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(^_-)-☆事件その後 [災難]

 2478 HDPEで、角棒の試作をした。断面長方形、30×20 一発目としては上々の出来、金型を一回修正するだけで、良品が取れそうだ。角パイプにしたかったが、上手くゆかなかった。直ぐに、ジャバベカ 1にある客先に届けた。その客先はスラバヤだそうで、早速、明日。スラバヤへ送って、評価をしてもらうという。というのも、想定して通りの形状で出来なかったが、むしろ、このままの方が、実用的ではないか、という。サンプル通りでなくても、使えれば良いという考えのようだった。
しかし、私としては、そいてい通りの製品ができるように金型を改造する、そして、出来そこないの製品の方がいいという評価になれば、それも、できるように、部品の交換という改造をする。とにかく、期待されてしまっているので、何とか、期待に答えたいというプレッシャーを感じる。来週末には、結果が出る。
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丸い金型から長方形の製品を作る。

MM2100のマンダムの事故だ。7月10日でしたか、インドネシア全体が、レバラン休暇に入る頃でした。マンダムでも、多分、仕事納めの人が多かったと思う。故郷へ、その次の日に出発予定の人が、大部分だったと思う。衝撃的な事件でした。最初は、5人と発表されていた死者は、その後、17人と発表があり、現在のところ28人になっている。まさかと思う人もいるかと思うが、これ以上、増えないとは言えない状態だと思う。

6月12日に、何とか大臣も迎え、華やかに工場と本社の竣工式をやったばかり、まさか、そっちの方とは思わなかった。ナンブ第二工場の隣の以前からの工場で、何か老朽化が原因の爆破かと思った。私は、その工場なら、何度か、工場見学や情報交換をしたものでした。2002年のジャカルタ大洪水の時、スンタールの本社に保管してあった製品が水浸しになり、売り物にならなくなり、処理に困り、この工場の広大な空きスペースに持ってきて、山積みにした。その内、その場所に埋めてしまった。何十トンという、製品が今でも、埋まっていると思うので、それらから、ガスが発生したのかとも思った。

この事故のその後の処置についての報道がほとんどない。じゃかるた新聞も控えめだと思う。何故でしょうか、マンダム、ギャツビーのテレビコマーシャルは事件まえには、かなりの頻度で流れていた。番組のスポンサーを沢山やっていたが、事件後は、消えてしまった。今はどうでしょうか、今も、私はギャツビーのイクラン(宣伝)は、流していないと思う。事故が起きた新鋭工場は稼働の見通しがついていないと思うし、古い方の工場も減産になっているのではないかと思う。保証も半端な金額ではないと思う。事故前までは、急成長をしていたが、一転、厳しい業績になってしまったと思う。  

責任はどこに?損失の補償や犠牲者への支払いはどこがするのか?相当、長引く問題だと思う。警察、保険会社、下請け会社の情報もほとんどない中、イワタニの現地会社のインドネシア人が逮捕されたというニュースが入った。原因も一部だと思うが、発表された。日本人社員(ポジションは?)にも事情を聞くために、インドネシアに戻るように警察から、呼び出しがいっているという。どうするのでしょうか、まだ、本人は、戻っていないようです。

日系の工場で、インドネシア人が事故によって亡くなったという話は、一人とか二人だが、何回か聞いている。その場合は、下請けではないが、その会社のその責任者は、例外なく、ほとんど、その日の内に、日本に戻ってしまうという。本社から、脱出命令が出るのだそうだ。危機管理の一環でしょうが、そういうことらしい。逆上したインドネシア人に袋だたきをされることを想定するからだ。今回も、例外ではなかったようだ。本人は、どうにも出来ないから、従うしかないし、気持ちは分かる。しかし、犠牲者やその関係者にとっては、許せない行動だと思う。これも、十分分かる。日本人としては、余り、話題にしたくない問題だが、相当、尾を引く問題だと思う。

様々な問題が早く終息し、コマーシャルが流れるようになることを願うし、こんな事件、二度とないように願うばかりだ。
 

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(^_-)-☆まだあった [災難]

 2436 原料、日本からの輸入だ。二か月半前に注文書を発行していた。それを、私は聞いていたが、その原料がいつ入るのか聞いていなかった。彼が先週、辞めてから、原料屋に問い合わせた。担当者曰く、まだ、日本からいつ製造するか返事が来ていない。びっくり、二か月半も前に注文したのに、黙って、只、日本からの返事を待っているという。一体、いつまで待つのでしょうか、催促をしていないで、もう、その事は忘れてしまっているのでしょうか。そして、注文をした、こちらのダイレクターだった人間も、催促していなかったのでした。私が、返事を三日待つから、すぐ、いつ生産し、いつ送るのか、いつ着くのか返事をしてほしいと頼んだ。そして、今日、返事が来た。今月中に生産して、来月九日に送り、会社に到着するのが10月20日だという。そして、おまけに、250kg注文してあったが、それでは少ないので500kgにしてほしいと言って来た。まったく、そんなことを頼むなら、二か月半前に言いなさいよ、と、言いたくなった。結局、この商社に担当者、日本のメーカーに注文していなかったのだと思うし、こちらの元ダイレクターも、その後、全く、知らん顔だったのでした。

そもそも、この樹脂、このメーカーの原料でなくても良かったし、この商社を使う必要もなかった。前ダイレクターが、どんな理由か知らないが、変えてしまって、注文してしまったのでした。この原料に関しては、近いところでは、日本や中国韓国にメーカーがあって、韓国系の商社を通して、韓国から購入していた、それを、日本メーカーとインドネシアローカル商社に換えてしまったのでした。もっとすごいことには、船便でなく、緊急に必要だからといってエアーでの注文でした。緊急に必要が、何で、二か月も三カ月も放っとくんだよ。今までの韓国製はUS$5.1なのに、この日本からのものはUS$6.3もする。それにエアー代がプラスになる。

もう、いい加減にしてよという心境で、注文をキャンセルした。注文書のコピーに真っ赤な大きな文字で、CANCELとプリントして送った。アブドゥールAbdur アブノルマルAbnormalに名前を換えた方がいい、と、新しいダイレクターが言っていた。苦笑いである。

先週、私は、今迄通りの原料、今迄通りの商社に注文をしなおした。10月10日には会社に到着するという返事を貰っている。それも船便で。

犠牲祭近し、24日木曜日ですね。そろそろ、牛やヤギが街かど、空き地、道路脇で売られるようになる。24~27日まで連休にする会社が多いと思う。その代わり、今週土曜日に出勤するのかな。
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小さな押出機、例の持って帰られたものが再び会社に戻った。
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チカランバラットゲート脇にショッピングモールやホテル、アパートメントなどの建設が始まった。ここにもバブルの始まりの象徴がある。
  

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(^_-)-☆置き土産 [災難]

 2433 先ほど8時頃、パラパラと雨が落ちる音がした。その内、ザーっと来た。一時間ほど続いた。久しぶりに聞く音だった。それと同時にカマールマンディーのランプの辺りから雨漏りがしだした。屋根に大きな穴が開いたのだろうか。このまま放っておけば天井が落ちるのではないかと思う。
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インドネシアへ戻ったのが先月の13日だった。約一か月、その間、一度も雨は降らなかった。一般的には、10月から2月過ぎまでが雨季なので、そろそろ、雨季に掛けての序が始まるころである。順調かなと思う。日本の秋冬がこちらの雨季、春夏がこちらの乾季になる。インドネシアへ旅の人は、覚えておくといい。日本の寒い時期に、暖かなインドネシアへ行ってみたいと思うのは自然だが、雨にたたられる可能性が高い。
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タマンミニの辺りからボゴールに向かう一般国道沿いの日系企業を訪問した。ダイレクター、営業やデリバリーの担当も変わったので、その報告と。現在の問題点の把握のためだった。注文量が増えそうだ。それの対応をしていない。納品を一週間に二回程度にするために、生産容量を増やす必要があることを指摘された。それと、昨日、訪問した会社でも要求されたが、各種、作業標準書などのドキュメントである。昨日と同じように、半年も前に、頼んであって、オーディットを早くできるようにしてほしいとも言ってあったそうだ。前ダイレクター、全く、無視をしていたようだった。これでは、その他の会社も、挨拶に行けば、このことは必ず指摘されそうだ。

デポジット(手付金)を支払った押出機が消えてしまった事に関して、前ダイレクターが、納品された後、約束の支払いをしなかったので、持ち主が持って帰ってしまい、それから、二か月、支払いをするから、持ってきてくれと頼んだら、もう、解体してしまって、戻せないと言われた事件に関して、一つの部品だけ、戻すことができないから、その分、値下げして、納入をするということになった。それでも、先方、その、支払いに関して、信じていないようだ。今度、納入したら、支払いをされず、押出機を取られてしまうのではないかと。それほど、前ダイレクターとの会話。約束は、酷いものだったらしい。

同じように事態がもう一件あって、引取機の事、これも、4月に30%の前金を払ってあることは知っていた。私は、その会社へいって、途中経過を確認してあった。三分の一ほど出来あがっていた。その後、やはり、入ってこない、その会社に電話したら、注文書が入っていないから、進めていないという。そんな!!そして、押出機と同じように、解体されているかもしれないと思いながら、注文書を送った。その後、三日過ぎ、何も連絡がない。心配で、電話をしたが、出ない。そこで、直接、夕方、4時過ぎに、その会社へ行ってみた。鍵が掛かっていて、誰もいない。隣の工場の人に聞いたら、もう、今日は帰ったよという。どうなっちゃっているのだろうか。また、明日、このことで、確認作業をしなければならない。どこもで、彼は、でたらめだったのだろうか。
まだまだ、問題は有りそうだ。


タグ:被害 放棄 問題
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(^_-)-☆すごい人の上 [災難]

 1820 久しぶりに、MM2100の工業団地へ行ってきた。ある会社への訪問でした。MM2100へ行っても、入ってすぐの会社へしか行っていないので、今回のように奥の方まで行くのは何年振りだろうか、4年ぶりかもしれない。ある会社から追い出された日以来だ。追い出した張本人が居なくなったので、今回、こういう機会が舞い込んだということだ。合弁のインドネシア人重役と従業員のトップのマネージャーからの案内でした。彼らは、再び私に手伝ってほしいと思っているのです。
現状どうなっているのかチェックしたくて、先ほど、その会社を訪問してきた。社長以外は全員、大歓迎、何と言ったって、生産している製品の大多数は、私が立ち上げたものだし、私が提供した装置がそのまま使われているのですから、そして、三年ほど前にいた従業員は、全員、私の教え子だからです。社長は、日本の支援担当をしていて、どういうわけか、親会社が変わった時から、現地の社長になって、それまでの社長は格下げになった、そして、約二年後に、帰国辞令が出された。私の技術や装置で持っているようなものなのに、前社長を本社から支援してきた彼にしてみれば、私を、歓迎できないのです。

悲しいかな、思った通り、私が居なくなった後、新しい仕事を全然取れていない。そればかりか、一種類(車やバイクケーブルコントロールシステム用のHDPEチューブ、これも、私が立ち上げた)を除いてほとんどの仕事は生産量が減ってしまっていた。それらの製品を注文している会社から新規の話があるが、出来ないと断ってしまっている。

会社にCCTV(監視カメラ)を40設置して、そのモニターを二人で常時チェックしていた。そして、ちょっとでも怪しい行為があれば、逐一、メモをさせ、報告させていた。二人を競争させ、その報告事項が多いほど、チェック担当者の評価を良くした。トイレにも監視カメラが取り付けられていた。人を信用できない、疑り深い、気が弱い、だから、瞬間湯沸かし器のような、弩鳴り方をする、それも、怒鳴られた方は、なるほどと、納得するような内容では無い、白のものを黒だと言って怒鳴るのです。本人は、恨みを買いやすいということを自覚しているから、従業員や周りの人達の行動に神経を尖らせるのです。

自分を疑う、自分を批判する、そういうことに異常に反応し、そういう疑いをされた人は、排除されるのです。気の毒と言えば、気の毒な人だが、そういう人が経営する会社の従業員は、只、耐えなければならない、逆らったら、無視されるか、いられなくなるような状態にさせられる。恐怖で従業員を抑え込むタイプだった。

これに似たような会社をこのほかに二社知っている。共通点は、オーナー社長ではない。従業員が200人前後で、アセンブリが主な仕事だ、ローカル企業と競合している。人数ほどの売り上げがないので、忙しい割に利益はほとんどない。こういう会社は、技術的に全ての工程を改善して、人数を減らすとか、資材の調達を効率的に安価にするなどをしなければならないが、日本人の能力が低い上に、感情をむき出しにしているだけなので、どうにもならない。支援をするはずの親会社も手だししない。

親会社は、従業員の意見を聞くべきだ。会社の雰囲気や経営者の性格や行状に関して、匿名でもいいから、思ったこと書いてもらうのも一つの方法です。結構、二重人格者が多いし、外面と内面が正反対という人も多いいので、日本から来て、本人に話を聞くだけでは、本当の親会社とは言えない。

 このくらいにして、今日、状態をみて、決めたことがある。明日から、行動する。
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MM2100の一番奥の突き当たり、この辺りは建設中の工場が多い。
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チカランバラットの出口導入路の途中からジャバベカ1に直接入るインターチェンジを作っているが、いつ開通するでしょうか、ここも、カリマラン川に架かる橋を作らなければならない。雨季の晴れ間は、真夏の入道雲が出現するが、そう長く持たないで、二三時間後には、また、黒い雲に覆われる。
  

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(^_-)-☆ちょっとした隙 [災難]

 1612 ウェブサイトへのアクセス10万回が近い、どなたでしょうか、何もプレゼントできないが、何か良いことが有るかもしれませんね。どこのどなたか、知る由もありませんが、なんとなくラッキーだと思ってください。

 また、事件が有った。ゴルフ場の事です。或るゴルフ場で、韓国人、平日にプレーしていて、15,16番ホール辺りまでは、電話をかけたり掛かってきたり、カメラをいじったりしていたので、小さな小物入れが、あることは確認していたが、プレーを終わって、その小物いれを出そうとゴルフバッグに入れてあったところから出そうとしたら、無かったという。同じカートのもう一人の人の荷物もなくなっていたという。
 HP、財布に入っていた現金クレジットカードその他会員証など二人ともである。垣根の外から、侵入して、カートの傍に誰もいないことを確認して、やはり、あっという間の犯行だと思う。

 ゴルフ場の事件は、ボールが当たる。カートがぶつかる、水に飛び込む。キャディーの気絶、そして、プレーヤーが熱中症や心臓、頭の病気などで倒れる。そして、物が無くなる。物が無くなる原因は、プレーヤーが置き忘れて、後で気がついた時には、見つからなかったという例は多い。日本じゃないのだから、これは、仕方が無いことと、あきらめるしかない。しかし、今日聞いた話のように、車上狙いというか、置き引きの様な盗難事故は初耳です。
 ただ、やられた人は、気持ちは少しわかるが、それでもキャディーの責任にして。高額な賠償を要求するのは筋違いだと思う。
 私は、財布はズボンの後ろポケットに入れている、カメラとHPはカートの屋根に張り付いている網のファスナーで開け閉めするケースに入れて置く。キャディーが必ず、注意とチェックをしてくれるから、忘れたことは、一回もない。
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PT.ASKAの現場に有ったもの、解体整備が終わったもの、これから、解体整備をする機械。一日で終わる仕事はほとんどないので、往復時間を節約するために、移動できる機械、装置は、ここへ運んできて解体、整備、組み立て、テストをする。入れ替わり立ち替わり入ってくる。
  

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(^_-)-☆治す薬がない [災難]

 1547 風邪がやっと回復に向かっている、日本での花粉症から解放されて、やれやれ、と思っていた矢先に、キツイ風邪を引いてしまった。それも、今週末には治る流れになっている。客先訪問もマスクをしながらだし、運転中も咳のしっぱなしだったし、鼻水、ずるずるの状態で、まいってしまった。

昨日からの続きの話、インドネシアで接した同じ会社の立場的には上の人、ほとんどみなさん私より若い、仕事を指導した若者は30歳くらい私より若かった。そういう人も含めて、ほとんど、全員が、“寝ながら人を起こす”タイプだった。自分が率先してやらない人が、インドネシア人や他の日本人に、あれやれ、これやれ、と言っている。お前は、だめだとか、努力が足りないとか、スキルが低いとか、言っている。それも、大勢が居る前で、大声で、日本語で、プッツン状態で言っている。まったく、見にくい、聞きにくい状態だ。周りに人々は、またかよ、といった顔で見ている。自分にもいつか降りかかってくると思っている。会社の雰囲気を悪くし、この人のために仕事をしたいとは思わなくなる。

そういう人たちは、私には、ある時までは、我慢をしているのでしょう、他の人に対するような怒り方をしないが、ある時に我慢が出来なる瞬間が来る、気に入らないことが、私の口から、一言出た瞬間、どっと、我慢の堤防が決壊する。私に怒鳴りだす、そののちに無視し始める。そういう人は、他の人には威嚇を繰り返しているのだから、いつかはそうなるだろうと予想される。聞いている私は、この人、気の毒に、的外れなことしか言えない、と思っている。反論すれば、もっと興奮するばかりなので、聞いているふりをしているだけ。

私の存在は、そういう日本人に比べると、言葉はできるし、部下、インドネシア人に優しいし、よく話を聞くし、皆さんの生活も援助するし、今までできなくて断っていた製品の注文は取ってきて、客先の期待にもこたえるし、その会社の利益にも貢献するし、仕事も長時間するし、自らやって見せるし、休日には、皆さんを遊びに連れて行くし、とにかく、インドネシア人からの受けがいい。
それが、気に入らないのです。うまく使えばいいのに、排除しようと考えるのです。自分の支配に危機感を持つのです。極端なことになるが、従業員全員が私なら、自分たちの不満や恐怖を和らげてくれるとおもうようになり、会社を乗っ取られる恐怖心に苛まれるのです。

 そして、私にしてみれば、思い当たることがない、理由を並べて、怒りを露わにするのです。仕事をしない人が、仕事をしている私にカッカとしているのです。仕入れた情報が間違っているかどうかなどの確認ができない人たちですし、私の仕事に関して、まったく素人さんです。技術の評価など全くできない人たちです。私に何もしなくていい、ということは、会社の利益を大きく損ねるなどということより、自分の眼先の利益を優先するのです。
 その人たちの三分に一以下の費用で、その人たちが出来ないことができるのですから、おだてて上手に私を利用するのが、本当の経営者だと思うし、そのくらいの余裕を持てる人がいないものかと思う。現実は余裕がない人ばかり、結局、本人がストレスをためるだけだ、気の毒に思うしかない。ずっとその状態が続くわけではない、そのポジションから降りた時、みじめな思いをするだけである。そして、消えてゆくだけです。
やって見せて手本になるような人になってください。インドネシア人からあの人と出会えてよかったと思われるような行動を取ってください。難しいでしょうがね、性格ですから。資質ですから。

最後に、70年前の頃それ以前、20年間くらいの日本軍が中国韓国東南アジア南太平洋で多くの人々に今でも恨みが消えないような酷いことをした。それは、今日、書いたような人々の仕業です。これは、現在のそういう人種の行動言動から、当時のことが想像できます。そんなひどいことはなかったという人もいますが、私は、やっぱり、昔の日本軍は酷いことをしたんだと思う。
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そろそろ、本格的な修復舗装が始まった、国道とまだまだ深い穴だらけのコタ チカランのメイン道路。


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(^_-)-☆交通違反 [災難]

 1542 私が最初に交通違反で捕まったのは、1997年 パサラヤ ブロックM 当時は西部パサラヤと言っていたデパートの東の道を南下していて、パサラヤを過ぎたところを右折したパサラヤの南に出たところで、白バイの警察官に呼び止められた。ジャラン ファットマワティ方向に向かった時でした。何故捕まったのか分からなくて、きょとんとしていたら、先ほどの交差点ではバスしか右折できない、と言われた。なるほど、前も後ろもバスばかり、ここは道はバス専用道路ではないので、その道の左側からはバス以外の車も入ってきていた。そこで、確か、当時まだ、20Rpが一円だった。4万Rp(約2千円)払った。
それから、ジャラン ファットマワティに左折しようとしたら、警察官が何人か待っていた。まずい、ここは、バスしか左折できない、と、気が付いた。左折しかけて、ハンドルを右に切って直進した。そなまま、100mくらい行ったところに、バイクに乗った警察官が私に車の前に出て、止まれの合図、曲がっていないだろ、と、言っても、だめだった、また、4万Rp払った。10分ほどの間に二回捕まったという、お粗末な話。

10数年間で、10回以上交通違反で捕まっているが、ここ、二年ほどは捕まっていない。最後は、タシクで一斉免許証とSTNKといって、車検証ではないが、それに近い納税証明書の様なものチェックで呼び止められ、その証明書の期限が切れていたとして、40万Rpふんだくられた。その車はレンタカーだから、請求はレンタル会社にしてほしいと言ったが、認められなかった。後にその金額はレンタカー会社から受けとった。

そんな、これで捕まるのという、ことは色々あったが、一旦捕まったら、言い訳はきkない、大体、50万Rpと吹っかけられる、ネガをしても30万Rpくらいにしかならない。

ただ一度、車でバリに行った時のこと、北海岸沿いの町を通過するつもりで直進をしていた。すると、突然、交番風の警官詰め所の前に立っていた警察官が、止まれの合図を出した。何事かと思っていたら、この道は進入禁止で、手まえの交差点で左折しなければならなかったらしい。一方通行の道を逆走していたのでした。
ところが、私の免許証を見て、“どこから来たのか、どこまで行くつもりか、一人で来たのか”などの質問をする。こりゃ、罰金の話は出ないなと、感じていたら、案の定、ここで、Uターンして、前の公差点まで戻りなさい、と言いながら、前から来ていた車を静止してくれて、Uターンをさせてくれた、気を付けて行きなさいよ、と、手を振っていた。こういうこともあった。観光客は大目に見るのかなと、思っていたところに、
昨日のテレビ、クタ海岸近くの交番での映像、ヘルメットをかぶっていないでバイクを運転していた観光客が20万Rp払わされた、その内容がお粗末、ビールを飲もうという話になって、その警官がその罰金の一部でビールを買いに行って戻ってきて、ビールを飲み始めた。やっぱり、バリの警察もジャカルタ付近も、中部ジャワでも警察官はみな同じ、とにかく、違反者は金ずるといしか思っていない。ま、こんなものでしょう、インドネシアの警察官は、というより、公務員全部が。
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 大井川鉄道 沿線の思い出。音に関する博物館、SLの撮影をする人が沿線にむらがっている。特に桜の名所には、SLと満開の桜というタイトルの写真を撮りたいのです。

タグ:交通 罰金 違反
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(^_-)-☆盗難被害 [災難]

 1484 よくある話である。昔 10年ほど前に、MM2100のある会社の事務所内のラップトップが20台ほど一晩の内に消えた。見事に盗まれたのでした。それから、しばらく、コンピューターだけではないが、何件かの窃盗事件が続いた。自分のところは大丈夫という気持か、事件があれば、しばらくはないだろうという気持ちから、対策や侵入されそうな場所のチェックを真剣にしないのです。
昔ほどではないが、偶に、倉庫にある在庫品が纏まって消えたとか、運送中のトラックから、積荷が、途中、消えたとか、輸入したはずの装置が港から消えたなどという話を聞く。ミステリーである。保険に入っているかいないかという話ではなく、何でもありのインドネシアなので、用心に越したことはない。

素人の出来心や思い付きではなく、プロの仕業である。狙われたら、防ぐことはまず不可能です。というより、狙われているなどと思わないのが普通です。

そして、原則的には守衛がグルになっている。眼を付けられた会社の守衛自ら犯行を行うことはないが、まず、守衛が誘われるのです。
駐車場の車上狙いもその通りです。どの駐車場にも、守衛がところどころで歩いたり、座ったりしていて、監視をしています。それでも、鍵穴を壊され、ドアを開けられ、中の物を盗まれます。車の持ち主が戻ってきたときに直ぐ、やられたとわかります。すぐそばにいる守衛に聞いても、知らなかったといいます。ほんの数分で可能な犯行です。守衛は見ないふりをするどころか、彼が実行犯に高価な物やパスポートなどが置かれている可能性が高い車を教えているのです。地方のホテルでは特に中止しましょう。貴重品は車の中や会社の事務机や棚に保管したり置いておいたりしてはいけません。

とにかく犯人に隙を作らないようにしましょう。今、インドネシアは洪水の季節です。洪水に見舞われても、避難をする人は、家に財産や資産が少ない人たちです。ある程度持っていると思っている人達は、一階が沈んだくらいでは、避難しません。理由は留守中に盗難にあうことを心配するからです。そして、その地域のセキュリティを信頼しないというより、彼らが、手引きをするからだと思っているからです。
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 ジャカルタ方向の洪水地帯へ急ぐレスキューの一隊の先頭。
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 近所のスーパーの日本から輸入食品コーナーの一部、日本で買う価格の二倍が普通です。右上の生ウドン真空パック、170円位です。花かつお、こんなにあって、売れるのでしょうね。誰が買うのでしょうか。
  

タグ:被害 盗難 用心
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(^_-)-☆とんでもないことに [災難]

  1271 こんなことがあっていいのだろうか。バンドゥン郊外でゴルフをするために夜中の1時過ぎにチプラランの高速道路をバンドンに向かっていた。97Km地点だった。急な登りが終わって、速度が上がった時でした。一瞬何が起きたのか分からなかった。目の前に大きなコンクリートの塊のようなものが現れた。避ける間もなく、激突した。ガガガッと音がして、右前輪がいっしゅう一瞬の内にぺちゃんこになったのが、わかった。多分、トラック落としたものだと思うが、急坂を登りきったところだったので、全然見えなかった。
車を路肩に寄せて、降りてみたら、タイヤは思った通りにぺちゃんこだった。しかし、それは大したことではなかった。右ライトの付近のプラスチックがまくれ上がってしまっていた。これも大したことはない。問題は、前方から、急激に力がかかったために、バンパーに覆われている部分全部が縮まってしまっているように見えた。バンパーが開けず、途方に暮れていたところへ、公団の車が後ろへ止まって、様子を伺いに来た、そのすぐ後、レッカー車もよって来た。
IMG_5885^.JPGIMG_5885.JPGタイヤの交換をして、エンジンを掛けて見たら、ラジエーターから水漏れが始まった。蒸気を吹き上げ出してしまったので、エンジンを切った。どこからか、水が大量に出てしまう、傷が出来てしまったのです。もう、いけない。この場ではどうしようもない。ゴルフに間に合うはずがない。
覚悟を決めて、バンドゥンの車修理屋へ運んでもらうことにした。レッカー車の後ろに持ち上げられ、私はレッカーの運転席に座って修理屋へ向かった。日曜の夜明け前と言うのに、修理屋で人が待っていてくれて、対応してくれた。部品の関係などで、月曜日の夕方までに、エンジンを掛けられるようにすることを保証してもらった。じたばたしても、仕方がない。走れるようになるまで、どこかで過ごさなければならない。それでは、それまで、どうするか。今更ゴルフと言うわけにもいかない。パンガンダランへ行ってしまおうと思った。タクシーでパンガンダランへ向かった。
今、パンガンダランにまたいる。着いてすぐ、チャガールアラムへ入った。
IMG_5889.JPGIMG_5889-.JPG一番期待していた蕾は先ほど開き始めたばかりという姿になっていた。まだ、開いていない。一通り、チェックして回ったところでは、新たに一つ咲いていた。花弁が通常5枚だが、この花は6枚ある。始めて見た変種だ。
ところで、日本の女性が昨日ジャクジャから来て、ラフレシアに会って、感激していたという話を、アウェン君から聞いた。携帯写真も見せてもらいました。Awen Katanya Cantik聞いた名前は違うがコメントを寄せてくださった方だと思う。幾つかに会えたと思う。多分、6枚の花弁のラフレシアは開いて間もなくのものに会えたと思います。
車は9日の夕方、バンドゥンへ寄って受け取りチカランへ帰る。ただ、走ることができるだけなので、外観は悲惨な状態のままのはずである。私が帰国中に治してもらえるでしょう。
9日中にどうしても、チカランへ戻らなければならい。
  

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