、他の国に発注することは100%ない。
まさか、バンドゥン経由の今の高速鉄道の話は無かったことにして、中国にはキャンセルし、その代わり、今、日本に頼んでいる話を中国にやってもらうなどと言うことはあり得ない。
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インドネシアはドリアンが旬ですね。この辺りのドリアンは、見た目、ラグビーボールを小さくしたような整った形をしているのが特徴、産地が名前になっている。しかし、タイやマレーシアからの輸入ドリアンには、味も食べられる果肉の大きさも、かなわない。私は、あまり、買う気になれない。輸入品に比べれば、安いが、食べる部分が非常にすくない。実が小さいうえに、種の占める割合が中身の80%以上だ。輸入品は倍以上の大きさで、種が占める割合は50%以下だ。それに、食べごろかどうか、見分けるのが難しい。はずれが多いと言うことだ。
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金型屋の帰り、いつもガラスキのチカランからルマーアバンへのジャラン ラヤ何やら、大渋滞になっている。
40フィートのコンテナ車が左に駐車しているためだ。それだけなら渋滞はしない。そのコンテナ車の前で何か大きな事故が有ったようで、対向車線側からのやじ馬も多く、見物人も多く現れ、対向車も見物渋滞だ。
チュパッcepatとは、早い、速い、速くという意味です。チュパットやチェパッとは聞こえない。
   

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(^_-)-☆こんなものだ [生活]

 2931 一昨日は停電と雨漏りについて書いたが、その対策は、ローソクと水の落下地点へバケツの置くことでした。子供のことが懐かしくなってしまう。

水の管理が難しそうだ。我が家の水は、一旦、タンクに中に蓄えて、そこから、落とすようにして使う。多分、断水することが多いのでしょう。断水した時の対策としては、いいと思う。
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外に使用量を示す計器が付いている水源からのバルブがある。普通なら、そのバルブは開いたままにする。そして、タンクの水が少なくなったころを見計らって、タンクから落とす水バルブを閉じ、水を使えない状態にし、水源からの吸水用のバルブを開き、吸水,給水をするポンプを稼働させて、タンクに給水をする。そして、タンクが一杯になったころを見計らって、逆の作業をする。ポンプを止めて、水源からの吸水バルブを閉じ、タンクからの落下バルブを開いて、水を使うことが可能になる。どうですか、簡単でしょ。全て、手動です。
ところが、タンクが空近くになっているかどうか、どうしてわかるの?勘である。完全に空っぽになってからやればいいのかもしれないが、トイレの水を使ったあと、自動的にトイレのタンクには、吸水されて一杯になるはずだ。ところが、元のタンクが空になってしまえば、トイレのタンクも空のままになる。どうですか、大便の後、水が流れない。慌てて、吸水作業に取り掛からなければならない。タンクの水が一杯になったころは、どうしてわかるの?勘である。一杯になったら、自動的にポンプが止まるなどのセンサーが何もついていない。一杯になっても、止まらないから、あふれ出してしまう。だから、そこにいて、見ていなければならない。

もう一つある。水源から吸水バルブが完全に閉まらないようだ。ポンプが回っていなくても、少しずつ、タンクに給水してしまっている。だから、水を使っていない時間が長いとタンクの上から水があふれ出す。それが分かったのが,昨日の朝だった。水が落ちている音がするので、見てみると、その状態。外の計器を見ると、少し回っている。閉じてあるのに給水してしまっているのでした。そこで、ポンプを回すとき以外は、外のバルブを閉じることにした。

小さいが、左端がその元栓。

昨日は、それを忘れて、閉じなかった。夜中、11時過ぎに、タンクからあふれ出ている水音がしだして、あ、忘れたと、気付いて、慌てて、外のバルブを閉めた。

こんなものです、インドネシアの新築住宅は、安いので仕方がない。それも、ま、いいか。
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ヌサカンバンガン刑務所から脱走した二人に関するニュースが大きく取り上げられている。今、島に近付けないはずである。
Dua napi Lapas Nusakambangan, Sarjani dan Husein, melarikan diri. Kedua napi kasus narkotika itu kabur saat pergantian petugas penjagaan. "Hingga saat ini, petugas gabungan masih melakukan pencarian di sekitar lapas dan lokasi lain yang diduga tempat persembunyian dua napi yang kabur,"
ヌサカンバンガン刑務所の二人の囚人、サルジャニとフセイン、脱走した。彼らは麻薬犯監視役に成りすまして逃げた。今、囚人が隠れているだろう刑務所の辺り、その他を捜索している。

そして、先ほど、6時ごろ家に戻って、戸を開けたら、タンクから水が溢れ落ちている音がする。相当な量だ。直ぐに外の元栓を閉めた。昨日の夜、締めたし、今朝、出がけに、締まっているのを確認した。私がいない間に誰かが開けたのです。いつ開けたのか、どのくらいの時間、溢れ出していたのか、分からない。貸主を呼んで、支払いをしてもらうよう交渉するし、直ぐに、まともな状態にしてもらう。
 

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(^_-)-☆あれから一年 [インドネシア]

 2930 あれから、何が一年かというと、昨年1月21日にジャカルタ、バンドゥン高速鉄道の起工式が催された日でした。インドネシア中が、東南アジアで最初の高速鉄道が敷かれると、鳴り物入りで、ジョコさんだけが喜んでいたのを覚えている。運輸交通大臣は出席しなかった。
それから、一年、ジョコ大統領のコメントは全くなし、関係省庁からの経過発表もない、中国との合弁で設立された高速鉄道会社KCICからも、何もない。いったいどうなっているのでしょうか。中国からも何の公式コメントもない。インドネシア中がこのことを話題にしたくないようです。不思議な不可解な世界ですね。閉鎖されているハリム2のゴルフ場、ジャカルタ駅の予定地と言われています。何の動きもないそうです。
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先日、車で」通過した、バンドゥンまでの、一部、橋桁が傾いて、大型車通行止めになっている高速道路、その両側のどちらかを高速鉄道が通過するはずです。気配のケの字もない。バンドゥン南の高速道路添いのバンドゥン駅予定地もただの田んぼのまま。工事車用の道路もない。

以前、何度も書いたが、私は、高速鉄道をバンドゥンまで敷く必要性が全くない。無駄だと思っている。高速道路で十分だ。(もっとも、その高速道路、手抜き工事か設計ミスか知らないが、今、悲惨なことになっている、山岳地帯へ高速道路を通すのは初めてだった、開通して10年後、とんでもないことになった)こんなところに高速鉄道を通して、橋桁が傾いて運航中止になるならいいが、大事故の心配もしなければならない。その先、ジャワ海側のチレボンまで、同じ山岳地帯に敷かなければならない。やっと、今、そのルートで高速道路の工事が始まっている。インドネシア最長といわれているトンネルを掘り始めたばかりだ。それが、2021年に開通するそうで、バンドゥンまでのアクセスは、それで十分だ。

大赤字になるに決まっている、高速鉄道を作る羽目になってしまったことを、中国は気が付いたのです。既に一年経過、一年無駄にして、KCICの経費はどうなっているのでしょうか。いろいろ、問題が有るが、とにかく、中国が出資をしないのです。自然消滅ですね。いつ、ジョコさんが、もう、この話はなかったことにしようというのか、だけの話ですね。
この話、日本はラッキーだったと思う。受注出来なくてよかったと思うし、中国が作っても、経営で失敗しることは明白だからです。ジョコ大統領も大間違い、高速鉄道をバンドゥンまで敷く、必然性がない。

バンドゥンなど、余計なルートは通らないで、スラバヤまでなら、高速鉄道でもいいが、インドネシアには、時速200Kmで十分だ。

Untuk mengatasi perbedaan pendapat soal pembebasan lahan tersebut, akan ada survei bersama yang dilakukan oleh KCIC dan TNI. 意見の相違を克服するために、予定地の取得はTNI と、KCIC の共同調査をする。
Budi Karya Sumadi, Menteri Perhubungan mengatakan, pemerintah juga akan kembali duduk bersama untuk mengatasi masalah tersebut. 運輸大臣曰く、政府も、再び、一緒に問題を解決します。
"Akan dirapatkan lagi,"再び会議

これはTentara Nasional Indonesia TNI AU 空軍の土地収用の話です。ハリムの話です。今頃、まだ、こんな話です。
 

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(^_-)-☆世の中、上下二重 [日常]

 2929 Sejumlah alat berat digunakan untuk pembangunan stasiun Mass Rapid Transit (MRT) yang masih dalam pengerjaan di Jalan Fatmawati, Jakarta, Kamis (19/1). ファットゥマワティ通りで使っているMRTの駅の建設用重機の数々。ファットゥマワティ通りは、ブロックM辺りで、スディルマン通りから変わって、ポンドックインダー方面(南)に向かう。日系企業の仕事、順調にいっているようですね。車両のデザインも決まったようですね。2016年、開通したら、乗ってみたいと思っている。
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目の状態がちょっと変。半年前ほどから、世に中が上下に二重に見えるようになった。会社や自宅でPCモニターを眺めている時間が、結構長いのが原因だと思うが、一日、数時間に及ぶことがある。
朝、起きた時には、普通だ。ゴルフの時には、朝だから、全く問題ない、他の人から、目が良いねと言われる。自分の球だけでなく、他の人の200m以上先に飛んだ位置もはっきり見える。日本の時には、大活躍である。皆さんが私に聞く、どこへ行った?と。

中学三年の時から、かなり、酷い近視になり、眼鏡を掛けていた。次第に度がきつくなっていった。しかし、50才頃を境に、近視が治ってきた。そして、60才頃には、近視の眼鏡をしていると、見にくくなって、眼鏡を掛けなくなった今に至っている。逆に、60才頃から、50Cm以内を見る時には、遠視用の眼鏡を携帯していて使うようにしている。製品の検査には絶対必要だ。遠近両用などはいらない。運転免許もパスポートも今では眼鏡な新写真になっている。

ところが、二重に見えるようになって、朝の運転は何とも思わないが、帰りの運転は、全てが上下に二つ見える。横切っている電線が二重に見える、対向のバイクのランプが二重に見える。カーブで中央ラインが、二本に見える。気になって仕方がない。左右片方ずつでも、両目でも、二重になることは確かめた。そして、目を細めれば、二重でなくなることも確かめた。

家ではできるだけ、目を休めるようにしているが、文章を書かなければならないので、一時間程度はPCやテレビに向かう。そのまま、二重のままだ。そして、次の日の朝には、治ってしまっている。世の中、ぼんやりでも二重でもなく、はっきり見える。PCに向かわなければ、二重にならないということだ。しかし、それは、出来ない。


ここデサ、流石にデサ、早速、停電だ。会社、3時半ごろ、停電になった。会社にいても仕方がないし、事務所内が暗くなってきたので、退社したのが四時半頃、家まで5分の道中、停電をしていた。多分、家も停電だろうと思いながら家に着いた。停電していた。電気が来たのは5時半頃だった。2時ころから、大雨と落雷、それが、原因だったと思う。同じ部落だから、会社が停電なら家も停電になるのは当たり前の事。
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大分 積み上がってきた。
 

タグ:二重 停電 上下
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(^_-)-☆強力麻薬 [情報]

 2928 初めて聞く麻薬の名前、タバコゴリラ、良くわからないが、相当、強力らしい。
Tembakau gorila ini beredar bebas di Indonesia. Ini merupakan daun tembakau biasa yang dikeringkan,
kemudian disemprotkan zat kimia cannaboid sintetik. “Efeknya setara ganja, bahkan bisa melebihi hingga 50 kali lebih kuat,” kata Ali. Lantaran efek yang amat kuat ini, pecandu lebih suka narkoba jenis baru ini meski dijual dengan harga mahal.
このタバコゴリラはインドネシアで流通放置されている。これは普通の乾燥タバコの葉からなる。化学合成 カンナボイドを散布します。「額マリファナに相当の効果、最大 50 倍以上に強力な可能性があります」この非常に強力な効果により、麻薬中毒者は、高価な価格にもかかわらず、この新しいタイプを好みます。
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Penyidik Direktorat Reserse Narkoba Kepolisian Daerah Metro Jaya menangkap dua orang yang diduga sebagai pengedar narkotika golongan satu jenis tembakau gorila,
メトロジャヤ地域警察麻薬捜査本部は、二人の麻薬密売疑惑容疑者を逮捕した。タバコゴリラの一種、yakni AAF dan MY, すなわち 、イニシャルAAF とMY Sabtu dini hari, 21 Januari 2017. 土曜日の朝、2017 年 1 月 21 日

Jl,CISOKA RAYA BLOK B,2 No8 PERUMAHAN CITA VILLE DS,JATI REJA KEC,CIKARANG TIMUR KAB, BEKASI私の正式な住所です。DESA(DS,)は、“村”という意味です。
会社の住所は、1KM Cluster, Kav. 24-25.Jl. Binong, Desa Jatireja Cikarang - Bekasi 17824, Jawa Barat – Indonesia Telp. (6221)-2948 2798 - 0812 8813 2890
ですから、同じ、村ですね。来る人は、迷いますね。
IMG_5543.JPG コンプレックスの真ん前はこんな風景。
タグ:田舎 麻薬 迷う
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(^_-)-☆最初日 [生活]

 2927 Citavilleという分譲住宅地。ゴルフは休みで8時から積み出し開始、従業員7人がやってきた。1トントラックと私が使っている車、一回で十分。到着は9時まえ。
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新居の前。手伝ってくれている人たちがいる。そこから振り返って、入ってきたゲートの方の様子。
テレビのアンテナも長い竹を買ってきて、家の横に立ててくれて、バッチリ、テレビも映る。築20年以上のボロボロ住宅から、新築ピカピカの家に落ち着いた。何より、蚊が、今のところ、現れない。敷地の中の殆どは、まだ、建設工事中で、水溜りがないし、草や木が未だ生えていないし、植えられていないし、何より、人間の人数が少ないから、蚊の住処に適していないのだと思う。

ここが、インドネシアで終の棲家になるはずである。他に引っ越しをすることはないはずだ。半年しかいない予定だ。半年、留守にして、また、半年、ここにいるということにする。会社には5分、ゴルフ場まで10分も掛からない。総合病院まで10分以内。チバトゥインターまで15分。渋滞など全く関係ない。バンジール洪水もこの辺りにはない。家賃は、既に書いたが19ジュタ(1500US$)一年である。家財道具は何もない空っぽだが、全て、私は持っている。ジャカルタやリッポチカランの高給住宅の雰囲気は好きではない。DESAデサ、この田舎が好きだ。家賃も電気も水も会社の費用で落とす。こんな、恵まれた状況はないと、今は、思っている。変わらないことを祈る。今のところ、WiFiの状態も良い。

一寸、面倒かなと思うのは、電気代のことだ。自分でプルサを買って、その。ピンをセットするのだという。家の計器の番号を教えられた。その番号を言って、コンビニで買のだそうだ。幾らを買って、それが、どのくらい持つのか、チェックしようと思う。インドネシアの電気代は、思ったより高いことは分かっている。日本人が住むような高級住宅では、ACが何台も使えるように契約容量は大きいから、基本料金が高い。それに比べて、庶民の住宅では、せいぜい、10Aくらいだから、ACも一台しかセットしない。もしかしたら、思ったより安いかもしれない。

ジャバベカで仕事をする人には是非、お勧めしたいcomplexコンプレックスである。


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(^_-)-☆最終日 [思うこと]

 2926 グラハタマン最終日、今回は一年だった。1997年 20年前に入った時には、新築で、20ルピアが1円の時で、5ジュタRp(10万円)だった。今もあると思うが、ブカシ バラットの“フィラ ドゥワ ラトゥス”に多くの日本人が生活していて、そのオーナーが、ルマーアバンに立てたものでした。そのつながりで、多くの日本人はここにも住み着いた。一杯にはならなかったが、50人以上の日本人がいた。日本食をメインにしたレストランもあった。朝食時には、各部屋から日本人がぞろぞろ出てきて、30年程度の椅子は、ほとんど塞がっていた。日本からの輸入食料などが並べられたミニマートもあった。カラオケまであった。



しかし、矢張り、街が遠く、今もそうだが、完全なローカル町の中、一人で、出歩ける雰囲気の場所ではなかった。隔離状態を皆さん、感じたと思う。いわゆる、閉じこもり雰囲気になっていたと思う。自分の車を買って、自分で運転していたので、私にはそれはなかった。中には、ノイローゼ気味になった人もいた。悩みをよく聞かされた。



1998年、大暴動の時がピークだったと思う。ほとんどの人は国外に脱出して、戻った時には、ここには戻らなかった。一挙に半減した。今より、遥かに田舎のインドネシア人ばかりの周囲では、危険を感じる人もいたでしょう。それから、減る一方で、帰国をする人がいれば、その会社の交代要員はここには入らなかった。



2005年。会社を変わった時に」会社が借りた住宅に移ったが、その一年以上前からは、日本人は私一人になっていた。オーストラリア人のユニフェスタス プレシデントの教授がいて、インドネシア人でブカシ警察の副所長家族がいただけだった。その内、セキュリティーの研修所のようなものが入った。



私は、会社がジャバベカ2になったので、タマンセントサから此処に移った。家賃は3ジュタ(2万5千円ほど)20年前とは大幅な安さだ。それなりに、お湯が出ないとか、隙間が多いとか、老朽化の症状が一杯だ。エアコンも各部屋一台で四台ついていたが、今回は、使えるのは寝室の一台だけになってしまっていた。そして、最後の最後まで、蚊の大群との戦いでした。もう一つ、WiFiの電波が弱い。

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ここからのゴルフの出発も最終でした。
 
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(^_-)-☆近づかない [行動]

 2925 私に席を譲ろうとする人はいないでしょう。迷う人もいないでしょう。私も譲られたくない。こんな荷物を何気なく運んでいる人を老人扱いにはしないでしょう。
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 羽田について、京急で品川まで行く、乗った時に、直ぐ、目に入る席が、優先席だ。何やら、マークが沢山張ってあって、分かるのは妊婦と杖を突いた人、他にもあるが、ちらっとしか見ないので、どんな人が対象かわからない。そして、そこに座っている人は、決して、それらの対象者ではない人ばかりに見える。満席なら、優先席も隙間なく座っている。
 他を見ると、優先席に座った方が良いのではないかと思う人も座っている。要するに、優先席の意味がないというか、必要ないのではないかと思う状態だ。

 私は、行きの場合は特に、大きなバッグ(30Kg近い)を持っている。そして、車内に入る。優先席ではない座席が空いていればそちらに座る。一般席が空いてなくて、優先席が空いていれば、優先席に座る。当然、対象者だから遠慮することはない。座席が全て埋まっている場合は、優先席の方には行かず、一般席の方で立って居る。何故か、優先席に座っている人に、妙な気を使わせたくないからだ。

自分では、50歳ごろから、自分の顔を鏡で見ることは嫌だった。今でも、髭を剃る時以外は、鏡を見ない。確実に老け顔になっている。目じりが垂れて、タレ目になっているし、口の両側の肉が垂れだした。顔の筋肉のゆるみだ。

が、しかし、老人として、扱われたくない。
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乾季のような雰囲気の快晴、空気が洗われて、スモッグがないので、直射日光の暑さを感じる。日向の車の中は、直ぐに酷暑になる。日本なら国道1号線です。
 

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(^_-)-☆洪水、火事 [インドネシア]

 2924 インドネシアは、今、ムシン バンジール 洪水の季節です。ピークは2月です。この雨季には、さすがに、近隣諸国に被害をもたらす山火事は劇的に少なくなる。雨季は洪水、乾季は山火事、というのが、インドネシアの季節の言い方にもなっている。
 ところが、山火事ではなく、一般住宅の火事は季節とは無関係に多発していると思う。原因はショートだ。今朝のジャカルタのパサールスニンの火災は、見事というしかない燃え具合だった。
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Kebakaran hebat melanda pertokoan Pasar Senen, Jakarta Pusat. Kejadian tersebut berlangsung sejak pukul 04.15 WIB.
 早朝、ブレーキング ニュースをライブでやっていた。一階から三階まで、延焼中で、このビルの中には二百軒以上のテナントが入っているし、この写真の後ろ側に広がる、小さな店が、密集しているエリア全体が燃えてしまったようだ。ワルンや小さな店、本当かどうか1000キオス以上が焼けてしまったという。
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 ちょっと、大型のプロファイルの試作が始まった。一寸、溶融金型のデザインに間違いがあって、修正を繰り返したが、うまくいかず、結局、一部を新しく作り直すことにした。ところで、この金型の材質、ごく一般的な、安価な、S45Cで頼んであったが、他の硬い金属が使われていた。溶融金型を修正する場合が多いので、削ったり、かしめたり、修正しやすいように、柔らかいS45Cを特に指定している。金属加工屋さんは、その重要性を知らないので、余っている、ありあわせの材料を使って作ってしまった。彼らにしてみると、値段が高い硬い良い材質だから、このほうがいいだろうと思っている。困ったものである。
  

タグ:火事 洪水 材質
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(^_-)-☆ついにここまで [思うこと]

 2923 新工場に来ていただく方というか、運送屋もサプライヤーも、途中で、必ず、場所の問い合わせが入る。無しで、スッと来た人は一人もいない。ジャカルタからも3人来ているが、相当、迷ってからやっと、到着という感じだった。カーナビは意味をなさないし、搭載している車は特別だ。ジャカルタとは別の世界だ。
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 工場の場所は、そのエリアに、入口らしきところから入って、一番奥にある。補装はしてはない、何もない場所を通って、行く。
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 工場について、振り返ると、こんな風景。
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 ミーアヤムやナシゴレンなどをインスタントで作る、ワルンができ上げっていて、私にも、昼にはどうか、と、言ってくるが、今、私は、昼食抜きにしているから、と、断っている。体重が65Kgまで落ちたら、8000Rpのミーアヤムスペシャルを食べようと思う。

 ついに、こんな田舎まで来てしまった。1996年、先ず、MM2100の現在、PT,NANBUのファクトリー2の場所に赴任した。最初の住処はリッポチカランのクラウンコートだったが、直ぐに、ルマーアバングラハタマンに引っ越した、ここに6年ほどいた。次は、矢張り」MM2100の奥の方のAFMIだった。ついで、マクタというローカル会社を作らせて、チビトゥンにいた。住処は、デルタマスが主だった。次は、MM2100に戻って、ナンブのファクトリー1で、時々、日本のナンブを手伝いながら、仕事をした。ついで、ヒュンダイの会社ASKA、この時から、現在の会社、ENDOTA、ジャバベカ2までは、タマンセントサにいた。そして、一年だけ、グラハタマンにお世話になった。日曜日にここから出る。20年目にして、住処も会社もど田舎になった。そして、半年その環境にいることになった。


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(^_-)-☆提案 [思うこと]

 2922 17日 インドネシアに来る一年半前、この日、私は、野尻湖プリンス(今もあるかどうか知らない)に宿泊しながら、斑尾高原スキーに行っていた。ずいぶん、贅沢な、似合わない生活をしているなと思っていた時期のことでした。
朝、6時前、既に、起きていて、長い、横揺れを感じた。これは、遠いが、大きな地震だと思った。その日の夕方、テレビで神戸の様子を見たことを覚えている。戦争映画を見ているようだった。既に、静岡ではその10年以上前から、駿河湾大地震がいつ来てもおかしくないという予言というか、警告がされていて、相当な警戒をしていたし、訓練も皆さん、熱心に参加していたし、非常食の備蓄も町内ごとにしていた。その何年か後に、北海道の奥尻でも同じような、爆撃されたような風景を見た。その頃には、静岡にいつ大地震が来るの?予想していない場所ばかり大地震が来て、対策のための税金も余分に納めているのに、一向に来ないね。訓練に熱が入らなくなり、参加者も少なくなっていた。非常食の備蓄も、期限切れのままになるようになっていた。

 そして、現在に至る、全国のあちこちで、大地震が起きているが、静岡ではどうか、最大、震度5くらいの地震は偶にあったが、被害は全くないままだ。それらが、歪の緩和になっているのでしょうか。今では、駿河湾ということではなく、東海地震になって、東南海地震になっているようで、それでも、静岡県が最大の被害が出ると、予言されているようで、いつ来るの?今でしょ。ということには、なりそうにない。それでも、いつかは、静岡にも大震災は来るのでしょうね。富士山の噴火も、時々、話題になる。莫大な被害予想もでる。

先日、慰安婦像について、資金を提供して、気がすむまで、何処にでも作って頂いたらいいと、提案したが、それはそれで、ぜひやってもらいたいと思う。そして、今日は地震に関して、ぜひ、予測を出してほしい、起きる確率ではなく、起きない確率を予測してほしい、地震学者の方、ぜひ、検討をしてほしい。都道府県別でいいから、19年以内、20年以内、30年以内で、M6以上の地震が起きない確率です。起きる確率は何度も聞いているし、予言者のような人が、警告もしているが、当たったためしがないし、後出しで、予想していたなどと、言い出す人がいる。そうではなくて、起きない確率ですよ。
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 現在の通勤道の30%ほどは、こんな状態、しかし、新住居に移れば、普通にすれ違いができる道が通勤道になる。
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 ルマーアバン駅の近くの踏切手前と踏切からブカシ方面の線路です。複線になっていて、ホームもこんな具合です。また、電化されていないことが、はっきりわかりますね。ここに、日本が作る予定の電化による中高速鉄道が通るのです。この辺りは、様子が良いほうだ。


タグ:予測 予知 鉄路
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(^_-)-☆安倍さん、離イ [状況]

 2921 24時間もいなかったのではないでしょうか。
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メイド イン インドネシアのナイフ自動カッター付の引取機です。私が12年前に、作らせて、その後、10台ほど、私が関係した押出成形会社で購入している。価格は150ジュタ(約135万円)、日本で同じものを作ったら、350~400万円は掛かる。
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右の金型、溶けた樹脂が出てくる先端部分です。何か変だと思いませんか。左が普通です。私が、いない間に、任せたものです。どんな図面を書いているのでしょうか。それを、納入してくる担当者も変だ。

引っ越し先を決めてきた。現在のグラハタマンから会社まで25分ほど掛かるようになってしまったし、場合によっては、信号渋滞で30分以上かかってしまう。築20年くらいなので、隙間が多く、蚊が自由に出入りできるようになっている。24日までなので、22日には引っ越しをする。今度の場所は、会社まで5分。今より、田舎なので、道は狭いが渋滞は考えられない。壁が共有の一般的な長屋タイプ、一年、レンタルで、19ジュタ(17万円くらい、一か月1万5千円くらい)安いでしょ。今のところの三分の二だ。Citarik Villa(チタリク フィラ)という、セキュリティがゲートにいる分譲住宅地、その中の新築の中流の下くらいの住宅だ。
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間取りは、いきなり、応接室、その向こうに、台所、食事場所、右に寝室、その奥に居間、間にカマールマンディがある。高齢者の一人暮らしには十分だ。

先日のパンガンダラン行きを纏めた。特に写真を大量に乗せた。どんな道だろうか。
http://otaenplaext.net/newpage124.html 旅の記録
http://otaenplaext.net/newpage122.html 写真集
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 スマトラ島の北部の大都市、メダンの近くで、M5,6の地震が、夕方、二回あった。前回のアチェの南、マラッカ海峡側の地震は、過去になかった地域の地震だったが、その南やはり、マラッカ海峡側なので、特異地域に二回連続で起きたことになる。二回、有ったから、三回目があるのではないでしょうか。それも、今までのM6程度どころではなく、M7以上が来るのではないでしょうか、と、インドネシアの地震学者は言っている。膿の下が震源地ではないのも特注で、津波に心配はないことになっている。
シナブン活火山に近いと言えば近いが、それとは関連がないらしい。


タグ:格安 十分 借家
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(^_-)-☆安倍さん、来イ [インドネシア]

 2920 安倍さんがイスタナボゴールのバルコニーにジョコ大統領と立って居る。bahasとは、話し合いのことです。動詞です。名詞はBahasaで、ご存知、インドネシア語ですね。
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共同声明の様子です。離島開発や海上安全保などで協力、インフラを主体に日本から資本と技術援助について話し合われたと思う。とにかく、全て、何もかもについて、総合的に具体的に話し合いがされたと思う。中国を意識している印象がある。
どちらの画面にも、ニュースの時間が出ていますね。勿論、インドネシア、ジャカルタタイムです。日本時間は、これより、二時間進んでいる。
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 先ほど、ゴルフ。やはり、日本語でするゴルフより、インドネシア語でゴルフの方が、私は好きだ。日本のゴルフはストレスが溜まる。インドネシアでは、その逆で、リラックスできる。
 インドネシアに戻って、連日、体を動かしている。かなり、ハードな動きもしている。その都度、疲労困憊、体のあちこちが痛い。しかし、一日待たずになんとなく治ってしまっている。二日連続のゴルフ、それも、カートはほとんど使わずに回った。疲れは、残っていないように思う。

 体重が一か月半で2Kgほど増えた。日本での食事が原因だと思う。まだ、食べる量を増やせば、それだけ、吸収してしまう能力が有ることを、ゴルフ場のロッカールームの体重計に乗って、知った。すこし、食べる量を減らして、体重調整をしようと思う。ゴルフを終わって、皆さんと食事だったが、私は、注文をしなかった。コースの途中で買ったコーヒーだけだった。
  

タグ:体調 協力 資本
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(^_-)-☆慰安婦像 [思うこと]

 2918 今年、一日だけ仕事らしいことをして、今日明日はゴルフだ。明日までは、いったい、何をしにインドネシアに来ているの、という感じ。
 パンガンダラン関連の疲れも腰などの痛みも、何となく、治ってしまった。普通に歩き回ってのゴルフでした。雨季、途中で、20分ほど、雨宿りをしたが、概ね順調だった。キャディーの手伝いはあるし、一緒の人の世話をしたり、気を使ったりする必要がないので、日本より、インドネシアのゴルフの方が純粋に楽しまる。

日本政府や国民は、慰安婦像の撤去を要求したり、大使?を引き上げさせたり、通貨スワップ交渉の中止など、しなくてもいいと思う。
慰安婦問題での合意事項をなかったことにしてもらって、10億円を返してもらったらいい。そして、その10億円を基金として、慰安婦像(平和の少女像)?を設置しようとしている方達の代表者をはっきりさせて貰って、その人たちの設置計画と予算を出してもらって、世界中のどこにでも、気がすむまで、設置して戴いたらいいと思う。そして、その人たちは私的に使ってしまうことハイと思うが、一応、会計報告の公開してもらって、余ったら、その人たちから、元慰安婦と言っている人たちに分けてもらったらいいと思う。10億円を使い切って、なお、もっと、設置したいと申請があれば、納得行くまで設置のための費用を申請に従って、費用をあげたらいいと思う。100年でも200年でも何年かかっても、彼らが、満足するまで、資金を渡したらいいと思う。
工場を作って、大量生産したら、安くできるでしょう。雇用も増えるし。

日本にも、靖国神社の前や国会議事堂の側にも、設置してもらったらいい。日本人も帽子や襟巻を掛けてやったらいい。
多分、設置をしようとしている人たちは、生活や移動費は、自腹切っているだろうから、設置費用くらいは、日本から出してあげたらいいと思う。10億円あったら、いくつ設置されるでしょうか。世界の平和の為に、その像が、大きな役割をするかもしれません。

慰安婦の類は、人類が発生して以来、存在する。浜の真砂は尽きるとも、世に慰安婦の類の種は尽きまじ。
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工場の前の景色、淡水魚の養殖池が広がる。そして、この見渡す限りの地帯は、既にジャバベカが購入済で、工業団地になる。そして、ジャラントールもできる。
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大型水槽。この上枠、そこ枠、柱は、私が15年ほど前にインドネシアで初めて作ったものです。今も、同じものが作られている。
  

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(^_-)-☆本格復帰 [思うこと]

 2917 一か月以上、インドネシアの仕事から離れていたが、仕方なく、復帰した。

途端に、中国製の新品押出機の温度コントローラーが狂いだした。なんと、温度が上昇中なのに、表示は下がっている、そして、マイナスになっても、まだ、下がっている。面白くて、しばらく、見入ってしまった。50年以上の仕事で、こんなことを見たのは初めてである。ミステリー。メンテアナンスに配線のチェックを頼んだ。

現在の住所の契約は24日になっているので、早く、どこかに引っ越しをしたいと思っていて、探していたが、昨年末にチェックして、そこにしようと決めていた場所は、既に、塞がってしまっていて、今日から、探すことにしたが、今のところ、当てがない。月曜日に、探し回ってみようと思う。条件は、会社に10分以内で行けること、家賃は一年、30ジュタ以下である。

工場の周囲は、ど田舎である。道は狭いし、ポリシティドゥールだらけ、牛やヤギの行列にも頻繁に会えるし、曲がって、進む道を見つけるのも難しい。曲がる道は、直前まで来なければ見えない、会社がここですよという、看板もない。先ほど、二か所から、訪問者が有った。いじれも、何回か、途中から、道の確認電話があった。杉近くまで来ているはずなのに、なかなか、到着しなかった。ジャカルタから来る人にとっては、大都会からど田舎という落差を感じるでしょう。
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二階の事務所から右を見下ろした風景。補装はしていない、凸凹である。雨が降ればぬかるんでしまう。右の端にある小屋は新築バラックだ。一か所か、ポス セキュリティーのようだ。もう一軒は、傍に行って確認してはいないが、遠目に、コーヒーのミニパックがぶら下がっている。多分、何か飲み物を売る店のようだ。たった30人足らずの工場が進出しただけなのに、飲み物を提供する店がオープンしていて、びっくり、商売になるのでしょうか。そこに店を出す許可を、この敷地の所有者から取っているとは思えない。どこから来たのでしょうか。聞くチャンスは、今日はなかった。

PT,ASKAを止めた人が、面接に来た。再来週の月曜から、入社してもらうことにした。私のアシストをしてもらいながら、マーケティングの勉強をしてもらう。今年の後半は、この人が、私の仕事を引き継ぐことなる。図面書きは、得意だ。ISOも取ってもらおうと思う。
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チバトゥインター近くのオレンジカントゥリーの総合施設、大分、進んでいる。
  

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(^_-)-☆チカランに戻った [生活]

 2916 東海岸のホテルに三泊したが、雨季の今、まともなサンライズを一度も見ることが出来なかった。また、西海岸のサンセットも雲の中だった。
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今朝の日の出から一時間以上過ぎた時の東海岸。

 西海岸の私が言っているウミさんのレストランでミーゴレンを食べた後、 8時半に出発、9時半、バンジャルサリを通過、順調に10時、バンジャールを通過 両側の広大な田園地帯は、今、実りの時期だ、沿道のバナナの木?には、バナナの大きな房?を見ることができる。パパヤも今が時期のようだ。典型的ンインドネシアの田舎の風景が続く。順調にチアミス、タシクマラヤのバイパス的道を通過、チレニーの高速道路入り口近くに着いたのが、五時間後の13時半、しかし、ここで、予期せぬ渋滞になってしまった。ここは昔は十字路になっていて、当たり前だが、直進、左折、右折ができた。今は、左(ゲートの方)にしか行けなくなっている。といことは、直進、右折の車も左折して、右側の車線からUターンしなければならない。その辺りがいつもちょっとした渋滞になっていることは知っているから、いつもは、左に曲がったら、一番左車線の通っていた。ここで、車が動かなくなることはなかった。今日は、車が動かなくなる時間が長い渋滞だった。平日なのになぜだろうか、トラックやバスが通過できない場所があるから、それが、遠因なのか。とにかく、高速道路に入っても芋虫渋滞が続いた。このバイパス的自動車道、パジャジャランまで、20分くらいで通過できるのが、1時間近く掛かってしまった。そして、ここへきて、渋滞が無くなってしまった。原因が分からないままだった。
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 すぐ、左側の大型車の列が始まった。チカムニンから一般道に降りなければならないからだ。その5分後。大型車通行不可の原因になっている橋に差し掛かった。急降下から急上昇する道に最下部に当たる。いつ頃、治るのか表示はない。どんな補強しているんでしょうか、道に下なので、これも分からない。こんな場所ですよ、中国製に高速鉄道予定地は。

 チバトゥゲートで出て、グラハタマンに戻ったのは。15時半、途中、給油で止まっただけだったが、往路より30分長かった。無事に戻った。明日は幾つか約束が入っているので、どうしても、今日には戻っていなければならなかった。
 
 そして、疲れた。こんなに毎日疲れてまで、どうして、こんなことを止められないのだろうかと思う。自己満足。爆睡。


タグ:満足 疲労 心地
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(^_-)-☆疲れと腰痛 [旅]

 2915 朝、8時ころの西海岸、平日の海岸は空いている。向こうに座礁した難破船が見える。
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まだ行ったことがなかったJOJOGANという場所に行って見た。方向はグリーンキャニオン、途中から、海とは反対方向の北に向かう。インドネイアの田舎の典型的なヤシやバナナの木に囲まれた田園地帯を通って、山に入る。曲がりくねった、急なアップダウンで、狭くて、すれ違い場所が難しい、道をひたすら進むと開けた丘の頂上に着く。パンガンダランから1時間半ほど掛かった。景色がいいと言われていたが、生憎の曇りで、海まで見通せるが、はっきりしなかった。下を見ると、はるか下に沢がある。グリーンキャニオンのような、奥行きのある洞穴のような状態の場所もありそうだし、ラフティングもできるらしい。チュルック(滝)も、いくつかあるようで、下まで降りてみた。これが,また、厳しい。急な階段が延々と続いていて、なかなか下まで到着しない。これを、また、登るのかと思いながら、降りてゆく、20分以上掛かって、滝の下まで降りた。なぜか、だいぶ昔に見た景色だった。いつだったか、覚えていないが、見覚えがあるような気がした。連れがいうには、私とここへ来たことがあるという。その時には、車は、ずっと遠くの下に置いて、1時間ほど歩いて。下から来たという。向こうからだよ、と、沢の向こうを指したが、覚えていない。以前の記録をいつか見てみようと思う。来たことがあるなら、ウェブサイトに紹介しているはずだ。
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次は、Pantai Madasariマダサリというビーチ、山から下りてきて、西に向かい、グリーンキャニオンを通り過ぎ、なお西に向かい、パンガンダランからなら35Kmの処を左折し、南に向かい、また、5km以上行った所の海岸、途中の田園風景が、矢張り、南国らしい。海岸は、石灰岩の岩がごつごつしていて、遠浅ではないので、押し寄せる波は高い。サーフィンスポットしては最高だと思う。石灰岩の小山が浸食された風景も一見の価値はあると思う。バトゥカラスまで、来るなら、もう、10ほど走って、このマダサイまで、足を延ばすことをサーファーにはお勧めする。
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ヌサカンバンガンへ行って、ロブスターを食べられないので、ここの海岸にあるワルンに頼んで、ロブスターを手配してもらって、焼いて食べた。久しぶりに、ロブスターを頬張った。この魚、1,4Kgとロブスター、1Kgとターなどの飲み物、ナシ ウドゥックで4000円程だった。
  

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(^_-)-☆疲労困憊 [インドネシア]

 2914 私がよく行っていたヌサカンバンガン、今は、近づくこともできなくなっているとか、パシールプティに座礁船が放置されて、もう、8カ月以上過ぎるが。まだ、どうするか,決まっていないそうで、当分、このままになるだろうと言っている。いわゆる、ナルコバ(麻薬)の密輸入船だという。それに関係あるかどうか知らないが、ヌサカンバンガン島が密輸船の上陸に利用されていることが分かって、地元の人間以外は、上陸は勿論、接近することもできなくなっているという。以前、カララピアックから、ボートで、ヌサカンバンガン島の北側の水路を通って、チラチャップに行ったことがあり、その時、往復で、刑務所の200mほど沖を通過し、写真を撮っていた。しかし、今、そのルートには、進入できなくなっているという。
また、ヌサカンバンガンの刑務所から麻薬犯2人が脱走して、今、まだ、捕まっていないという。ジルバブをかぶって女装して抜け出したという。そんなこともあって、厳しくなっているという。
ロブスターを食べに一緒に行って見ようと言ったから、そんな話になった。

8時からチャガールアラムに入った。いつものように、ブンガバンカイを探すためだ。雨季は、ジャングルの中を歩き回るのは難しいうえに、水に弱いラフレシア、期待薄ということは知っているが、とにかく探してみた。やはり、無かった。蕾が一個見つかっただけだった。それにしても、腐ってしまって、金網で保護されている、真っ黒になった花の跡が、結構あって、どうも、それらは、人が摘まんだり、触ったりした形跡があったのは残念、10年ほど前までは、見張り櫓があって、許可された人以外は、ジャングルへ入ることを禁じていた。そのため、見通しが良いように一部、開けた場所を作った。その見通しが良いエリアは今もそのままだだ、櫓は腐って見る影も無くなっている。
http://otaenplaext.net/newpage33.html
IMG_4971.JPG疲れた。いつもと違う場所を4時間かけて散々、探しまくったうえに、一時、何処辺りにいるのか分からなくなって、開けた場所を探し、ジャングルをかき分けながら、登り下りを繰り返したので、足はつるし、腰はガタガタだし、ゲートに戻った時には、歩くのが、立って居るのが、やっとの状態だった。イジェンの時にも、結構まいったが、今回の方が長時間だったので、それ以上に、参った。ここのも、この時期、友人を連れてくることはできない。
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シーフード、カンクンは付き物、カカッ メラーのバカール、1,2kg ウダン アッサム マニス 0.5kg チュミチュミ トゥプン ゴレン 0.5kg ご飯やジュースも一緒で、3千円くらい。高くなったものだ。ガイドは、貪るように食べていた。地元にいても、高いから、食べる機会は無いようだ。彼らにとっては、大変なご馳走だ。魚は半分ほどブンクスして、兄弟に上げるのだと持ち帰った。
三日前の日本とは、異次元の世界だ。
  

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(^_-)-☆初出社だが [思うこと]

 2913 約、一か月ぶりに出社、場所が違う。グラハから出て,以前には、右に曲がったが、左に曲がって、踏切の方に行った。こちらからの方が近いからだと思ったからだ。踏切を渡って、国道を、方向は右(東)だが、曲がれないから(それは分かっていた)一旦、左(西)に向かい、Uターンして戻る。それほど遠くないところにUターン場所があるはずだと思っていたからだ。有ったはずのUターン場所が、ことごとく閉じられていて、3Km先、もう、チカランの町近くでやっとUターン、戻ってきて、先ほどの踏切前を過ぎ、1kmほど行くと左に曲がって別の踏切を渡らなければならないが、そこも、曲がれず、なお1kmほど行ってUターンし、もどって、左に曲がり、やっと、国道から離れることができた。想定より6km以上遠かった。
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 次からは、出勤の時には、ゴルフ場の側を通ることにする。しかし、今の住処は、そんなことで、会社が遠くなってしまったので、近い場所に変えることにした。いま、家賃、一年35ジュタ(月2万5千円くらい)の一軒家を交渉中。

 今日から、稼働の予定、ヒートアップの状況だった。納品は、在庫の消化で、順調にいっている。皆さん、よくやって切れている、今やっているものは、私がいなくても十分やって行けると確信した。

 ということで、12時半ごろチバトゥのインターから高速道路に入ってしまった。日本からの友人が、どうしてもというので、私も、仕事に戻るのを三日ほど遅らせることにして、パンガンダランに向かってしまった。道中は順調で、車から降りたのはトイレと給油で15分ほど、19時にホテルに入った。6時間半、最短タイだった。今、パンガンダランにいる。勿論、中国高速鉄道路線沿いの高速道路を通ったが、その、雰囲気は全く感じられなかった。
また、橋脚の傾きで、大型車(バスもトラックも)は通行止めになっている。昔使った、曲がりくねった一般道は同じ距離、高速道路を使えば一時間以内でバンドゥンに着くが、4時間かかっていた。それが、大型車は全てその道を使うしかないので大渋滞、聞くこと個による6時間かかっているとか、バスは、パンガンダランまで、以前の13時間以上、掛かっているという。で、その橋脚、いつ治るの?これが、また、はっきりしていない。
そんなところで、もし、高速鉄道の工事が始まれば、大型車が入り込まなければならない。出来るわけがない。工事は始まるわけがない。大変ですね、中国。
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ここで大型車は出なさいという場所では、本線上に長い行列。
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バンドゥンバイパスの145Km地点、この辺りの右(南)の高速鉄道の取りあえずのバンドゥン駅が出来るはずだが、雰囲気は全くなし。
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(^_-)-☆再~~インドネシア [思うこと]

 2912 06;00 真っ暗い中、出発、6;22こだまで品川まで、京急で羽田国際線ターミナル到着、8:25 いつものことだが、余裕。そんなに早く家からでなくてもいいのだが、家で、待機していてもしかたがない。10時過ぎのANAにでも、十分間に合う。
IMG_4817.JPG外国人に人気があり、インドネシア人にも、日本からのキットカットをほしいと言われていて、Kit Katを、イミグレを通過後、免税店で買ってみた。三箱で4500円、免税でこの価格、税金が掛かったらいくらだよ!!ビックリ仰天、スーパーでも買って持ってきたが、中身がどう違うのか、240円、1袋を6袋買ってあった。住処についてから、どちらも開けてみた。どちらも、こりゃ高いと思った。
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ガルーダのチェクインカウンターの行列にはビックリ、こんなことはかつてなかった。1時間かかった。11時15分が搭乗時間、受付開始のアナウンスがあったのは、9時30だった。そして、直ぐに、カウンターの前に行ったが、既に長蛇の列だった。そして、インドネシア人が75%以上、皆さん、沢山の荷物を持っている。重量的に、明らかに、追加料金が掛かるはずなのに誰も払っていない様子だが、それぞれのチェックインの時間が長い。爆買いだね。なかなか進まない行列の中で、皆さん、充実した顔をしていた。よかったですね、日本で買い物ができて、という感じ。

ジャカルタ空港では、全く問題なし、米麹4Kgと酒2L二本、こんなものでは、チョークチェックされない。今回は、リックサックなど、機内へ持ち込んだ物も何もX線を通さず、シラカン レワッ(どうぞ通過して)だった。
日曜日で、渋滞は全くなし、ルマーアバンの家に到着は21時だった。
タグ:満足 順調 爆売
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(^_-)-☆また、来てしまった [日常]

 2911 その日、最終日がまた、来てしまった。一か月近く日本にいたが、本当にあっという間、もう~~、という感じ。

娘の誕生日。40何歳だ。孫と一緒に、バースデーケーキとモンブランを買いに行った。毎年、日本からの出発は、この日の後にしている。残念ながら、娘以外の身内の誕生日には、日本にいたことがないので、この日までは、日本にいようとしていた。
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モンブランには、思い出があるし、今でも、何かというと、買う。日本にいる時、妻の誕生日には、必ず、バースデーケーキを買うお金がなかったときから、モンブランを買って帰っていた。そして、それが続いていた。このケーキとモンブラン5個で5500円、高いですね。


これから、そして、最終日、明日。いつものように、早朝、家から出発する。100円ショップで、ちょっと買い物、そして、その隣のスーパーで、キットカットを仕入れる。日本のキットカットが良いと言われている。

今回は、今までとちょっと違って、インドネシアは、今年が最終になると考えているから、特別だ。手伝いの戻る会社は、新しい工場に移った。そこで、スタートするが、新しいダイレクターと二人ダイレクターになる。立場は私の方が上だが、実務は、新しい方に任せる。インドネシア人だけで、仕切るような環境にする。
私のビザの更新は3月中旬になる、収得のしやすさが理由で、今のポジションのままにする。今のままなら、四回、国内で毎年の更新が出来る。簡単だし、安上がりだ。
今以外のポジションンに変えるなら、今の地位の終了届を出して、国外に出なければならない、また、国外でビザを取らなければならない、それも、半年期限のビザしか取れない。
そして、ちょっと書いたが、半年、インドネシア滞在とする。半年は日本にいて、サポートをする。どうしても、ということになれば、その時だけ、また、短期で行く。必要なら、これを三年程度、繰り返す。
 
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(^_-)-☆告別式 [思うこと]

 2910 アピオセレモニーホール田富 兄弟姉妹、上三人が男、下四人が女、長男は5年前に他界した。その葬式には、6人が参加していた。ただし、次男は、ちょっと見かけただけで、体の不調を理由に、直ぐに、いなくなったしたし、長女の旦那は、入院していて、来なかった。今回は、その長女の旦那が亡くなったのでした。
今日の参列状況はどうだったか、次男と三男と四女と配偶者も、外に出かけることが難しくなっているそうで、欠席。知らない人ばかり、話が弾まない。私がインドネシアの話をしても仕方がないから、私から話しかける話題がない。仕方がない、皆さん歳だから。甥や姪との話も途切れがち。

6時には家を出た。9時頃の出棺、バスは出発するところに、間に合ったが、乗れなかったので後を付けた。焼き場まで遠い、30分ほどかかった。八ヶ岳を久しぶりに眺めた。2時間ほど待ち、葬儀場に戻ったにが、11:30 食事をし、告別式は13:30時間をもて余す。初七日が14:30 これも、30分ほど持て余した。人数が20人程度なので、進行が早い。やっと解放されたのが、15:00でした。やれやれである。寒い、-1℃。
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釜無川と八ヶ岳

何年かぶりの夫婦二人だけの旅だった。解放されて、せっかく、ここまで来たんだからと、出会いの場の大学まで行ってみた。ただ、武田神社まで行って、戻ってきただけだった。それだけのことだが、なんとなく、満足。
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右が工学部、左が学芸学部だった。突き当りが武田神社。昔々ある時、この辺りを汚い白衣をまとって、闊歩していた。

52号線とバイパスをひたすら走って、家に戻ったのは、20時前だった。400kmだったが、甲府までのゆっくり運転を含めても、運転時間は約7時間、パンガンダラン、片道相当、ただし、道の状況は、インドネシアと、全く違う。ほとんど、気になることはない、気を遣う必要がないと思った。本当に、楽な運転だった。車を追い抜いたり、追い抜かれたりしたことは、全くなかった。クラクションは、一回も聞かなかった。バイクに全く会わなかった。山の中や川沿いの曲がりくねった道を走る距離が長かったが、対向車線からこちらの車線に入って、追い抜きをする車に会わなかった。陥没穴はなし、横から飛び出してくる車も無し、信号前などで、決められた車線以外を走る車もなかった。
 

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(^_-)-☆9日に行く [思うこと]

 2909 明日、一日 潰れるので、インドネシアへ戻るための準備をした。いつもと同じ、納豆、黒はんぺんを大量に仕入れた。かりんとうも各種、大量に、仕入れた。安いものばかりだが、大いに喜んでもらえるものばかりだ。
http://otaenplaext.net/newpage0.html
昨日、ふとしたことから、パンガンダランに関することで、質問と回答をネットで、見てしまった。日本から、ジャカルタから、バンドゥンから、ジョクジャから、バリからなどなど、行ってみたいが、ルートは、乗り物は、費用は、日程は、ホテルは、などだった。なぜに、ジャワ島にビーチはあるのか? インドネシアにはリドートビーチがバリ以外にあるのか?などと、ばかげた質問もあった。回答が面白い、”あなたはビーチの意味を知らないようですね、ビーチとは海岸ですよ、無いわけがないでしょ!“と、言った具合でね。

インドネシアで、バリ周辺以外で、お勧めのビーチを紹介してくださいという質問が多いようでした。その解答を見ると、分かったような、分からないような、中途半端以前のちょこっとかじっただけの物ばかりだった。数え切れないほどあるビーチの内の二三か所の名前を挙げるだけ。こんなものを参考にして、行く人がいるのでしょうか。それらが、模範解答となっていて、質問した人から、お礼が書かれているものもあった。おいおい、という感じ。

私は、お勧めのビーチとして、質問された時に、二か所について、説明している。ブリトゥン島とパンガンダランです。パンガンダラン地図は昨日、紹介している。この東西、50kmの全部(チャガールアラム、半島ジャカグル以外)がインド洋に面した海岸です。この地図のもっと西、もっと東もパンガンダランではなくなるが、ビーチが続きます。この地図だけでも、ビーチの名前が書いていないビーチも入れれば10っカ所以上名前があります。ヌサカンバンガン島のちょっと西は、カラピヤックという海岸です。そして、ほとんどの海岸はサーフィンに適しているし、ダイビングやシュノーケリングのスポットもある。海鮮料理はどこでも格安で食べられます。ジャカルタからなら、最低二泊三日、それ以上なら、何日でも、私は飽きない。住み着きたいくらいだ。私にとっては竜宮城です。8日にインドネシアの戻り、9日出発で11日まで行ってくる。12日から仕事に復帰するつもりだ。
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http://otaenplaext.net/newpage21.html 70歳頃が最後かなと書いてあるが、もう、73になっている。
バスは様々な街から直行が出ているし、途中でも、手を上げればどこでも乗れる、高速道路のゲート付近からも乗れる。http://otaenplaext.net/newpage33.html
インドネシアにビーチはありますかなんて言う質問は、面白いですね。

ジャワ島の北側、(日本に頼んでいるジャカルタースラバヤ間の中高速鉄道レールの北側)ジャワ海側も港、コンテナ港と塩田以外は、水遊びビーチの連続です。但し、南側に比べれば、ゴミと油も多い、アンチョールが代表的です、ブカシやカラワン、スバンなどの海岸も、汚いですね。
ジャワ島の西端、スマトラへのフェーリーボートの港がある、高速道路もそこまでいているアンニョールから南向かう海岸、白サイがいると言われているウジュンクロンまで、ずっとビーチです。オーストラリア資本のタンジュンルスンリーゾートなどもあります。但し、ビーチは狭いし、汚い、ビーチ、クラカタウ方面を眺めながら泳ぐならプールになる。

もう、一か所のお勧めは、ブリトゥン島です。http://otaenplaext.net/newpage48.html
その他にも数えきれない魅力的な場所があるが、行きやすいということで、最大のお勧めです。小中学生と一緒の家族旅行に最適です。http://otaenplaext.net/newpage49.html
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ラスカル プランギの撮影に使った分校跡。
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新工場の様子。


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(^_-)-☆何宣言 [日常]

 2908 http://www.sky-plastic.com/沼津のセピックは、後継者がなく、太田化工に吸収されることになったが、この会社は、自分から望んで、独立して約3年半過ぎた。技術的にも完全に自立し、新しいアイテムにも積極的に取り組み、また、公共の援助も受けて、これから成長してゆく可能性が高い会社だと思う。将来性があると確信する。積極的に応援したい。経営者も45歳と動きやすい年齢だ。その会社を訪問した。開業前、引取機や水槽や金型をインドネシアから手伝った。
今、作っている製品の問題点について、ちょっと、アドバイス。
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このグロメットは私が日本で初めて作った。48年ほど前。スパイラルも、多分、私が日本で始めえ作った。50年前。当時は両方ともN6だった。

タイミングがいいのか悪いのか、妻の姉の旦那が亡くなった。私の義理の兄になる。79才。山梨まで行かなければならない。ゴルフはキャンセルした。

勤めていた会社を辞める前、一年前に、書面で、条件を示して、その条件が受け入れられない時には、止めると、上司に宣言というか、お願いをしてあって、一年後、全く、それを、無視されていて、何も、手を打ってくれていなかったので、ぴったり、一年後、退職届を出して、翌日から、出勤しなかった。その後、半年、退職票を出してもらえず、説得のようなものが続けられたが、今更、何だと、私を変えるわけにはいかなかったし、言ったことは、実行精神に反すると、そのまま、その会社で仕事をすることはなかった。
止める予告を出した時から、そのことは、身内や周りの人達、取引先など、お世話になっている人、関係者には、折あるごとに、話をして置いた。それは、自分の意志が変わらないように、だった。

そして、自分で作った会社を他人に引き継いでもらい、自身は外国へ行く前、矢張り、一年前には、関係者皆さんに宣言をしていたし、従業員もそのことを宣言して募集もした。後継者募集広告をだして、48歳の時に、50歳になったら、君たちの誰かにこの会社を引き継いでもらうと宣言をした。勿論、銀行にも、客先にも、原料メーカーにもであった。そして、その通り、50歳になったその年末に、社長を止めて、顧問になった。そして、三年後、インドネシアに行った。これも、気持ちがゆらがないように、だった。何故だと、何かあったのと、いぶかる人も多かったと思う。

そして、今、身の回りの人、特に家族に宣言をしている。手伝っている会社のコミサリスにも、日本やインドネシアのゴルフ仲間にも、或る宣言をしている。気持ちが変わらないように、である。
 
しばらく出かけていないが、
http://otaenplaext.net/newpage22.html  

タグ:予告 宣言 実行

(^_-)-☆ゴルフ初め [日常]

 2907 指揮 グスターボ・ドゥダメル 演奏ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 一日に、毎年のように聞き。ラデツキー行進曲で、一緒に拍手し、自己満足する。自分なりの恒例行事だった。疲れるゴルフはじめ。四人でプレー、私以外の三人さん、遅い!!!その上、カートはフェアウエーに入ることができるが、各ボールすべての直ぐ傍まで行かなければ降りない。三人のボール巡りをする。また、その上、ボールの位置を見えていない場合がおおいし、またまた,その上、キャディーを付けたが、そのキャディーもボールをよく見ていない。だから、大体そのあたりということで、皆で探かと思えば、打った本人も、キャディー頼みで、探す振りもしていないで、カートで待っているだけ。
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私と言えば、ほとんど、カートに乗らない。カートはどう見ても四人掛け、後ろに三人は座れるが、相当窮屈、座る人同士が気を利かせて、詰めなければ座れない。キャディーが座らなければ、私も座れるが、このキャディー、ほとんど歩かない。ボールの位置とグリーン周りでしか降りないので、私以外の四人は,息があって、カートにくっつきっぱなし。だから、歩いている私の方が遥かに早く前に進んで、皆さんを待ちながら、皆さんのボールの位置を教える。それでも、待ちきれずに、皆さんが未だ、後ろにいるうちに打ってしまう。グルーン近くなら、皆さんより、グルーンに近くても先に打って、先にオンさせて待っている。

私自身は、5人では窮屈なカートに乗らないで、皆さんを楽に乗れるようにし、先に行って、皆さんの打ったボールが何処でどんな状態化を知らせるし、言わないと、聞く人もいる。グリーン周りは特に、乗ったとか、そのくらいオーバーかなど、私からの情報を当てにしている。皆さんの為にやっている、私をまっている、という意識がある。

ところが、中に、先に打っちゃダメだよ、遠い方から打つのがルールだよ、太田さんはルール違反だよ。ペナルティーだよ。それに、そんなに早く行って、どうせ、待っているでしょ。皆が打つのを待てないの。と、いう人がいて、その後は、ボールの側まで、かなり早く行って、皆さんを待っているが,打ってしまわないようにした。すると、私の後ろから打った人のボールが何処に行ったのか、分からなくなる場合が多くなり、探す時間の長くなり、私が,待つ時間も長くなってしまった。もう、芝に座り込んで、待っているしかない時も出てきた。それなのに、自分のボールが何処にあるか私に聞く回数は変わらなかった。

おまけに、私に、近いのに先に打ってらペナルティーと言った人自身が、他の二人より、近いのに、待てなくて,さっさとっている。おいおい、どうなっているの、と、首を傾げてしまう。

その人、自身が、スコアーの少なくいう常習者だと、私は思っていて、時々、酷いときは言ってあげているが、“一緒にまわっている人で、10打くらい打っているのにボギーだという人もいるよ、困ったもんだよ”と、ご本人はよく言う。

もう一つ、その人がパットをするときに、その人、ピンの近くいた私に、“見えないから、指しておいて”と頼んだ、私は、竿をちょっと斜めにして、持ってパットを待っていた。予想以上に強くって、ホールを通り越した。その直後、私に“打ったら、竿を直ぐ抜かなければ、ルール違反だよ、ペナンルティーだよ”という。この人、困った人だなと、思った。プレー費は、私はいらないキャディーを使っているので、2万円だった。
  

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(^_-)-☆初詣 [思うこと]

 2906 インドネシアで仕事をしていて、暮れから正月に掛けては、日本に帰っている。インドネシアで年を越したことはない。人数は少ないが、身内と思っている人、全員集合のためでした。妹が継いでいる安西の実家に、今日集合。一番遠いのは東京から、11時に来て、14;00には、引き上げていった。勿論、子供たちは、お年玉目当て、大喜びの、大はしゃぎ。最年長は、おふくろがいなくなった二年前から、私、気分は良好。

その後、初詣を兼ねて墓参り。富士川町のお寺に行く。初詣としては二年ぶりだと思う。そして、冬の富士山は、子供のころから変わらない。ここへ来ると、いつも、”またいつかここに戻る、いつになるか分からないが、必ず戻る“と、つぶやく。私の両親だけしか、入っていないお墓に。
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私のお墓の前からの富士山。
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そして、ここへ来ると、小学校のころ、毎年、夏休みには、一週間ほど、従妹たちと、駆け回った辺りから見えるこの景色を写す。何回目か分からない。自己満足の世界に浸る。また、ここに立てたかと。
 

タグ:初詣 故郷 集合
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(^_-)-☆初日の出 [日常]

 2905 暖かな新年を迎えた。妻も行きたいというので、近くの海岸へ初日の出を見に行くことにした。
日本でのサンライズとの出会いは、何年ぶりだろうか。多分、40年以上ぶりだと思う。どこで、だったか、記憶はない、多分、何処だろうということも、言えないが、どこかの観光地や旅先で早く起きて見ていると思うし、どこかのスキー場で見ていると思う。初日の出ということになれば、もっと前、中学生の時以来ということになると思う。思い出がある。
インドネシアでは、初日の出をわざわざ見たことはない。単なる日の出なら、この間の東ジャワのイジェン山で見ている。パンガンダランの東海岸では最低でも100回は見ている。インドネシア中あちこちで、サンライズとサンセットは、習慣として見ているし、写真に収めてきた。印象はまちまちだし、その時の天候で大いに違う。
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パンガンダランの東海岸、ヌサカンバンガンからのサンライズ。気に入っている写真。
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伊豆半島からの初日の出。
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私が静岡に本社を移転した時に使った、用宗漁港の東側の道沿いの貸工場の前を通って、広野海洋公園の海岸で初日の出を見た。多くの人が、見に来ていた。日の出の30分前に駐車場に入ったが、既に、空きがなく、駐停車禁止の標識の前に駐車した。皆で止めれば怖くない。私が小学校の時にやっていたように、自転車で多くの子供たちもグループで来ていた。岸壁に並んでいる人たちを見て、西部劇映画で、インディアンが丘の上から、下にいる騎兵隊に襲い掛かろうとして、並んでいる姿を思い浮かべた。

今年から、しばらくは、インドネシアと日本を半分半分にしようと思う。出来ると思う。
  

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