So-net無料ブログ作成
検索選択

(^_-)-☆私もスルガへ出発 [旅]

 2988 平日なので、渋滞のことを考えて、18時には家から出て、空港へ向かった。ブリトゥン行きの時に、既に使ったことがあった、車の宿泊駐車場(パーキル イナップ)に駐車した。

今から、機内に入る。23;30発、ガルーダで、パプア “ラジャ アンパット”というスルガ(天国)に向かう。途中、マッカサール、トランジットで、現地時間8;45(日本時間と同じになる)ソロン着、待ち時間を含めて、11時間の旅になる。戻りは,28日の夜。栗崎さんに、メールで、今度の休日はゴルフ、キャンセルと、報告すると、また、例の処?という返事が返ってくる。例の処とは、パンガンダランである。しかし、今回は、じゃなくて、パプアだよと、報告してあった。

パプアは、ジャヤプラ(パプアの北東端)とムラオケ(パプアの南東端)は既に行ったことがある。それぞれ、日本にいては想像もできないほど、別の世界が広がっていたが、今回は、パプアの北西端のソロンという町を目指す。写真では見ているが、実際、どんな景色が目に入ってくるだろうか、期待が膨らむ。
IMG_6970.JPG
リッポチカランのシロアム病院です。栗崎さん、三日間ここで皆様の見送りを待つ。手前のサヒッドリッポ ホテルとの間を曲がって、駐車場に入れますが、満車の場合が多い。隣のCIMB NIAGA銀行の駐車場は広い。運転手は路上駐車で待っているでしょう。

先ほど、甲子園選抜で静高が勝った。失礼だが、相手に恵まれた。“甲子園、出ると負けの静高”小学校のころから、そう思っていた。「何だ、また、静高か、静商(セイショウ)が行けばいい」と思っていた。ところが、二年の時に、夏、準優勝しちゃった。私の同級生たちだった。よかったねという印象だった。それから、何十年も過ぎて、何度も甲子園へ行っているが、一度だけ、準優勝したのかな。やはり、出ると負けか、二回戦負けが続いているという印象だ。今回はどうでしょうか。過去、選抜は15回出場、15敗ということは、優勝していないということ。そして、9勝しかしていないということは、一回戦負けが6回以上ということを示している。例えばの話、三回、二回戦で負けたとすれば、一回戦で9回負けたことになる。どうですか、期待しても無駄だよと言っているようなもの。今回は、どんな理由で特別枠をもらったのか知らないが、相手を一回戦だけは勝たせてやろうというようなチームと当たった籤運が良かったみたいでしたね。自分の出身校をけなしてはいけないが、統計的には、こんなものです。

甲子園に出場となれば、何回出たって、その都度、寄付金の集まりがすごいが、直ぐ帰ってきてしまうから、余ってしまうと聞いている。商店街や県庁や市役所で募金箱を持って回れば、またかよ、と言われながらも、直ぐに箱が一杯になるらしい。私の処には家に振り込み用紙が送られてくる。何回か振り込んだことがある。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆夢中の二日間 [旅]

 2980 ほとんど半日のジャランジャラン、まず、ラスカル プランギの撮影学校へ行ってみる。雰囲気が以前と全く変わっていた。俗っぽくなっている。以前は、撮影学校の他に何もなかったが、今回は、土産物屋やワルンが10軒ほどある一角が出来ていて、そこが駐車場になっていて、そこを通らないと、学校へ行けなくなっている。結局、以前は学校の下の方から出来損ないのような門(校門)をくぐって学校に近づいたが、今回は横から入っているので、その門までは、降りて行って改めて上る。それと、以前にはあった、校舎の左側の建物が無くなっていて、新たに休憩場所が作られえ、分校の雰囲気を壊している。
そういえば、泊まったホテルに面する海岸、遠目にはきれいに見えうるが、近づくと臭いし、油汚れやプラスチックのゴミが埋まっていて、とんでもないことになっている。多分、数年間ホテルからの排出水やボミで、かなり汚染されている。折角の自然が売り物のブリトゥン、行政は、何とかしなければならないと思う。汚染はそこに限ったことではない。アンドレ ヒラタの博物館?へ行った。会館前だったので、直ぐ近くにあるという、アホックさんの記念館へ行って見た。その向かいに彼の母親が住んでいる家があった。彼は、ブリトゥンの出身だったのです。それなら、なおの事、スハルトの息子のトミーが広大な土地を所有していて、ゴルフ場やホテルを造成中だというから、なおの事、彼らが。先頭に立って、島の汚染防止と浄化を進めてほしいものだ。

現在の雰囲気では、島の環境が悪化するばかりだ。近い将来、日本人に勧めたくなくなる。

今回の旅で、色々な不満はあったが、あっという間の二日、日常にない雰囲気の中、十分に満足。気分は若返りだった。pura-pura kembari ke mudah それでも。体中が痛むし、疲労困憊だ。
IMG_6878-.JPG
ブリトゥン、タンジュン パンダンの空港ターミナル
IMG_6878^.JPG
順調に進んでいる?空港LRT。
IMG_6878.JPG
タマン アングレック このときは夕暮れ前、手前1kmくらいから、大渋滞の始まりだった。

タグ: 若返り 堪能
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

(^_-)-☆疲れと腰痛 [旅]

 2915 朝、8時ころの西海岸、平日の海岸は空いている。向こうに座礁した難破船が見える。
IMG_5106ー.JPG
まだ行ったことがなかったJOJOGANという場所に行って見た。方向はグリーンキャニオン、途中から、海とは反対方向の北に向かう。インドネイアの田舎の典型的なヤシやバナナの木に囲まれた田園地帯を通って、山に入る。曲がりくねった、急なアップダウンで、狭くて、すれ違い場所が難しい、道をひたすら進むと開けた丘の頂上に着く。パンガンダランから1時間半ほど掛かった。景色がいいと言われていたが、生憎の曇りで、海まで見通せるが、はっきりしなかった。下を見ると、はるか下に沢がある。グリーンキャニオンのような、奥行きのある洞穴のような状態の場所もありそうだし、ラフティングもできるらしい。チュルック(滝)も、いくつかあるようで、下まで降りてみた。これが,また、厳しい。急な階段が延々と続いていて、なかなか下まで到着しない。これを、また、登るのかと思いながら、降りてゆく、20分以上掛かって、滝の下まで降りた。なぜか、だいぶ昔に見た景色だった。いつだったか、覚えていないが、見覚えがあるような気がした。連れがいうには、私とここへ来たことがあるという。その時には、車は、ずっと遠くの下に置いて、1時間ほど歩いて。下から来たという。向こうからだよ、と、沢の向こうを指したが、覚えていない。以前の記録をいつか見てみようと思う。来たことがあるなら、ウェブサイトに紹介しているはずだ。
IMG_5106^.JPG
IMG_51062.JPG 
次は、Pantai Madasariマダサリというビーチ、山から下りてきて、西に向かい、グリーンキャニオンを通り過ぎ、なお西に向かい、パンガンダランからなら35Kmの処を左折し、南に向かい、また、5km以上行った所の海岸、途中の田園風景が、矢張り、南国らしい。海岸は、石灰岩の岩がごつごつしていて、遠浅ではないので、押し寄せる波は高い。サーフィンスポットしては最高だと思う。石灰岩の小山が浸食された風景も一見の価値はあると思う。バトゥカラスまで、来るなら、もう、10ほど走って、このマダサイまで、足を延ばすことをサーファーにはお勧めする。
IMG_51061.JPG
IMG_5106[.JPG
IMG_5106].JPG
ヌサカンバンガンへ行って、ロブスターを食べられないので、ここの海岸にあるワルンに頼んで、ロブスターを手配してもらって、焼いて食べた。久しぶりに、ロブスターを頬張った。この魚、1,4Kgとロブスター、1Kgとターなどの飲み物、ナシ ウドゥックで4000円程だった。
  

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆お勧め旅先 [旅]

 2874 ゴルフばっかりやっていないで、偶には、ちょっと、インドネシアの風景を楽しんでみたらいかがでしょうか。暮れ正月の帰国しない方には特にお勧めします。
久しぶりの旅のお勧め先の紹介です。が、最近は旅をする機会が少なくて、新しい場所はありません。
一泊二日なら、なんといっても、バンカブリトゥンのブリトゥン島です。バンカ島ではありません。空港は、Bandar Udara H.A.S. Hananjoeddin、Kota Tanjung Pandanタンジュンパンダンのハナンジョディン空港ですね。ここなら、家族、友人、デート何でもありで、宿泊も周遊費用もピンキリで、自分たちのペースで楽しめると思う。ツアーもあるが、出来れば、自分たちに合ったコースと時間設定を、現地について,空港で、交渉したらいいと思う。
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0075.html
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage00092.html
http://otaenplaext.net/newpage48.html
http://otaenplaext.net/newpage49.html
これらの写真を見るだけでも旅をした気分になるかもしれませんが、如何でしょうか、行って見ませんか、日本にいては、味わえない竜宮城の感覚に浸れるかもしれません。スカルノハッタからトランジットなら、日本の朝出て、その日の夜には現地到着です。インドネシアに住んでいる方なら、昼前の現地に行けます。翌日、サンセットまで滞在できます。
二泊三日(最低)もっと長期なら、もっといい。インドネシア、ほとんど、全ての島に行っているし、秘境的なところにもいっている。何か所かの山登り、何か所かで泳いだり、シュノーケリングもしたりしている。伝統的な隔離した部落への訪問もしている。いろいろな動物にも会っている。植物にも、花にも。いろいろな食べ物も食べた。
私の行動力に従うと、パンガンダランに匹敵する場所はない。パンガンダラン周辺と言った方が良い。私のウェブサイトで、もう結構と言われそうなくらい、紹介をしている。インドネシアらしい風景や食べものや人情に触れる事が出来るし、インドネシア人の行動、生活ぶりも目の当たりにする。
http://otaenplaext.net/newpage21.html 2014年に書いた資料です。ジャカルタからのルートと周辺の詳しい地図も載せています。 
http://otaenplaext.net/newpage19.htmlヌサカンバンガン チラチャップ
http://otaenplaext.net/newpage20.htmlフォト
http://otaenplaext.net/newpage33.html ラフレシア パトゥマ フォト

ここも、家族ずれには最適です。圧倒的なインドネシア人の大群の喧騒の中を、ちょっと、海の沖へ、山の中へ、ジャングルの中へ出かければ、喧騒とは無縁の自分たちの世界にワープする。但し、惜しいかな、パンガンダランは、日本からの旅ということになると、ちょっと、難しいですね。
ブリトゥンもパンガンダランもどちらかというと、海、海岸の風景を想像するが、山側も日本ではなかなかお目に掛かれない、見どころが沢山ある。鉱物資源の発掘や各種果物やゴムのムランテーションなどは、勉強にもある。

FPIイスラム防衛戦線(Front Pembela Islam)は、Super Damai宣言 12月2日のアホックデモは、超おとなしい、を宣言した。
IMG_3866.JPG
IMG_3867.JPG
新工場も二か月以上遅れたが、やっと、目途がついた。今日、最終チェックのつもりで現地へ行ってきたが、矢張り、まだ、があって、明日、9時にもう一度、チェックに出かける。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆プラウ メラー [旅]

 2796 Pulau Merah赤い島という意味です。バニュワンギから南西、車で2時間余りかかる海岸にある、ちょっとした島だ。岩山と言った方が良いかもしれない。一応、この辺りでは、数少ない観光スポットの一つで、本当は、二日目も、イジェンに挑戦したいと思っていたが、とてもじゃないが無理だ。タクシーの運転手が、いいところだから、行って見ないか、P.P 70万Rpでいいからというので、どこにも当てがないので、行って見ることにした。時間つぶしで、全く、期待していなかった。東ジャワのトゥアーのコースになっているらしい。スラバヤ、ブロモ、イジェン、プラウ メラ-、バリというコースがあるらしい。外国人も大勢来るよという。
 行って見た。私が思った通り、何もないところだった。この辺りでは、多分、唯一に広い、そして、長い砂浜を持った海岸だろうと思う、そして、その真ん中あたりに多分、引き潮なら歩いて行ける岩山がそびえている。緑の山だ。何故、これは、赤いのだろうか。そして、それだけ。バニュワンギから観光客が往復4時間以上かけてくる場所ではない。三連休の中半だというのに、外国人観光客を運んできただろうバスは全くないし、当然、一人たりとも合わなかった。インドネシア人の若者が多分、パンガンダランの20分の1くらいだろうか、ざっと見て、結構、広々とした海岸に1~200人ほど、散らばっていて、マングローブの林の中に1000人ぐらい、座り込んでマカンやパチャランの雰囲気だ。
IMG_2233.JPG
IMG_2234.JPG
 私は高齢者一人で、どうしたか、4Kmほど海岸を歩いて、それ以上先には人がいないし、足跡も無くなる場所まで行って、先と後ろの写真を撮って、戻った。10時にホテルから出て、12時には、着いた。ソプサユールで食事、岩山の左側までいって、様子を眺め、戻って、既に書いた行動をした。車に戻って14時には、そこを離れ、ホテルに着いたのは16時。行かなければよかったが、行って見なければ、行かなければよかったお言えない。
 この途中、ブアナガBuat Naga分かりますか、知っていますか。ドラゴンフルーツの大産地でした。日本語ではなんというのか知らない。想像の世界の竜の鱗に似ているからでしょう。日本で栽培しているのでしょうか。非常に変わった木というのでしょうか、サボテンにも見えるし、花はどんなでしょうか、全く知らない。変な果物ですね、中身はキューイーフルーツに似ているという人もいる。

http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/pageo407.html リンジャニ ロンボック
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/page0406.html
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page237.html バトゥール バリ
ところで、昨日の後遺症で、両足の人腿が滅茶苦茶痛む、階段を一歩でも降りるのが大変になってしまった。上りや平地は感じないが、ちょこっと下るだけでも痛みが走る。バトゥールの時は日帰り、今回も日帰り、翌日に痛みが出た。高齢者の痛みは時間差があると言われる。翌日以降に本格的な痛みが現れるという。リンジャニの時には、山で一泊しての下山だったから、負ぶってもらう羽目になったと思う、今回も、今日、下山なら、多分、自力ではだめで、リヤカータクシーのお世話になっていたと思うほど、痛い。サロンパスチールを買って塗っているが、直ぐには治らない。
  

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆イジェン山 [旅]

 2795 Bunung Ijen2799M 頂上まで登った分けではないが、その西、直ぐ傍のKawah(火口湖)の周辺まで行った。そこで、山頂すぐ下の稜線から上るサンライズを拝んだ。その場所に背中側に火口湖が壮大に広がっていた。タンクバンプラフの形に似ているが規模はその三倍以上と感じた。真っ暗のうちにその脇を通って、サンライズスポットに向かった時には、左側が落ち込んでいることは分かっていたし、もうこの時には、完全近くに、体力と足やひざの状態が限界に達していて、ちょっとふらっとしただけで、よろめきそうで、出来るだけ、右側を歩いていた。明るくなって、サンセットを撮り終わり、多くの人が反対側を覗き込んだり、写真を撮ったりしているので、何があるなとちょっと登ってみると、なんと、豪快な火口湖があるではないか、或ることは知っていて、ガイドに、この次は火口湖を身に行きたいと言おうと思っていたところだった。しかし、ここは、危なそう、タンクバンプラフのような、柵がない、カワに向かって、下がっていて、滑りでもしたら、当然、落ちてしまいそうだ。写真を撮るのも及び腰、足が、それでなくても、既にガタガタになっているから、こらえようがない。

今朝からのことを、最初から書く、9日23時に、タクシーに迎えに来てもらった。車の駐車場というか、そこからは、バイクや車は使えないという場所まで1時間ちょっと、タクシー料金20万Rp弱、0時ちょっと過ぎに到着、早速、ガイドを運転手が気にいっている人を頼んだ。1時に出発で、7時頃戻る、そして、青い炎とサンライズと火口湖を見るコース、これが、一番ハードで、ほとんどの人は、青い炎一か所、或いは、日の出と火口湖、どちらかだそうだ。私は、甘く見ていて、フルコースにした。防毒マスク、懐中電灯、ガイド代合計25万Rp前払いだった。
 
 歩き始めた、世間話をしながら、30分ほど、それほど急ではないが、砂と小石の間くらいのちょっと、滑りやすい道だった。ところが、急に高角度の上り坂になった。例によって、インドネシアの登山道は日本のジグザグよりはるかに直線に近いジグザグになる。そこに差し掛かって10分もしない内に、腿が急に張り出したのを意識した。こんな坂が続くようだったら、リンジャニの時の時のように、下りの心配をしなければならなくなると思いつつ、上り続けた。早い時間の登り始め他だったらしく、登山者はまばらで、ほとんど、追い越したり、追い抜かれたりしない。真っ暗の中、無言で、黙々と上る。時々、道に縦割りの窪みがある。雨で浸食されているのです。青い炎まで二時間だと聞いていた。一時間ほど登ると、ポイント5という地点に着く、富士山の何号目かの山小屋というか休憩所があり、コーヒーなどを売っていた。そこのあかりが妙に眩しかった。私が到着した時には10人ほど先着がいたが、20分休憩ということで座っている間に、続々と後続が到着する、あっという間に、50人ほどでその場で立ったまま休憩したり何かを飲んだりしている人であふれてしまった。

 再び登り始まて、そこまでの道より、石がごつごつするようになり、狭くなり、急になった。もう、最初に作ってもらった杖が邪魔になるほど、手をついて上がらなければならない場所がふえた。完全に無心状態で、ただ、ひたすら上る。後500mほどで、青い炎が見える場所に着く、と、言われながら、また、黙々と上る。登り始めて2時間くらい、やっと、あれが青い炎だよと、言ってもらえた。着いた、やっと着いた。と、ちょっと、感激しようとしたが、青い炎、ずっと、ずっと、真下に近く見える、先にかすかに見えるだけ、ここまでで終わり?そんなはずがないでしょ、と言いかけた。ガイドが、ここから降りようと、目の前の真下を指した。

懐中電灯で照らすと、ここから?としか思えない。道があるように見えない。そして、ずっと下に掛けて、懐中電灯の光が点在していた、先行者は、それほど多くの人ではない。ここから、滅茶苦茶試練が始まった。もう、どうにでもなれ、足や膝が壊れて立って居られなくなるまで言ってやれ、破れかぶれになった。降り始めて直ぐに、ガイドが、察したのでしょうか、左手を出して手をつなごうと言ってきた。もう、急なんて言うものではない、真下に向かって、ちょっとジグザグに降りるが、大きな岩がいたるとことで行く手を塞ぐ、そのたびに、右か左か聞く、手を引っ張って、方向を示してくれる。足は行く方向に向いていない、横向きにして、降りるしかない。延々と続く、青い炎が、逃げ水のように、なかなか、近くならない、時々,硫黄を担いだ人が上げってくるので、よける。聞くところによると5~60kgを担いでいるという。ガイドもこの仕事をしているという。1kg1000Rpだという。50kgでたったの5万Rp(400円くらい)一日4回以上往復するそうです。24時間、いつでも働きたいときに働いていいという。稼ぐ人で、一日26万Rp(2000円)くらいだという。ガイドをできる人は、恵まれている。



30分以上掛かって降りたところが青い炎の30mほど手前、ちょこっと、平らなところあがって、私は座れる岩を探し、座ってしまった。そこの多分一時間以上いたが、その岩を他人に譲ることはなかった。ガスマスクを必要かなと思って、つけ方を確認した、結局、つけなかったが。

光景は、神秘的というしか、適当の言葉がない、既に、足がどうなっているのか分からない、それでも、そこかた、何回は、炎に近づいて写真を撮った。フラッシュを使ってはうまく撮れないことが分かった。その後、続々、大勢日人が到着した。ちょっこっとした平らな場所も立って居る人で一杯になり、その周辺の急な岩の崖のようになっている場所にも多くの人が立ちだし、写真を撮りだしていた。外国人が一杯だ。私も一応外国人。言葉が面白い。日本語は全く聞こえてこなかった。ガイドと入れ替わりで写真を撮った。そこにいる間は、こんな場所なら、急に目眩でもして、そのまま、眠り続けてもいいかなとも思った。

5時には日の出を見る場所に行かなければならないから、ここを4時に出発した。落ちてきた道を上り始めた、5分もしないに、腿がもうだめだと言い始めた。しかし、上るしかない、ガイドが引っ張ってくれていた。降りてくる人が多く、その人たちとすれ違いで止まることが多く、その時、ちょっと、助かったと思った。硫黄を担いだ人が、追い抜いてゆく、行けどこ行けども、頭上にランプの明かりが見える。まだ、あんなにのぼるの?そして、そこ距離は全然減らない。そして、気が使に内に、先ほど止まって見下ろした場所も通過していて、なお、険しい登りだった。そして、歩く道の足元の様子が変わった。岩のごつごつがなくなり、滑りやすい、砂、小石の道になった。そして、行く手がほんのり明るくなった。緩やかない登り、私の足と膝にちょっと余裕が出てきた。どんどん、稜線の先に近づくにしたがってイジェンの山のすそ野が明るくなって、5時20分くらいの日の出だった。ここに、この時間来る人はまばらで、私たちは稜線からちょっと降りてサンライズを見ていたが、振り返って稜線を見上げると、一列にまばらに並んでいる人々が見えた。よく、昔、西部劇で、インデアンが岡の上に急に現れて、下を見ている姿に似ているなと思った。

日の出を拝んで稜線に戻ると、向こう側にカワがあって、びっくりした。写真を撮りながら。下山し始めた。私が一番心配したことは、下りだった。上りでは膝ががくがくすることはないが、下りでは、リンジャニの時に経験しているが、膝ががくがくしてしまい、歩けなくなってしまったことがあって、休憩を長時間しなければならなくなった。ポーターに負ぶってもらう羽目になった。情けなかった。その状態は、どうにもならなく歯がゆかった。  それを心配したが、大丈夫だった。急な下りでは滑って転ばないように杖を使って細心の注意を払った。下る人は青い炎からの人、カワの端まで来ていた人たちが合流したので、にぎやかだった。いろいろな言葉、いろいろな人種、誰かが転びそうになって、危ないという言葉や気を付けてという言葉がとびかっていた。そして、7時前に駐車場に戻った。やれやれ、よく持ったなと思った。

余談、上り始める場所に、小型のリアカーを持っている人が大勢いた。その人たちも、三々五々登り始めていた。何か?タクシーだという。カワまでの往復で70万Rp.片道なら、上りでも下りでも40万Rpだという。私にも声を何回も掛けられた。そして、万が一の時には私も世話になるかもしれないと思った。道中、どこにでもリアカーを持った人が客待ちをしていた。面白かったのは、普通、一人が引っ張り一人が押す、二人で一台を扱う、しかし、私たちが下ってきて、ポイント5に差し掛かった時、そのリアカーに100kg以上はある女性が寝転ぶように乗っていた。二人が引っ張り、二人が押していた。こりゃ70万Rpじゃ済まないでしょう、私のガイドが、倍以上は、払わなければならないと言っていた。利用する人は結構いるが、勿論、青い炎の場所に行けないし、サンライズにスポットまでにも行けない。

偶に日本人のツアーも来るという、青い炎まで行ける人はいないと言っていた。そりゃそうでしょう、パンガンダランのジャングルなど、問題にしていない私が、参ってしまったのです。ガイドは、私はすごい、参ってしまうと思っていたが、最後まで歩きとおしたと、運転手に報告していた。観光気分の普通の人では絶対無理です。リヤカータクシーのお世話になるでしょう。それでも、ここのうりもの本来目的のblue flameには近づけないでしょう。

とにかく疲れた、体はガタガタ、頭が痛い、ふらふらする。8時にホテルに戻って、朝食の後、爆睡してしまった。目が覚めたにはお昼過ぎ、まだ、頭が痛かったし、左足が強烈に釣ってしまった。そして、今は20時過ぎ、もう、大丈夫だ。一人、やったね感に浸っている。
IMG_2174-.JPGIMG_2174-.JPG
IMG_2174;.JPG
IMG_2174^.JPG
200枚以上は撮った。どの写真を添えるか迷った。
  

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆バニュワンギ [旅]

 2794 チカランから1000Kmほど東、ジャワ島の東端、ちょっと東向こうに、バリ島がある。ここは、バニュワンギBanyuwangiです。今朝、5時前に家から出て、ちょっと、ここまで来てしまった。スカルノハッタ空港のターミナル3がガルーダのドメスティックになっている。以前、コタキナバルへ行ったときに、アジアンエアーでここに来たことがあったが、様変わり、広すぎるし、案内板が私には読みにくい、大体、ガルーダのカウンターが、やたら沢山あり過ぎて、どこのカウンターへ行ったらいいか分からない、私が預ける荷物は持っていないから、バゲジを預けない、エコノミーカンターに行けばいいが、それだけでも、多すぎる、結局、聞いてしまった。どこでもいいよと言われた。

次に、搭乗ゲートに行くにはどこからか分からない、広いフロアーの人の流れを見ても分からない、分かたないはずだった、ずっと向こうの端で、それも、そのあたり、レストランショップを建設中で、簡易の壁が沢山あって、ゲートへの入り口にその20mほど手前まで行かないと見えてこない。

渋滞を見込んで、余裕を見て、早く、家から出てきた良かったと思う、渋滞はなく、空港へは早く着きすぎたが、空港内で、いろいろ、探すのに時間がかかってしまった。聞いてしまえばいいのだが、聞かないで、自分で探そうとしたからだ。それも、また、旅の始まりとしては良いかなと思う。

スラバヤ、トランジットでバニュワンギ、12時には到着した。何も、決めてないので、先ず、インフォメーションらしきところで、ホテルを探していることと、今晩、イジエンの火口に行きたいと話したら、一人のタクシードライバーを紹介してくれた、彼が、全ての世話をしてくれるでしょうと。AJIさん、41歳だそうだ。聞くと、結構、詳しく、私の行動を提案してくれる。結局、彼の世話になることにした。私が、移動する度にタクシーを使ってほしい、それが、彼にとってのメリットになる。先ず、ホテル、一泊40万Rp以下を指定した。そして、今、泊まっているホテルスラメットに落ち着いた。一泊、30万Rp,三日で90万Rp、私にとっては十分すぎる状態のホテルだ、プンギナパンとは言わない。

朝食付きだ、今晩、11時にホテルから出発し、戻りは明日朝、7時ころになる予定だから、戻ってから食べられる。先ほどの夕食は、表の通りを散歩しながら、ウビバカールを500g、1万Rpで買って、歩き食いをしていたら、バソマランの屋台を見つけて、それを食べた。バソマランはインドネシアでバソとしては、一番有名で、私は、本場で食べたことがあるが、確かに、私に合っていて美味しかった。バニュワンギのバソマランはいかにと、美味しかった。マランで食べた時の味がこんなだったと思った。
IMG_1973; (2).JPG
プロペラ機、久しぶりに利用した。乗り心地は、良し。それほど高くないところを飛ぶので、下の景色がよく見える。今晩 登る山の北側を通過、左の高い方だ。Gunung Ijien。
IMG_1973^.JPG
バニュワンギの空港に着陸する前の下の景色、畑や田んぼがパッチワークのように広がっていて、これも、きれい。
IMG_1973-.JPG
 

タグ: 眺め バソ
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆ニルワナから戻った [旅]

 2684 今朝6;30頃の西海岸、南北の海岸で、海は西側インド洋です。南方面はパンガンダラン半島(チャガール アラム)、北は、半島の肩です。その肩を西に向かうとグリーン キャニオンやバトゥ カラスなどです。どうですが、この人達、どこから湧き出てこの海岸に集まったのでしょうか。ライフガードの話では、4万人くらいだという。野球場やサッカー場に比べればたいしたことはないかもしれないが、とにかく、芋の子を洗うよう、という、表現では足りないくらい、私の視力ではどこまで向こうまで人がいるのか分からない。写真でも分からない。先日四連休は、こんなものではなかったという。 
http://otaenplaext.net/newpage22.html
IMG_2578.JPG
IMG_2579.JPG
特徴、1 海水着は一人もいない。2 90%以上の人は立って居る。3 子供とその保護者が水際に座ったり、ボディボードをもったりして、10mほど先まで、海水に浸かっている。50以上沖まで50cmくらいの深さだ。4 波の高さは、朝のうち1mくらい、午後になると2m近くなるので、その波を潜り抜けて沖まで泳いで行く人は一人もいない。沖へ泳いでゆく人も20年近く来ているが見たことがない。見たことがあるのは、私自身だけだった。サーファーはボードを持っていて沖へ行く。5 浮き輪を持ってくる人はいない。そのあたりに売っている店もない。昔、タイヤの貸浮き輪があったが、今は、貸しボディボードだ。6 そして、この人達、8時前に、海岸から消える。どこへ行くのでしょうか、変な乗り物に乗ったり、買い物をしたり、宿泊所でくつろぐのです。日帰りの人は,それだけで帰る。7 海岸に人が殆どいなくなると、貴金属など落とし物を探る人が活躍し始める。若者男子はサッカーを始める。8 17時ころ、テントレストランで夕食のためとサンセットを眺めに、大勢出てくるが、朝の半分ほどの人数だ。それでも、多い。
http://otaenplaext.net/newpage21.html

体中が痛む中、6時にチェックアウトで、西海岸のUMMIレストランへ朝食と別れの挨拶にゆく。昨日は、交代で一晩中、営業していたとか、UMMIさんもご主人も、今朝は、私を待っていてくれた。ハグをして、挨拶。海岸を少し確認し、写真を撮り、その間に、出来あがっていたミーゴレンとテンペ、アヤムゴレン付、でした。美味しい。
IMG_2586.JPG
この家族には、もう、19数年の付き合いで、かわるがわる、息子さんたちが私のガイドをしてくれている。日本語学校に通う資金を援助したり、この夫婦が病院の世話になるときにもお見舞金を出したり、家族11人、今は、彼らの孫も6人、全員が私とかかわりがある、只、その中の一人が、亡くなっているのは、残念。7時15分、再会を期し、ハグをして、サンパイ クテムでした。
途中、給油と眠気を覚ますためにテンパット イスティラハット(サービスエリアー)に合計10分ほど、エンジンを止めただけだった。順調に帰宅、14時前だった。7時間かからなかった。写真を撮るときには徐行しているので、ロスがあるが、田舎の道、まだ、パンガンダランから出発する車はごくわずか、前方に車が見えることはほとんどなかったので、自分のペースで運転ができた。
いつ最後になるかを、思うようになった。一応、次はレバラン休暇のうち二三日泊まろうかと思っている。ジャングルに入る体力がいつまであるか。片道8時間くらい運転をして、往復できるのは、いつまでか。孫といつか行ってみたいが、出来るだろうか。

“卬高(こうこう)のダブルスのパートナー、逝ってしまったとの報、南のニルワナで思う。ペースメーカーの友はいかにとも。”共に卓球に関わった同級生を思う。
ちなみにNirwana 天国 涅槃の意味  バリ島のゴルフ場や北ジャカルタの斎場の名前にもなっている。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆ブリトゥン [旅]

 2569 インドネシアの旅先として、検索が、私のウェブサイトに当たる確率が一番多いブリトゥンについて、ふたたび、紹介する。
http://blogs.yahoo.co.jp/enplaind/39583578.html
気持ちが洗われる。とでもいうのでしょうか。アートの島です。リラックスの島です。まず、前提は、天候に恵まれていることになるが、これは、どこへいっても同じこと、せっかく、スイスの山歩きをしても、雲の中だけを歩くのでは、箱根の山なのか、高尾山なのかわからない。ということで、ブリトゥンは、空と海と海岸の状態が最高なら、天国というか竜宮城というか、絵にもかけない美しさというか、息を飲む状態の連続だと思う。スイスは山だが、こちらは海。今は雨季、ブリトゥンを訪れる季節ではない。雨にたたられる確率は80%以上だと思う。それも、半端な雨ではない、強風が吹きはじめると、大雨が近い証拠、水の塊が落ちてくるときに起こす風だ。それをなんという風でしょうか、名前があると思うが、知らない。すべてが台無しになるし、場合によっては危険な状態にもなる。

お勧めの時期は、4月から10月前、乾季ですね。1月2月は最悪だと思う。という私は、二月に行っている。天候には、恵まれなかったが、雨季の晴れ間は、乾季の晴れ間より空気が澄んでいるので、それだけが救いで、思いがけなく、素晴らしい景色と場合によっては、ラスカルプランギの島のように、大きな虹の橋が現れるかもしれない。
http://otaenplaext.net/newpage49.html
http://otaenplaext.net/newpage48.html
ジャカルタータンジュンパンダン往復、40万Rp(3600円くらい)から、100万Rpとバラツキがある。スリウイジャヤが一番安い、ライオンエアーは高いようだ。飛んでいる時間は30分ほどだ。最高高度まで上昇しないうちに下降を始める。機内のサービスは基本的にする時間がない。
IMG_0403.JPG
IMG_0405.JPG
IMG_0407.JPG
通勤の車の前、私の車を追い越して、前のトラックも追い越していった。インドネシアは女性のバイクの運転もかなり荒っぽいし、オジェックに乗っているスタイルもさまざまである。
 
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

(^_-)-☆ランチャール [旅]

 2446 順調という意味です。仕事や交通などによく使います。
一応、四連休の最終日なので、午後の渋滞を避けるために。6時には、パンガンダランを出発した。家に着くまでランチャールでした。
IMG_4297.JPG
道中は順調で、途中10時過ぎに、レストランに依って、本当に、久しぶりにイカン グラメのゴレンを注文した。イカン マスと共にインドネシアでは代表的な淡水魚です。ナマズと共に、ほとんど100%養殖です。日本人にとっては、ちょっと臭みを感じると思う。インドネアシア人は一般的には、サンバルと共に食べる。私はケチャップ マニスを付けて、臭みを消して食べる。美味しいですよ。ゴレンにした時の盛り姿を各レストランは工夫する。立体的な姿にする場合も多い。バカールかゴレンで食べる。この一匹をたいらげた。ナイギレン半分を頼んで食べて、5万Rpでした。
IMG_4289.JPG
棕櫚(シュロ)を知っている日本人は相当の歳より、私の家は荒物屋でした。箒や羽毛を売っていた。藁や竹で作った者より高給で、庭ではなく座敷で使われていたと思う。その材料は、シュロと言っていた。南国から来た材料ということも知っていた。実際、収穫や集積を見たのはインドネシアでした。ヤシの木、全てかどうか知らないが、椰子の木のような木の高いところの葉っぱの付け根辺りに、こんなものがくっついている。タシクとチアミスの間の山道に脇に積まれているのをよく見かける。今でも、インドネシアからかどうか知らないが、輸入されたシュロで色々なものを作っている人もいると思う。
以前、私は、箒と羽毛と玄関の敷き物を日本へ土産として持っていたことがったが、飾られているだけだと思う。
IMG_4303.JPG
IMG_4303-.JPG
旧日本軍が作らせたと思われる鉄道用の橋、今使われている物と、使われていないもの、信じられないと思うが、この小さな橋の事を近所の人は、テッキョウと言っていた。食事時間を込みで8時間掛からない2時前に家に到着、洗濯をして、疲れて直ぐに寝てしまった。起きたのは19時を回っていた。同じことをしていても、ゆかれ疲れ方は、増しているようだ。と思いながら直ぐ寝てしまって、目が覚めたのが01時を過ぎていた。

そろそろ、最後と思いながら、又、行ってしまったパンガンダランでした。雨季に入って暫く、ということは、12月の初めに、また、行けたら行ってみようと思う。それとも、コタキナバルへもう一度か。
  

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感