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(^_-)-☆バリ [知識]

 2822 インドネシアだからといってもバリ島のことではない。バリ取り 適正テストで、鉛筆削りやジャガイモの皮むきやバリ取りをしてもらって、器用さ、ナイフの使いかたを見たことがある。結構、このテスト、有効だ。
プラスチックの製品を作っている会社にとっては、必ず、付き合わなければならない厄介な代物だ。永遠になくならない問題だ。

押出成形では、切断面のバリ、鋸刃で切った場合は、ほとんど100%、切断かすをなくすことと、バリ取りという後工程がある。この会社は、それほど固いものを作っていなかったので、ほとんどの製品は、回転ナイフカッターで自動的に切るか、鋏で切っていた。それらは、かすやバリがないので、仕上げ工程を必要としなかった。しかし、固い製品の時には、それが必要だ。
このバリ取りの経験がない、前ダイレクターが、この製品の見積もりを出さなければならなくなった。私がやってしまえば、彼は、経験もできないし、何も考えないし、進歩がないと思い、それを任せた。原料費や製品重量やアワーチャージや収率などからの計算方法を示し、仕上げ工程があれば、一本あたりに価格を上乗せすることも説明しながら、書いて渡した。

射出の会社、これは、凄い。バリによるクレームが一番多いと思う。50年以上前から射出成型の現場は見ている。押出は一部門に過ぎない会社のもいたことがある。50年前と今では、成型機や金型の様子が全く違う。インドネシアで、日系だけでも10社以上、現場の見学をしたことがある。ほとんどというか、全部というか、射出成型は全自動だ。何やらセッティングをすれば、原料を容器に入れておくだけで、製品ができてくる。スプルーランナー?と製品が分離される。置かれた箱の中に落ちてくる。ベルトコンベアーに乗せられて、一定の場所に運ばれる。人は、何台に一人である。射出の現場は人がまばらで、仕事をしているようには見えない。

その製品を次の行程に運ぶだけ、その次の行程には、何十人もの女性がいて、左手で製品をクルクル回しながら、忙しく右手を動かしている。バリ取り工程です。一つの製品で何か所も取る、ものによっては何十カ所、一個のバリ取りが1分以上かかっているものもある。人によって、大いに速度は違う。そのあと、バリや引けなどの全品検査工程がある、ここも、バリ取り工程と同じくらいの女性がいる。OKとNGの種類によって分けている。NG品は、また、別の人がチェックし、リサイクルと先ほどのバリ取りに分けている。ここは射出成型会社というより、仕上げ検査会社?ではないかと思う。全自動と人海戦術。

それでも、返品やクレームが絶えないという。対策書を書きようがないが、一応、書いて出す。立入検査、オーディットも頻繁に行われる。
射出屋の日本人は、金型が悪いという。その通りだと思う。射出は、成形屋の技術は10%、金型屋の責任、90%だと自覚しなければならないと思う。バリが出ない金型を作る技術だ、そして、成形屋に扱い技術指導を徹底することだ。自分達の技術の結集で作った金型を、自分たちが思うような使いかたをしてもらうことだ。金型は曲先から支給の場合もあるし、使いまわしているものもある、金型ショット数の保証制限もあるようだし。よく分からない世界ですが、大変ですね。と、言ってやるしかない。
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男性で、こんなパイプのバリ取りもできない人がいる。あなたは、この会社の仕事には向いていないですね。他に、向いた仕事があるかもしれません。頑張って探してくださいと言ってやるしかない。
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雨季の晴れは、カンカン照りになり、じりじりとした暑さになる。そして、道端の生ごみが悪臭をまき散らす、この街の匂いになる。
 

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(^_-)-☆止せばいいのに [知識]

 2790 火事場の検証や掃除が終わって、周りの雰囲気は何もなかったようになっていて、そこの真ん前まで行って見ないと、火事の跡かどうか分からないくらいだ。 白壁が多いが、それほど、黒くなっていないし、窓の内側は黒くなっているが、ちょっと見ただけでは、暗くなっているだけに見える。あれほどの爆発があった割には、外見は何ともない、只、ちらっとしか見えない奥の方のダメージは酷いことが想像される、爆発は、建屋の裏側だったから。
 私の工場の裏の敷地にドラム缶が飛んできて落ちた跡があった。
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 また、移転予定の工場の様子を見てきた。とてもじゃないが、今月22日からの引っ越しは無理、一か月前に、無理だと思っていたが、今日の様子では、今月末どころか、来月末でもどうかという状況だ。出来ないことは、分かっているに、聞けば、出来るという。私の方からは、何も言う気がしない。
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ここ、一か月ほど前に、ナイロン1010というナイロンが売り出されていることを知った。ポリアミドPAの種類は、理屈的には無数にあるには違いないが、何でもかんでも売り出せばいいというものでもない。新しく売り出すナイロンは、優れた物性があるとか、同じようなら安いとか、従来品に比べて、勧める要素がなくてはならない。今回、この樹脂を提案されたのは、N11が高いので、ほとんど同じ物性で、見かけもほとんどおなじで、安いナイロンをと商社に相談したところ、勿論N12でもいいのだが、N1010はどうかと、提案された。ヘっ?そんな樹脂があるの?11ナイロンのメーカーから売り出しているという。同じ、ヒマシ油から作られるという。

安いと言っても、決して安い樹脂ではない。N11がkg、18US$くらいだが、こちらは15~16US$だ。PPが1,7US$、PCのナチュラルが3~4US$,光拡散剤入りが6~7US$,N6が4US$くらいとすれば、滅茶苦茶高い。勿論、輸入、こんな樹脂を扱う押出成形屋はインドネシアで私の処しかない。余計なことをしないでじっとしていればいいじゃないの、止せばいいのに、なんで、こんな面倒くさい樹脂を扱うのと、自分でも思う。

試作は終わった。新しい製品見積もりサンプルを持って行って、客先に提案をする。
 

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(^_-)-☆試して、目から鱗 [知識]

 2789 蚊取り線香、蚊に刺されないように、蚊よけは年中必要だ。以前、蚊取マットの効果について書いたことがあった。メーカーは、HIT,BAYGON KINCHOなどがある、スプレー、マット、蚊取り線香、一応、Anti Nyamuk Lalat Kecoaと書いてある。蚊、蠅、ゴキブリ除けということだ。私はすべて使っているし、自分の体に塗るタイプとスプレーするタイプも使っている。とにかく、どんなに密閉しても、密閉ができていないのでしょう。蚊は入ってくる。シャワー室、寝室、居間どこにでもいつの間にかいる。常に蚊取線香とマットは替えて、効果がある状態に保つことにしている。
 その時に、気になること、マットを包んである、シートから取り出すのが面倒だ。上手に取り出せないというか、シートを破く作業がうまくできない、イライラしながら、縦に裂くようにしているが、今もって、納得できる取り出し方ができていない。
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そして、蚊取線香の剝がし方だ。日本の場合はどうか知らないが、インドネシアの蚊取り線香は、プレスの型抜きの金型の精度が良くないのでしょうか、剥がした後のバリが非常に多いし、粉が大量に落ちる。しっかりくっ付いてしまっているのです。それを剥がすのが面倒、無理に剥がすと折れてしまう。折れてしまえば、折れていないまともな、蚊取り線香の上に重ねて置き、使うしかない。以前、真ん中の方から押せば、うまく剥がせるという話を聞いたことがあったが、真ん中から、どういう方法で剥がすのか、外側からでも、途中方でも、真ん中からでも同じこと、結局、不採用だった。そして、今は、簡単に剥がせる方法に出会って、苦にならなくなったし、追ってしまうことなくなった。簡単です。裏返して剥がせばいいのです。しつこく、くっ付いている物ほど、その差が分かる。アールのある方を下にして、上に剥がせばいいのです。日本で売られている物はどうでしょうか、あまり、差がないかもしれない。
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6;21スタート、この写真の時は、私たちは一組を待つだけだった。後ろを見ると、何組でしょうか、私たちの前をいれると13組以上並んでいた。間隔を7分とみて、一番後ろは1時間半待ちになる。10組くらいのコンペと聞いた。全て、インからのスタートだそうで、このコンペ、最初の組が終わってから、表彰会場で一時間以上、待たなければならない。無駄な時間が多くなるなと思う。イン、アウト半分ずつスタートできればいいのにと思う。
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キーボードが機能を無くすとは思いもしなかったが、キーボードの外付け、こんな、使いかたもできるんだ。千円もかからない、安い費用で、万事解決した。日本で修理に出したりしたりしたら、一万円以上払うのかな。


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(^_-)-☆エコ雑知識 [知識]

 2778 プラスチックの袋(カントン プラスチックkantong plastik)、スーパーマーケット(ジャイアン、カルフール、ハイパーマート、ファーマーズマーケットなどなど)、の多くで、今や、200Rpで、売ることになっている。コンビニでは、まだ、無料だ。いつ、スーパー寄ってもいいように、私は、車に、必ず、プラスチックの袋を二三枚置いてある。お金がもったいないのではなく、資源節約のためだ。この二年前ほどから、そういう具合にインドネシアでも、なってきているが、ほとんどの人はマイバッグを持っていないと思う。レジで、私に確認もしないで、店の袋に入れようとする。私はそれを断って、袋を出して、自分で袋に入れる手伝いをする。どの店員も、何やら、複雑な顔をして私を見ながら、ニッコリする。日本人だぞ、と、私は、内心、思う。
余計な事だが、kantong plastikインドネシア語として正しい。英語ではplasticだが、インドネシア語にして書くときには、最後のcをクと発音する場合は、書くときにkにするのが習慣です。ちなみに、このkも実際には聞こえない、プラスティッと聞こえる。スーパーマーケットのgiantは、ジャイアンと言います。ジャイアントではありません。ドラエモンのジャイアンはGianですね。インドネシアでは、どちらも同じに聞こえます。ギアンと言って笑わす人もいます。インドネシア語読みならそう読んでも不思議ではないからです。コカコーラCocaColaをチョチャチョーラと言っても、おかしくないように、というか、冗談で、そういう人いる。

ま、それにしても、プラスチックの袋を有料にしただけの話で、それも、ほんの一部のスーパーマーケットだけ、それも、自袋を持ってゆく人はほとんど見かけない。一袋2円もしない、5袋使っても8円くらい。有料化にするなら、せめて、1袋10円くらいにしなければ、ダメだと思う。スーパーで売っている買い物バッグの値段が200円くらい、これでは、買わないで、袋代を払った方が安いし、無視できる金額だ。

巷には、捨てられたプラスチックが、至る所、道端に捨てられている、時には。油を掛けて、それを燃やしている。異臭、刺激臭が、どこからともなく流れてくる。それを何とかしなさいよと言いたい。

ちょっと、また、逸れるが、コンビニやスーパー出だしてくれるプラスチック袋は、プラスチックの袋であって、ビニール袋では、ありません。ビニールというのは、プラスチックの多くの種類の中の一種にすぎません、そして、ビニールを原料にして作られる袋は、ほとんどないはずです。多くはPP(ポリプロピレン}かPE(ポリエチレン)袋です。また、“ポリ袋“というのも滑稽です。ポリというのは、沢山という意味です。ポリエチレンというのはエチレンの分子が沢山つながっているという意味です。それに対し、モノが一つという意味ですね。モノレールはレールが一本ですね。

シンガポールからサプライヤーを迎えた。リルサンを売ってもらっている会社だ。毎月250kg購入している。主にバイクの何かのホースのプロテクターチューブとして使う。多分、客先の依頼で11ナイロンチューブを作っているのは、インドネシアで内だけだと思う。どこの商社に聞いても、扱っていないという。ただし、日系の一社で。自社でアセンブリーするために、日本の本社から他の原料と一緒に送ってもらって、チューブを作っている会社はある。そこが、チューブを売るという仕事をしていないというか、プラスチック製品を売るというライセンスはない。
話は飛ぶが、インドネシアというところは,面倒くさいところで、仕事をするのに、内容に対して、いちいち、申請し、許可を取らなければならない。届け出だけでは駄目である。それが、かなり細かく分類されているので、何かを買って、それらを使って作った製品を売る。何を作るか、何を売るのか、細分されているので、何種類かの許可を取らなければ、許可がないものを作ったり、売ったりしてしまう場合があるので、お金をかけて、ちょっとでも、広い範囲のライセンスを取っておく必要がある。そして、そこには、アンダーテーブル、贈収賄、コルプシの温床にもなる。プラスチックの製品を作る会社が、原料を買って、製品を作って売るのは勿論、いいのだが、原料を売ることはできない。下請けにその原料で製品を作ってもらって購入して売ることはできるが、下請けには、原料を売るのではなく、支給するのです。で、加工賃だけを払うのです。

仕事の種類の多いこと、分厚い雑誌になっている。プラスチックの成形も細かく分類されている。

製造販売のライセンスを持っていても、製造装置がないなどで、実際には製造していないで、下請けを使って作らせて売るだけの商売はできない。それをするなら、商社のライセンスが必要だ。
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ジャカルタのグロゴール付近にある国立心臓病院とがん専門病院、ほとんど並んでいる。私は、心臓の方、RUMAH SAKIT HARAPN KITAに何日か入院したことがある、そして、パニック障害
http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0063.html
でインドネシアから脱出するために、空港に近いということで、この病院に入院し、夜中にここから、密かに脱出し空港に向かい、日本に決死の覚悟で帰った。

(^_-)-☆四回目 [知識]

 2758 今回、日本での最終回、南部のOB会、牧が原茶畑の中になる。相良CC、ここも、山の中という感じで、上り下りや右往左往が多い。ラフが深い、真上から見ないとボールが見つからない。一度、見つけても、何か目印を置いておかないで、目を離すと、また、見失って、探さなければならないほどだ。
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右肩と左脇したが痛む。右肩は50肩、左脇は首のヘルニヤからきているという。どちらも、普段、忘れていることが多いが、書き物をしているとき、マウスを動かいしているときや寝るとき右肩が下になるとき、深呼吸をしたとき、左脇が痛いと気づくくらい、酷く痛むというわけでもない。ゴルフをしているときも、ゴルフをしているから、その動きで痛むということもない。ただし、徐々にではあるが、痛みを感じる頻度が多くなっている気がする。
痛み止めの薬と膏薬を医者から処方されているが、飲んだり貼ったりすることを忘れているときが多い、だから、治らないのか、少しずつ痛む頻度が増しているにか、安静に近い状態にしていないから、そうなのか、分からないが、とにかく、生活で大きな障害になっている分けでもないので、真面目に直そうとしてもいない。成り行きに任せている。
何か、気になる痛みだが、深刻な病気からくる痛みではないと、勝手に思っていて、精密検査を受けようと思ってもいない。

日本での家族以外との付き合いは、今日で終わり。と、思っていたら、新たな用事を頼まれた。孫会社から、有る客先から、新しい図面が入っていて、それをできるかどうか返事をしなければならないので、私にアドバイスを求めてきた。何やら、私が扱ったことが樹脂での話だ。それも、初めて聞いた樹脂名だ。共重合樹脂は明らかだが,どんな特徴があるのか全く分からない。先日の軟質アクリルと同じように、なぜ、その樹脂でも製品を求められるのか、分からない。何も、そんな、私が聞いたことがない樹脂で作らなくても、昔からある樹脂で作って何が都合が悪いのかも、分からない。何か、日本では、些細な改良とか改質をして、売り込みの材料にしているような気がする。何も、その樹脂でなくてもいいじゃないの、と思う。

共重合樹脂やアロイは、樹脂の配合比率で無限大にできるのだから、知らないことを気にする必要はないし、知っても、仕方がないような気もする。

とにかく、安くできる方法を提案しようと思う。


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(^_-)-☆重要会談 [知識]

 2704 いつものゴルフ場がブッキングが出来ず、チカンペックに行ってきた。5;30前に家から出て、イジップの会社により、そこで仕事をしている人の車で一緒に向かった。空いている、順調に到着、07;50スタート、コースはガラガラ、早い速い、10時前に終了、3時間だった。シンガラジャのレストランに着いたのが、11時ころ、11時半にならないと、料理を出せないと言われ、仕方がないから、まった。12時過ぎには出勤、皆さんの仕事っぷりを観察しながら、少しだけ現場を手伝った。ブカプアサをいつどこにするのか、THRの計算方法や評価との関係を話した。

15時、グランド ズリGrand Zuriでスマランから見えたエンダンさんとミーティング。 サンパイ ブカ プアサまで、ヘニー君(工場長)エコさん(貸工場の持ち主、オラン バンドゥン)の四人で、何やかやと話した。とにかく、インドネシア語で、早口の会話、私が日本人だということを全く意識していないからの話し方に、ほとんど、問題なく、入り込んでいっている自分がいた。

新工場の移転について、私の考えを分かってもらい、今まで借りようとしていた面積の倍を借りることにし、狭くなれば、中二階を増やしてゆくことで納得、8月末までに、移転を完成するために、建設も急ぐので、来週水曜日以前に、レーアウトを示すことを決定した。この会話の中で、ヘニー君の賢さが分かった。彼を同行させて良かったと思う。私が言いたいことの80%以上は、彼が話すので、17時前だが、私は、私はお腹がすいたにで、勝手に、まだだけど、ブカ プアサにして食事をさせてもらいながら、聞いていた。そして、頷いていた。明日、ゴルフが終わってから、彼と話すことにした。彼に、任せてしまっていいと思うが、全て、彼にゆだねることは、彼にとって重荷になると思い、私が主な案を出すことにした。

その他、韓国企業への裏金のこと、私は初めて知ったが、前々、ダイレクターが約束してしまったことで、その経緯は、私が最初、関わった日系弱電メーカーの仕事をいていたが、その弱電メーカーのインドネシア人スタッフからに紹介で韓国企業の仕事をもらえる様になった。その条件が、韓国企業のインドネシア人に売り上げの30%(製品単価の30%)を渡す、そして、紹介した日系企業のインドネシア人と分ける、そういうことにして、受注に至った。
だから、その仕事は、やればやるほど、赤字が膨らむ、そのうえ、帳簿上も請求書が無いのに、お金が出てゆくという、税務上説明できない、ペナルティーを食らいかねない問題が有る。コミサリスは、その話を前若ダイレクターから、聞いていたが、仕事を続けていた方が良いと思い、黙認していたという。私は、その仕事が、無くなってもいいから、裏金は止めますと、宣言した。それでは、太田さんが、危ないことになるかもしれない、と、言われたが、私は、永久にこんなことを続けるわけにいかないので、やはり、止めると宣言した。新責任者、マーケティング ダイレクターとして、客先の韓国人に、挨拶に、まだ、行っていないので、挨拶に行くことも話した。

エコさん、よくしゃべる。彼に工場を見せて説明してよかったと思う、状態を理解し、面積は、今までの倍以上は必要だとエンダンさんに適切なアドバイスをしてくれたと思う。また、レーアウトで一番肝心なことは、床の状態をどうするかを決めることだと言ってくれた。コンクリートで床を覆ってしまった後で、何かを埋め込んだり、掘り返したりすることは、したくない、一番厄介なことになるから、床の状態をどうしるか最初に知りたいということだった。私がいう必要はなかった。
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6時前に、ブカ プアサを知らせる太鼓が打たれた。私以外の三人は、様々な料理や飲み物やお菓子類が並べられた場所へ行って、それぞれを持ってきて、早速、食べたり飲んだりしだした。他のホテルの滞在者も一斉に、このレストランに集合してきて、急に華やかに賑わい出した。それほど大きなホテルではないが、ブカ プアサの様子を始めてみた。イスラムにとって、欠かせない雰囲気で、生まれながらに習慣、生活の一部、これはこれで、平穏な状態なのでしょう。

おまけ、なぜ、ジャバベカ5辺り、私は住んでいる場所近くに、大規模なドライポートが出来ているのか、疑問に思っていた。エコさんの話にいると、高速道路の工事が間もなく始まるとう言う。日系企業が受注したという、第二高速道路だ。ジャワ島の北海岸に沿って、タンジュンプリオク港から、これも、日系企業が受注した、新コンテナ港(スバン)までが、工事区間だという。ジャバベカ工場団地の北を通過する、そして、私たちの新工場は、今は、ど田舎にあるが、直ぐ近く、インターチェンジができる予定だという。その、着工式が8月だという。その式にジョコウィ大統領が鍬入れに来るという。太田さん、大統領と一緒に写真を撮れるよ、などと言っていた。この話、つい、三日ほど前に決まったという。本当かどうか、私は知らない。でも、有ってもおかしくない話だ。私は、かねがね、高速鉄道より高速道路だと言っていた。そのバンドゥン人のエコさんもバンドゥンまでの高速鉄道は大赤字になるでしょう、大きな事故が起きる可能性も高いと、疑問を話していた。
  

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(^_-)-☆10周年 [知識]

 2703 先日、ゴルフ仲間と食事をしていた時に、誰かが、下痢の話をし、また目眩の話をした。太田さんは、元気だから、なにもないでしょうね。と、言われた時に。実は、と言って、先ず、過呼吸の話をした。死ぬかと何度も思ったが、死にたいとは思わなくて、ここで死んでたまるか、このまま死んでたまるかと思った。しかし、恐怖だった。紙袋を被せられた話、総合診療科に行きなさいと言われた話などをした。皆さん、なるほど、という顔をしていた。

パニック障害、あれから十年になる。知らぬ間に、そんな昔になってしまった。年も取った。記憶によると、薬のおかげで、翌日から、症状はほとんどなくなり、一二年後には、症状のことを考えることも無くなっていたと思う。薬は、一種のお守りのように携帯している。今持っている薬は、平成26年10月末に、一日一回、30日分を処方してもらった。今、10日分残っている。だから、二年半前からは、20日分しか飲んでいない。それも、たまに、原因不明の軽い目眩が来た時に、思い出して、一回飲むだけ、飲まなくても、いいと思うが、一応、有るから飲む。医者に、この薬をもらう時に、こんな飲み方をしていると、話した。そういう人もいますよ、と、いっていた。
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当時のことを書いてある。
この十年の間にエマジェンシー(ダルラッ)に二回行った,一回は、原因は、長時間運転とその後の長時間の現場仕事だと思うが、目まいがきつくてシロアムに駆け込んだ。何でもないと言われた。二回目は、多分、トイレで力み過ぎたからだと思う。頭がぼーっとして、トイレから、ズボンをまともに履かないまま、這い出した。会社だったので、近くのハラパンクルアルガに運び込まれた。着いた時には、いずれも治っていて、こちらも、何でもないと、言われて、すぐ出てきた。年だからでしょうね、パニック障害の症状だとは全く思わないが、お守りにしている薬を一回分ずつ飲んだ。
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仲間から、原因は?と聞かれた。タンバー(溜まる) ストレスだよ、仕事のし過ぎ、いろいろ考え過ぎだよ。何事も真面目に一生懸命やる人がかかりやすいらしい、言ったら、全員が一致して、それは、無いでしょう、と言われてしまった。自由気ままに生きているように見えて、ストレスなど無縁と思われても仕方がない、動きをしていることは、自分でも分かっている。だから、そのときだけで、すぐ直ってしまったのかもしれない。

中には、本当のパニック障害じゃないでしょ、本当のパニック障害なら、薬だけでそんなに早く治るはずがないという、意見を寄せてくる方もいらっしゃる。もっと深刻な人が多いようだ。私は、ラッキーだったかもしれない。滅茶苦茶苦しんだと、自分では思うが、その期間は、自分でも思い返すと、かなりの行動をしたと思う。何とかならないかと、インドネシアでは大病院、日系病院、近所の病院、約3か月行動しまくった。日本へ脱出してからも一か月間、大病院の救急に、何度も、飛び込んだ。そのたったの4か月だった。やはり、神経をよく使う神経質な人間ではないようだ。私は神経をよく使っていると思うのだが、世間様の方々は、もっともっと、神経を使っているのでしょうね。

73歳近い、老人としては、世間から見れば、かなり、ハードな動きをしていると思われるだろうが、私としては、決して、無理、無茶をしていると思っていないし、頑張っているとも思っていない。自然にやりたいことをしているだけです。それが、できる事が、パニック障害になった原因かもしれないし、短期間で治った原因かもしれない。私は両方だと思っているから、私が動ける限りは、自分のペースを変えることはできない。
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毎日のブカプアサに飲むものを道端で売る風景が、風物詩になる。
 

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(^_-)-☆VISA知識 [知識]

 2642 日本で取ったので、インドネシアに戻って、次の何種類かは、エージェント(サクラ)に行って、パスポートを渡せば、申請をしてくれて、イミグレ(私に場合はブカシ)写真撮影、サイン、指紋をして来れば、その三日後くらいに、ほとんど、全て、終わる。

日本からインドネシアに戻るチケットは、ビザ申請の時に必須だが、その出発日をいつにするかが問題で、その日を決めるのは、インドネシからVSBが大使館にテレックスで届けられ、私の方にe-mailで入ってくることが大前提になる。

しかし、今回の場合は、招請状について、全く、エージェントも会社の担当者も、必要という認識がなくて、私から、エージェントに、聞いたところ、VSBのコピーとパスポートとそのコピー、エアーチケット(e-tiket)と写真を持ってゆけばいいと言われた。ちょっと変。「それだけでいいの?招請状や履歴書はVSBと一緒に大使館に送ってあるのか」と聞いた。 「送ってない、会社から、太田さんは受け取っていないのですか」と言われた。会社の担当者、「そんなことをエージェントから、聞いていなかった」と言う始末。それから、エージェントから会社にフォームが送られ、コピーではなく、オリジナルを郵送してもらわなければないので、また、確定できない何日か日数がかかることになってしまった。
これでは、いつ、インビテーションレターが届くのか分からないので、インドネシアに戻る日を決められない、エアーチケットの手配もできない。それから、私が持ってゆく書類の種類やまだ、足りない書類の入手方法や大使館で渡されるフォームへの記入方法を確認した。インビテーションレターを発送したという、メールを、5日待ったが、どうなっているのか、連絡がない、私の方から、催促のメールを入れた。返事は、書類のコピーと共に、昨日、送る手続きをしたということだった。こちらから、聞かなければ、知らせないのかよ、という、気分。

発送日を確認したが、まだ、信用できない。何日かかるのか、その書類が、正しいのか分からない。だが、チケットは手配しなければならない。10日の出発という目標を変更し、それから10日後にした。10日の余裕があれば、間に合うだろう、と、思ったからだ。もし、まだ、問題が有って、申請できなければ、もう、その日にビザなしでインドネシアに戻ればいいと思った。そういう意味もあって、格安だったし、往復チケットにした。

2種類の書類が、送ったという日から4日後に、届いた。これで、ビザを申請できて、予定日に余裕をもってインドネシアに戻ることができるようになったと思った。ここまで、漕ぎつけるのに、会社の定款を変えてから、3か月近くかかった。無知とチェック不足と連絡不足が、エージェントと会社の担当者の能力不足で、余計な時間がかかってしまった。私が催促や確認を促さなければ、いつまでも、出来なかったかもしれない。インドネシアです。
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東京へは申請と受け取りで2往復した。交通費はシンガポール日帰りと変わらなかったが、順調にビザ312を取ることができた。もう、増刷ページの方だ。
 

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(^_-)-☆選択ビザ場所 [知識]

 2641 藤枝でした。ここには、家から、国道を西に向かい、宇津ノ谷トンネルを抜けると、もう、藤枝市、しかし、ここは、岡部町。バイパスを降りて、藤枝市街を通り過ぎるころ、右に、案内看板が見える。30分くらいの距離だ。土曜日、昼食付き、キャディーが一人ついて、1万6千円でした。シニヤーゲストだったが、やはり、高いと思う。桜は見ごろで、一応満足。ゴルフはあと一回。
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ピンクの絨毯、グリーンに、道に、淡いピンクが敷き詰められている。
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楓の一種だと思うが、グラデーション紅葉をしていた。

何故、今回、日本でビザを取ることにしたかというと、未確定事項が、多くて、インドネシアに戻るタイミングを掴むことが難しいと思い、日本で、待つことにした。そして、日本で待つなら、シンガポールに行かないで、日本で取ってしまおう思った。

金額のことを考えた。ビザがなくなって、インドネシアから出るときに、はっきり、いつ、シンガポールに行くか分かっていれば、日本への往復航空券とシンガポールへの往復券を買えばいい、そして、当然、いつから、仕事ができるかも分かっているのだから、ベストだ。1300US$くらいだ。バカにならないのが、日本での交通費、この場合は、静岡東京二往復なので、200US$近くになる。
何もかもはっきりしていない場合、シンガポールで取るなら、日本へは片道チケットで帰って、インドネシアに戻るときに、日本からの往復チケットが必要、そして、シンガポール往復、それに、交通費を合わせると、2500US$(28万円)くらいになってしまう。なおかつ、インドネシアに戻って、一か月以内にシンガポールへ行けばければ、また、いったん、国外に出なければない。その場合は、エアーアジアを使ってでも200US$くらいは余分になる。イミグレでのリスクも高くなる。
そして、日本で、いつとれるかはっきりしていれば、日本への往復チケット(日本のインドネシア大使館にビザの申請するときに入国チケットだけを示せばいいし、ビザが取れていれば、インドネシア入国の時に、インドネシアから出るチケットはいらない)だけで、いい。これなら、航空券1000US$静岡東京三往復300US$になる。これが、ベストの金額だ。15万円くらい。
しかし、今回の私のような方法は、手続きや書類の不備で、なかなか、日本で取れない心配があって、とりあえず、片道チケットで帰国した。これが、800US$,そして、インドネシアには片道チケットを買えばよかったが、ネットで格安をチェックしたところ、往復でも500US$というのが見つかったので、それにした。静岡東京三往復300US$を足して、1600US$ということになった。今のレートで約18万円、22ジュタRpだった。今回はラッキーだった。
どうでしょうか、自分と会社の担当者と代理人、合計の能力次第ですね。初めての何かも他人任せの場合は、やはり、金額は会社負担だろうから、日本で、しっかり取ってくることです。
  

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(^_-)-☆どうでもいいか [知識]

 2633 桜の開花がつい二日前、例年、静岡の標準木の開花日は日本で一か、二番だが、今年は、かなり遅かった。また、千葉銚子も例年よりかなり遅くて、昨日だったようだ。原因は言われている。専門家曰く、より早く咲いた地域に比べて、暖かくなるのが、遅れたからだという。いかにも、暖かくなる速度順に咲くようなことを言っている。それはそうに違いないと思う。が、しかし、私はちょっと違う考えを持っている。理屈っぽいが、それぞれの土地の桜は、それぞれの温度意識があるのだと思う。寒い地方と暖かい地方の感覚が違うのだと思う。寒い地方は、少し寒い場合でも咲く、暖かい地方は、寒い地方が咲いた温度を感じても、まだ、咲かなくて、もう少し、暖かくならないと咲かないのだと思う。開花温度に差があるのだと思う。静岡や千葉は。そこの桜は、他の地域より高い経過温度が必要になっているのだと思う。
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地震があった。静岡は震度いくつだったでしょうか。震度2以下だと思うが、よく揺れ、それも、少し、ということは、震源はかなり遠方とわかる。M6.1だとか、東南海地震を予想されている地帯の真ん中か。ところで、予想される大地震の前触れか、いつ来てもおかしくないといっている専門家はどういっているのでしょうか。直ちにコメントがあると思っていたが、どうでしょうか。報道で新幹線や建物などへの影響についてはあったが、地震に関しての解説はなかったように思う。どうでしょうか。
専門家の予想では、いつ起こってもおかしくないといわれだして、もう、40年以上過ぎる。この二三千年の間では、150年ほどの間隔で大地震が起きているが、今は前回大地震から150年以上過ぎているからだという。
しかし、私の思うには、二三千年の間の統計で、予想するのは、奇妙だと思う。せめて、一万年前ほどからの統計がほしい、しかし、それは、無理でしょう。ということは、専門家の説は、変でしょう。静岡では、大地震が予想されて以降、大地震ではなく、M6~7程度やそれ以下の揺れが何回か起きている。それによって、8以上の地震が起こる確率は少なくなるというか、応力緩和になっていると思う。
それに、沈下や隆起を知る計測器が設置されていて、それらのデータである程度大地震を予想しようとするには、十分なのでしょう。足りないから、もっと、多くという話を聞いていない。そして、そのデータは、全くと言っていいほど、定期発表と解説がない。まさか、知りたければ、データ収集場所へ見に来いというわけではないでしょう。地震津波の予想は、現在、全く不可能でしょう。日本もインドネシアも、大きさは分からないが、どこに、いつ来てもおかしくないと予想するなら、その予想は、大正解だと思う。
三重県沖地震は、大規模地震との関連について、コメントを出してほしいものです。April Fools' Dayの地震でした。
 

タグ:地震 開花 満開
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