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(^_-)-☆気の毒 [病]

 3043 迷惑メール、一日、20件ほど入る。少ないでしょうかね。その外、受信メールに、迷惑メールに当たるものが、数件はいる。以下の二件が昨日、受信メールの
面白いメールが入った。つい、笑っちゃいました。 どんなメールでも、心当たりがなければ、添付ファイルは、開かない。迷惑メールに入れて、消去する。それで、困ったことは一度もない。
支払い明細書として、お手数ですがよろしくお願いします。連帯保証人は記載しなくて結構です。
かぶしきがいしゃ
連帯保証人は記載しなくて結構です。
株式会社 ジャパンエキスプレス
URL: http://www.japan-express.co.jp/

「運行・車両管理部 ご担当者様 お疲れ様です。駐車違反の報告書を添付してます。 ご確認の程、宜しくお願い致します。」原文のままです。添付所は開いていません。ご確認などするわけがないでしょ。直ぐに、迷惑メールに入れて、破棄しました。何が笑っちゃうかといえば、こんなばかばかしいメールを送って、これで、何がしたいのでしょうか。何か、稼げるのでしょうか。知能程度が相当低い人が、仕事として、何かをしているのでしょうか。
添付所を開くとどうなるのでしょうか、請求書に金額と振込先が書いてあるのでしょうか。どこかの警察からでしょうか、本文には、それが書いてない。どこかの運送会社に問いかけているのでしょうか、個人にではないようですね。
これで、騙されて、支払いをする人がいるのでしょうか。宛先が、似たようなアドレス3か所になっているが、どこから、拾ってきたのでしょうか。似たようなアラマットに、大量にばらまいて送っているのでしょうね。
こんな人種が多いのでしょうね。気の毒ですね。何かの技術を習得して、普通にまじめに働きなさいよ。それができれば、そうしているよと、言われるかもしれませんネ。

こういう人達、どういう生活をしているのか、知りたいですね。私が経験したくても全くできない世界なのでしょうね。ばかばかしくて、したくなどないがね。こういうたぐいのことを今は日本では何と言っているのでしょうか、特殊詐欺の一種ですか。
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会社からジャバベカ2へ行く途中です。ここをまだ真っ直ぐゆきます。ここを左に曲がればゴルフ場ですね。大概の休日はここで左に曲がります。ゴルフ場に来る、ほとんどの人は、向こうから来ます。私のようにこちらから入る人はほとんどいないと思う。こちらには、日本人が住めるような家はないし、ホテルもない。
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このホテルのオープンは、一カ月ほど前です。なんと読むのでしょうか。ザ セレクトンでしょうか。なぜか、前に、こけしの絵が並んでいる。南からくる車がロータリーで、ぐるっと回って、ゴルフ場へは、左(東)へ行くが、このホテルは、そこまで回らないで、まっすぐの方向(北)へ行き、この写真のように右に見ながら通り過ぎ、Uターンすれば、着く。
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このラーメン屋は、多分、2カ月くらい前にオープンしたと思う、営業を始めたばかりのほてるイビスが誓い、モミジ祭りをした、ハリウッドジャンクションにあるようだ。しかし、看板の左側に、ばりうま、と書いてるが、私にもインドネシア人にも意味が分からない。また、TONKOTSUと書いてるが、大丈夫なのかな。
 

(^_-)-☆仕事始め [病]

 2737 一応、全員が出社した。そりゃそうでしょう、いくら、遠いところまでと言っても、12日間も、故郷に張り付いていることはできないでしょう。せいぜい、5日もいれば十分だと思うし、いられた方も、扱いが厄介だと思う。ムディック片道24時間だとしても、本当は10日もあれば十分だと思う。
  早速、大量の納品で運転手も一日中、西へ東へ走った。生産も順調にスタートした。既に、長期の休暇がなかったような元のままの雰囲気に戻っている。
私の仕事日は残すこと2日間のみである。気持ちは既に日本へ移っている。

 毎年のことだが、Uターンの人たちの中に、新たにジャカルタとジャカルは周辺の町に職探しのための人たちが大量に混じってくる。友人や親せきを頼って、一緒にやってくる。昨日は、どの職安も大混雑、職探しの申請書を出すためだ。各職安では、並んでいる人たちの喧嘩も頻繁に起きている。
 
 私が居なくても手続きができるように、銀行関係の書類、振込書にサインをし、インボイスにもサインをして置いた。
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Ujian Praktek SIMと書いてある車、運転免許模擬試験と直訳できる。路上運転試験用の車でしょか、初めて見る車だ。運転テストの試験がある、有ると聞いているが、それらしきコースは免許発行所の片隅にあるが、実際にテストをしているとことを見たことがないし、免許発行所で会う人に聞いもテストを科されたことはないという。抜き打ちで、よっぽど、運が悪い人が選ばれるのでしょうか。ましてや、路上運転テストなど、聞いたこともなかった。ちなみに、私は、50万Rp払っただけで5年物の運転免許証を受け取りました。キタスKITASの期限は一年なのに、です。
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私の住処のGraha tamanグラハ タマンの奥の方に嘗てのオフィスがある。今は、全く、使われていない、中がどうなっているのか知らない。15年ほど前には、日本食レストランがあって、私も時々行っていた朝食時には日本人がいつも30人ほどいた。二階にはカラオケがあって、好きな人は通っていたと思う。最盛期には日本人が80人ほど住んでいた。営業の日本人がブカシバラットのフィラ ヅアラトゥスと同じ人で、勧誘が熱心だったので多くの日本人が入ったが、あまりにも、地方過ぎて、その人が営業をしなくなってから、新規に入る人はいなくなり、出てゆく一方になった。

日本ではまだ、使えないそうですが、現実世界の空間を移動して、ポケモンキャラクターを探すスマホゲーム。『ポケモンGO』がインドネシアでも超人気、本当かどうか、夢中になり過ぎての事故が多発しているとか。今朝のテレビニュースでやっていた。私にはよくわからないが、現実の空間にキャラクターが現れている画面が多く写されていた。
 

(^_-)-☆冗談のような本気 [病]

 2726 ゴルフ二日目が終わった。ガラガラ、6時40分スタートが早まって6時15分スタート、駐車場に着いたときに電話が掛かってきて、直ぐスタートだよと、急がされたほどだ。ハーフも休憩なし、ミーアヤムを食べている時間がなかった。10時半には終了、おかげで、食事後、12時前には会社へ入った。

昨日と同じように、昼過ぎには会社で仕事、溜まってしまっているパイプのカット、休み明け前に届けなければならない。というのも、13日まで休みにしてしまっているためだ。客先に13日まで休みという会社はない、12か13日から仕事再開の会社ばかりだ。前ダイレクターが3月(私は日本でビザの申請中)に、客先の休みを確認しないで、自分が長く休みたいという理由だけで、休みを決めてしまい、そのために、4月の土曜日二日代替えで出勤日にした。ハリラヤとチュティブルサマ(国からに指示で年休を使って休みにする制度)を合わせて、2日から13日まで休みしてしまっていた。
 私は、ダイレクターになって、4月に末に、レバラン休暇を確認したら、そうなっていた。客先は、13日にはすべて始まっているのに、何故、13日まで休みにしたのか問いただしたら、これまた、頓珍漢な回答、どういったと思いますか、「二回土曜日に出勤させたから、13日まで休みです。」本気で冗談のような回答に、面白くて、二の句が付けなかった。その後、それでは、答えになっていないでしょ、と言ってやったが、音沙汰無し。先日のモーニング ミーティングで、休日を決めるときには、客先の休みを確認してからにするのが常識だよと、言って聞かせた。分かったかな??

 13日には私が二か所納品に行く、その、準備を早いうちにしておくために、毎日、3時間くらいは仕事をせざるを得ない。明日は、ムディックをしない地元の人、二人に出勤してもらって、製造もする予定だ。
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 今朝の睡蓮、花びらの様子が違うので種類が違うように見えるが、直ぐ傍なる。開き具合が違うから、上から見た花びらの様子が違ってみ出るのでしょうか。
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 中国製の引取機のベルト、下側の真ん中に溝がある。これでは、引き取れない製品がある。何故、平らにしないのでしょうか。普通、何も指示しなければ。平らでしょう。これも、欠陥だ。
昨日と今日のような欠陥は人間にも装置にもあるものですね。


タグ:欠陥 本気 冗談

(^_-)-☆辞めさせた理由 [病]

 2429 昨日、首になった、ここの責任者、昼間、1時間ほど会社に来ていて、申し送りのようなことをした。一月に来ている金型の請求書の支払がしていなかった。その金型屋には同じ型を二型頼んだ内の一型だった。今、一型しかないから二ラインで生産したいから、と、その金型屋に見積もりを頼んだ。先方曰く、その金型なら、途中まで作ってあって、止めたという、何故かと聞いたら、一型の支払いがまだだから、二型目を作るのを止めたという。いつ話か、聞いたら、一月だという。とんでもない話、当の責任者曰く、まだ、頼んでないから、他の安い金型屋に頼んだらどうかと、でした。他のインドネシア人曰く、彼は嘘を言っている。注文書は二型になっていた。口から出まかせをいう、知らないふりをする。よく、自分で、耐えられるなと感心する。

引取装置の見積もりを受けて、手付金に50%ほど支払ったのが、4月、その装置、いつになったら、入ってくるのか、製造会社に問い合わせた。“注文書をまだ貰っていない“、と言われた。ご本人は、もう出来あがっていると言った、これも嘘でした。
もう一つ、中古押出機の事、頭金を15%、7ジュタRpほど払ったとは聞いていた。ところが、オーナー曰く、全額、払いたいからと言われて全額分50ジュタRpを渡したといっていた。納入された後、社内である程度、使えるように改良した。費用は8ジュタRp掛かったという。それが、4月に末、やっと、使えるようになったとみていたら、直後、その装置、消えてしまった。どこに持って行って、何をしているのだろうか、話をしてくれない。そして、四か月過ぎたい今、いなくなるのだから、会社名と電話番号を押してほしいと頼んだら、やっと、押してくれた。その時に、本人、修理が終わって、いつでも、取りに行ける状態になっていると、ミーティングの席で数人に言った。終わった後、彼はいなくなった。私が、受け取りに行こうと思って、電話をした。

結果、凄いことになっていた。最初、取りに行きたいと言ったら、先方、いきなり、声を大きくし、頭金だけ払ったので納入してほしいと言われて、納入したが、一か月後に残りを払うと言っていたが、連絡がないばかりかm電話に出ない、メールに返事もいしない、だから、頭に来て、納入後、一か月半後に、取り戻したという。あなたは、それを、本人から、聞いていないのかと、言われてしまった。それなら、払っていない分を直ぐ払うから、残りを押してほしい、また、温度コントローラーを増やしたいから、その分の見積もりを追加してほしいと頼んだ。
そこまでで、先方に人、インドネシア人の分かる人と変わってほしいとう。ヘニーを知っているから彼に変わってほしいという。そして、ヘニーに代わった。そして、彼に話したことは、その押出機、今はばらしてしまって、部品は、他の装置に転用してしまって、元に戻すことはこうできない状態になっているという。だから、見積もりなど出せないし、返すこともできないということだった。払った、頭金も返さないと言えわれた。
結局、15ジュタ、捨てたことになるばかりか、押出機を手に入れることは振り出しに戻ってしまった。
そして、オーナーが渡した50ジュタの内35ジュタはどこへ行った?首になったご本人、何も悪びれずに、最後まで、とんでもない嘘を何気なく言って、会社を後にした。二か月以上、聞いても、黙って、無視していたわけだ。嘘を言い始めると、その環境から追い出されるまでは、嘘を付き続けなければならなくなるのでしょうね。気の毒ですが、首にされて、本人が一番、安堵しているのでしょう。
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今朝の出勤途中。リッポチカランの通りを東に向かい、チバトゥのインターを横に見ながらジャガベカ2に向かう。朝6時から8時まで、チカランバラットのインター方面には相当遠回りをしないと行けないので、仕方がないから、チバトゥ方面でゆく。
  

"Hari ini kami berhasil menangkap terduga pelaku berinisial M. Terduga pelaku kami tangkap di Langkapura, Lampung saat berada di dalam bus,"
"Barang bukti yang kita temukan di rumah M salah satunya handphone milik korban. Sejumlah uang juga dinyatakan hilang. Tapi kami masih dalami soal itu,"
  Nishimura yosgimiさんについて、Mをスマトラのランプンのバスの中でつかまえたこと、東ジャカルタの彼の家で、HPと幾らかのお金を見つけた。まだ、捜査中。

(^_-)-☆再び救急へ [病]

 2340 昨日書かなかったが、昼1時過ぎ、ちょっと、お腹が痛くなったのでトイレに行った。インドネシアスタイルのトイレ、昔の日本式便座に似ていて、しゃがみ込むスタイル。ちょっと力んで出そうとしたら、急に痛さが増してきた。我慢をしで、出るのを待っていたが、出ない、それどころか、痛さが、どんどん増してきて、胃を切った直後の腸閉塞の時の痛さに匹敵する痛さになってしまった。それだけ痛いと、吐き気もしてきた。強烈な吐き気になってきたが、吐こうとしても、吐くものがない。昼食を取っていなかったのでした。その内の目が回ってきた、痛さと吐き気と体が燃えようだった。大変なことになるぞ、これは、誰かを呼んで、病院へ運んでもらわなけれならないと、お尻を何とか洗い、パンツを何とかはいたが、ズボンをはくことができない。その状態で、這うようにして、トイレから出た。セキュリティーに声を掛けることができる場所まで、20mほど這って行き、トローンと、助けを求めた。彼等が倒れこんでいる私に気づいて、抱え上げ、車に乗せてもらい、ハラパン クルアルガに向かってもらった。トイレから出て、10分くらいだったと思う、病院に着いた時に、目眩も、痛さも、吐き気も、ほとんど治ってしまった。車椅子を持ち出されたので、必要なかったが、座って、ベッドに運ばれた。その時、全く、何でもなくなってしまっていた。

症状を言って、来た理由を言って、そして、今は、何でもなくなったとも言った。看護婦が、テンシと言って、体温と血圧を測った。その後、心電図も取った。結果は、案の定、正常中の正常、言うことなし。医者が来て、聴診器を当ててチェックをしたが異常なし。痛み止めと下痢止めの薬を処方されて、病院から出た。トイレに入ったから会社に戻るまで1時間の出来事でした。

そして、暫く、書き物をして、2時半ごろ、家だ休むことにして会社を出た。自分でいつものように運転して家に戻った。その後、何事もない。
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そして、今朝は、4時起きで、朝食など取り、5時に家から出て、6時かティーオフ、朝一番スタートでした。全ての芝に露が降りていて、白っぽくなっている。歩けが足跡がつく、私たちの前に足跡はない。
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涼しくて気分は快適、その内、サンライズ、カユプティが朝日に照らされて、色いはずの木が黄色に輝いていた。インドネシアでは誰もが知っている、気つけ薬、メンタムのような匂いがする液体薬、ミニヤック カユ プティの原料になる木です。以前書いたが、この木の歯を積まんで、両手で揉むと、その、スッとしたその匂いがする。この木は、インドネシア中、そこかしこにある。

で、その後、何でもない。あの、約、10分は何だったんだろうか、ちょっと前、シロアムの救急に夜中に行った時も、目眩が治らなくて行ったが、病院に着いた時には、ほとんど治ってしまっていた。しかし、繰り返すということは、何か、あると思う。
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今、シンガポールでシーゲーム(日本で知る人はいないと思う)と言って、アセアン諸国だけのミニオリンピックのようなものが行われている。先ほど、サッカーの準決勝戦、インドネシアとタイの一戦を見ていた。終始タイの一方的な攻撃で、5-0で負けてしまった。日本人が二人、主審と線審をしていた。
 

(^_-)-☆喉に何か? [病]

 2317 歯医者で世話になっているハラパンクルアルガ病院に行ってきた。今回は歯医者ではなく、喉に何かが詰まってきていて、次第に呼吸が難しくなってきているような気がして、何か、出来ものでも出来ているのではないかと思い、行ってみた。パニック障害の時の症状の一つにも同じようなことがあったので、パニック障害の薬を二日前に飲んでみたが、治る方向ではなかった。

最初、ウムウム科という公共という意味だが、そこへ行くように指示されて行ってみた。その前に、血圧と体重を計った、血圧は昔の空気を送って抜きながら測るやり方で、何故か、両方の腕で測ってくれた。何故かと聞いたら、ちょっと高めだったのでという。理由になっていないと思うが。
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ウムウムでは、問診と胸の音を確認、気になるのは喉だけで、他のどこも痛くないし、苦しくもないということで、耳鼻咽喉科(THT)に掛かるように言われた。紹介文を渡されて、耳鼻咽喉科へ行った。バチックの青年がその部屋に入って行って、直ぐ出てきて、私を呼んだ。全然、ドクターっぽくないが、非常に丁寧に、色々解説しながら診察をしてくれた。何語が良いかというから、日本語と答えたら、それじゃ困ると言われ、それなら、インドネシア語でお願いしますと。問診の後、首の回りを触診、その後、喉の絵というか、写真を指さしながら、各部の説明をし、特に酷い以上はみあたらないが、今から喉の奥をこんな具合に見ますと、指でその絵の口から首の奥の方までなどって見せた。あ、そうか、今からカメラを入れるのか、それにしても、モニターがないし、外に行った看護婦にどこかに取りに行かせるのかなと思っていたら、ドクター、引き出しの中から長い柄のついた小さな丸い鏡を取りだした。歯医者が、歯の情況を観察するやつだ。これを、今から、ゆっくりと、などの奥まで入れて様子を見るという。看護婦が戻ってきた。マスクと不織布の切れぱしだった。マスクはドクターがする。布は?聞く前に、せ夢いしてくれた。これで、舌の先を出来るだけ長く出してもらって、私が引っ張りながら、鏡をゆっくり、奥まで入れて行くという。

ヘッドライトを付けたドクターが私と面と向かって舌を引っ張って覗き込んでいる。相当、滑稽な状態ではないかと思う。息を吐く声と吸う声を出すように要求された。これって、大きな口を開けながら、やるのは難しいが何とか出来た。しかし、よく、ドクターの言うことが理解できるなと、自分ながら感心した。

診察の結果、口の中も舌も声帯の情況は正常、ただし、舌の付け根付近がラダンだという。Radang炎症がある、でした。全く、心配するほどに状態ではないので、炎症を消す薬と何故かアレルギーと痒み薬を出すという。歳が71ですよね。唾液やその他の水分の分泌が少なくなっているので、加齢とともにこういう症状は出てきますよ、排気ガスや職場のポリューションなどにも敏感に影響されるから、いつも、水を持っていて、少しでいいから、飲むようにした方がいいと、アドバイスでした。


タグ:炎症 THT

(^_-)-☆まいったが [病]

 2239 高齢者一人暮らし、それも、外国、昨日夕方から、なんとなく、冷や汗をかき、寒気がしていた。次第に、頭がくらくらしてきた。おまけに、夕食を取っていないのに吐き気がしてきた。やー、このまま、どうしようか、気でも失ったら、どうにもならない、病院へ行くしかない、22時を過ぎていた。勿論、自分で運転して、シロアムに向かった。駐車場に入ると右手に救急の入り口が見えた。入ってゆくと、すぐに、当番医?が近付いてきて、血圧と体温を計りながら、私の症状を聞いてくれた。その後、その場にある受付でダフタール(申請)を済ませた。掛かったことがあるかと聞かれたので、10年ほど前に一度あるといいながら、受け取ったばかりのKITASを出した。“在りました、住所はグラハチカランですね”と言われた。当時はそうでしたが、今は、タマンセントサだと言ったら、構わないから、以前のままにしておきましょう、だった。“保険がない、プリボディで”と言っておいた。

当時、パニック障害とは全く知らなかった時だが、一瞬。気絶しそうになることを数回繰り返す状態で、この病院に駆け込んだのでした。結局、血液検査や心電図を取ったが異常なしで、やはり、目眩を改善する薬を貰って出てきた。その後いくつかの病院を巡ることになって、最終的には日本に脱出したのでしたが、それ以後この病院に世話になることはなかった。

数分後、若い者が私を呼んだ。狭い診察室に入って、症状を伝えた。上半身裸になり、ベッドに仰向けに寝て、聴診器での診察を受けた。異常はないようだ。血圧が140だったが、通常は110くらいだと言っておいた。体温は36.3℃、全くのノルマル。今度は、座って、目の前に、人差し指を出され、この動きを目だけで追ってください、と言われながら、直ぐに左右上下に追った。真ん中に来て、二本に見えないかと言われたので、一本だと言った。その後、ちょっと、足をハの字に開いて、目を閉じて立って下さいと言う。言われたとおりにした。ぐらっと動くかどうか、確認したと思うが、動かなかったと思う。
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それで、診察は終わり、大したことはないと判断されたと思う。頭痛改善、目眩改善、吐き気改善、それに、ビタミン剤、四種を処方された。まだ、頭がクラクラしていたし、寒気もしていた、熱もないのに、やはり、私にとっては、異常が解消されていなかった。

三階のキャッシャーヘ処方箋と診察終了票を持って行き、先ず、診察料を30万Rp払った、次にすぐ横の薬局で薬代を40万Rp払った。薬は五日分、一日二回の薬でした。しかし、医者には、明日は仕事をしないで、安静にしていてください、一日二日飲んで、改善されなかったら、必ず、また来てくださいと言われていた。

そして、今、どうか、三回飲んだが、大分、症状は改善されたようだ。食事は通常通りにお腹一杯食べても吐き気はしない。
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ファーマーズマートの横の通り、ATMがあるので、ここを良く歩く。


(^_-)-☆動いた [病]

 2102 マクベスのように森が動いた。今朝から移動開始、今日は、電気関係の工事、明日から生産できるように終わらせたという。これで、客先に迷惑を掛ける心配が全くなくなった。分けのわからないことを言ったり、やらせたり、やらせなかったりする、そういう場所から、やっと、抜け出した。多くのものを犠牲にしたが、客先に迷惑を掛けないようにするには、自分の犠牲は止む負えない。とにかく、ほっとした。

この移転に当たって、いたか社はの本来の仕事は,電気や機械のメンテナンス、当然、製造工場の引っ越しの時には、見積もりを依頼される、引越しの手伝いを頼まれる。これも、本業の一つだ、得意な仕事だ。しかし、今回の引っ越しは、そんな会社から出るのだが、この会社に頼まなかった。見積もりの依頼をしたところ、想定より1,5倍の見積もりが出たからだ。外部の会社に三社にも、見積もり依頼をし、一番安い会社に頼んだが、お膝元の一番慣れていて、様子を熟知しているこの会社が一番、それも、飛びぬけて高かった。ネゴをすり気にもなれない価格だった。

外部の業者に頼むということで、社内の装置や道具をつかったり、手伝いをしてはならないという、指令が出たという。もっとも、この会社の従業員、自主的に手伝おうな℃と思う人はいない。この会社が、当然、持っている、トラックもフォークリフトも使わないで、外部の業者が手配した物を使った。私達がいた会社は、こんな会社でした。とにかく、いろいろな意味で酷い会社だった。私の大失敗でした。

 とにかく、押出成型の装置は全部、移転した。めでたし、めでたし、だ。これで、興奮して、つじつまの合わないことを言いだす人の相手をしなくて済む。後はこちらから、後始末を頼むだけである。

https://www.google.co.jp/maps/@34.9478962,138.3492912,3a,75y,102.43h,91.85t/data=!3m4!1e1!3m2!1sljH4pFPdpzUFP5sKuLriyA!2e0?hl=ja
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鞠子川沿いに散歩をして駿府匠宿で模様している丸子カフェという所へ行ってきた。
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くまさん牧場というアイスクリーム屋で休憩、かなり、人気があって、有名らしい。


(^_-)-☆びっくり症状 [病]

 2081 それは、突然だった。かなりの不安を感じた。とにかく、一人きりの今の状態から出ようと思った。4時半。アラームで起き、PCにしばらく向かい、髭を剃り、小便を、着替えをし、ゴルフへ行く準備をし、5時20分になって、ゴミを外に出しながら、出発だ。その時、急に目眩がして、しばらく、じっとしていせざるをえなかった。多分、1分くらいだったと思う。何とか、前に進めるようになったので、ゴルフ場に向かうことにした。車の運転中、何度も目眩に襲われた。確実に、今まで、経験したことが無い、状況だった。異常だった。ゴルフ場に向かいながら、このままの状態なら、途中にある。行きつけの病院ハラパンクルアルガに、とびこんでしまおうか、その前を通過して、ゴルフに向かうか、迷っていた。結局、ゴルフ場に向かえば、友人がいるので、何か。万が一の時には助けてもらえるという気もあって、ゴルフ場についてしまった。バッグを預け、駐車場に車を止めて、しばらく、座席を後ろに倒して、安静にしていた。車から降りようと頭を上げた瞬間、また、今までよりきつい目眩に見舞われた。歩くのが困難になった。

こりゃ、逆に、このままでは、多くの人に迷惑をかけそうだと思い、そのまま、ハラパン クルアルガに向かった。エマージェンシの入り口から入り、症状を話し、その時は、気絶に近い状態だったのではないかと思う。そこの人が体温と血圧を直ぐにチェック、両方ともノーマルだった。当番医がやってきて、症状を聞く、ダラム クパラニヤ プタール。 ティダビサ ブルディリ。ティダ サキット サマスカリ ディマナ プン。ダリ 30ミニットゥ ラルー ティバティバ ジャディ スギニ。などと説明した。医者いわく、それだけ、説明できれ、大丈夫だよ、重大な欠陥があるという心配はないでしょう、でした。

注射をお尻にします、目眩を治す薬を出します。それを呑んでしばらくここで休んで、少しでも良くなったら、ここから出られますよ、という。その通りに、ふらふらするのに、一旦、歩いて。会計を済まし、薬を買って、救急ベッドに戻って、眠った。1時間ほどして、そこに、いた人に起こされ、買った薬を飲まされた。そして、病院から出た。7時半だった。皆さん、もう、6番ホールくらいまで行っているなと思いながら、家に向かった。 そして、すぐに横になり眠った。目が覚めたのが、12;30、目眩は治っていた。ホッとしたが、取りあえず、買った薬を昼食の後,呑んだ。
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そのまま家で休養とはいかない。本当はゴルフの後、寄るつもりだった。移転する予定の工場をチェックしに行ってきた。ジャバベカ2、カワン ラマ(kawan Lama)の直ぐ近く、歩いて、買い物に行ける場所。あるワーヤーハーネス製造工場の跡工場。使っていたといだけあって、直ぐに使えるほど、色々なものがあって、素晴らしいと思う。総二階で建物だけで700平方メートル(二階を入れれば1400平方メートル)は在りそうだ。家賃は200ジュタ。相場より、安いと思う。100平方メートルで240万円、400平方メートルで160万円などと、相場を無視してて、ふっかけてくる所に比べれば、非常に常識的な価格だ。
始める人に、これなら、十分ですと、つたえた。これなら、整備をどんどん増やせる。先行投資ができれば、仕事も、どんどん増やせる。

あるわけがない、とか、絶対にできませんなどと言い張る方々、どこのどなたかに聞かせてあげたい、こんな価格でも、工業団地の中に、使い勝手がよさそうの工場があると、そして、私は、ここで、アドバイザーのビザで仕事をする。できる。その時に、私はアクションをする。それまで、待つ。


タグ:期待 行動 反撃

(^_-)-☆何もしていない [病]

 1961 何もしていないということは、とんでもない事をしているということです。全く、別の話ですが、そして、とんでもないという事と言えば、過去に私はとんでもない事をされたことがある。

同じ会社の違う部門の日本人から、私の部門で作って、検査を済ませ、梱包もし、出荷ストックエリアに置いていた製品の中に不良品の混ぜられたのです。ほとんど、同時期に、二種類の製品で良品を抜き取って、不良品をいれられたのです。日本の客先から、インドネシアから出荷後三カ月くらいして、クレームが入った。ナイロンのコの字形の製品でした。一つは、折り曲げられた製品が50本の内5本混じっていた。もう一つは、閉じているのが普通だが、開いてしまっていた。一つ目は、人間が二つ折りに曲げてしまわなければできない状態だ。実は、検査でNGと判定された製品は、NG品を入れる箱に、間違えて使わないように二つ折りにして入れるという、作業標準になっているので、検査員が折っておいた製品から拾い上げて混ぜたのです。そして、半円に曲げた製品でも、一日ほどそのままにしておけば、真っ直ぐに戻るのです。ポきっとおらない限り、曲がった状態に保つことはできないのです。

二つ目は、開いているばかりでなく、やはり、折れていた。そして、それは、スタート時や終了時に出来る、断面寸法が小さい品物だった。製品が小さい時には、開いた状態になるが、寸法が大きくなって、OKになれば、自然に足が閉じる。この製品、40年以上作っているが、大きいまま開くことは、在り得ない。日本で私が始めて作って以来、40年以上、勿論、こんなクレームに有ったことはないし。その他の要因でもNG品を出荷したことはなかった。そして、その製品以外の多くの製品、その他のお客さんでも、クレームが発生する事はほとんどなかった。インドネシアでも皆無だった、それどころか、品質、納期共に、毎年表彰されていた。

いずれの製品にも製造年月日と製造者、そして、検査員の名前もわかるようになっている。彼が、不良品を作ったり、見逃したりすることは考えられない。それも、ほとんど同時期に別の人間がです。

もっとも、その表彰式に私が出席したことがない。ご本人、晴れ舞台と思ったのでしょう、担当以外の日本人が行っていた。そして、そういう表彰状や盾などは、来客に見えるように置くのが一般的だと思うが、私は見たことがない、どこかに仕舞ってしまっているのです。

そして、そのクレーム事件は、その日本人が私に対し、PHしている最中の出来事だった。両方とも、誰かが、わざと、まぎれ込まさなければ、できない現象だ。無意識にはできない。と、説明して、まったく、押出の知識がない人は、聞く耳を持たないどころか、現に混じっていたじゃないかと、どなるように言うだけ、そうでしょう、ご本人が混ぜたとは言えない。40年間、何十万メーター,何百万メーター作ってきたが、業と作ろうとしても、私にも誰にも作れなかった品物が混じっていた。また、1mの製品を二つ折りにしたものが、混じるなどということは、全くあり得ない話だ。混ぜるなら、もっと、ありそうなものを混ぜたらいいと思うが、知識がないから仕方がない。

こわいですね。これが、サラリーマンの現状でしょうか。気の毒にも思ったが、なにやかやで、パニック障害になってしまった、原因の一つだったと思う。

その人たち、私がいなくなったあと、コストダウン原料に購入簡素化のために射出で使っている原料で製品を作れと、元、私の部下たちに命令した。出来る筈がない、技術がないと怒ったそうだ。無知は罪だ。

また、もと。私の部下が見積もりの計算をして出した価格120円を見積書に12円として、客先に出してしまった。納入先は、スラバヤの南、パスルアンの工業団地だ、運賃の価格だ。製品は只である。会社を撤退するとき、引き受け会社に売値を通知した時に、指摘された。それまで、どんな製品かも、知らなかったという。それを、部下たちの責任にしたという。そして、価格の間違いは、それだけではなかったという。本人は知っていると思っている無知は大罪です。
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28,29日のパンガンダラン西海岸朝の風景。
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帰路の山の中の風景、茶畑が見渡す限りの場所があった。


タグ:ギラ ベゴ