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(^_-)-☆戻った [旅]

 3101 朝から雨、今回は、日の出、日の入りには恵まれなかった。それにしても、平日のも関わらず、早朝から、両海岸に出てきている人が多い。聞くところによると、学校が始まるのが来週からで、家族連れや一族連れが多いそうだ。ウミさんのレストランも24時間、オープンだそうだ。

さて、8時には出発、途中、ルンバー プトゥリはクローズになっていたが、カラン ニニによる。ジャティのプランテーションがあるでこぼこ道を下って、海岸近くの駐車場に着く、歩いて、ちょっと下ると、海に着くでた場所に着く、両側に、壮大な海岸景色が広がる。西に、パンダンダランの組み根っこから半島が一望できる。東側は、ヌサカンバンガンが見える、その手前に、パンタイカラピアックなどの行ってみる価値がある、美しい、海岸が点々としている。
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私にとっては、見慣れている景色なので、感激も何もないが、連れの皆さん、ここでも,大はしゃぎ、初めてに人にとっては、そんなかなと思う。私も20年近く前に初めてだった時がった。皆さんが、生まれたばかりのころだ。その時の印象は、景色より、ジャティの木がきれいに植わっていたことと、道が綺麗に舗装されていて、流石、観光スポットして、整備されているなと思ったことを記憶していた。
そのジャティは、今、なんだか、手入れをしていない、植えて、そのまま放置という感じで、自然に生えて、伸びてしまった雑木の方が多くなって、雑木林になってしまっている。これで、いいのかなと思う。聞くと、ラスクなってしまって、出荷しても赤字になるらしい。そして、アスファルト舗装された道も、見事に剥げていて、でこぼこ道になっていた。連れのDEKOBOKO凸凹の日本語の意味を教えた。

10時には、ジャンジャルサリを通過、帰りは渋滞はほとんどなく、順当なドライブ、ただし、途中の食事、トイレや土産物の購入などで。一時間半ほどのロス、一人が、カラワンの町の中の人だったので、カラワン バラットで高速からおり、北に向かって、ジャランラヤになったところで下ろし、高速に戻らないで、そのまま西に向かい、自宅方面に向かった。無事、皆さんの迎えが来る場所に下ろし。自宅に戻ったのは19時だった。疲れガピーク、途中で買ったウビを食べて、直ぐ寝てしまった。
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チレニーからパジャジャランのバンドゥンバイパスは、皆さんはぐっすり寝てしまっていて、私もどう走ったか覚えていないほど、ほとんど、居眠り運転をしていた。サービスエリアーによって、冷たいコーヒーを飲んだり、顔を洗って,眠気を解消した。

順調な帰りチプララン高速道路、62km地点、この辺りが、2019年に完成する高速鉄道の中間地点になる。

まだ、できるなと思った。
タグ:満足 疲れ 感激
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(^_-)-☆付きがなかった旅 [旅]

 3040 天国の一つに加えようかなと思って出かけた場所、天候にもホテルにも、海の中にも恵まれなかった。運が悪かったのかもしれないが、もし、事前調査しても、これらのことは、全て、来てみなければ、分からないことだったでしょう。
朝食、7時、9時ホテルチェックアウト、空港到着、9時15分、10時10分ボーディング、クンダリ経由でマッカサールに13時前に到着、ここまでは順調。14;50搭乗の予定だった。ティケットには、予約したときとなじ、IW1331ウィングス エアーになっている。何の疑問もない。ところが、その時間になっても10分過ぎても、搭乗の案内がない。変に思って、搭乗口に聞きにいった。遅れているのかと。ところが、その人、ワカトビからジャカルタに行く便は、変わっているという。もう、出てしまったという。私を呼び出しもせず、である。丁度、今、ライオンのジャカルタ便が出るから、それに乗れというわけで、そのまま、便を変更し、搭乗した。結局、戻れたわけだが、10分すぎて、聞かなければ、その便の出てしまって、次が何時になるのかわからなくなったでしょう。結局、予定より40分ほど遅れてマッカサールを出発。
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スラウェジ島の南の部分、右下に、ワカトビの主な四島がある。ちょっと北にクンダリ、左にマッカサール(旧ウジュンパンダン)がある。タナトラジャ、ゴロンタロー、マナド、ブナケンはこの島の真ん中から北東の端にある。これらも、全て行ったことがある。
なお、Wanciワンチは、現地ではWangi-wangiワンギワンギ(ギは鼻濁音)で、その中のKota町をWangiワンジ、と言っていた。同じスペルだが、発音が違う。インドネシアではgの字が入っている単語の発音が一定していない。

今回の旅は、ついていなかった。天候に恵まれなかった。そして、ホテルも、頼りのWi-Fiも今朝はコンディションが悪く、ローディングが遅かった。14日は、一日中、断続的な大雨と強風、ほとんど閉じこもり、テレビを見ることができるようになったのが救い、クンダリの洪水のニュースが入ってきた。今朝、トランジットした町だ。

このホテルの敷地は広すぎ、カリムンジャワのクラクラアイランドの全周囲(円周)をほぼ真っ直ぐに伸ばした感じ、景色もクラクラを一周したときとそっくり、ただし、丸い島なら、どこ行くにも一番遠くて、直径の距離、ここは、端から端までは直径の3倍以上歩かなければならない。このホテル内送迎用のカートが必要だ。
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左右の端です。

付いていなかったことの一つに食事、私の口に合わなかった。インドネシア料理しか頼まなかったが、辛くさえなければ、普通に食べられるのだが、ここのレストランの味付けは、馴染まなかった。昨日のミーアヤム、辛くしないでほしい、と、頼んだにもかかわらず、私にとっては、辛すぎ、それでも、我慢して何とか食べた。しかし、そのあとが、大変なことになった。夜、食事をしながら、PCをいじっていた。お腹の具合が悪くなってきた。胆液が上がってきてしまったのだ。甘すぎ、辛すぎのもの、そのほか、パンをまとめて食べたり、ノリやトマトの皮など、消化しないもので十二指腸の壁に張り付きやすいもの食べたりしたとき、苦い黄色い液体が上がってきてしまい、そうなると、吐き気が止まらなくなる。水を飲み、吐き出す、それを、トイレで、黄色い液が出なくなるまで、何度も、繰り返す。苦しいが、必ず治るので繰り返す。口に苦さが残るが、数分で苦さも消える。二日目三日目の夕食後、それを、させられた。別に、旅先だからではなく、飲食のことなので、日常でもあることだが、二日続けたのは、ここの食べ物だからだ。
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これも、予想されたことだが、空港から家に戻るまでの時間、3時間半、2時間は渋滞の中。タマンアングレックから渋滞、チャワンで消えたが、ブカシ バラットの手前でまた、ハマった。ブカシ ティムール通過後順調になった。21時に家に着いた。ホテルを出て、時差の関係で、13時間の旅でした。機内にいた時間は、5時間だったのに。
 

見るところ、訪ねるところの千分の一も行っていないと思う私の印象です。

長期間滞在し、海の深くまで潜る人には、魅力的なところかもしれないが、私のように、二三日や、一週間ほどの滞在で、ほんの一部の岸に近い場所でしか潜れない人にとっては、また、他のダイビングスポットの経験している人にとっては、素晴らしい場所ではないと思う。サンゴの死骸というか、枯れたというのでしょうか、破壊されている場所が多い、その上、ゴミが多い。海の中もそうだが、陸上に至っては、ゴミだらけ、森の中へ入ってもゴミが散らばっている。元町長さんのここでは、代表的なホテルでも、ゴミ処理ができていない。ダイビングガイドのいる建物の周りに、ツアー客を運ぶ船(ざっと見て、2~30人は案内出来る結構大型)も桟橋に二艘、停泊させてある。酸素ボンベやダイビングスーツなども用具が大量に置いてある。その場所の周りもゴミだらけ、臭い、残飯の悪臭、彼ら自身が率先して、汚している感じがする。汚いね、と、反しかけたら、にたっと、笑っているだけだった。

錨を下すのは止めてほしい、ラジャ アンパット、カリムンジャワ、コモド、ブナケン、パンガンダランのバトゥ ラヤン付近、で、海中を覗ぞきに行った時、錨を下さなかった。流れの少ないとことを探して、停泊する。流されれば、戻るを繰り返す。プラウスリブは20年前に、すでに、滅茶苦茶だけどね。

現在は、マッカサールークンダリーワンギ^ワンギが一日一便ウィングス エアーがあるだけ、しかし、ガルーダがバリからマッカサール経由で運行されると言っていた。希望を含めて、期待をしていた。実現すれば、バリからガルーダが来るようになれば、それだけで、宣伝効果になるし、バリで潜った人が、ワカトビで次に潜ってみたいということになるかもしれない。

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(^_-)-☆残念なホテル [旅]

 3039 ACとTVのリモコンがない、初日、17時ころ部屋に入って、シャワーを浴びようとしたらタオルがない。テレビを掛けようとしたら、リモコンがない。エアコンは作動していた。鍵をある場所に差し込むと、電源が入るという仕組になっていて、出るときに、キーを抜けば、全ての電源がOFFになる。ということで、エアコンがオフになっていなかったから、作動したということは、分かる。しかし、オフにしようとしたら、リモコンがない。直ぐにレセプションに電話した。タオルは、すぐに、ハウスキーパーが持ってきた。それはいい。リモコンは来ない、夜になって、レストランパソコンをおじっている時にも、頼んだ。そして、その日、なしのまま、TVは見ない、ACは動いたまま。

二日目、昨日の朝、海に出かける前にも、レセプションに、リモコンが、まだ、届けられていないことを伝え、帰ってくる前に、届けるように頼んで出かけた。14時ころ、戻ってきて、キーを受け取りながら、届けてあるか聞いたら、部屋の掃除は終わっているという、そうじゃなくて、リモコンは?と聞いたら、今、届けるという。そして、昨日と同じ状態の部屋で待っていたが、一時間ほどたっても、来ない。また。電話した。今、届けに行っていますの返事、それから、30分後に、メンテナンスらしき男がやってきた。リモコン二つ持ってきた。ACの
方、リモコンに反応しない、機種が違うからという。そんなもの持ってくるなよ。TVの方、これも、反応なし、バッテリが切れているという。そして、すぐ戻るからと言って、出て行ってしまった。そして、すぐ戻るどころか、昨日、来ることはなかった。レセプションにまた夕方電話した。まだですか?と。聞かれてしまった。ダメだ、こりゃ、まったく、確認しあっていない。どういう、頼んだ、それだけだ。インドネシア~~~インドネシア、である。

 そして、今日は、海の中をまたみても仕方がないし、南の方のKATOBIの島の方へ行っても代り映えがしないと思い、ホテルの前の海岸を2kmほど、往復をして、昼過ぎに戻ってきた。部屋の掃除はしてあったが、やはり、リモコンはない。また、電話した。まだですか?と、また、聞かれてしまった。そして、やっと、メンテが15時ころやってきた。何処へ行ったのか、ほかの部屋のメンテをしていたという。優先がそっちだったのかよ。
 そして、新しいACのリモコンを持ってきた。やっと、ON,OFFができるようになった。TVは?持ってきていない。いつ?になるの?彼、リモコンがないという。そして、テレビの右横の操作ボタンの説明をしだした。そんなところにあったのかよ。最初から、言えよ。三日目の夕方、やっと、不完全ながら、AC、TV操作ができるようになった。めでたしめでたし。もう、明日の朝、チェックアウト。
 レセプション ハウスキーピング ルームサービス、メンテナンス間の連携が全く、なされていない。確認のスターダードはどうなっているのでしょうか.ね、前町長さん、

 このホテル、四月に新しい町長に代わる前、6年間、町長だった人が所有で経営者だという。前町長のホテルだという。それにしては、値段が高い割に、サービスは悪い上に、施設として足りない点が多い。まず、冷蔵庫がない。部屋が暗い。ヲーターディスペンサーがない。アクアは二本あるが、湯沸かしポットがない。そして、60万Rpの私が泊った部屋、レストラン、エントランスからの距離がロングホール以上ある。カートで移動できるわけではない、歩きである。WiFiの場所まで、結構な運動になる。
パンガンダランの30万Rpの部屋は、このホテルにないもの全てがある。ネットは、エリア全地域で、万全だ。感じ、このホテル、最悪、私がインドネシアで多くのホテル、プンギナパンを利用したが、最悪。ワカトビのホテルをネットでチェックすると、このホテルが最初に出てくる。Wi-Fiコネクト可能、というホテルはワカトビでここだけを強調している。Wi-Fi accessible from all areas of the resort.と、ね。しかし、そのサービスも遠いレストランだけ、そのことは、プロファイルに書いてない。

午後は、強風と大雨のため、部屋に閉じこもっているしかなかった。結局、サンセットを見る機会はなかった。サンライズも二日目、ちょこっと、見えたが、水平線からということではなかった。
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http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage009.html
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage101.html
午前中の散歩といっても、普通の人は入らない道なき道と狭い海岸だった。植物を見て、カリムンジャワを思い出した。カリムンジャワは、ゴミが漂着していなかったが、こちらは、漂着も多いが、地元で捨てたゴミも多かった。
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ビアワック、死んでいるのではない。私が近づいて、水中に逃げ込んで、じっとしているのです。それにしても、3分ほど、側にいたのだが、びくともしない。どれくらい、我慢ができるのでしょうか。

タグ:ゴミ 残念 不備
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(^_-)-☆海の中 [旅]

 3038 昨日の天気とうって変わって、快晴。6時ころには、もう、暑くてたまらないほどの太陽が輝いていた。
朝食のレストランには、なるほどというか、やっぱりというか、明らかに中国からの年寄りの方が多かった。地元の人が言うように、ここは、地上にはあまりみるところがない、地下と海の中に、見るところが沢山あると。この方たち、多分、地上だけしかみることができないのだはないかと。今朝までのところ、日本人には会っていない。

ワカトビは海の中しか見るところがない、それを、ちょっとだけでも確認しようかと思って、半日、近くのダイビングスポットでシュノーケリングをすることにした。7時過ぎにホテルから出発。島の西側にあるダイビング出発地へ行った。8時過ぎから、ほんの近く、船で、10分ほどの岸から100mくらい離れた、ここから見てみましょうというガイドに従った。そこで、海中を眺めてみた。魚の種類も多い、大小様々、しかし、サンゴの破壊が始まっていて、すでに、白くなってしまっている場所が点在している。岸に近い場所を、もう、二か所、10分ほど、それぞれ、離れた場所も眺めてみた。その辺りも、同じ状態だった。それらの、ちょっと、沖50mくらい沖は、急に深くなっていて、青色が濃くなっていて、底のサンゴの状態は見えなくなる。見える浅い場所は、島の周り、どうも、どこも、かしこも、破壊が始まっているようだ。出発桟橋の反対側、数百m辺りで、三か所ほどチョバcobaをした。その値も同じだった。

結構、潮流が速く、体感で、岸近くでも、秒速0.5mくらいの場所が多かった。ちょっと沖を、大型船が通過する頻度も多い、その都度、大波が来る。ダイビングの船は、錨を下す、サンゴに引っ掛けるのだから、当然、その場所は、破壊される。それが、繰り返されている、それが、原因には明らかだと思う。今回だけでも6っか所で錨を下した。引っかけているのは、サンゴだ。

岸辺に近いシュノーケリングスポットが、多分、各島々の周り、全てが、すでに、この状態になっているのではないかと思う。再生不可能になっている場所も多いのではないかと想像する。

以前、コモド島の周辺の海で、潜った時には、その場所に10隻ほどが、多くの人を案内してきていた。そこには、最初に到着した船が錨ではなく、綱を縛り付けれる場所が海上に出ていて、そこに縛り流されないようにする、到着した船は、それらの船と繋げて流されないようにする。10隻ほどお互いにつなげられているのです。だから、そこのサンゴは破壊されていなかった。
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage124.html
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/newpage125.html
赤い砂の浜でした。その砂を、私は、今でも、大切に持っている。

ワカトビ、有名な場所になっているから、多くの人が訪れる、日本大使館の女性二人がちょっと前に来たと言っていた。二人とも、楽しい人だったとガイドの一人が言っていた。地元の関係者が、もっと、環境のことを考えないと、そう遠くない間に、名所では無くなるかもしれないね。ほんの一部を見ただけだから、たまたま、ひどい場所に当たったのかもしれないが。一事が万事、

ここへきて、海中を眺めたという証拠。ガイドが撮影した、これは、私です。フィンもライフジャケットも邪魔だから、付けない。ガイド曰く、体力ありますね、だった。73.5歳、やはり、海でもぷかぷか浮いているのが楽しいし、水中を眺めるのも楽しい。今日のところは、竜宮條というわけにはいかないが、浦島太郎もこんなところも見たかもしれない。背中日焼けでピリピリしている。
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水中カメラを持って行かないとだめだね。海上、陸上ではあまり、写すところがない。海の中しかない。
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目覚めて部屋の外に出てすぐに場所。インドネシアですね。海岸ならどこにでもある風景ですね。
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(^_-)-☆ここはど? [旅]

 3037 私は誰?クンダリくんだりまで、行ったと、以前。クンダリのことを書いた、マッカサールの次にクンダリ経由でワカトビに来ている。Patuno hotelに泊まっている。空港は島の東、ホテルは、北にある。なぜここかというと、Wi-Fiフリーということだったから。ただし、ロビーとレストランだけで、各部屋では使えない。私に部屋とレストランの距離は500m以上、だから、今、夕食を取りながら、4時間ほど、粘っている。三日間、多分同じだと思う。
1時前に車で出発、ムンギナップ駐車場に着いたのが、3時前だった。高速道路、スマンギの手前まで、ガラガラ、これじゃ、早く着きすぎると思っていたら、突然、渋滞になってしまった。三車線の内、二車線の舗装工事をしていて、タンゲラン方向への分岐点でやっと解消した。

ライオンエアーグループのウィングスエアー、ターミナル1のA、3時半ごろ、搭乗手続きカウンターに向かったが、20くらいあるカウンターすべてに10人以上並んでいて、こんな、早朝から、出発するんだと思った。4時半離陸、そして。ワカトビの空港に降りたのが、11時だった。マッカサールからはプロペラ機だった。以前、クンダリの時と同じ。
http://otaenplaext.net/newpage17.html
http://otaenplaext.net/newpage18.html
例によって、何の予約もしていない。ターミナルから出たところにタクシーカンターに近づいただけで、ユニフォームを着た運ちゃんが三人ほど、すぐに寄ってきた。そのうちの一番体格がいい、おっさんが、よくしゃべりだした。その人に、しゃべるような形になってしまった。今日は島の中を案内してもらう明日はシュノーケリングをしながら島巡り、スポット巡りをしたいという話から、夕方まで、いくらで案内してくれるか、ホテルはWi-Fiの可能なところなどと、彼に聞くようになって、頼むようになってしまった。60万Rpで,6時間ほど島中を案内してもらって、途中、ホテルの予約もした。ちょっと高くて、一泊60万RpでOKにした。
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パサールが印象的だった。あちこちの、何やかやの売り名で地元のおばさんたちと会話が弾んだ、何がそんなにおかしいんだと思うくらい、皆さん、私の喋りで大笑いをする。私が見える場所にいる人たちは、全て、私を見ていて、何かを話しかけたいようなそぶりをしていた。あれを食べろ、これを食べてみろとうるさく寄ってくる。何やら、得体も知らない、食べ物を食べ出せられた。エナック?と聞くから、”OISHII“と、答えてやると、また、大受け。ウニを見て、美味しそうだねというと、割った、中身を出してくれるが、次々と割ってくれるが、中身がないものばかり、すると、隣にもウニを売っている台があって、そこのウニは、上下に割って合って、真ん中から、黄色いウニがはみ出て見えるくらい詰め込んであった。聞いたら、どのウニも身が小さいから、10こくらいから集めて詰め込んであるという。一個5000Rpだよ、食べてみると。美味しい、全部食べてしまったら、大喜び、日本人が美味しいと言ってくれたと。代金はいらないというが、1万Rp無理やり渡した。ただし、日本人にはお勧めしません。食べてお腹を壊しても責任持てません。インドネシアの食べ物全部、自己責任です。
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あまり高い山はないが、ちょっと高台から見下ろした海、そして、何が何だかよくわからないが、海岸沿いの道から天草の養殖場だそうだ。確かに天草が道端に落ちていた。

Wangi-wangi Kaledupa Tomea Binongkoの主な四島の頭文字でWAKATOBIですね。若飛び、ではないですね。
  
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(^_-)-☆仕事に戻ったが [旅]

 3020 左足の弁慶の泣き所の左側一帯が。黒ずんでいる。痛みはない。擦り傷がその上にかすかに付いている。いつどこで、打撲したのか、気が付かなかったが、かなり、ひどい黒さだ。お尻の右側が痛い。ここは、見えない。外観どうなっているのでしょうか。強烈な尻もちを着いたからだということは分かっている。特別、動き回る仕事はないから、支障はない。現実に戻っている。
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棲み処の案内板とゲート

昨日の続き。半島が頭とすれば、地図を見ると頭が下を向いている。その上、首の部分は、パンガンダランへの入場料を払ってはいる。そして、半島(頭)に入るには、また、入場料を払ってはいる。東西一か所ずつゲートがある。多くの人は西から入る。西海岸は、頭の部分に延びていて、今は、座礁船があるパシール プティーに続いている、海岸を歩いてゆけないように頑丈な柵が、不格好に、行く手を塞いでいる。それでは、西海岸からボートで、パシール プティーに行く人はどうなの?払わなくていい、船で、また、西海岸に戻るなら、それでいいが、上陸して、船に戻らず、頭に入ろうとする人は、しっかり、入場料を取られる。パシール プティーからジャングル方面に入る細い道が二か所ある、それらに、しっかり、料金を徴収する人が控えている。勿論、東西のゲートから払って入った人は、パシール プティーに行って、また、チャガールアラムに戻っても、かまわない。ちょっとややっこしいが、とにかく、頭の部分のチャガールアラムに入るのは、払わなければ、入れさせないぞという、システムになっている。
http://otaenplaext.net/newpage21.html ここに地図も乗っている。 

この前までは、キジャン(鹿)が首の頭寄りに、放されていた。東西チャガールアラムへのゲート付近には、うろうろしていた。今回行ったら、いなくなっていた。そして、ジャングルに入る途中の柵で囲われた場所に、鹿が集められていた。理由を聞いたら、やはり、鹿が悪さをするからだそうだ、人、子供に危害を加えたり、食べ物を食べてしまう被害も多くなったそうだ。ホテルやプンギナパンもドンドン増え、それらに入り込んで、食料をあさる場面も多くなって、クレームが増え、たまらず、一か所に集めてしまったそうだ。

サルの被害は相変わらずだ。入場者に、注意をしているが、カメラ、HP,ボトル、ハンドバック、お菓子などなど、サルが奪い取る事例は跡を絶たない。一般人が歩き回れる、パシール プティーから、ゴア ジャパンがある広場、そこから、東ゲートまで、開けた場所が、観光客は歩ける場所だ。サルに襲いかかられる可能性が高い場所だ。私は、通過するだけだが、すれ違う観光客に、必ず、声をかける、セルフィーで撮影中のカメラ、HPを持っていかれた人が、さっきいたよと。どろんこの靴を履いて、ズボンもTシャツも泥だらけの得体のしれない、何人だかわからない爺さんから、声を掛けられて、引いてしまう子供もいる。余談、以前、一緒にいた、日本人が、サルの脛を噛まれたこともあった。何かおいしそうな食べ物に見えたのでしょう。その人、市民マラソン人で、バリやジャカルタマラソンに参加したことがある。すらっとした、きれいな足をしていた。

ゲートから入ってすぐの広場から、多分、2~300mくらい東西と南の部分に観光客はガイドと一緒に入ることができる。私がいつも入る自然保護地区へ入るには、ゲートで許可を取らなければならない。要するに、ラフレシアを探したり、滝つぼまで行ったりするには、本人が申請をしなければならないことになっている。しかし、私はフリ-パス、そこのいるほとんどすべて、何の役目か知らないが、制服を着た公務員もガイドも、行けば、親しげに、“私は、この日本人を知っているよ”と、周囲に主張したいよな、歓迎ぶりになる。一般の観光客は、何?この人?というような顔をする。
それはさておき、許可を取らないで、ガイドも使わず、入ってしまって、行方不明になった外国人グループ、捜索騒ぎなった例は、何度か知っている。毒蛇やサソリはいるし、ビアワックもいる。崖も多いし、沢にはいくつもの滝があるし、危険な場所は沢山ある。薄暗くなれば、それを、見分けるのも難しくなる。先日も、私の文章を読んで、ここに来た日本人がいたという。必ず、ガイドを使って、身元をはっきりさせて、特に、申請書は用意されていなと思う(私は書いたことがないので)が、ジャングルの入る申請をしてください。健脚の人なら、途中何回かの休憩をしても、5時間くらいのコースになると思う。朝、7時くらいに入って、昼過ぎに出てくるのが普通です。私は、そのまま、シーフードレストランに直行です。

今回、私は行っていないが、ヌサカンバンガンに行くなら、早朝、西海岸から出発がいい、半島の先端まで、潮の流れに逆らうので、相当な三角波を乗り越える。朝のうちのほうが、波の高さは低い。先端を過ぎれば、穏やかになる、ただし、ウネリの高さは、経験したことがない人にとってはびっくりするくらいの上下になる。昼めしを広大な海岸、独り占めで、ロブスターなどシーフードを野性的に堪能できる。遠浅で、水浴びにも適している。はるか向こうに、パンガンダランのこんもりした、亀の背のような。半島が見える。
前日に米やボトルの水、鍋や飯盒、ブンブー(出汁)を予約したボートの持ち主に、お金を渡しで準備をしてもらう。

パンガンダランの両肩や胸の部分、東西や北を見て回りたいなら、行けるところまで、ガイドと一緒にバイクで行くのがいい。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00087.html
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00085.html
こんな時もあった。
  
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(^_-)-☆パンガンダラン [旅]

 3019 13時には、自宅に到着した。渋滞を気にして、6時に出発、最初から順調で、バンジャールまで、いつものように一時間半(来るときは3時間かかった)だった。その後も順調で、バンドゥン バイパスに入ったのが、5時間の11時丁度だった。チプラランも順調、チカンペック合流から若干混んだが、チバトゥには12時半、我が家まで途中、突然のスコールに見舞われたが、30分で着いた。早く出て、正解だった。途中は、一度も車から降りていない、ウビ チレンビ(焼き芋)を買う時も助手席の窓から、払った。
家に着く前、ハンドルを握る指がつったし、両足も釣った。何とか、途中で休まずに運転ができた。
ニュースによると、各地から大渋滞と事故多発だった。
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汚いものをお見せします。9年目に入った靴です。ジャングルから出てきたばかりです。何処に行くのも、仕事も、この靴です。何度も接着剤で修理をした。履き心地がいい。山登り、谷歩きでも、私に付き合った。最近は、あまりにも汚くなっているので、汚くなる場所だけに浸かっている。会社は、汚くなる場所だし、しパンガンダランのジャングルには最適だ。、
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難破船?ではない。密輸船が銃撃戦の上、座礁させられたものだ。一月にも書いたが、すでに、半年以上この状態で放置してある。パシール プティーという、サンゴの切れ端が転がっているサンゴ浜で、西海岸からボートで、わたる人気の海岸だ。シュノーケリングをちょっと沖で楽しんでいる、そういう場所だったが、どうも、この船が原因か、どうか、サンゴ礁が急に少なくなっているという。また、ちょっと、沖は、サーフィンスポットでも人気があった。ところは、この邪魔物で、波が腹側なっていて、波がサーフィン向きではなくなってしまったとか、密輸、密漁船を爆破してしまう、スシ海洋大臣の地元、多くの人は、これを放置しているスシさんを批判している。

ヌサカンバンガン、上陸ができるようになっている。麻薬犯の脱獄があって、一時、近づけなかったが、今は、どう解決したのか、行けるから、行こうと言われた。
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出発前の西海岸、三日間ともこんな感じで大賑わい、泳ぐ人は一人もいない。平均の2mくらいの波が打ち寄せるし、横への流れもかなり早い。それでも、何年も、ここでの水難事故を聞いたことがない、これなら、津波でも来ない限り、水難事故は考えられない。ライフガードが、監視塔から、常に、注意喚起のアナウンスをしている。
  

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(^_-)-☆これが最後か [旅]

 3018 もう、ここへ来るのは、最後になるかもしれないと、ラシッド君に話をしながら、このジャングルの入り口から入った。何回目だろうか。
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ラフレシア(ブンガ バンカイ)、期待外れというか、予想通りというか、どうも、この地域、雨季が続いているようで、蕾は閉じたままだし、成長も遅いようだ。蕾、一つに会っただけだった。探しに入る人もほとんどいないようで、ジャングルの中は、人が歩いた跡がほとんど消えているし、見つかっても、細い枝が周囲から伸びていて、塞いでいる。沢の苔もかなり目立って濃くなり、歩きにくくしている、何回、滑って転んだろうか。
今回は、アイル トゥルジュン、滝つぼまで降りてみた。急こう配の上り下り、ここへも、日本人を連れて来ることはできない。雨季の終盤、水量はピークだ。本滝へ着く。手前に、滝が現れていて、こちらも結構、豪快だ。この滝は一年のうち、一か月ほどしか、現れない。名前はない。
矢張り、体のあちこちが痛むが、気分は快適だ。パサール イカンでも食事も満腹、美味しかった。とにかく、自分でいうのもおかしいが、ここでは、かなりの有名人、皆さん、寄ってくる。駐車しても切符を渡さない、只でいいという、意思表示だが、私は、出るときに、通常料金より多い金額を渡す。それより。パンガンダランのゲートで入場料は払った時から、多くの人に太田さんが来たぞ、という情報が拡散するらしい。ウミさんのワルンにも情報は伝わっていた。今朝のチャガールアラムの入り口付近でも、待っていましたと言っていた。あらゆる道が大渋滞、駐車場も空きがないのに、私のために、通常は道なのだが、そこに止めさせてもらった。
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帰国する前に。もう一度。入りたいと思いながら、出てきた。どうだろうか。来れるかな。ぜひ、一緒に来てみたい人がいる、最後になるかもしれない、と、言ったのを、取り消した。

写真を沢山乗せたいが、後日のウェブサイトに回す。
蕾 ジャングル ラフレシア

日本人が書いた文章を読んだ。「ジャワ鉄道、中国から日本へ」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170422-00010000-jindepth-int
インドネシアの高速鉄道について、インドネシアは、日本に任せる意向ということを書いている。この人の書いた内容、事情に詳しいようだ。しかし、致命的な間違いがある。地図だ。この地図を使ってはいけない。完全にぼろを出している。この地図を見せられると、日本が、中国が建設受注のバンドゥンまで、それを完成させ、その次、バンドゥンかラスラバヤまでを日本が引き受けるか、バンドゥンまでも、中国は断って、全線、日本に任せるのか、どちらでしょうか、見た人は迷う。そのことの説明がない。書いた人、なぜ、この地図をしましたのでしょうか。意味不明ですね。
私は以前から何度も書いているが、日本に任せようとしているルートは、バンドゥンを迂回しない。はっきりしている。この人も触れているように、もともと、なぜ、バンドゥン?という疑問は、インドネシア人大多数が持っている。
もう一つ、メガワティとジャクウィ大統領の不仲説、これも、大きな疑問です。メガワティさんは、常にジョコさんをバックアップしている。リニさん、言動や判断に疑問を持つ他の閣僚も多いことは確か。中国からの資金のうち10%だけ、高速鉄道関節会社に振込まれたそうですが、もう、2019年中の開業も絶望でしょう。昨日、通ってきた、建設予定地では、その雰囲気はゼロ、ここが建設ルートの近くという、景色は一切、なかった。リニさんは、大丈夫だと、繰り返しているが、これの関係の仕事は無理だ。知識が少なすぎるし、説明も不足。何やら、中国に操られているだけの人のように見える。ジョコさん、彼女を無視するでしょう。


(^_-)-☆現実に戻った [旅]

 2992 午前中は、ソロンの海岸散歩などでのんびり休んだ。水浴びを楽しんでいる家族連れが多く出ていた。
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ワイゴホテル、西海岸道路沿い、目の前が海だが、天候に恵まれなかった、サンセットは厚い雲の中だった。ワイファイは部屋内で完璧、ローディングが早かった。ただし、最初に入った部屋で繋げようとしたが、ネットの名前が現れない、フロントに電話し、どうも、繋がらないことを理解できないらしい、ルームサービスに部屋に来てもらった。彼、納得、受信、発信機のランプが消えている。これじゃだめだという、二階だったが、三回なら、繋がるからと言い、三階の部屋に移動した次第、ここの通路にある受信機はランプが点いていた。とにかく、持って行ったデモムは、圏外、どうにもならないから、ホテルのワイファイに頼るしかない。

11時にホテルに迎えに来てもらった。途中、トコ オレ オレToko oleh oleh(土産物の店)に寄ってもらうつもりだったが、休日でほとんどの店は閉まっていて、土産物屋もクローズ。町を素通りで空港に入った。残念、土産物を買えず、仕方がないから、マッカサールのトランジットの時に、従業員への土産をまとめて買った。コテカは、空港で売っていたが、滅茶苦茶高いし、もらっても嬉しくないだろうから、買うのは止めた。空港で写真を撮っただけだった。右端に見える4~5本が、それです。
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もう、何もかも、慣れたものだから、帰宅までの行動は問題なし、ジャカルタへ到着し、テンパット パーキルイナップからの迎えを頼んだ。ブリトゥンの時には、チケットを持って出なかったので、困ったが、今回はHPの番号が書いてあるチケットを持って出たので、呼び出せた。但し、待つ場所を決めていないので、傍にいたセキュリティに変わってもらって、待っている場所を決めてもらった。

空港からは順調、渋滞も最少、それでも、2時間かかって住処に到着、20時だった。また、日本と時差、2時間の場所だ。
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空港に着陸態勢に入った時に、大揺れし、上下にも相当動いた。雷雨の中に突入したからだ。17時前で、まだ、明るいはずが、外は真っ暗とはいわないが、相当、暗くなっていた。空港を出る時には、小雨になっていて、きれいな虹が現れた。ラジャ アンパットでも虹を見た。その一週間前、ブリトゥンは、虹の兵隊さん、ラスカル プランギの島だった。栗崎さんが亡くなった後に、立て続けに虹をみた。朝、ソロンの海岸を散歩して、夜はチカランの田舎の家にいる。明日は、最後のお分けに行く。
 
タグ:現実 帰宅 順調
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(^_-)-☆ピアネモ [旅]

 2991 一番近いと言ってもスピードボートで2時間近く掛かるという。インドネシアは、冬至を過ぎたばかり、一番日の出が遅い、日本と同じ時間のこの地の6時ではまだ真っ暗だ。これが、ジャカルタの6時なら、二時間後だから、明るくなっていて、ゴルフのスタートもとっくにしている。ということで、真っ暗の中、ホテルの車で出発する港へ向かった。
出発時は日の出前だが、天気が良かったので、相当明るくなっていて、朝焼けの雲が見事だった。とにかく、ひたすら、ベタナギの海を滑るようにはしる。目的地ピアノモまで1時間半と言っていた。途中、スコールに在った。その時間は、10分くらいだった。思いがけなく虹のゲートが出来あがっていて、その門をくぐるように通過すると、また、青空が広がった。

結局、二時間かかったが、目に入る景色は、ユニークで、ちょっと日本では見られない風景が現れた。良く、写真で紹介されている景色だ。その島?岩?の周りをぬって、展望台の下の船着き場に到着。この階段は、他のインドネシアの階段と同じように、急だし、一段ごとの高さが違うし、幅も違う。インドネシアの手作り階段の見本のようなもの、急ですよ。日本人が想像する以上に急登りですよ。流石に一挙には登れなくて、途中の踊り場で休憩をした。息を切らせてやっと展望台に到着、腿が痛いし、ふらついている。それでも眼下の景色にすぐに目お奪われた。その島々の間を縫ってきたのだが、その印象と違っていて、もっこりとした固まりが不規則に配置されている。石灰岩が土台になっているのだが、桂林の海上版、縮小版だ。
そこから降りて、また、それらの固まりをぬって、次のスポットに向かった。岩に近づくと。その尖った鋭利で、触っただけ怪我をしそうで、ちょっと怖い。そんなことをおもっていると、出来損ないの船着きがに到着した。ここで降りるのかと聞いたら、そうだという。その先に階段がない。言われるままに、登ったのだが、きつい上に、階段ではなく、その尖った岩を上るのだった。女性や高齢者では無理でしょう。一応、行き止まりのちょっとした平らなところから下を見ると、星の形をした入り江が目に入った。これを、見せたかったのだった。時間は9時を過ぎていた。

次はどこへ連れて行ってくれるの、訳が分からないが、まだ、時間がたっぷりあるから、他の島へ行くという。30分ほど飛ばすと、何やら、桟橋に多くのダイビング客が立って居た。ダイビングスポットが近くにある島のようだ。この島の名前は、トランスウィサタだという、本来の島の名前はないのかと聞いたら、名前はなかったという。

次に行ったのが、パシールプティ、要するに、満潮時には消えるが干潮の時には、現れるという、白い砂浜だ。ブリトゥンにもあったし、あちこちにある種類の砂浜だ。ダイビング途中の欧米人やジャカルタからの人達が立ち寄っていた。ここで、一泳ぎ、これもブリトゥン以来、ぷかぷかと浮いているのが気持ちいい。

14時発のエクスプレスカパルに乗って、ソロンへ、20分遅れ発、所要時間はやはり二時間、やっぱり、明日9時発では、12;25発のフライトには間に合わないことを確認した。遅れることが、足り前なのでしょう。遅れていることに全く、御免なさいのアナウンスはない。
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ピアネモの展望台から。ワイサイからひたすら西に走る。
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出発時と帰港時に天国への入り口が見えた。四次元の入り口のようだ。

夕食はホテルの隣にあったさえないワルンでソトアヤムしかないというので、食べた。どの土地のソトアヤムも同じような味だ。ブンブがマサコで同じだからだと思う。

やはり負けたか二回戦、早実も負けたし、一勝一敗ならいい方だ。静高、夏は、また、頑張って!!
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170317-00000016-nkgendai-life ちょっとね。
 
http://otaenplaext.net/newpage26.html" target="_blank">http://otaenplaext.net/newpage26.html
http://otaenplaext.net/newpage28.html 同じパプアのジャヤプラとメラオケの写真です。

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