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(^_-)-☆万能水槽 1 [押出成形]

 2968 約50年前、プラスチックの押出成形に出会った。大学は化学だったが、当時の景気状況が響いて、それに関係した仕事に就くことが出来なかった。一寸でも、それを生かせるかなと思い、プラスチックの成形会社に就職した。ドイツからの技術導入の成形装置を使って、自社(東レ)で作り始めた樹脂で成型をして、原料の消化をすることが目的の会社だった。射出、プレス、押出(固化、溶融、ベルト、シート、ガラスや炭素繊維を混ぜたペレット)のいろいろな成型をしていた。開業して一年半の出来立ての会社だった。扱う樹脂は、当時在った樹脂(塩ビ以外)全てが対象だった。
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半年の全体の実習の後。その中の押出成形の難しさに、興味がわいた。先日亡くなってしまった、大学の先生、”不良の山は宝の山と思いなさい“という言葉の影響を受けていた。志願して、押出部門に関わった。素材とチューブなどの押出成形だ。名古屋にあった東レのプラ研にいた方が、西ドイツからの技術を導入したと思う、しかし、張本人は、この会社に偶に来て、講釈を垂れるだけで、自らがその装置を使って作って見せるということはしなかった。出来なかったのだった。当然、誰がやるということではなく、先輩の塩崎さんと私が、何とかするしかなかった。日本ではこの関係では先駆けだった。他にやる会社はまだなかった。とにかく、市場に出始めたばかりのプラスチックの成形を頼まれた。現在あるエンジニアリングプラスチックの殆どが私が携わってニ三年の間に売られ始めた。売る会社、メーカーは、棒にしてもチューブにしても、どんなものができるか、作ってみてほしいと、原料を送ってきた。柔らかいも、硬い物、その間の中途半端の硬度の物、成形温度も150~300℃、それ以上、多種にわたった。それを、全て、同じ成型方法でできるわけがない。ドイツからのチューブ成形金型は硬質のものしかできなかったし、速度はゆっくりだし、艶も良くなかった。

ドイツからの装置の改良をしたが、改良だけでは、全てのことを、同じ一つの装置ではできなかった。固化押出と溶融押出では、全く、別の仕事、全く、違うデザインの装置を使うことと、同じように、溶融押出でも、樹脂により、大きさにより、厚さにより、硬度のより、違った装置を作らなければならなかった。

そこで、大きさはある程度の範囲にして、全ての樹脂の全ての冷却方法、全てのバキュームの吸引方法が一つの水槽の、金型の付け替えだけで、できるようにならないかと考えた。この仕事について、3年後くらいだった。

今でもあるかどうか、昭和丸筒、という会社の製品、ABSのボビンスリーブという、糸巻きの芯になる筒状の製品、納品の帰りにそれ以上の不良品の返品を持ち帰ってきていた。
 
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