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(^_-)-☆出会い [思い出]

 3349 私から求めた環境や出会いではなく、また、そこでなければならないと他人に押し付けられたわけでもなく、何となく入り込んだり、何となく、会ってしまった環境や人から将来の方向がほぼ確定された。運命というか、付いていたというか、そういうものだと思う。それらを参考にしよう、見習おう、その中で生きていこうと思う。

大学は、公立、浪人ダメという条件だった。一期校、二期校があって、一期校は、無理だと思いつつ受けたが、発表を待つまでもなく、出来が悪かった。二期校は、滑り止め的で、人口宝石で名の知られた梨大応用化学、小学校のころ、山の子海の子交換会で行ったことがったのも理由の一つだった。入ってよかった。妻と知り合ったのもここだったし、三年後半から赤尾先生にお世話になったこと、全く、偶然の世界だ。今、インドネシアで、自分がやりたいことでできているのは、これらの出会いのおかげだと思っている。二十歳のころだ。武田神社で町内の方々から、招待されて、成人のお祓いをしてもらった頃の話だ。間もなく新幹線が開通し、東京オリンピックが開催されようとしていた。カラーテレビの試験放送も始まっていた。こんな環境の中で、恵まれた出会いでした。赤尾先生には卒業してからも仲人を引き受けていただいた。プラスチック押出成形と出会った就職先も先生のお兄さんが役員をされていた極東貿易のお世話が大きかった。今はどうなっているのでしょうか、東プラ精工は、東洋レーヨンと極東貿易と近くの臼井国際の資本が入ってた。エンプラ押出の日本でのパイオニア的存在だった。

そして、約二年後に、仕事中に現場から応接に呼び出されて、ご対面となったのが、当時、北川ゴム工業の北川社長だった。アメリカの見本市で見つけてサンプルを持ち帰ったのが、射出で作られる結束バンドと自在ブッシュ、そして、押出で作られるエッジングとグロメット。射出製品は、既に、多くの会社がやっていたので、その話ではなく押出製品の方を見せて、太田君、これできるか?問われた。ちょっとだけ、考えて、できます、やらせてくださいと言ってしまった。
http://otaenplaext.net/newpage305.html
今の年になれば、私の履歴書ではないが、書いておきたいことが沢山あるでしょう。私も、そんな年だから。

北川弘二社長、後に会長には、それ以来、付かず離れずのお付き合いをさせていただいた。独立してからも気にかけていただき、仕事を出していただいた。私が社長を辞めて海外へ行きたいといっていた時も気にかけていただき、インドネシアへ進出の時に、どうかね、と、声を掛けていただいた。その後も、機会あるごとに、将来について話をさせていただいた。インドネシアで厳しい状況に置かれた時も、気にかけていただいていたし、帰国したときにいは、挨拶によく出かけていた。跡継ぎに関しては、相談を受けるようになっていた。私は、副社長がやりたいようにやれる環境を自然に整えたらいいと思っていた。

赤尾先生、北川社長それぞれにとって、私は、ワンノブゼムに過ぎないと思う。私以外の多くの人に影響を与えているはずだ。
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最近、妙に多くなった注文。S-PVCチューブだ。サイズもいろいろ、色もいろいろ、この種のチューブは技術的には、簡単に作れるから、ローカル企業でできる(内もローカル)それなのに、どうして、うちへの注文が増えるのかわからない。客先が忙しくなっているのでしょぷ。コリアン系である。
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Durian Ambruk ファーマーズマーケットへ買い物行った。入り口でドリアンを売っていた。我慢できずに買ってしまった。これで、15万Rp(1200円くらい)アンブルックという種類は、西部ジャワと中部ジャワにある。小ぶりで丸く整った形をしている。インドネシアの大部分の種類は種が大きく、実の80%くらいが種で、大体、がっかりする。この種は、その中でも種がそれほど大ききないといわれている。それでも、食べてみたら、70%ほどは種だった。私が普通買うのは、モントンという種類で、これなら、種より食べる部分の方が多い。タイからの輸入がほとんどだ。モントンも売っていたが、試しにこちらを買ってみた。
この方たちと会っていなければ、こんなところでドリアンをよだれを垂らしながら買ったりしていない。
タグ:出会 偶然 運命
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(^_-)-☆対策って [思うこと]

 3348 中三の時の同級会を去年末にやったが、その時、出席の返事だった女性が、その三日前に、倒れたから。出席できないという知らせが、入った。埼玉へ嫁いでいて、本人、久しぶりの同級会と静岡に行く口実ができたことで、楽しみにしていたようだった。彼女とは、クラスで委員長、副委員長の役をしていた。当時、気さくに話ができた女性の一人だった。私も会えるのを楽しみにしていた。脳梗塞だったらしい。一か月に彼女方の情報が入った。幸いというか、直ぐに意識は取りもどしたし、その時には、退院したばかりだといっていた。それから、私が1月にインドネシアに戻り、気になっていたので、その後の様子を伺った。詳しくは聞かないが、何やら、動きに障害があったようで、リハビリに通っているということだった。そして、先日、また、その後の事を伺ったら、リハビリに行く必要がなくなったという。良かった。いつか、また、合える機会を作れたらいいね。ということだった。とにかく、そんな年齢だから。後期高齢者になろうとしている老人がインドネシアの田舎の一人暮らしだから、人ごとでは無い。といっても、何の対策もしていないのが現実。

酷い朝もやの中、7時ころだったが、ライトをつけてゴルフにむかった。雨季の終わりごろには、明け方の濃霧は何回かある。スタート時間は一時間ほど遅れた。いつもは、中間で食べるミーアヤムをスタート前、、待ち時間が長かったので、食べてしまった。一番グリーンのそばにある休憩所、ここの、ミーアヤムは3万Rp、上のレストランのジャバベカヌードルは6万5000Rp,安い、こちらの方が美味しい。
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曇りではないから、暑くなれば、たちまち霧は晴れる、そして、暑くなる、日傘を差しても、下からの照り返しで、むんむんする。噴水も見た目で涼しいというわけにはいかない。600mlのポカリを三本飲み干したし、途中で、グッデーコーヒーを大きな氷を入れたポリ袋で飲み干した。とにかく、熱中症対策には万全を期す。

大阪ナオミさん、すごいですね。錦織選手、石川現象なならなければいいが、どうでしょうか。
タグ:意味 対策
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(^_-)-☆高校一年 [思い出]

 3347 選抜の組み合わせが決まりましたね。駒大苫小牧、強豪でしょうね。せめて、一回くらいは勝ってほしいですね。早く負けてしまうと、寄付金が余ってしまうでしょ。

自分から求めたわけではない環境になってしまい、それが、ターニングポイントにる場合がある。 当たり前のように、静高に入った。勉強も運動も両立させるぞと。
当時、今もそうかもしれない。中学運動部で、優秀な奴は、特別枠で入ることができた。だからといって、勉強でも、中の上以上くらいが一応の条件にはなっていたと思う。それはいいのだが、私の一年の時のクラスのメンバーを見てびっくりだった。40人中、野球6人、柔道2人、バスケット2人、硬式テニス1人、剣道1人、重量挙げ1人、そして卓球1人私、私以外のメンバーは、野球部の一人を除いて、明らかに運動能力で入ってきた連中だった。そして、彼らは、県代表クラスになるだろう実績があった。事実、彼らの何人かは、後に、インターハイで優勝している。一つのクラスに纏められたのだと思う。で、何で自分がこのクラスに入れられたのだろうか。卓球はやっていたが、とてもじゃないが、市の代表の一部くらいになれるかの実績しかない私が、運動で引っ張られたわけではない。学力一本で入ったはずなのに、運動部連中が集まるクラスにいれられてしまった。多分、運動部に属さない他の20何人は、私と同じように思ったと思う。

 昨年末、中学3年の同級会をやった。何度も書くかも知れないが、その中に、高校一年の時、同じクラスになった野球部員がいた。彼は、中学野球県大会で、準優勝メンバーで主将、首位打者にもなったやつだ。勉強もクラスで二三番に入る実力だった。そして、高2の時に、甲子園で準優勝メンバー、セカンドだった。決勝で法政二高の柴田から二本のヒットを打っている。私自慢の同級生だ。そいつが、この前の同級会で、中学の時の話はさておいて、高一の時の話をした。“太田、お前な、俺にな、こんなクラスに入れられたばかりに、馬鹿になっちゃよ、ボールの紐を縫ったり、グラブの手入れをしたり、授業中だぞ、勉強の雰囲気なんて全くない、そんなことばかり言っていたよな”思ってはいたが、実際、彼には、ぼやいたのかな、あまり、覚えていないくらい、自然に言っていたのかもしれない。それが、彼にとっては、引っかかってたのでしょう。笑い話だ。

 中三のクラスの中に、サードの彼のほかに、ピッチャーとファーストもいて、中学野球の決勝戦で負けてしまった責任はお前だ、いや、俺じゃない,あいつだなどと言い合っていたのも、面白った。

 周りに影響されるのも自己責任かもしれないが、高一の時、あのクラス以外だったら、他の大学に進んでいたと思う。別の人生だったと思う。クラス分け担当する人物は、そんなことを思ってほしいね。その人の人生の方向を決めるかもしれない。選抜組み合わせのニュースを見たので、ふと思った。
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ゴルフの後、会社によって、一寸仕事、終わって、出口に向かう。小さな工場の並び、プレス機が、とんとんと,稼働していた。外に道に出る、手前の水溜りは、雨季中、消えない。このクラスでなかったら、この写真もなかった。
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(^_-)-☆順調手続き [思うこと]

 3346 22年前、初めてインドネシアで仕事をするようになって、日本の大使館でワーキングビザ収得を代理人がすべてを済ませ、私自身は必要書類を整え、代理人に送るだけで、大使館へ行かなかった。出発の空港でパスポートを渡され、ビザのステッカーが貼られているのを見た。何も問題になることはなかった。そして、当時は、ジャカルタのイミグレに行って、例の写真、指紋、サインをした。確か、すぐ前に線路があ、って、汚い日本からの中古電車が、こぼれそうな人を載せて通過していた。

その後は,ほとんど毎年、更新したり、会社が変わったりポジションがかわったりするので、国内だけで、済ませたり、一旦、エポして、国外でヴィザを取ったりしていた。 今回の場合は、会社は変らないがポジションが変わったので、国外(今回はマレーシア)で取った。普通は国外といったって、シンガポール日帰りだ。

ずっとブカシ県内に住んでいたが、イミグレは最初の二回ほどジャカルタその後は、主にカラワンへ行っていた、この7~8年前からブカシバラットへ行くようになった。いずれも、イミグレでは、5分も掛からない。すでに、すべてがOKになっていて、キタスを発行する段取りだけだからだ。私の場合は、多分、特に早いと思う。係員は、覚えているし、私も同じ人だなと思っているから。

いろいろ、面倒とか、許可や承認が下りるのが難しいとか、時間が掛かりすぎるなど、そして、若い人はダメだとか,年をとった人はダメだとか、難しいとか、インドネシア語がどうだとか、ダイレクターなら一年でとれるが、マネージャーやアドバイザーなら半年しか取れないとか。いちいち、エポして、取り直さなければならないとか。なにやら、審査をする人のご機嫌だけで、簡単、難しいが決まるような雰囲気もあるようだ。
そして、エージェントとイミグレとの信頼関係とか、親しさが大いに関係する。これが、最大のポイントのような気がする。エージェント次第のところがあるから、そこはよく考えた方がいい。

22年前の最初から、今年まで、その手続きでイミグレと代理人の間で問題になったことは、全くなかった。要するに、インドネシアで仕事を教える、指導するという仕事に着くには、私が持っている言葉、経験や実績や学歴や特殊性などの条件は十分だからだ。疑う余地がまったくないからだ。74才でも問題なし。エージェントは楽なものだ。

問題があるとすれば、やはり、経営者の知識だと思う。適当なエージェントに丸投げしてしまって、ただ、待つだけ、遅いな、何を手こずっているんだと思って確認しても、今は、厳しくなっているからこんなもので、二か月以上かかるよ、と、いわれ、そんなものかと思い、結局、三カ月以上かかった、診査の速度を遅くして、就労ビザの発行を押さえているらしいよ、などと、納得している。また、シンガポールへ行ったはいいが、書類に不備があって、ヴィザがとれず、インドネシアに戻るのに、出国航空券を買わなければならなかったとか、いろいろ、あるようですね。

そんなことがあるわけがない、私は、エージェントに頼んで、国外へ出て、取るまで、ほぼ一か月である。現地にエージェントはいなくても、自分で手続きし、ティダ アダ マサラーである。
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 こんなところにラフレシア。どうです。
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(^_-)-☆イミグレ ブカシ [情報]

 3345 ブカシバラットのイミグレで8時の待ち合わせ、そのため、何時にでようか考えた。結局、渋滞を30分として、15分前に着きには、6時に出発とした。順調だった。6時半にトールに入った。ブカシティムールの手前まで80kmくらいで行けたが、そこから、車が全車線一杯になり、のろのろ徐行になった。それでも、7時過ぎにはブカシバラットゲートから出た。

凄い、ブカシバラットインターへ入ろうとしている車の列、ゲートの手前からは勿論、ずっと、しっぽが見えないほど、一般道に繋がっていた。ゲートの周辺には、交通警官が大勢いて、いちいち、番号をチェックしている。物々しい、情景だ。これでは、とてもじゃないが、効果があるとはお思えない。

ジャカルタへ向かう車の渋滞はブカシティムール辺りからだったが、逆に東へ向かう車の渋滞は、私が出たブカしバラットよりずっと西から、チビトゥン辺りまで車で一杯だった。ジャカルタ方面から東に通う通勤自動車の列だと思う。トラックは少ない。

7時10分にイミグレに着いてしまった。早すぎ、駐車場に車がほとんどない。車内でPCをいじって暇つぶし、8時ちょうどに、外国人登録専用に左側の建物は行った。もう何回目?当たり前のように、私の名前が呼ばれた、書類にサイン、顔写真、10本指の指紋取り、そして、もう一度、キタス書類用のサイン、以前は、そのサインが顔写真と一緒に印刷されているカードを渡されたが、前回は、カードでなく,A4の書類だった。それには、撮った顔写真も漢字のサインの写真もなかった。今回も何のためだろうと思った。20日にはパスポートとキタス?を受け取ることになるでしょう。


8時15分には終わり、出てきたはいいが、さてどうしよう。9時まで、トールに入れない、私のナンバーは0だから、15日の今日は、入れない。

45分待とうか、一寸だけ迷ったが、ラヤで久しぶりに東へ向かうことにした。イミグレから北に向かい、y突き当りのジャランラヤ右折して入った。500m位先にブカシバラットの駅が左手にある。その付近が最初に混雑渋滞地域、そして、次々と、現れる四差路、そして、ブカシティムール、チビトゥン、タンブン、それぞれのバスターミナル付近、オジェック、アンコッタ、バジャイ、ベチャなどなどの乗り物が道を塞ぐ、Uターン場所や道端朝市も路を塞ぐ、久しぶりにインドネシアをしみじみ感じながら、写真を取りつつ、通り過ぎた。そして、コタ チカランを通り、ルマーアバンを通過、その後南下して,会社へ入った。9時半だった。のろのろではあるが、混雑の中を通り過ぎていたので、渋滞にハマってしまで、イライラするわけではなく、いろいろの物を避けながら、接触しないように注意しながら、そして、其の場を抜けたとき、一寸の距離、グンと加速し、また、前の車ののろのろに追いついてしまう。そんなことの繰り返しで、74のじいさんとしては、まだ、大丈夫だぞ、できるぞという気でいた。

月曜から4日間、渋滞の中を色々考えながらでかけた。平均、運転時間は3~4時間か。MMもカラワンもブカシも20年前に比べれば、3倍以上の時間がかかるようになった。
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ブカシバラットのゲート、交通警察官が、屯している。こちら側、ジャカルタ方面に向かう車は、どんどん通過しているから、見当たらない、向こう側、チカランやチカンペック方面に、東行きの車は、大渋滞で高速道路まで到達していない。本線は、私が横目で確認した限りでは、チカランバラットを過ぎても、まだ、車線一杯に塞がっていた。ジャカルタ方面から、チカンペック方面のの途中の工業団地に通勤する方々、チカラン以東に引っ越した方がいいですよ。
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ミトラ クルアルガ病院の向こう側の道、この先を右折してスタジアムの向こう側にイミグレがある。
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朝、8時過ぎの国道の様子です。すごいでしょ。
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(^_-)-☆ここまで来ていた [行動]

 3344  10時、約束でブキット インダーのシートメーカーへ行くために8時半に会社から出発した。東へ向かう時にはチバトゥからトールに入る。そこから、渋滞がなければ、40分くらいで着く。

カラワンバラットインターより5Kmほど手前から、左側と中央分離帯に高架トールの橋脚ばかりではなく、高架道路も載せられていた。そして、その辺りから地上に降りる道、多分、インターチェンジの工事現場も広がっていた。チカンペックといえば、ゴルフ以外に行かない場所なので、こう進捗状況を初めて見た。インドネシアにしては、早い工事だねと、行った先のインドネシア人に言ったら、完成予定、使用開始は今月はずだし、この先、まだ、二三年かかるんじゃないの、かなり、遅れている、インドネシアらしいでしょ。とね。
Jalan Tol Layang Jakarta-Cikampek Rampung Maret 2019  "Mudah-mudahan maret 2019 sudah bisa beroperasi,"だったのでした。
で、路肩側は、LRTだそうな。こちらも、ここまで来ていた。で、ところで、高速鉄道は?である。
https://www.youtube.com/watch?v=flKsBfz64_E
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ところで、チカンペックに行った目的は、車の部品に使う部品をタイから輸入している、また、一部、国内で調達しているが、すべて、太田さんのところでやってほしいと思っている。という話だった。ちょっと待って、製品全体の使用原料はどのくらいか、知りたい。図面と現在購入している数量が分かれば、それなりの見積もりをさせるし、生産能力が間に合うかどうかも返事ができるという話にした。

別の話で、硬質PVCのパイプ、総重量、一トンを受注した。明日からの生産で、19日には、頭出しに出荷をする。
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(^_-)-☆もう大変! [異常]

 3343 教え子たちと夕方、MM2100の中で食事をすることになった。教え子といったって、既に年齢は40を越えている。二つのMM2100に中の会社で、押出部門のトップたちだ。上司にあたる日本人はいるが、押出の事は知らないから、実質もトップだ。メールなどでのやりとりはあるが、実際に会って一緒に食事というのは、何年ぶりになるだろう。今回、一寸、私の方から、彼らに御願いすることがあって、機会を作った。

車で出かけるときに、必ず、BAK(ベーアーカー、ブアン アイル クチル、Buang air kecil,小便)をすましておく。必ずである。例え、10分ほど前にしたとしてもである。今日は、高速道路を選んだ。情報で比較的空いているらしかったから。
18時、ベアチュカイ側のカキリマレストラン村で待ち合わせ。会社から、チカランバラットインターに入るまでの時間は、平均30分かかるから、高速上を30分とみて、余裕をもって、16時半に出発した。途中、ホンダあたりから、渋滞になった。そして、してきたのに、膀胱に尿が、妙に溜まりだした。下っ腹は苦しくなりだした。路肩も一杯で、なかなか進まない。やっと、18時前に、MMに入った、限界、入ってすぐのIZUMIの駐車場に入って、そこのトイレに飛び込んだ。やれやれである。駐車料金3000Rpは、どこかのトイレを使っても、それくらいは払う。
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例によって、出ようとする車でMMの中は渋滞、できるだけ、空いているだろうと思われる道を選んで、カキリマ村に到着した。10分の遅刻だったが、彼らもそれより4分遅れて到着した。
彼らの会社にある顔料のサンプルを頼んであった、それを受け取り、食事をしながら、現状報告をしあった。楽しい時間を一時間ほど過ごして、別れた。帰りは、昨日と同じ、EIJPを通った。19時半すぎだったからか、渋滞は、ほとんどなくなっていた。

私は、車で一人で出かける機会が多いので、ついでに買い物をスーパーでする場合があるから、ポリエチレンの袋を何枚も車の中に用意してある。スーパーの袋を使わないためである。そして、これが、緊急に場合の尿袋になる。本当に、どうしようもなくなった時に、何重にもして、この中に、車の中で尿を貯める。勿論、ペーパータオルやティッシュペーパーは社内にあるし、飲料用だが、ペットボトルに水も用意してある。20年間で、3回、車内で使ったことがある。

家に戻ったのは20時過ぎ、昨日、今日、単にMMへ行って来るだけで、大変になってしまっている。
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(^_-)-☆抜け道 [状況]

 3342 チビトゥンの金型やへよって、金型を受け取った。そのまま、MM2100の客先へ行き、そこにある金型と先程受け取った金型が合うかどうか確認した。残念ながら、一寸、合わない部分があって、今度は、先に寄った金型やへ戻り、合うように、修正を頼んだ。出来上がりは三日後だという。また、受取に、行かなければならない。一般国道を東に向かい、チカラン旧市街地を通過する道を選択した。多分、正解だったと思う。MM2100へ入る前に、高速道路をまたぐ橋を通るが、上から見た高速道路は、東西両方向とも、見える限りずっと遠くまで車がつながっていた。

その前、ジャラン ラヤJalan raya(国道)から、南に向かいMM2100方向に行くのだが、一般的には、高速道路のチビトゥンインターに向かう広い取り付け道を行くのだが、相当、混んでそうなので、ジャラン カリマランに出るため、手前のコカ・コーラ工場のわき道を南に向かった。この道の一番の心配は、雨が酷いときに、冠水して、通れなくなることがあるし、通れても、大渋滞になる場合がある。
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今日は、いい天気で、快適に走っていたが、冠水場所には、しっかり、水が溜まっていて、バイクも車も中央寄りの車線をのろのろ通過していた。

いわゆる、これが、ジャラン ティクスJalan tikus(ネズミ道、近道、抜け道)である。

チカランとMM2100を行き来するルートは、基本的には、トール、カリマラン、ラヤの3ルートだが、もう一つ,EJIPとつながっている。私の工場からはラヤが一番近いから、今日のように、その途中へ寄る場合は躊躇せず、ラヤへ向かう、チカランの町の中心を通過した後、MMに行くには、カリマラン川を横切らなければならない、カリマランに向かういくつかの道があるので、どれを選ぶかこれも迷うが、今日選んだ道が一番、外れがない。

最近は、渋滞情報をチェックできるようになっているが、これが、外れが多いから、私は、全く、当てにしない。

帰りは、南に向かって、EJIPを通過して、チカランバラットインター前の道を北上しる道を通ることが多い、一番遠回りになるが、渋滞がほとんどないと読んでいる。今日は、インター前のフライオーバー付近から、ガスリンスタンド前まで、大型トラックの、ガソリンスタンドへの行列で一車線を塞いで、渋滞していた。
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最近オープンしたグリーンパレスレジデンス チカラン/Green Palace Residence Cikarang

トールとカリマランを通るルートは、渋滞がなければ、近いし、早く行けるが、とにかく、渋滞がひどいから、最近はほとんど選ばない。
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(^_-)-☆臭い 不潔 汚い [日常]

 3341 17日は、ヌピですね。ヒンドゥの正月ですね。今更という感じだが、バリ島の周辺の海がゴミだらけ、海のゴミはどこからか、日本などの場合は、外国からのものが多いと聞いているが、インドネシアの場合は、外国からではなく、自分たちからだ。その自分たちが捨てたごみは、世界中の海にバラまかれている。
https://travel.detik.com/travel-news/d-3903217/duh-malunya-sampah-di-laut-bali-jadi-pemberitaan-media-dunia?_ga=2.57155754.1666351376.1520760872-1454307320.1516356511
Duh Malunya, Sampah di Laut Bali Jadi Pemberitaan Media Dunia恥ずかしいことに、世界中のメディアがバリの海のゴミをニュースにしている。
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水が氾濫すれば、ゴミが表面を覆う、ゴミが流れを止める、水が引かないで洪水が長引く。臭い汚い不潔、ジャカルタの北の海はゴミと油で、生物は絶滅。プラウスリブ周辺の海は、サンゴの残骸とプラスチックのゴミの自然破壊の見本になっている。

面白いことに、ISOだの5Sだのと、やっている会社が一応、不燃物、可燃物と捨て場所を分けていても、その通りかどうか、チェックしないし、回収業者は、混ぜて持ってゆく。

私が住んでいる新興集合住宅地、新しいから、まだ、きれいだ。そして、各家の前にボミ箱が置かれている、週二回、それらのゴミを業者が回収してどこかへ捨てる。各家庭からのゴミの仕分けはしていない。一体どこへ捨てるのでしょうかね。
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近くの商店街には、あちこちにゴミ捨て場が勝手にあり、いつでも、だれでも、そこに捨てていいらしい。いつ誰が、これらのゴミをどこへ捨てるのでしょうか。何とかしようと思わないのでしょうか。ずっとこのままなのでしょうか。インドネシア中全部の道路はゴミ捨て場になっているいようですね。いや、道路というより、インドネシア中全土がこんな具合なのでしょうね。陸、海も空もですね。インドネシア人にとって、普通なのでしょうね。

ジョコさんも、アニスさんも、いいとは思っていないのでしょうが、手の付けようがないのでしょうね。
タグ:日常 臭い 不潔
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(^_-)-☆ネット接続 [日常]

 3340 電話は月払いの契約になっているので、プルサの補充はしないが、インターネットの接続は、シムカードを使っている。ANDROMAXというモデムを使っている。そして、これには、SmartfrenというSIMカードを入れてある。モデムごとにパスワードがあって、使うPCなどに登録し、買った時のプルサがなくなったときに、店へもっていって、プルサを補充していた。パケットがあって、10GBでいくら、5GBでいくらという具合、昼間何GBで夜、何GBという、夜間(夜中の1時から5時まで)を安くしたものが一時、多くあった。そして、今は、スマートフレンに関しては、他に、いくつかのパターンがあると思うが、一か月、時間帯関係なく13GBで6万5000Rpというのを主に置いてある。

私は、会社では、会社内のワイファイを使うが、家や外だけで、一か月平均、50GBくらい使うので、使っているSIMに補充するのではなく、SIMを3枚,一遍に、使えるようにしてもらって買ってしまう。なくなったら、捨てて、新たにセットして使う。一か月、20万Rpくらいということになる。1700円くらい、安いと思う。住宅にワイファイを入れてほしいとたのんだが、ケーブルが来ていないからダメだといわれている。

毎日、ブログの投稿、メールの受送信、そして、日本のテレビを見ないので、日本関連のニュースのチェックでネットに向かう時間は、一日、二三時間になる。文章や図面や書類を書く時間を合わせると数時間になる日もある。目が疲れる。休日、ゴルフの後も会社へ寄って、PCに向かう。
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SIMを使えるようにして、貼ってもらってある。カードを買う店に前に車を止める場所がないので、このへ駐車して店へ行く、高齢者マークが貼ってあるので、ゴルフ場では、似たような車が何台も並んでいても分かるようにしてある。
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(^_-)-☆奇数偶数規制 [思うこと]

 3339 ganjil genap di tol Bekasi barat12日から、ブカシバラットとティムールのインターから入る車は、自分のナンバーと同じ奇数偶数日にしか入れなくなる。月曜から金曜まで、6時から9時まで、個人の所有車に適応される。公共のバスや車はいいのでしょうね。ということは、帰りも公共車を使わなければなりませんね。     
大分前から、ジャカルタの元、3イン1だったガトゥットゥスブロト通りなどが。そういう規制になっていると聞いている。渋滞緩和策でしょう。ブカシもそうなるらしい。大型車はどうなるのでしょうかね。詳しいことは分かりません。Kendaraan pribadi mulai 12 Maret 2018 tidak bisa lagi masuk Gerbang Tol Bekasi Timur dan Bekasi Barat dengan bebas.
Pasalnya, pemerintah hendak menerapkan kebijakan ganjil genap untuk mengurangi kepadatan arus kendaraan di Tol Jakarta-Cikampek.
罰金が50万Rpだそうだ。Langgar Ganjil Genap di Tol Bekasi Denda Rp 500 Ribu
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焼け石に水ではなく、泥水に、焼け石状態。渋滞を少しでも減らそうとして、いろいろ工夫をするが、とにかく、凸凹はひどいし、冠水も酷いし、なにより、道路の面積が少なすぎる。技術の低さとモラルの低さは、民族が原因だから、どうにもなたない。

キタスの申請にサクラエージェントの人が出かけた。来週、水曜日辺りに、ブカシバラットのイミグレへ行くことになると思う。私が使っている車ナンバーは最後が0だから偶数、しかし、行くのは、規制されていないのでしょうね。9時前にイミグレから帰るということありえない。
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コリアン系の会社に頼んだ押出機、使う度に何かの不具合が発生する。今回は錆びの事もあったが、スクリューが奥まで入らない。キーが合っていないのか、径がギリギリなのか分からない。そこで、スリンダーをはずしてもらったら、スラストベアリングが破損していた。どういうこちだろう。原因はなんだろう。私も経験がないほど破損していた。
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(^_-)-☆しまった [思うこと]

 3338 つい最近撮影された画像が使われているグーグルマップに私たちの工場が写された。ただし、ストリートビューは、工場の真ん前までは入っていない。カーナビがあれば、入口までは、案内してもらえるはずです。工場の白い屋根をクリックすれば、会社の名前が示されます。

住民票の先生のために、パスポートとおかしなことに、ドミシリという住民票が必要ということで、調ったので出かけようとしたら、事務の方から、この書類も必要といわれて、何やら、一通追加で持たされて、サクラへ行った。これで、明日、申請しに行ってもらえると。しかし、サクラの担当者から、こんな書類はいらない、スポンサー書類が必要といって、フォームを送ったのにという。私は必要書類でなく、必要ではない書類を、持たされたのでした。疑って、自分で確認すればよかった。クアラルンプールでヴィザの申請書類は、事務の人が用意してなかったり、間違ってもいたは、自分で全て確認して、揃えたのでした。全く,問題はなかった。

今日の場合は、信用してしまって、自分で確認しなかった。しまった、その書類を受け取ったときに、それでいいのか、もう一度、出かける前に、サクラに、確認しようと思った、しかし、信用してしまった。やはり、インドネシア、自分で確認しなければだめだなと思った。

ということで、サクラから電話して、胸中に書類を準備すると約束させた。明日の朝、サクラの人が会社まで来て、その書類を受け取り、申請に向かうということにしてもらった。
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昨日もそうだったが、ジャカルタからの客が10時に見えることになっていたが、結局13時半になった。私が今日、MM2100に行った、行きは、思いはけなく、ジャラントールは順調だった。しかし、穴ぼこ、深い溝がずっと、あって、車ががたがたいっている。本当に、本当に、雨季の終盤になると、まともな道はなくなる。で、帰りは、大渋滞、中止されていた、高架工事が再開されておるようで、工事車もそうだが、車線が少なくなっている箇所がネックになって、大渋滞。眩暈は完全に直っているわけではかかったが、車の運転をしているときには、案外、眩暈は気にならない。緊張しているからだろうか。
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昨日、お世話になった病院、ジャバベカのゴルフ場に来る人は、必ずこの病院の前を通る。私は通らない。
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(^_-)-☆プシン [状況]

 3337 今朝、6時過ぎ、目覚めて、立ち上がろうとした時、頭がクラッとなった。これはまずい!しばらく、じっとして、治るのを待った。しかし、治るどころか、こりゃまずい、このまま、ピグサン(気絶)になったらまずい。いつもなら、8時20分前にでるのだが、みんながいるところへ早く行っておきたいと思い、7時過ぎには会社へ向かった。何とか運転はできた。会社へついて事務所の自分の席で伏せていると、運転できる社員エディが入ってきて、どうしたのか、聞くから、目が回るから、病院へ送ってくれと頼んだ。

10分くらいのプルマタ クルアルガという総合病院の救急受付へ飛び込んだ。眩暈は、初めてではない、3年ほど前にも、会社で仕事中、トイレの中で眩暈を起こし、近くの病院に連れて行ったもらったことがった。送っってくれた人はその時のことも知っていた。8:10だった。
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直ぐに横になり、症状を医者に話した。眩暈の事、一寸、吐き気があるなど、話をしたら、食事をしたかと聞く、まだだ、と言ったら。それじゃ、何か、食べて下さい、そのあと、薬を飲んでもらいます。と、言った。エディ君にブブール(お粥)を買って来てもらい、食べた。それから、10分後に、薬が届けられ、直ぐに、4種類の薬を一遍に飲んだ。訪問を受ける客先から電話が入り、10時の約束が11時を過ぎるでしょう、という連絡が入った。良し、これで、眠ってしまっても、大丈夫と思った瞬間、眠ってしまった。

目だ覚めたの10時過ぎ、眩暈は、治る方向だなと感じ、退院をすることにした。医者もOKを出した。支払いや薬を手にいれることを済ませ。2時間の入院でした。

会社へ戻ったのが、11時15分前、すると、また電話が入って、ジャカルタから渋滞で、食事を済ませた後、13時過ぎになるとう。結局、お客さんは、13時半ころ到着した。

私は、昼食を食べて、薬も飲んでいた。完全ではないが、気にならないほどまで直っていた。しかし、薬のせいか、眠い。
お客さんには、これらの事を話さず、普通に対応し、見積もりを早めに出すことを約束した。

今日も、一応、通り過ぎようとしている。そして、今はどうか、眠いだけだった。
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(^_-)-☆コミサリス [思うこと]

 3336 Endangさんが来た。この会社、現在地へ移ってから、損益分利点を。行ったり来たりしている。というのも、新工場にかかった費用、移転時の設備準備でその償却が増えて、400ジュタから600ジュタに増えたからだ。そのうえ、ジャバベカ2の時になかった停電が頻繁にあり、歩留まりも大きく低下している。小ロットの製品に関しては深刻だ。もともと利益率が低い高額原料を使う製品も深刻だ。
新工場に移って良いことが何一つない。コミサリスが新工場に触手を伸ばした時に、その心配を、話したが、聞き入れられなかった。

もう一つ、中国製に押出設備も使えるまでに100ジュタ以上の修正を必要とした。これの償却も増えている。移転前に、韓国系のスクリュー、シリンダーメーカーに作ってもらった、押出機が、かなりいい加減で、計器類の異常、ヒーターの容量の不良、シリンダー、スクリューの錆び、どうにもならない。120ジュタの見積もりで依頼したが、使えないままだ。
 とにかく、コリアン系の会社から入ってきている押出機がまともに使えるようになったら、支払いをするのだが、それはエンダンさんが出すことを約束した。

イ・ミョンバク元大統領も汚職でしょうか。犯罪者になってしまったようですね。韓国の大統領って、逮捕されなかった人いるのかな。キムデジュンはどうだったか。彼だけは逮捕されていないようだが、光州事件や日本からの拉致事件など、いろいろあった人でしたね。ノーベル平和賞受賞もあった。パクチョンヒは,撃たれちゃったし、どうなっているのかね。文さんは、止めた後どうなるでしょうかね。大丈夫でしょうか。

ドミシリが手に入った。自分が行こうか?と担当者に提案したが、私に行かれて、簡単に取れてしまったら気まずくなるからだろうか、私が行くっと、いって、出かけて行った。一旦、かえってきたようだが、報告がない。姿を見たので、聞いてみた。なにやかやと、私には訳が分からないことを言ってた。また、私が行こうかと聞いたが、何らかの書類を書いて、もう一回、行ってくるという。そして、夕方4時過ぎにでかけていって、5時前に、どや顔をして戻ってきた。黙って、私に書類を見せ、太田さん、ここにサインしてと言った。ドミシリだった。ドヤガオのドミシリだった。
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経理を担当しているウィディさん、曰く、オーディッの度に、8ジュタRp払っている。今年、もう、二回きた。税務署からかと聞いたら、そうじゃなく、コモサリス、エンダンさんが頼んでいる、会計事務所の人で、スマランからきているという。領収書は受け取っているのかと聞いたら、受け取っていないという。会計事務所の人が、領収書を出さないとはどうこと、次回、必ず、今までの分も含めて、請求書と領収書を受け取りなさいと言っておいたが、どうでしょうか。その会計事務所の経理内容はどうなってるの。インドネシアだね。
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夕方5時前の空。あと一か月です。 
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(^_-)-☆ドミシリ [思うこと]

 3335 Domosiliドミシリ;tempat kediaman yang sah dari seseorang; tempat tinggal resmi 住居証明が必要。KITAS(現在は別名)住民票を発行してもらうのに必要。ヴィザのステッカーが貼られているパスポートと共に、イミグラシに申請をする。それの準備が会社でしてあるはずなのに、無く、私から催促した。しかしだ。

以前、運転免許証(SIM)を申請に行ったときに、窓口で足りないといわれた代物だ。いわれて、住処のそばのカントール デサという部落オフィスのようなものを教えられ、直接行ってきて、直ぐに、書いてくれた書類だ。
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会社の事務に頼んだら、何が何だか、よくわからないが、申請して何日かかるかわからないという。直接、行けば、直ぐ、つくってくれたよ。と、話したが、どうも、行く気がない。SIM申請の時の話をし、その時書いてもらったドミシリも見せた。うん、こういう書類だというが。行くきがなさそう。いつのなるの?と聞いても、わからないという。こんなものでしょね。結局、明日、自分でカントール デサへ行って発行してもらうことになりそう。

http://otaenplaext.net/newpage110.html
東京でヴィザを取ったときの記録です。クアラルンプールでも、全くと言っていいほど同じです。窓口で支払い費用は一年物で1万5000円弱でしょう。住民票や運転免許の申請についても書いてあります。特にインドネシアで仕事をしようとしている人、その人を送り出す人、参考にしてください。

ジャバベカ周辺だけでも渋滞が激しくなってきているので、コタチカランやチビトゥンの国道の方への行きたくないが、金型の改良を頼みに行かざるを得ない。
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ルマーアバンのパサール前辺り、ランブータンとドゥクが、道端で売られている。そして、チュンベダックcempedakも売られていた。季節である。ランブータンの価格、どうなっているのでしょうか。4束、15000のすぐそばで、5束10000Rp束の大きさが違うのでしょうか。種類が違っていて甘さが違うのでしょうか。
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(^_-)-☆スイレン [行動]

 3334 早速、ゴルフ。7人2組だったので、入れさせてもらった。一週間、インドネイアから離れていた間に、一層、乾季への移動が進んでいるようだった。黒雲や雷が近づくことはあるが、遠いし、部分的なので、真上に来ることはなかった。日差しは、ますます強くなっていて、日本からインドネシアに来て間もない人の日焼けでたちまち赤くなるのが目だつようになってきた。

何年か前から、スイレンの花の写真を取り続けている。インドネシアのゴルフ場の池にはスイレンが植えられて?いる。それも、濃いピンクがほとんどだ。蓮とスイレンの違いは、花を見れば大きな違いがあるから、区別はつくと思う。もっこりしている方が蓮、尖った花びらの方がスイレンだと思う。仏像の台座は蓮になっている。そして、脇に花がある場合が多い。

一説によると、蓮の花は水面から出た幹?に咲く。スイレンは水面に咲く。という区別の仕方もあるらしい。また、葉っぱは、花と同じで、蓮根の葉で分かるように、水面から立ち上がっている。スイレンは水面に広がっている。という区別もあるらしい。高校時代に見た伊豆下賀茂の東大熱帯植物園の赤ちゃんが座ることができるオオオノバスは、スイレンですね。
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ということで、インドネシアで目に付く蓮は、花の形と葉っぱの形は明らかにスイレンですね。私が竜宮城の花だと思って撮っている花はスイレンだと思う。しかし、水面に咲いていない。水面から立ち上がって咲いている。平均30Cm以上は水面から出ている。すべてのスイレンは水面に顔を出したところで咲く、というわけではなさそうだ。むしろ、インドネシアのスイレンは全て。立ち上がっているようだ。

早朝は閉じている、10時過ぎなら、完全に開いている。そして、夕方には完全に閉じてしまう。だから、ゴルフのプレー時間のよって、見える状態が違う。また、毎日の開閉、何日繰り返すのでしょうか。最低でも二カ月以上繰り返す。長い生命力だと思う。ラフレシアとは、咲いている期間が違いすぎる。熱帯種だからでしょうか。
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かなり、建設が進んでいる。ジャカルタ方面からブカシティムール辺りの状況、左側はLRT,右中央分離帯がわは、高架の高速道路です。相次ぐ人身事故で、すべての高架線の建設がまだ、中止になったままでしょうか。土曜の夕方だったので、工事を終わったのでしょうか、人も工事車両も見えなかった。
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(^_-)-☆戻ってしまった [旅]

 3333 チタフィラに戻った。とにもかくにも、目的は達成して、くつろいでいる。9時過ぎのタクシー(TEKSI)で空港へ向かう。何もすることがないから、早めに空港へ行って、空港でゆっくりしようと思った。

通りがかりのタクシーを止めて、空港までといって乗った。90RMだという、いいかという。この金額は高速代約20RMを含む、空港へ送るときは、メーターを使わないだそうだ。その年寄りの運ちゃん,飛ばすこと、結構急カーブが多い、高速だから、体が右往左往させられる、急ブレーキもかける。冷や汗を欠かされたが、無事に到着、着いたのが10時半ころ、余裕がありすぎ。メーターを見ると75RMになっていた。別払いなら95だ。ま、途中、回り道をしてガソリンスタンドに寄ったから、距離は一寸長い。
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ボーディングパスは、発券機を使う。パネルに触ると、何語を選びますかとでてくる。日本語を押すとキェックイン手続きをしますか、が、一番上に出てくる,そこを押せば、次々と確認のための画面になる。自分の便を確認し、パスポートを置く場所に置けば、それで済み、ボーディングパスが出てきた。便番号とゲート、搭乗時間を確認すれば終わり。ちょっと、迷うのは、手荷物がありますか、という問いが出てくる。預ける荷物はありますかなら、何も考えないが、手荷物はあるのだから、どうしようと思う。私の場合は預ける荷物はないから、とりあえず,、×を押した。日本語の訳し方が紛らわしいと思った。もし、手荷物があると押してしまったらどうなったでしょうか。

フリーWi-Fiがあるのがいいね。ただし、出発遅れ1時間半、遅れるとの案内なし、搭乗がやった始まったらしい時、 謝罪なし、始まったというアナウンスもなし、とにかく、だんまり通し、客の何人かが、クレームをつけていたが、それでも、乗ってからも、降りてからも遅延についてのコメントなし。日本以外ではこんなものでしょうね。

航空券、ホテル、タクシー、が主で、15万円ほど使った。両替は7万円、空港で300RM余っていたので、土産物を買った。Tシャツが安い、一着10RM、300円しない。従業員向けに、ドリアンずくしの飴やウエアーハウスを150RM程買った、コーヒーは、どんなものか、自分のために買った。財布に乗ったRMは、まだ、100ほどある。
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インドネシアに着いて、タクシーで、帰途に、4時間かかった。チャワンからブカシティムールまで、二時間半かかった。ブカシティムールの出口道路で大型車が故障で邪魔していたのが原因。
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夕方 明るいうちに通過したので、タマンアングレック、ムナラ レインボー、そしてハラパン キタ(私たちの希望)病院が目に入った。2006年に心臓が時々止まった症状がって入院した病院だ。パラハラから脱出するために、ここへ入院し、真夜中に、空港へここから向かった。

待ち時間が長く、渋滞も長く、緊張もあって、疲れた。
タグ:疲れ 出発 戻り
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(^_-)-☆ゆったり [体験]

 3332 予定では、きょう午前中にコタキナバルから戻って、午後、大使館へ行って、パスポートを受け取るはずだった。予定が崩れて、今日は、ホテルを移るだけになってしまった。徒歩10分くらいの距離、12時前にチェックアウトをし、歩いて、予約済のホテルに移動した。12時15分頃チェックインしようとしたら、2時からだといわれてしまった。さてどうしよう、暑い、カンカン照りだ。すぐ隣にあるマレーシアレストランに入った。インドネシアと何も変わらない。ナシクニンをメーンに、イカン、アヤム、そしてトロールを載せた。ホットコーヒー付きで15RM.約、400円、ま、こんんものでしょうね。
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夕方は、ソッ ダギンだけだった。こちらの牛肉は、小さく切ってあるが、それが、硬い、それ以上小さくできないまま飲み込んだ。のどに閊えないように用心深く。半分ほどでお腹がいっぱい、こちらは7RMだった。

それから、どこへ行くったって、行く当てがない。インドネシア大使館前のゴルフ場の価格を調べたら、平日でも380RM,一万円もする。この暑い中、クラブやシューズを借りてまでやる気になれない。2時まで時間をつぶす、さて、“Lot10“イセタンのビルだが、地元の人にはロッテンといった方が分かる。ごちゃごちゃしていないし、涼しいし、トイレもある。なんといっても臭くない。こんな、恵まれた場所かほかになさそうだ。一見、町は、インド、バングラ、パキスタン系の男たちがたむろしているし、彼らが経営している店も多いし、工事に携わっている人も多い、ここには、それらの人が入ってこないようだ。差別意識は毛頭ないが、そういう人たちばかりの中を歩くのは、何となく、意識をしてしまう。
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私だけだけではない。カフェでくつろいだり、雑談、商談?をしている人が目につくが、ベンチでぼ~~っとしたり、電話をしたりしている人も多い。混雑はない。十分涼んだ。

マイホテルという名前のホテル、到着した日に泊まったホテルだ。

KLの時間は変。ジャカルタより、一時間早い。経度的には一時間遅い、だから、日の出が8時過ぎ、サンセットが20時過ぎ、どうも、日本やジャカルタの時間と明るさ、暗さに慣れているので、変。
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また、小学校に上がる前の事を思いだしてしまった。家の裏に畑がった、ある程度の自給自足のためだった。冬にはサツマイモの収穫が楽しみだった。そして、畑の脇にサトウキビを植えてあった。その気になったときには、折って、被りついて、噛み砕いて、甘い汁を吸った。そんなことを思い出しながら、本当に久しぶりにサトウキビの絞り汁を飲んだ。甘ったるい。こんな味だっかな、と、思いながら。

”旅に病んで夢は枯野を駆け回る”から、今日、初めて、旅先という感じだった。
ブラリ 涼み

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(^_-)-☆VISA受け取り [行動]

 3331 14時過ぎに、タクシーで大使館へ向かった。直線で1km以下だと思うが、一方通行と渋滞のため30分も掛かった。着くと、この装置の左のランプに、受け取ってあった引換証のGRコードを当てると、Xの№カードが出てきた。48だった。14~16時までの受け取り時間だったが、私が入った14:30過ぎ、私の後から来る人は何人もいなかった。直ぐに、カウンターからの呼び出しが始まった。
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渡す時間は短い、どんどん進む、15時過ぎに私の番、カウンターへ行くと、私と番号を見て、担当者、慌てている。日本人だよね、という。渡そうとしたパスポートがマレーシアだった。手元の箱に、渡すはずのパスポートが何通かまだ残っていた。その中を探している、ない!慌てて、奥の方に行って、1分ほどして戻ってきた。あった、あった、と言いながら、微妙な笑いをしていた。良かった。無いなんて言われたらどうしようかと思った。
張られているステッカーを確認し、受取サインをした。ま、2分間くらのことだった。

今回の目的を達成した。ストレスというか、ずっと、緊張が続いていて、心臓に悪いなと思いながら、おまけに下痢と腹痛状態、高齢者にとっては、一寸、過酷だったのかな。冷房が効きすぎの部屋で順番を待つ、首や腰を回したり、筋肉痛の腿や肩を揉んだり、何やかやと、じっとしていられなかった。

日本人と会うことは無かった。当たり前のことだが、マレー人がほとんどだと思う。エージェントに任せて一日で済んでしまうシンガポールでとるのが常識みたいなもの、わざわざ、それ以外の国でとるもの好きはいないでしょう。私は、これが、インドネシア以外で更新は最後になるでしょう。次があるなら、リタイアビザになる。

ほっとして、外に出た。快晴、暑い。ゴルフ時の帽子をかぶって歩き出した。大使館の前の道の向こう側に広大な緑地がある。ゴルフ場だ。歩いてホテルに帰ることにした。お腹の具合も、気にならなくなっていた。
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このモノレールの下を右に行けば、ホテルの近くのイセタンに行けることが分かったうえで、反対の左へ行って、行くだけ行って、嫌になったら戻ってくればいいと、ジャラン、ジャラン(マレー語ではプシン、プシン)を続けた。こんな、明るい、暑い風景のモノレールの下を主に歩いた。
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小学校に上がる前、静岡駅前で、家族とはぐれてしまった時のことを思い出しながらだった。探したり、交番にいったりしてみたが、なかなか、親が見つからなかった。もういい、自分で帰るといって、チンチン電車の線路に沿って歩き出した。家族が一緒なら、この電車に乗って、安西通りの厚生病院まで行って、そこから、一直線に歩くけだったたら、道は分かっていた。ただ、お金がなかった。歩いた。呉服町通りを行けば、より近いが、電車道なら絶対迷うことはないと決めて歩いた。今のセノバ(新静岡)辺りを通って、県庁前を通って、茶町を通過、家に着いたのが多分、家族と別になってから3時間くら過ぎていたと思う。家族が家の前にいた。私が、どこにいたのか、どこを通って帰ってきたのか聞かれた。私としては、なんでもなかった。このモノレールの下を戻れば、迷わずにホテルに帰ることができる。約70年前と変わっていない。
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そんなことを思いながら、歩いていると、一転俄かに、黒雲が覆いはじめ、強風に立木がざわつき始めたと思う間もなく、大粒の大雨になってしまった。雨宿りを繰り返しながら、引き返すことにした。そして、イセタンに着いた。まだ、断続的に大雨が続いていた。ホテルに戻ったのは、18時過ぎだった。体調いい。緊張から解放された。
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(^_-)-☆入院のよう [状況]

 3330 Cardogan hotelにほとんど籠城。下っ腹が終始、ゴロゴロ言っている。薬の効き目か痛さはないが、トイレには、二三時間ごとにお世話になっている。カップ麺ならぬカップブブール(カップお粥)を向かいのコンビニで買ってきて、二つ食べただけ。一日4000円ほどの部屋代を払って入院しているよう。
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https://twitter.com/hiroshionanこの人、大丈夫だろうか、高速鉄道ジャカルターバンドゥンの工事が予定通りに進んでいないことでの風刺画をネットに投稿し、かなり?の騒ぎになっているらしい。この投稿では、彼が謝っている。

今日2月28日は「世界希少・難治性疾患の日」。「脊髄性筋萎縮(いしゅく)症(SMA)」という難病で、私の大学時代からの友人を若くして失っている。あれから、30年くらい過ぎている。未だに、難病のままのようだ。http://otaenplaext.net/newpage136.html 私のプロファイル。お腹の痛みで、全く、孤独な状態で、寝込んでいると、余計なことを考えてしまう。
その中の“無から無へ3”http://island.geocities.jp/enpla_indonesia/newpage0067.html

夕方、6時ころ、少し具合がよくなったようなので、病院から外出のように、表の通りに出てみた。賑やか、しばらく行くと。イセタンがあって、その前にモノレールが走っている。イセタン駅もあった。
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なお、ぶらぶらしていたら、ドリアンが目に入った。お腹の具合が今一だが、誘惑に勝てない、これ、25RM、ちょっと前に一万円を両替したら、320RMだったから、25万÷320=800円弱、高!!その場で食べた。それでも、美味しかった。お腹の具合には問題なかったようだ。もっとも、薬は、まじめに飲んでいる。
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これは、今、HPのバッテリーチャージをしている図です。このホテルのコンセント、私が知る限りの全ての国のプラグに対応できる形状になっている。日本のプラグにもアダプターが必要ない。ただし、電圧には注意。
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HPといえば、3月1日問題がインドネシアにはあるようだ。よく知らないが、SIMカード、何やらどこかに登録しなければ使えなくなるとか。ネットにアクセスできなくなるの?電話機能は問題ないらしい?とにかく、私も詳しく知ろうとしていない。私はSIMカードを使っていない?。毎月の使用料請求に従って、ATMで支払っている。
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(^_-)-☆閉じこもり [状況]

 3329 昨日の空港へ向かう前のクアルンプール名所巡り、約、2時間の強行が、さすがの私にも、異常な筋肉痛の原因になった上に、下痢状態も重なった。別になにもする必要もないし、閉じこもりを決めた。向かいコンビニへ買い物。カップ麺やパンなど食べ物とコバヤシのアンメルツヨコヨコなるものを買った。
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疲れと筋肉痛の原因の多くは、Batu Cavesだった。ここは無料。下から急な階段を上り、上り詰めた場所から、少し下り、また昇って、突き当りになる。巨大な鍾乳洞が、地上に出てしまったのでしょうね。駆け上がり、駆け下り15分で往復した。写真もたくさん撮った。このほかは、料金を支払ってはいる場所ばかりで、外国人は、二倍から三倍払わされた。
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Petronas Twin Towersここは入ったわけではない。下まで行っただけ、ムナラもそうだったが、無駄なことだと思うが、寝転んで写真を取っている人が多かった。これらは、登らなければ、近くへ行っても仕方がない場所だ。ただし。Menara Kuala Lumpurには、展望台迄上がった。狭い場所にオフィスや住宅が集中し、人口密度が高いのでしょうね。高層ビルが林立している。ジャングルだったはずの場所に、緑がほとんど見えない。ジャカルタのモナスからの方が、緑ははるかに多いような気がする。もっとも、道路の面積はジャカルタとは比較にならないほど広いともう。そして、見下ろしても、バイクはほとんど見えない。まるで、日本のようだ。自動車道と思われる道路にバイクが偶に見える。
Musium Dirajaと Petra jayaにもよった。王宮とモスレムだ。なにやら、贅を尽くしている建物、施設だ。あまり、興味はない。ホテルに入る前に、りょっと、周囲を歩いてみた。古いアパートが裏手にあった。向こうの近代的ビルと対照的。
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貧富の差を感じた。汚い、臭い、こわれそうな場所も多い。

もう我慢ができず、近所の薬屋へ行って、腹痛と下痢薬を三日分買ってきた。始め二錠、約五時間ごとに一錠ずつ飲むなどと薬剤師が説明してくれた。効くのかどうか、試すしかない。さて、明日は何をしようか。直らなければ、閉じこもりきりか。
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それでも、無理にこんなところで食事をした。
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(^_-)-☆KL泊り [行動]

 3328 本当は、コタキナバルにいることになっていた。しかし、思うようにいかず、空港から戻って、Jl,bukit Bintangのホテルに潜りこんだ。一泊150RM朝食はつかない。ちょっと高い気もするが、賑やかな、繁華街なのでこんなものかと思う。ホテルのそばにあるレストラン街。
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マイホテルを8時半ごろタクシーで出発、インドネシア大使館までは、地図上では近いように見えたが、行ってみると、歩ける道はなく、ほとんど車だけしか通れない道だった。それでも10分ほどかかった。どうも、朝の渋滞だったことと、一ポイ通行の関係で遠回りをしたようだった。9時前に大使館の前に到着、何のために来ているのでしょうか。現地の若い人たちが続々入ってゆく。VUSAの申請場所はどこ、と、三回聞いた。最後に50席ほどある部屋に行った。入ってすぐのところに、順番カードを取る場所があった。そこに、ハンサム青年が、立っていたので、申請に来たと言ったら、ここで、書類をチェックしましょうと言いながら、順番カードも取ってくれた。持ってきた書類を広げると、入国スタンプの場所のフォトコピーがないから、外に場所ががるから、取ってきなさいと言われた。
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外に出てみると、いきなり、タクシーの運ちゃんがタクシーかと聞いてきた。次に、コピーか?と他の青年が聞いてきた。そうだといったら、あっちだから、俺が連れて行ってやると言いながら、私も方向は聞いていたから、向かって行ったら、付いてきて、それだけか、一人でか、手伝いはいらないか、としつこい。コピーきのある店の前には、そんな人達が大勢いて、話しかけれ来るので、無視した。

コピーを持ちかえり、関ほどの彼に見せたら、これでいい、順番が来るまで、あちらで待っていればいいといわれ、待った。番号は39。なかなか、進まない。10時半ごろ、やっと順番が来た。書類は、すべてOK,費用を430RMくらい払い、領収書、受領書と先程の呼び出し番号を渡されて終わり。

パスポートの受け取りは、四日後の木曜日、午後2~4時だ。
あの青年に助けられた。出るときにお礼を言う老いと思っていたが、交代していたいなかった。

あそれからが、大変、外へ出て、例の寄ってくるタクシーで市内観光と空港までを頼んだ。17時過ぎのフライトでコタキナバルへ行く予定だった。なんやかんや、あちこちに、聞いやり、頼んだりしたが、パスポートなど、IDになるものがなければ、ダメだった。予想はしていたことだが、大使館の預かり証とフォトコピーでは、ダメだった。がっかり、ショック!

往復航空券とタクシー代1万5千円ほど、無駄になった。そして、さて、どうしよう。そして、いま泊っているホテルで、3っ日間、籠城することにした。ま、コタキナバルへ付けた場合でも、一日前の帰り便にかえなければならなかったし、ここで、待っていれば、時間的余裕はたっぷりで、性分ではないが、とにかく、のんびりできる。

ストレスからだろうか、インドネシアの何を食べても下痢にならない私としたことが、飲食で、全く思い当たることがないのに、若干の腹痛を伴う下痢状態になってしまった。動き回って疲れた。
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(^_-)-☆KLへ [行動]

 3327 日の出と同時、6:20 ティーオフでゴルフ、11;30前にはシャワーを浴びて、ゴルフ場をあとにし、一旦、家に戻って準備をし、会社へは12;30に入って、タクシーを待った。
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13;30には、出発、日曜日といえどもジャカルタや空港までの渋滞を軽く見られない。フライトの時間は、19時過ぎだが、早くついているに越したことはない。で、どうだったか、順調すぎて拍子抜け、15:00前に着いてしまった。久しぶりにタマンアッグレックの前を通過した。
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時間つぶしに、ソラリアに入って、食事をしながらPCをいじっていた。3時間ほど前でもいいかと思い。X線を通過して、中に入った。カウンターがない。聞いてみたら、エアーアシアのドメスティックだという、インターナショナルはターミナル3だといわれた。変だなとは思っていた。愛内板に、私が乗るはずの便がない。ただし、エアーアシア意外だが。当然、行く先が外国の便が沢山ある。当然だ。ターミナル2は、本来、インターナショナルターミナルだ。すぐに、第三に向かおうとしたが、すぐ来るはずのシャトルバスが一向に来ない。出発の2時間ほど前になってしまったので、空港内の巡回タクシーで移動した。5万Rp。
直ぐに。ボーディングパスのカウンターへ行ったら、発券機を使えと言われた。行ってみたが、方法がわからない。側にいた手伝いの人にすべてをやってもらった。いろいろな場所を押したり、アルファベットのボタンを押して、やってくれたが、私じゃできない。後ろに待っている人がいなければやってもいいが、結局、人を呼ぶことになりそうだ。

イミグレを通過して、ゲートに着いたのが1時間前だった。余裕をもって早く出て、余裕だらけで、行動していたが、結局、なんだかんだで、いろいろ尋ね、何やら、余裕がなくなっていた。おまけが、ディレイ、なかなか、搭乗の案内がない、結局、50分ほど遅れた。なにも、慌てることはなかった。

飛行は順調、KL空港には23時過ぎに着いた。日本とジャカルタの真ん中の時間帯、バリと同じなのが面白い。経度的に言って、かなり矛盾していると思うが、どうでもいいか。

空港が広い、まず、イングレに、入国カードがない。カウンターでは、顔写真と指紋の撮影がある。簡単だが、人によって、時間のかかり具合が違う。何故か、ありがとうと言われた。

次はタクシー、タクシー乗り場は一階、イミグレは二階だった。マネーチェンジャーも二階にあった。そして、迎えの車もその階の外にあった。案内板にタクシーは一階と書いてあった。リフトで一階に降りるとすぐタクシー乗り場が、見つかった。そこへ行って、タクシーに乗ろうとしたら、チケットは?と聞かれた。なにそれ、中にカウンターがあるから、そこで、行く先を言って、払ってチケットを受け取ってから、ここに来なさいと言われた。めんどくさ!戻って、ホテルのフォーチャーを見せて、80なんぼリンギッドを払った。
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そして、やっと、タクシーに乗れた。2000円ちょっとだから、そう遠くないと思ったら、高速を40分くらい走った後に、市街地へ入った。高速代は3回払った。インドネシアと同じようにすべてカードだった。合計15RMくらいだった。そして、チケットの80RMには、その料金も含まれていたのだから、安い。私がマレー語を話すと、運ちゃん、マレー語の方言なのだろうか、一部しかわからなかったが、いろいろ説明してくれた。ホテルにも、迷いわずしっかり送ってくれた。
24時を回ってチェックイン、マイホテルという名前のホテル。いきなり、おそかってね。カツオさん、と言われた。何やら、タックスだという。10RMを払ってほしいといかれた。今年から、皆さんからホテル税を請求することに税制で決められたと、申し訳なさそうに説明していた。そんなこと、別に、構わないのにと思ったが。

しかし、よくやるね。早朝からゴルフ、そして、右往左往したが、その日の真夜中にはクアラルンプールのホテルに潜り込んでいる。
   

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(^_-)-☆季節変わり目 [状況]

 3326 車の部品を作るのだそうだ。プレス機が搬入された。間もなく、完成する小さな工場に既に同じような機械が二台搬入されている。
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我が工場の一角だ。左に金型の棚がある、奥に、原料が置かれている。
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Indonesia terus diguyur narkoba. Belum lama dua kapal bermuatan total 2,9 ton sabu ditangkap, Jumat (23/2) malam satu kapal lagi disergap di perairan Kepulauan Riau (Kepri). Kapal asing ini dicurigai membawa 3 ton sabu. インドネシアは常に麻薬を流されている。以前、合計2.9 トンのシャブをの2 つの船でつかまえた。金曜日、サブ(2/23) の夜に逮捕された、1 つの船が再びリアウ の海域で待ち伏せされました。これらの外国船は3 トンのシャブを運んでいると疑われました。
Tsunami narkoba dari Cina 中国から麻薬の津波、と言われている。シンガポール、台湾、フィリピンの国旗を掲げているが、実際は中国からだという。今、なぜ、大量に?
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雨季から乾季に徐々に交代している。二月が激しい雨季の最終月、3月中に、乾季になるのが普通。これは、象徴するような空。直射日光はジリジリ熱く、日傘を欠かせないが、間もなく前方から雨雲が広がる、雨傘に変わる。Banjir di pangandaran パンガンダランも大洪水で、バンジャールからの一本しかない道が、川の氾濫のための洪水で、孤立化している。山岳地帯で地滑りが発生して、今も行方不明者の捜索をしている。ブレベスでも平野部を通っている高速道路が洪水で通行止めになっている。
ま、三月中旬までもことだ。それ以後は、この類のニュースは、全くなくなる。
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明日の夜は,KLにいる。
タグ:災害 状況 KL
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(^_-)-☆最終日 [思うこと]

 3325 ブルジュンマット、金曜日の礼拝は、欠かせない。ある程度の人数が集まる場所へ行って、お祈りをしなければならない。自分の家で家族だけとか、小さな会社の小さなお祈り室で済ませてはいけない。だから、道端のモスジッドは混雑するし、大きな会社に大きな祈祷室があれば、通りがかりの人だけでなく、近くの会社の人も自由に入ることができる。そして、路上駐車もこの時だけは、許される。だから、お祈りしているので,道はガラガラ、そして、モスジッドの前の道に駐車している車が多いので、その前を通ろうとしている車は少ないが渋滞している。道は閑散としているが、もし、渋滞になっているなら、その先にモスジッドがある。
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サクラへ行って、パスポートを返してもらった。スンチンさんがいて、パスポートなしで、預かり証とコピーだけで、コタキナバル行きの飛行機に乗れるかどうか確認のため、エアーアジアに問い合わせてくれたが、結局、行ってみなければわからないということになって、とにかく、チョバだよ。ということにした。行けなければ、KLとその周辺、あるいは、ペナン辺りまでバスの旅もいいかなと思う。マラッカやジョホールバルへは行ったことがあるし。
ヴィザの申請に持ってゆく、書類を確認していたら、インビテーションレターのタイトルがPresident Directorになっていてびっくり、知らなかった、インドネシア語で書かれている定款でのポジションのDirektor Utamaが社長だということを、社長ならDirektor Presidenだとばかり思っていた。いやいや、まさか、社長だったとは。今更、どうにもならないから、このまま申請になるが、一年限りにする。

MMへ行ったついでに、ナンブの三人を呼び出して、ベアチュカイの隣のカキリマレストランで食事をした。1996年、インドネシアで仕事をし始めたときに、同時に入社した人達だ。22年まえに、高卒で入ってきて、押出部門にいた。私の生徒たち、今は、それなりの地位で、普通に努めている。今は昔。

本当は、昨日も今日も仕事をしてはいけない、出社してはいけない、ユニフォームを着ていてはいけない。労働ビザが切れているからだ。でも、いつものようでした。明日も会社へ行くが、ゴルフの後だから、短パンとティシャツだ。

ブレーキングニュースで、リアウ州、マラッカ海峡で、3トンのシャブを運んでいる台湾戦を捕まえたとか。ちょっと前、同じリアウ州で1,6トンのシャブを積んだ船を捕まえたばかり。
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(^_-)-☆車が直った [思うこと]

 3324 Bencana longsor di Berebes ブンチャナは、災害ですね。中部ジャワの北西、チレボンの東隣に位置する。ブレベスです。北はジャワ海に面するが南は山岳地帯になる。
hingga Kamis sore ini pukul 14.30 WIB, terdapat lima korban meninggal dunia, 15 orang hilang yang diduga tertimbun longsor, dan 14 orang selamat dalam kondisi luka-luka.
今朝19時ころに起こった。百姓が大勢、生き埋めになった。
午後14.30現在、5 人の死者、地滑り、埋められた15人の行方不明者と14人の負傷者の状態で生き残った。雨季は、もう一か月で終わり。3月末には、乾季に入るでしょう。もう少しで、洪水や地滑りはなくなるでしょう。その代わり、山火事が増える。
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 エポ完了の知らせが入った。予定通りに進行している。25日夕方、KLへ出発も変更はない。

追突されたり、横っ腹にぶっつけられたりした傷はきれいに直った、新車のようになった。頼むから、ぶっつけないでほしいと思う。田舎のベンケル(修理屋)、どうかなと思っていたが、腕はいいと思った。レンタカーは返した。

アイススケートのショートトラック競技で、韓国がメダルを沢山とっているのは、よくわかる、彼らに合っていると思う。日本人には向かないスポーツ?防具を付けなければならない競技は他にもあるが、競技者同士、押しのけあう時の接触での争いのために必要というのは、ほかには、あまりないと思う。以前、争うが激しくなる前は、日本も、ある程度、戦えたが、韓国や中国が力を入れだしてからは、押しのけられるように、日本人選手は、目立たなくなってしまった。
今回のオリンピックでも、何やら、問題が沢山、発生しているようだ。失格者も多く出ているようだ。その判断も難しいと思う。
接触しないで、他人を押しのけないで、真のスピードを競うやり方にならないものでしょうかね。一周400Ⅿの競技だって、接触を避けるためにセパレートのコースになっている。ショートだって、セパレートコースにできると思う。パシュートのように、反対側からのスタートにすることもできると思う。速度を争うのに、他人を押しのけたり、邪魔をしたりする能力、テクニックの優劣を争うというのは変だと思う。アイスホッケーじゃないのだから。
小平選手、私の中学の時の同級生に似ている。


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(^_-)-☆やっぱり [状況]

 3323 女子パシュート、すごかった。逆転のスピードが凄かった。陸上400Ⅿリレーのように、連携の力は、個々の力をより引き出しますね。良かった。繰り返して映像を見てしまった。

通勤路の途中に何のためにこんなに高くしたのかという橋があることは既に書いたが、今朝、出社途中、その100Ⅿほど手前でストップした。橋は見えないが、橋で何かが起きている渋滞すているのだなと思った。そのうち、対向車線の車やバイクがやってきた。交互通行になっているなと思った。しばらくして、進みだすと、案の定、大型のトラックが、こちらぬ向けて、斜め前倒しで止まっていて、積み荷の砂を二人がかりでスコップで落としていた。軽くしたいのでしょう。何時間かかることやら、それにしても、向こうから来たのに、こちらの車線側で動かなくなってしまっているとは、これ如何にである。
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とにかく、こんな状態の橋なら、絶対こういうことは起きる。インドネシア人だって、そんなことは分かる。どこかの役所が管理して、OKをだしているはずだ。一体、何を考えているのでしょうか。住民、通行人はクレームをつかないのでしょうか。ばかばかしくて、あきれ返るばかりだ。乗用車でも前後を引きずっている車が多いし、地面にその立て筋が彫られている。
 バンドゥンの南を通る高速道路でも跳ね上がって、どんと落ちてしまう橋が3か所ある。
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Jagalah kebersihan!!!!
Abis air besar/kucil disiram dengan tombol yang ada diatas closet atau selang shower
Jangan buang pembaru

 こんな張り紙は一例に過ぎない。大小便をした後は、ボタンを押すか、備え付けのホースで水を流して、きれいにしましょうということです。ごみをトイレに流すな。
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Razia dilakukan untuk merespon maraknya pengaduan warga yang mengkhawatirkan lalu lalang orang gila di ruang publik sekaligus untuk membina dan merawat mereka secara lebih intensif di Rumah Sakit dan Panti Sosial yang lebih kompeten. ラジアとは、取り締まりとか検問などの意味ですね。バイクの無免許、無点灯ヘッドライト、ヘルメットの未着などの取り締まりは、よく見るが、今回は、ギラの取り締まりですね。市民の苦情があるのでしょうね。私も、裸でうろついている人を良く見かけます。インドネシアのギラは、男女とも素っ裸で、髪の毛なぼうぼう、お肌はきれい。
タグ: トイレ ギラ
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(^_-)-☆どうしようかな [情報]

 3322 また、やってしまった。HP(ハンドホーン)を持って出るのを忘れた。朝のミーティングが始まって気が付いた。取りに帰る往復時間、20分ほど無駄にした。

NANBUへ行ってきた。仕事の話である。彼らと会うのも半年以上ぶりだ。非常に仕事が忙しいらしくて、休日返上らしい。エリアが狭いから、装置は増やせない。受注量が増える分は、オーバータイムでこなすしかない。それでも、間に合わなくて迷惑をかけている会社が出てきている。それらを少しでも改善するために、私が頼まれている。“のノ字”の生産生産ラインを1ライン、何とか増やすらしいが、本社からの移動の仕事で、会社全体としては増えるわけではない。車のシートとヘッドレスト関連の異形品の受注が増えていて、それの生産をしている方が、原料に種類は少なくて済むし、金型の交換頻度も少なくて済み、楽に生産できるので、多品種少量の技術的にも厄介な製品はやりたくなくなっている。

会社全体の雰囲気が、受注金額が多い製品優先になっているのは、技術者がいないからだ。手のかからない仕事を求めるのです。赤字でもだ、ということらしい。

行って、金型のチェックをしたが、元々、私が作った金型だから、ほんの一部の修正で内の押出機に取り付けることができる。それほど,難しい、引継ぎにはならないだろうと思う。
しかし、帰り際に、顔見知りの日本人がたまたま?近づいてきて、曰く、“手のかかる小ロットの仕事は持って行って”と言われた。“もう一社についても、くれてやるから、早く持って行って”といわれた。悲しいね。そういう言い方。“内では、キャパが足りなくなって、やり切れないから、太田さんの方でお願いします“と言われれば、気持ちがいい。なんだか、この仕事、引き受ける気がなくなった。どうしようかな。

Ini Identitas 7 Korban Luka Robohnya Tiang Girder Tol Becakayu
今朝のジャラントールの高架化工事の事故だ。橋桁が折れちゃった?7人の怪我人
https://www.youtube.com/watch?v=AgN2HW9GNOE そのyoutubeです。繰り返しますね、この類の事故。
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相変わらずのマチェット。馬もマチェットの中。
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インドマレットで見つけた“どら焼き”最近、パンなどでも、ひらがな、カタカナ表示がある製品が増えてきた。
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(^_-)-☆車の修理 [思うこと]

 3321 このままでも、機能的には問題なく使えるが、やはり、恰好がわりい。じろじろ見られる。仕方がないから、近くのベンケル モービル(車の修理屋)へ修理に出した。今回の二か所の修理と以前に誰がいつ作ったか知らないが、小さい傷が、もう二か所あり、それらを全て,直してもらうことにした。見積もりは3,5ジュタ(3万円ほど)だ。22日の夕方までには、できるという。多分、日本と比べればかなり安いと思う。

車はレンタルを使うことにした。会社で手配してくれたので、何んという会社か知らないが、デルタマスからだといって、18時過ぎに、届けて置いて行ってしまった。同じアバンザの黒だった。四日間借りるらしい。

Sinabung Meletus Dahsyat Pagi Ini, Abu Vulkanis Menjulang hingga 5 Km,
 Senin 19 Februari 2018 10:32 WIB 今朝、5000mまで煙が上がった。
https://news.okezone.com/read/2018/02/19/340/1861343/sinabung-meletus-dahsyat-pagi-ini-abu-vulkanis-menjulang-hingga-5-km 慢性的な、スマトラ島北部のシナブン山の噴火です。インドネシアでは、特別なニュースになっていない。この辺り、過疎地区で、観光地でもない。それに、地元住民もずっと避難生活なので、慣れてしまっている。今回も、犠牲者がいない。メダンに近いとわいえ60Km以上は離れている。
  
 Proyek Tol Becakayu(Bekasi-Cawang-Kampung Melayu Toll Road)
Roboh, tujuh pekerja luka tiga orang masih tertimbun
また、高速道路の工事での事故ですね。朝5時7人怪我、3人まだ埋まっている。カンプン ヌラユという東ジャカルタの地域だが。氾濫、洪水、ごみに山で有名なチリウン川が南北に流れている。
 
インドネシアでは、地域の名前の最初の文字、いくつかを繋げて、広域の名前にしたり、高速道路の名前にする習慣がある、ジャボデタベックはどうでしょうか。ジャカルタ Jakarta、ボゴール Bogor、デポック Depok、タンゲラン Tangerang、ブカシ Bekasiの広域の事を言いますね。
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会社からの帰り方向、ジャラン チタリク(jalan Citarik)といいます。どこに住んでるの、と聞かれたら、ジャランチタリクと答えれば、なるごどねという感じ。
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(^_-)-☆不安 不運 [情報]

 3320 気分が悪い。車の事だ。続けて、ディ ダブラックdi tabrakぶつけられている。いずれも、めんどくさいから、自分で直さなければならない。木曜日に高速に入ってすぐに追突された。会社に戻って、確認したら、後ろの上下に開け閉めする部分の凹みが大きく、しっかり閉まらないから、ドアが閉まっていない状態の表示がでて、リモコンロックができなくなった。
 そして、今日、二車線の左カーブで外側を回っていた私の車の内側を回っていたバイクが車の左側にぶつかった。バイクは倒れた。すぐ車を止めて、様子を見たら、すぐ立ち上がりバイクを押して道の左に寄せていた。怪我はしていないようで、ほっとしたが、バイクの一部が破損していた。
 すぐそばに、ジャバベカのテキュリティーがいて、寄ってきた。事故を見ていたそうだ。私の車に突っ込んでくる格好だったと言う。バイクの本人、自分が悪いと思っている。その若者、ぶつけて、私の車にもへこみ傷があるし、バイクも壊れている。困っている。が仕方がないから、バイクの修理屋まで一緒に行ってやって、修理に大体どのくらいかかるか聞いて、1ジュタくらい、ということだったので、その場でm1,2ジュタ渡してやった。ご本人、よっぽど、うれしかったのだろう。何も、咎められない上に、修理代まで出してもらって、何やら、その辺りに多きの人が行き来しているのに、激しく抱き着いてきた。こっちは、もういいから!!やめてくれよ!という感じだったが。
 さて、私の方の車、明日、会社の皆さんにどう説明したらいいのか迷う、正直に言っても、太田さ~~~ん、本当?と、太田さんが、何かやったんじゃないの?と、疑われそう。とにかく、大きな事故でなくてよかった。修理屋に二三日、入院させなければならない、その間、私の足はどうしよう。

 しれにしても、ぶつけられる側にも、なにか、ぶつけられやすい状態を作ってしまっていると、いわれている。追突されやすい人っているよね。とか。私のこの頃も、そうかな、と、気になる。
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 そんな事故の前。ゴルフ場では気分よく今日もプレーした。結婚式とパーティーが催されていた。朝のうち、雨だったが、晴れてよかったと思う。かなり、金持ちの一族の集団だと思う。

小平選手、やりましたね。よかったですね。
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