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(^_-)-☆走行距離約100Km [行動]

 3353 東西南北によく走った。客先へ値上げの交渉に行ってきた。この製品、原料は超特殊で、Kg20US$以上する輸入品、月平均250Kgしか使わない。インドネシアでは内しか使っていない。どうにも融通が利かない原料。それが、新規の見積もりでは、10%ほど値上げの宣告をされてしまった。また、Rpで価格を出してあるので、最近のRp安で。Rp価格は20%くらい上げてきている。また、この製品、粗利の%が極、端にすくない。というのは、原料価格が高いからだ。停電などでちょっとロスが多きなると、損失になってしまっている。
どうにも、このままでは、継続しかねるので、止む負えず、値上げを、お願いしに行ってきた。この仕事、なくなってしまっても仕方がないというより、現行価格では続けたくない。

新任の社長さん、何かと忙しいと思い、メールで、挨拶に行きたいが、会わせますから指定してくださいと頼んだ。一週間過ぎても。返事がない。再度、今度は、こちらから、日時を指定して、いかかでしょうか、その時が都合が悪ければ、他の日時を指定してくださいとお願した。それから。一週間、私が都合を聞いた日時が、翌日に迫ったとき、メールではなく、会社に電話して本人に出て、もらった。そして、やっと、話が通じた。そして、メールの話をしたら、そうですか、そうでしたね、とぼけたような言い方、どうですか。、明日?と聞いたら,都合が悪いという。そして、今日の15時、お会いできることで約束し、15時きっかりに、受付に入った。ジャンジ、ジャム リマブラス、といった。受付の女性、本人に連絡した。それから私に話しかけた。社長、一時間ほどまえから、ミーティングをしていて、まだ、1時間ほどかかるが、待っていただけますかと、言っているが、どうしましか、だった。

この新社長、何やら、イッテシマッテいるなと思った。50分ほど待たされて、やっと、初ご対面。謝っていなかった。しばらく世間話をして、値上げのお願いを切り出した。もう、この時には、持ってきた値上げ案より、もっと、上げて持ってくればよかったと思っていた。そして、出した新見積もりから、ディスコンはしないぞと、決めた。付き合いが無くなってもいいと思った。

5時半にルコタムリンの日本食レストランで旧友と待ち合わせをして食事をした。その人、1998年、始めてインドネシアにやってきて、仕事の関係で2000年に知り合った。射出成型の技術者で、最初タンゲランにいたが今はデルタシリコン1の会社にいる。止めたいから、どこか紹介して、と、まじめに、真剣に私に頼んでいた。
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ITASのA4版とパスポートサイズ。
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着るものの修理屋さん。偶にだが、ここで頼む。
タグ: 値上げ 友人
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(^_-)-☆飛び込み [行動]

 3351 3月ですね、人事異動の時期ですね。インドネシアでも、日系企業、人が交代するときですね。取引先の会社の何社からか、退職、帰国の挨拶が送られてきている。
 
私の方は、帰国どころか、また、もう一年延長だ。すべての手続きが済んで、パスポートを受け取ってきた。来年の三月初旬までだ。KITASではなく、ITAS ON LINEと以前はマルチリエントリーパーミットだったが、今は、リミテッドステーパーミットのスタンプですね。だが、肝心なITASの電子版のプリントがイミグレのPCエラーでプリントできないという。直ぐ必要だから、何とかしてよと頼んだが、催促するがいつと約束はできないという。普通なら、普段、必要ではないが、今回は、日本から人を招くために必要になっている。
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デルタシリコン8にある会社を訪問した。アポなしの飛び込みだった。というのは、尋ねた会社の担当者から、日本人がいると聞いて、仕事を出したいが、その日本人と話をしたいという電話が、私が日本にいる間にあったそうだ。その報告を受けたのがなんと3月に入ってからだった。誰からだと聞いたら、会社名とパーチャシングの名前を覚えていた。電話番号はと聞いたら、聞かなかったという。じゃ、会社へ電話して、アポを取ってほしいと頼んだ。ところが、会社に電話すると、セキュリティーが出る、名前をいって、取り次いでほしいと頼んでも、セキュリティーは、いないとか、取り次げないとの一点張り、それでは、その人に、こちらからの会社名と電話番号を伝えてほしいと頼んでも、それもできないという、ということらしい。
そんなことはないだろうと、私も電話してみた。やはり、セキュリティーが出て、何を頼んでも、できないといわれた。この会社、どうなっているの、外からかかってきた電話、すべて、こんな調子なら、最初から切っておけよという感じだ。アメリカ系の自動車部品の会社、仕方がないから、面白そうだし、飛び込みで行ってみようと思い、行ってみた。

行って見たら、やはり面白かった。まず、エキュリティーに、この人に会いたいが、会わせてもらえないかと頼んだ、ダメだという、アポを取っていない人には取次できないという。それでは、今今、会えなくてもいから、アポをここから取ってほしいと頼んだら、ここからでも駄目だ。会社から、いくら頼んでも、アポが取れないどころか、直接でも駄目、どうすりゃいいの、と聞いたら、何も手伝いはできないといわれた。やはり、ダメだこりゃ、と思って、諦めようとしたところ、事務所の入り口付近に、日本人らしい男性が出てきて、たばこを吸いはじめているのを見つけた。あの人日本人かと聞いたら,そうだ、誰々さんだという。そして、セキュリティーの許可を取って、その人に、なぜ、ここへ来たかを話をした。
事務所に入ったところで、待たせてもらい、かれは、奥へ入って行って、私が、会いたいといって入り人に、聞いてくれた。ぞの人、私の会社に電話しなかったといっているらしい。そして、いまのところ、用事はないといっているとか、もし、頼みたいことhがあれば、その人の方からあなたにアポを取るでしょう、ということだった。

その人の話によると、外部からの未知の人からの取次は、一切しないようにセキュリティーに教育しているという。特に中国人や韓国人からの売り込みのアポ取りの電話が多く、いちいち、対応しきれないから、そういうシステムにしている。社内の人間からアポを取った人だけ案内をしているとのこと、納得である。セキュリティーが、そういう話をできるように、教育してもらって有ればもっと、いいと思のだが。私のような人は、ほとんどいないのでしょうね。普通の日本人なら、私のような行動はしないでしょうね。

デルタシリコンが8まであるとは知らなかった。もっと、南の奥の方まで造成している。9も10も。有るのかもしれない。しかし、撤退した工場も多い感じ、コリアン企業が目立つ。ヒュンダイの乗用車が敷地一杯に並べ有られていた場所、びっくり、この広大な土地、見事に車が消えていた。

何の予告もなく。18時ちょうどから停電、回復したのは19時15分。それから、冷えて固まってしった樹脂が金型を解体できるように溶けるまで30分、解体、樹脂の掃除、再びセット、昇温、1時間半掛かる。時間ロスは今回の場合、3時間半ほどになる。樹脂のロスは10Kgくらい、Kg2000円もするN11なら、原料だけで2万円の損失になる。PCでも8000円くらいのロスだ。
稼働していたライン全てを同時に解体やセット、再スターとができるわけがないから、四ラインを二人でやるとしたら、平均で一ライン5時間ほどのロスになる。そして、なにより、望まない厄介な仕事が急に増えてしまうのだから、作業員にとって精神的にも負担が多きなる。

ちょうどの時間ということは、計画停電だ。会社も停電になっているはず、今月3回目だ。一回の停電で、一台、2ジュタほどの損失になる、稼働が4ラインなら8ジュタだ。そして、生産予定も伸びてしまう。納期の心配もしなければならない。ラインの増設をすれば、停電時の損失が多くなる。困った場所に来てしまったものだ。コミサリスの責任だ。
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(^_-)-☆ここまで来ていた [行動]

 3344  10時、約束でブキット インダーのシートメーカーへ行くために8時半に会社から出発した。東へ向かう時にはチバトゥからトールに入る。そこから、渋滞がなければ、40分くらいで着く。

カラワンバラットインターより5Kmほど手前から、左側と中央分離帯に高架トールの橋脚ばかりではなく、高架道路も載せられていた。そして、その辺りから地上に降りる道、多分、インターチェンジの工事現場も広がっていた。チカンペックといえば、ゴルフ以外に行かない場所なので、こう進捗状況を初めて見た。インドネシアにしては、早い工事だねと、行った先のインドネシア人に言ったら、完成予定、使用開始は今月はずだし、この先、まだ、二三年かかるんじゃないの、かなり、遅れている、インドネシアらしいでしょ。とね。
Jalan Tol Layang Jakarta-Cikampek Rampung Maret 2019  "Mudah-mudahan maret 2019 sudah bisa beroperasi,"だったのでした。
で、路肩側は、LRTだそうな。こちらも、ここまで来ていた。で、ところで、高速鉄道は?である。
https://www.youtube.com/watch?v=flKsBfz64_E
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ところで、チカンペックに行った目的は、車の部品に使う部品をタイから輸入している、また、一部、国内で調達しているが、すべて、太田さんのところでやってほしいと思っている。という話だった。ちょっと待って、製品全体の使用原料はどのくらいか、知りたい。図面と現在購入している数量が分かれば、それなりの見積もりをさせるし、生産能力が間に合うかどうかも返事ができるという話にした。

別の話で、硬質PVCのパイプ、総重量、一トンを受注した。明日からの生産で、19日には、頭出しに出荷をする。
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(^_-)-☆スイレン [行動]

 3334 早速、ゴルフ。7人2組だったので、入れさせてもらった。一週間、インドネイアから離れていた間に、一層、乾季への移動が進んでいるようだった。黒雲や雷が近づくことはあるが、遠いし、部分的なので、真上に来ることはなかった。日差しは、ますます強くなっていて、日本からインドネシアに来て間もない人の日焼けでたちまち赤くなるのが目だつようになってきた。

何年か前から、スイレンの花の写真を取り続けている。インドネシアのゴルフ場の池にはスイレンが植えられて?いる。それも、濃いピンクがほとんどだ。蓮とスイレンの違いは、花を見れば大きな違いがあるから、区別はつくと思う。もっこりしている方が蓮、尖った花びらの方がスイレンだと思う。仏像の台座は蓮になっている。そして、脇に花がある場合が多い。

一説によると、蓮の花は水面から出た幹?に咲く。スイレンは水面に咲く。という区別の仕方もあるらしい。また、葉っぱは、花と同じで、蓮根の葉で分かるように、水面から立ち上がっている。スイレンは水面に広がっている。という区別もあるらしい。高校時代に見た伊豆下賀茂の東大熱帯植物園の赤ちゃんが座ることができるオオオノバスは、スイレンですね。
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ということで、インドネシアで目に付く蓮は、花の形と葉っぱの形は明らかにスイレンですね。私が竜宮城の花だと思って撮っている花はスイレンだと思う。しかし、水面に咲いていない。水面から立ち上がって咲いている。平均30Cm以上は水面から出ている。すべてのスイレンは水面に顔を出したところで咲く、というわけではなさそうだ。むしろ、インドネシアのスイレンは全て。立ち上がっているようだ。

早朝は閉じている、10時過ぎなら、完全に開いている。そして、夕方には完全に閉じてしまう。だから、ゴルフのプレー時間のよって、見える状態が違う。また、毎日の開閉、何日繰り返すのでしょうか。最低でも二カ月以上繰り返す。長い生命力だと思う。ラフレシアとは、咲いている期間が違いすぎる。熱帯種だからでしょうか。
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かなり、建設が進んでいる。ジャカルタ方面からブカシティムール辺りの状況、左側はLRT,右中央分離帯がわは、高架の高速道路です。相次ぐ人身事故で、すべての高架線の建設がまだ、中止になったままでしょうか。土曜の夕方だったので、工事を終わったのでしょうか、人も工事車両も見えなかった。
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(^_-)-☆VISA受け取り [行動]

 3331 14時過ぎに、タクシーで大使館へ向かった。直線で1km以下だと思うが、一方通行と渋滞のため30分も掛かった。着くと、この装置の左のランプに、受け取ってあった引換証のGRコードを当てると、Xの№カードが出てきた。48だった。14~16時までの受け取り時間だったが、私が入った14:30過ぎ、私の後から来る人は何人もいなかった。直ぐに、カウンターからの呼び出しが始まった。
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渡す時間は短い、どんどん進む、15時過ぎに私の番、カウンターへ行くと、私と番号を見て、担当者、慌てている。日本人だよね、という。渡そうとしたパスポートがマレーシアだった。手元の箱に、渡すはずのパスポートが何通かまだ残っていた。その中を探している、ない!慌てて、奥の方に行って、1分ほどして戻ってきた。あった、あった、と言いながら、微妙な笑いをしていた。良かった。無いなんて言われたらどうしようかと思った。
張られているステッカーを確認し、受取サインをした。ま、2分間くらのことだった。

今回の目的を達成した。ストレスというか、ずっと、緊張が続いていて、心臓に悪いなと思いながら、おまけに下痢と腹痛状態、高齢者にとっては、一寸、過酷だったのかな。冷房が効きすぎの部屋で順番を待つ、首や腰を回したり、筋肉痛の腿や肩を揉んだり、何やかやと、じっとしていられなかった。

日本人と会うことは無かった。当たり前のことだが、マレー人がほとんどだと思う。エージェントに任せて一日で済んでしまうシンガポールでとるのが常識みたいなもの、わざわざ、それ以外の国でとるもの好きはいないでしょう。私は、これが、インドネシア以外で更新は最後になるでしょう。次があるなら、リタイアビザになる。

ほっとして、外に出た。快晴、暑い。ゴルフ時の帽子をかぶって歩き出した。大使館の前の道の向こう側に広大な緑地がある。ゴルフ場だ。歩いてホテルに帰ることにした。お腹の具合も、気にならなくなっていた。
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このモノレールの下を右に行けば、ホテルの近くのイセタンに行けることが分かったうえで、反対の左へ行って、行くだけ行って、嫌になったら戻ってくればいいと、ジャラン、ジャラン(マレー語ではプシン、プシン)を続けた。こんな、明るい、暑い風景のモノレールの下を主に歩いた。
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小学校に上がる前、静岡駅前で、家族とはぐれてしまった時のことを思い出しながらだった。探したり、交番にいったりしてみたが、なかなか、親が見つからなかった。もういい、自分で帰るといって、チンチン電車の線路に沿って歩き出した。家族が一緒なら、この電車に乗って、安西通りの厚生病院まで行って、そこから、一直線に歩くけだったたら、道は分かっていた。ただ、お金がなかった。歩いた。呉服町通りを行けば、より近いが、電車道なら絶対迷うことはないと決めて歩いた。今のセノバ(新静岡)辺りを通って、県庁前を通って、茶町を通過、家に着いたのが多分、家族と別になってから3時間くら過ぎていたと思う。家族が家の前にいた。私が、どこにいたのか、どこを通って帰ってきたのか聞かれた。私としては、なんでもなかった。このモノレールの下を戻れば、迷わずにホテルに帰ることができる。約70年前と変わっていない。
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そんなことを思いながら、歩いていると、一転俄かに、黒雲が覆いはじめ、強風に立木がざわつき始めたと思う間もなく、大粒の大雨になってしまった。雨宿りを繰り返しながら、引き返すことにした。そして、イセタンに着いた。まだ、断続的に大雨が続いていた。ホテルに戻ったのは、18時過ぎだった。体調いい。緊張から解放された。
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(^_-)-☆KL泊り [行動]

 3328 本当は、コタキナバルにいることになっていた。しかし、思うようにいかず、空港から戻って、Jl,bukit Bintangのホテルに潜りこんだ。一泊150RM朝食はつかない。ちょっと高い気もするが、賑やかな、繁華街なのでこんなものかと思う。ホテルのそばにあるレストラン街。
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マイホテルを8時半ごろタクシーで出発、インドネシア大使館までは、地図上では近いように見えたが、行ってみると、歩ける道はなく、ほとんど車だけしか通れない道だった。それでも10分ほどかかった。どうも、朝の渋滞だったことと、一ポイ通行の関係で遠回りをしたようだった。9時前に大使館の前に到着、何のために来ているのでしょうか。現地の若い人たちが続々入ってゆく。VUSAの申請場所はどこ、と、三回聞いた。最後に50席ほどある部屋に行った。入ってすぐのところに、順番カードを取る場所があった。そこに、ハンサム青年が、立っていたので、申請に来たと言ったら、ここで、書類をチェックしましょうと言いながら、順番カードも取ってくれた。持ってきた書類を広げると、入国スタンプの場所のフォトコピーがないから、外に場所ががるから、取ってきなさいと言われた。
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外に出てみると、いきなり、タクシーの運ちゃんがタクシーかと聞いてきた。次に、コピーか?と他の青年が聞いてきた。そうだといったら、あっちだから、俺が連れて行ってやると言いながら、私も方向は聞いていたから、向かって行ったら、付いてきて、それだけか、一人でか、手伝いはいらないか、としつこい。コピーきのある店の前には、そんな人達が大勢いて、話しかけれ来るので、無視した。

コピーを持ちかえり、関ほどの彼に見せたら、これでいい、順番が来るまで、あちらで待っていればいいといわれ、待った。番号は39。なかなか、進まない。10時半ごろ、やっと順番が来た。書類は、すべてOK,費用を430RMくらい払い、領収書、受領書と先程の呼び出し番号を渡されて終わり。

パスポートの受け取りは、四日後の木曜日、午後2~4時だ。
あの青年に助けられた。出るときにお礼を言う老いと思っていたが、交代していたいなかった。

あそれからが、大変、外へ出て、例の寄ってくるタクシーで市内観光と空港までを頼んだ。17時過ぎのフライトでコタキナバルへ行く予定だった。なんやかんや、あちこちに、聞いやり、頼んだりしたが、パスポートなど、IDになるものがなければ、ダメだった。予想はしていたことだが、大使館の預かり証とフォトコピーでは、ダメだった。がっかり、ショック!

往復航空券とタクシー代1万5千円ほど、無駄になった。そして、さて、どうしよう。そして、いま泊っているホテルで、3っ日間、籠城することにした。ま、コタキナバルへ付けた場合でも、一日前の帰り便にかえなければならなかったし、ここで、待っていれば、時間的余裕はたっぷりで、性分ではないが、とにかく、のんびりできる。

ストレスからだろうか、インドネシアの何を食べても下痢にならない私としたことが、飲食で、全く思い当たることがないのに、若干の腹痛を伴う下痢状態になってしまった。動き回って疲れた。
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(^_-)-☆KLへ [行動]

 3327 日の出と同時、6:20 ティーオフでゴルフ、11;30前にはシャワーを浴びて、ゴルフ場をあとにし、一旦、家に戻って準備をし、会社へは12;30に入って、タクシーを待った。
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13;30には、出発、日曜日といえどもジャカルタや空港までの渋滞を軽く見られない。フライトの時間は、19時過ぎだが、早くついているに越したことはない。で、どうだったか、順調すぎて拍子抜け、15:00前に着いてしまった。久しぶりにタマンアッグレックの前を通過した。
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時間つぶしに、ソラリアに入って、食事をしながらPCをいじっていた。3時間ほど前でもいいかと思い。X線を通過して、中に入った。カウンターがない。聞いてみたら、エアーアシアのドメスティックだという、インターナショナルはターミナル3だといわれた。変だなとは思っていた。愛内板に、私が乗るはずの便がない。ただし、エアーアシア意外だが。当然、行く先が外国の便が沢山ある。当然だ。ターミナル2は、本来、インターナショナルターミナルだ。すぐに、第三に向かおうとしたが、すぐ来るはずのシャトルバスが一向に来ない。出発の2時間ほど前になってしまったので、空港内の巡回タクシーで移動した。5万Rp。
直ぐに。ボーディングパスのカウンターへ行ったら、発券機を使えと言われた。行ってみたが、方法がわからない。側にいた手伝いの人にすべてをやってもらった。いろいろな場所を押したり、アルファベットのボタンを押して、やってくれたが、私じゃできない。後ろに待っている人がいなければやってもいいが、結局、人を呼ぶことになりそうだ。

イミグレを通過して、ゲートに着いたのが1時間前だった。余裕をもって早く出て、余裕だらけで、行動していたが、結局、なんだかんだで、いろいろ尋ね、何やら、余裕がなくなっていた。おまけが、ディレイ、なかなか、搭乗の案内がない、結局、50分ほど遅れた。なにも、慌てることはなかった。

飛行は順調、KL空港には23時過ぎに着いた。日本とジャカルタの真ん中の時間帯、バリと同じなのが面白い。経度的に言って、かなり矛盾していると思うが、どうでもいいか。

空港が広い、まず、イングレに、入国カードがない。カウンターでは、顔写真と指紋の撮影がある。簡単だが、人によって、時間のかかり具合が違う。何故か、ありがとうと言われた。

次はタクシー、タクシー乗り場は一階、イミグレは二階だった。マネーチェンジャーも二階にあった。そして、迎えの車もその階の外にあった。案内板にタクシーは一階と書いてあった。リフトで一階に降りるとすぐタクシー乗り場が、見つかった。そこへ行って、タクシーに乗ろうとしたら、チケットは?と聞かれた。なにそれ、中にカウンターがあるから、そこで、行く先を言って、払ってチケットを受け取ってから、ここに来なさいと言われた。めんどくさ!戻って、ホテルのフォーチャーを見せて、80なんぼリンギッドを払った。
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そして、やっと、タクシーに乗れた。2000円ちょっとだから、そう遠くないと思ったら、高速を40分くらい走った後に、市街地へ入った。高速代は3回払った。インドネシアと同じようにすべてカードだった。合計15RMくらいだった。そして、チケットの80RMには、その料金も含まれていたのだから、安い。私がマレー語を話すと、運ちゃん、マレー語の方言なのだろうか、一部しかわからなかったが、いろいろ説明してくれた。ホテルにも、迷いわずしっかり送ってくれた。
24時を回ってチェックイン、マイホテルという名前のホテル。いきなり、おそかってね。カツオさん、と言われた。何やら、タックスだという。10RMを払ってほしいといかれた。今年から、皆さんからホテル税を請求することに税制で決められたと、申し訳なさそうに説明していた。そんなこと、別に、構わないのにと思ったが。

しかし、よくやるね。早朝からゴルフ、そして、右往左往したが、その日の真夜中にはクアラルンプールのホテルに潜り込んでいる。
   

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(^_-)-☆動けない [行動]

 3318 春節ですね。Imlek,chinese new yearですね。インドネシアもナショナルホリデーです。三連休。私は、朝からゴルフ、皆さんとの食事をキャンセルして、ゴルフ場から、14:00、パンガンダランへ出発した。予定は、順調に行けば22時ころ着く、遅くとも24時前には着く、というつもりだった。

チバトゥインターから入るために、サッカースタジアムの脇を通って、南下した。ジャラン カリマランの上を通った。下を見ると、東方向の道は、車は一杯で、なかなか、進んでいないよいうだ、これはまずい、と思った。連続して、ジャラントールの上を通過した。下を見ると、東向きは、やはり、見える先までずっと渋滞だ。こりゃダメだと思いながら、チバトゥではなく、デルタマスからにしようと思って、一般道を東に向かった。デルタマスのインターへは左折すれば入れる四差路に差し掛かった。もう、そこから、デルタマスインターへ向かう車がつながっていた。高速に、なかなか、入れないで渋滞している。ここで、もう、止めた。会社へ行くことにした。既に一時間経過、15時だ。四差路をUターンして、デルタシリコンのゲートの手前を右折し、北上し、カリマラン川を越えて,ジャランカリマランを通って引き返そうとした。
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カリマラン川を越える橋の手前で、車が動かなくなってしまった。ジャランカリマランまで200mほど手前だ。先ほど、上から見た通り、東に向かう車が進んでいないので、そこに、割り込もうとしている、こちらからの車が入れないでつながっている。私は、それらの車とは違う西に左折したいのだが、大部分が東へ行きたいから、私もその中で、待つしかなかった。高速の上の橋に差し掛かった時、下のジャラントールのジャカルタ方面から東へ向かっている車の渋滞の写真をゆっくり取れた。
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やっと、ジャランカリマランを西に迎えたのが16時ちょっと前だった。西に向かう車はほとんどない、それに対し、反対車線はこんな渋滞状況だ。この車、どこへ行きたいのでしょうか。目的地に着くまで、相当な辛抱が必要だろうなと思う。会社へ戻ったのが、16:30頃だった。結局、チバトェウ、でルタシリコン、デルタマスヲめぐって、パンガンダランは諦めて、戻るまで、2時間半も車を運転していた。昨日といい、今日といい、いったい、何をしているのだろうなと思う。

会社で、一仕事をしながら、明日のゴルフの予約をした。結局、どこへも行かず、家の近所でうろうろしていなさいといことでしょう。休みなさい、ということでしょう。
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18時過ぎ、会社から出たときの夕焼け、田植えを終わったばかりの田んぼが光っていた。
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(^_-)-☆チカンペック [行動]

 3292 インドネシアで一緒の会社にいた人で、私がそこから出ても、一緒にゴルフをしていた。その人が定年退職し、日本に帰ったところまでは知っていた。今回、私がインドネシアに戻ったら、その知人から、その人、インドネシアに来て仕事をしているよと、電話番号を教えてくれた。早速、連絡し、今日のゴルフになった。その彼、ゴルフの時にはいつも、私が住処まで、送り迎えをしていた。ところが今日は、どうすると聞いたら、免許を買ったし、車も与えられているから、自分で運転していくから、迎えはいらないといった。

6時スタートも彼が提案した。私は、目覚ましをセットするのを忘れて、目が覚めたら5時だった。チカンペックまで1時間以上かかるのが普通だから、これは大変、着の身着のままでクルマを走らせた、チバトゥインターに入ったのが5:16、空いていてよかった。ゴルフ場には5;50に滑り込みセーフ。ロッカーで着替え中、電話が鳴った。もう来ているよという知らせかと思ったら、道を間違えてインターに今はいるところだという、それなら、そこから30分以上かかるはず、案の定、到着したのは、6;50、一時間待たされた。

どうして?間違えるのか私には、想像ができなかった。ご本人曰く、ブキットインダーから出る手前の左に入るとバンドゥン方面へ行く道に入ってしまったという。そこへ入って南に向ってしまえば、スバンの出口まで行くしかない、そこから引き返すにしても、往復20Km以上は余分に走るし、それも、引き返す道を知っているのが条件、本人にしてみれば、まったく知らない田舎へ行ってしまったのだから、慌ててしまったという。今から、インターに入るといった場所は、方向違いのインターだった。

また、上がっていて、55万Rpになっていた。それでも安い。遅れたお詫びにと、カートを頼んでくれた。カートはいくらか聞かなかった。初めてカートで回った。そりゃ楽だ。特に、10~18番は、上りが多いから。カートを使いたい人が増えているのでしょう。台数が増えていた。以前、一緒にまわった人で、こんなに登りばかりじゃやっていられないといって、途中でやめてしまった人がいたくらいだ。ほとんど、フェアウェーのどこでも入ることができるので、高齢者にといっては、大いに役立つ。ただし、私は、急な登りの時以外は乗らない。
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とにかく、久しぶりの再会、今の職場には満足しているようで良かった。ただし、楽しみのゴルフが、あまりできないことが不満のようだ。ヤマニの友人が、インドネシアへ戻ったら、三人で、又、チカンペックでやろうといことになった。ジャバベカが二年メンバーで80ジュタRpでは、とてもできない。
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東に向かう高速道路では、真っ暗で、ほとんど見えなかったが、両側で高架工事が進んでいることは、わかっていた。帰りに確認した。ジャカルタからカラワンバラット付近まで建設が進んでいた。表示を見ると、ACSETと書いてある。道路建設企業の一社だ。ジャカルタ、チカンペック間の高架高速道路の建設だ。この辺りは両側にあった。
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家の電灯の大部分が切れていて点かない。高い天井に着いているので交換ができない。そこで、壁のコンセントにセットできる、なんという名前なのでしょうか、道具を買ってきた。これは便利、日本では見たことがない、売っているのでしょか。
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建設ラッシュのジャバベカ、デルタシリコン、リッポチカラン、デルタマスなどのすぐ近くだが、私の家のすぐそばに戻ると、相変わらず、こんな風景だ、ギャップが大きい。
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(^_-)-☆ゴルフと汗 [行動]

 3291 6;40に家から出てゴルフ場へ、6;50に着く、支払いを受付でして、ロッカー行き、直ぐにスタートホールの一番へ行く、一緒の連中は、レストランで食事をして出てくる。7;10ティーオフ。デンソウのコンペが、7時前にショットガンスタートだった。私たちの仲間は、今日は11人、3フライトだった。雨季にも拘わらず、時折、乾季のような雰囲気になっていて、日差しが強かった。ゴルフは、こうでなくちゃ、分厚い服、カイロを幾つも体に付け、鼻水をかみながらやるのは、ゴルフじゃない。単なる、我慢大会、それに、高額を支払うのは、ばかばかしいと思う。

 で、本日のカートの同乗者の方、インドネシアではよく、一緒に回っている人だったが、カートが一緒は初めてだった。76才、この人、85くらいらしい、うまい。40才台の時には、70台で回っていたとか。350Mミドルで、200M先のバンカーに入れた。私は150Mのバンカーに入れた。私は、バンカーから出しただけ、三打目は120M以上残った、そして、4オン、2パットのダボ、その人、バンカーから、パーオン、2パットでパーだった。呆気に取られてしまった。

 ゴルフについて、いろいろ,語ってくれる。カートに乗り方にこだわりがあった。向こう側に回って乗らない主義だそうで、ティーショットの後二打目に向かう時、グリーンから次のティーグランドに移動するとき、2人で乗る。その時、その人が先に乗るなら、左右どちらから乗っても、運転席に座る。だから、左(運転席側)から乗るときは、その人が運転席にいるから、私は、カートの前か後ろを回って、右に座る。それでは、私が先に乗る場合、左の運転席いてはダメなのです。運転席にいると、その人が来て、右へ移るように言われ、移ると、その人は運転席に座る。右側から乗るときには、私は左の運転席に座って待っていていい、その人は、右からきて右に座るからだ。三ホール目くらいで、私が運転する気で、先に座っていたら、あとから乗りに来て、向こうへ行けと、私を押した。運転をしたいのですかと、聞いたら、いや、向こうへ回りたくないと、説明した。その後、私は、カートに乗るとき、いちいち、その人のために、気を使った。

 その人、同伴者やキャディーの居場所、特にグリーン上での位置について、気にするようで、パットの方向から左右45度以内に立っていること、たとえ、その人の後ろでも、ちょっとでも,動きが感じられるときには、パットの動作を止めてしまって、仕切り直しをする。私のキャディーがそのことを知っていて、グリーン上では、キャディーから。私の立ち位置を注意される。時には腕を引っ張られる。

 私がいろいろ気を使っていることを、本人、気にしていないばかりか、私が、その人のしゃべりを、相槌を打ちながら熱心に聞いてくれていると思ってくれたのでしょう。よくしゃべること、ティーショットの順番が来ているのに、カートに座ったまま話続ける。私は立って、離れたいのに、話が止まらないので、待つしかなかった。尼崎の人で、23年まえの地震の話になった時には、転勤を命ぜられて、今までの職場だったら、まだ、寝ていた時間だったが、新しい勤務先に出勤するために、以前より、一時間早く起きなければならなかった。そのおかげで、起きてすぐの大地震だった。私が寝ていた場所に、瞬時に重い箪笥が倒れたという。転勤させられていたから助かったという話。その転勤が、上司と仕事のことで衝突していて、いわば、嫌われて、遠ざけられた左遷のようなものだったという。
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 田植えとゴルフ場、日本とは、違うね。

 ジャバベカゴルフのプレー費のキャンセル料について、先日触れたが、今日、もう一つのことを知った。メンバー日についてだ。このゴルフ場、一年限定会員という制度がった。個人の場合、永久会員と一年会員がった。しかし、今年から、一年会員は無くなって、二年会員になった。そして、費用は、80ジュタRp(70万円くらい)だそうだ。いままでの一年会員は、10年くらい前には、20ジュタくらいだったが、年々、上がってきていて、昨年は35ジュタだった。そして、今年からは、40ジュタになり、それも、二年になったということだ。厳しいですね。なかなか、個人で二年会員になる人は、いないのではないかと思うが、勤務先が、出してくれる人が、結構多いようで、相変わらず、会員でも、ブッキングが難しいとか。
 私は、19年ほど前に、永久会員になっているが、いつ、売ろうかなと思っている。売りでも250ジュタくらいだそうだ。永久会員でも、今年は、17ジュタ払った。これも、年々、上がっている。休眠にする場合は10ジュタ払う必要がある。
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