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(^_-)-☆これが最後か [旅]

 3018 もう、ここへ来るのは、最後になるかもしれないと、ラシッド君に話をしながら、このジャングルの入り口から入った。何回目だろうか。
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ラフレシア(ブンガ バンカイ)、期待外れというか、予想通りというか、どうも、この地域、雨季が続いているようで、蕾は閉じたままだし、成長も遅いようだ。蕾、一つに会っただけだった。探しに入る人もほとんどいないようで、ジャングルの中は、人が歩いた跡がほとんど消えているし、見つかっても、細い枝が周囲から伸びていて、塞いでいる。沢の苔もかなり目立って濃くなり、歩きにくくしている、何回、滑って転んだろうか。
今回は、アイル トゥルジュン、滝つぼまで降りてみた。急こう配の上り下り、ここへも、日本人を連れて来ることはできない。雨季の終盤、水量はピークだ。本滝へ着く。手前に、滝が現れていて、こちらも結構、豪快だ。この滝は一年のうち、一か月ほどしか、現れない。名前はない。
矢張り、体のあちこちが痛むが、気分は快適だ。パサール イカンでも食事も満腹、美味しかった。とにかく、自分でいうのもおかしいが、ここでは、かなりの有名人、皆さん、寄ってくる。駐車しても切符を渡さない、只でいいという、意思表示だが、私は、出るときに、通常料金より多い金額を渡す。それより。パンガンダランのゲートで入場料は払った時から、多くの人に太田さんが来たぞ、という情報が拡散するらしい。ウミさんのワルンにも情報は伝わっていた。今朝のチャガールアラムの入り口付近でも、待っていましたと言っていた。あらゆる道が大渋滞、駐車場も空きがないのに、私のために、通常は道なのだが、そこに止めさせてもらった。
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帰国する前に。もう一度。入りたいと思いながら、出てきた。どうだろうか。来れるかな。ぜひ、一緒に来てみたい人がいる、最後になるかもしれない、と、言ったのを、取り消した。

写真を沢山乗せたいが、後日のウェブサイトに回す。
蕾 ジャングル ラフレシア

日本人が書いた文章を読んだ。「ジャワ鉄道、中国から日本へ」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170422-00010000-jindepth-int
インドネシアの高速鉄道について、インドネシアは、日本に任せる意向ということを書いている。この人の書いた内容、事情に詳しいようだ。しかし、致命的な間違いがある。地図だ。この地図を使ってはいけない。完全にぼろを出している。この地図を見せられると、日本が、中国が建設受注のバンドゥンまで、それを完成させ、その次、バンドゥンかラスラバヤまでを日本が引き受けるか、バンドゥンまでも、中国は断って、全線、日本に任せるのか、どちらでしょうか、見た人は迷う。そのことの説明がない。書いた人、なぜ、この地図をしましたのでしょうか。意味不明ですね。
私は以前から何度も書いているが、日本に任せようとしているルートは、バンドゥンを迂回しない。はっきりしている。この人も触れているように、もともと、なぜ、バンドゥン?という疑問は、インドネシア人大多数が持っている。
もう一つ、メガワティとジャクウィ大統領の不仲説、これも、大きな疑問です。メガワティさんは、常にジョコさんをバックアップしている。リニさん、言動や判断に疑問を持つ他の閣僚も多いことは確か。中国からの資金のうち10%だけ、高速鉄道関節会社に振込まれたそうですが、もう、2019年中の開業も絶望でしょう。昨日、通ってきた、建設予定地では、その雰囲気はゼロ、ここが建設ルートの近くという、景色は一切、なかった。リニさんは、大丈夫だと、繰り返しているが、これの関係の仕事は無理だ。知識が少なすぎるし、説明も不足。何やら、中国に操られているだけの人のように見える。ジョコさん、彼女を無視するでしょう。


(^_-)-☆Pangandaran  [思うこと]

3017 三連休の初日、渋滞になる前にできるだけ近くに行きたいと思い、2時に出発しようと思っていたが、実際に出発したのは、5時半過ぎだった。案外、順調に、進んだ。タスクのバイパスを過ぎたあたりでは、四時間、これなら、7時間くらいでつくかなと思っていたら、バンジャールから、突然、車がつかえだした。そして、自転車の数が以上に増えた。1時間半のバンシャールとパンガンダラン間、今日は、4時間近くかかってしまった。この間も上り下りで曲がりくなった道、大量の自転車が道をふさいでいるし、サポートの小型トラックも路肩駐車している。モスクの付近には、休憩している集団が道をふさぐ、とんでもない渋滞だ。結局、9時間かかって、到着したのが15時過ぎ。足がつってしまった。
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そのまま、パサール パンガンダランの中のヘーアーサロンに直行、散髪とカラーリングをした。そこでいうには、タシクからの自転車ツアーだという、3000人。
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いつものホテルに入ったが、予約が一杯で、今日だけとれた。明日は別の場所を予約した。西海岸のウミさんのワルンで食事をしながら、ラシッド君に明日のガイドを頼んだ。その西海岸の人出、いつもこうだ。予想通りの賑わい、ずっと西の方まで、海岸、人で埋めつくされていた。

ちょっと、話は変わる。ちょっと補足
ジャカルタ新聞で、今日、通った高速道路を途中で降りて、スバンの街を通過し、南に向かいバンドゥン方向の山の中、途中にある温泉地チアトルを紹介していた。ここへ行くなら、温泉もいいが、その周辺の環境もいい、インドネシア~~という感じがする。馬にゆられて、茶畑やカカオ農園や滝を巡るのもいい、そして、せっかく、そのあたりへ行くなら、ちょっと南のタンクバンプラフ、ここも、セットでしょ。レンバンまで行けば、サテ クリンチ(ウサギの焼肉)もいいですよ。インドネシアの温泉に浸かっても、何の感激もない、温泉はやはり日本ですから。温泉といえば、一泊二日なら、タシクマラヤの手前からちょっと南のガルットゥが、チアトルより、雰囲気はいいと思う。そして、ちょっと、元気なら、何とっても、エーデルワイズのパパンダヤンでしょ。タンクバンプラフも活火山ですが、そこも活火山です。硫黄が噴き出ています。先日行ったバニュワンギのイジェンに負けていません。
http://www.k4.dion.ne.jp/~enplaind/newpage027.html 
http://nanbuindonesia.web.fc2.com/page005.html
ファミリー ギャザリングで、私は、ジャティルフールを押したのですが、皆さんの意見は、おちびちゃんも楽しめるであろう、チカラカランからひたすら南のボゴール方面に向かう途中のムカールサリという、遊園地に決まったしまった。大分前に前を通過したことがあった、寄る気になれなかった場所で、老人が行っても、小さい孫と一緒ならいいが、一人じゃ、何をしたらいいの、という所だと思う。行きたくないが、話のタネに行くしかない。皆からも参加を期待されている。ゴルフをしていたほうが、いいに決まっている。
  
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(^_-)-☆寄付贈与援助 [情報]

 3016 韓国系の会社と付き合いがある。S―PVCチューブを納品している。ボゴールにあるワイヤーハーネスを作っている会社だ。その会社、経営者の韓国人、知っていたのかどうか、インドネシア人スタッフになかに、いわゆるフィーを要求するやつがいて、利益が30%くらいなのに20%を要求していて、私の前のダイレクターが、それを、プロモーション費として、支払っていた。見返りの本人も何パーセントか受け取っていた。私に代わってから、それは、きっぱり、やめにした。それで、仕事がなくなってもいいと思っていた。払っていれば、どうせ、やっていても、利益がないからだ。ところが、その後、ほかの会社に、一時 一部、生産を回していたが、品質的に無理があったようで、元に戻ったばかりではなく、冷蔵庫の関係の仕事が増え、こちらにも注文が増えている。

ところが、そのフィーを要求していた連中が、一年ほど前に、韓国人の社長に、私がお酒を渡したのを覚えていて、同じものを欲しいと言ってきた。それなら、安いし、会社からの出費ではないし、品物だし。OKした。今日、納品のついでに渡したようだ。私に感謝と言っていたという。イスラムもこんなものです。

ところで、アホックさんに対して、1年の禁錮が検察から求刑されたそうですね。

あの世へ財産を持って行けにという話、私は、40歳(会社を作って10年後)くらいの時に、そう確認している。土日も含めて一日平均16時間は仕事をしていた。税金は、当時の私にしてみれば、相当多額を納めていた。その使い方、配分は気にいらなかった。そこで、とにかく、利益を少なくするように手を打った。従業員への配分をできるだけ多くした。会社負担で何かと皆さんに補助も出した。それでも、高額納税を続けた。それが、たまらなく、嫌だった。
仕事をしている時間16時間のうち、10時間分の利益を納税していた。ばかばかしいと思った。そして、そのころ、従業員に10年後に会社を辞めると宣言した。そして、その通り、社長を50歳で辞めた。そして、3年後にインドネシアに来た。当時、毎月100万円の使い道を任せられた(当時も今も、日本人一人に平均、月100万円かかるといわれていたし、言われている)。それを、私は、機械を買ったり、原料を買ったりして、技術指導の資金にした。当時から、家はルマーアバンの田舎に住み、車は自分で買い、運転手は使わず、できるだけ、技術指導、従業員の生活援助や日本語学校費用、また、皆さんと食事やボーリングやアイススケートなど体験、卓球台を寄付したり、工場の裏にバドミントンコートを作ったり、社内のバレーた卓球、チャトルなどの競技会も主催していた。お金を貯めるどころか、自分は節約し、皆さんのために使った。

当時の一緒にいた日本人は、社長を含めて、それが、私に対してPHをする理由になった。その後も、会社が変わっても、やはり、その会社の経営を任せられている人からは、追い出された。それでも、お金を持っていても仕方がないし、余分なお金を受けとっても仕方がないから、日本への留学生の保証人になり、資金を提供し、数人の日本での授業料や生活資金の援助もした。20年で、受け取らなかったお金と、使ったお金を合われれば、数億円になっていると思う。今でも、給料は8万円くらい、電気代や電話代は自己負担、車(納品にも使う)は貸してもらっているが運転手はいない、お手伝いさんもいない。お金を貯める必要はない、旅は自己資金、ゴルフは会員費用もプレー費も自己負担、これで、十分の生活をしているし、お客さんへの手伝いもできているし、若い従業員への技術指導もやっている。

どうですか、貯めようと思えば、おそらく、10億円以上貯めることができたと思う。しかし、貯めてしまってから、あの世に持っていけないからと言って、配分を始める、与えることを始める、では、ニュースになるかもしれないが、気が付くのが遅い。そんなに、貯めないで、何十年も前から、寄付や贈与や提供をしたら、もっと、よかったと思う。金額の多少ではない、気持ちだ。
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ブリトゥン、天国でしょ。
明日は、別の天国パンガンダランだ。


タグ:寄付 贈与 援助
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2017-04-22 [思うこと]

(^_-)-☆寄付贈与援助 3016 韓国系の会社と付き合いがある。S―PVCチューブを納品している。ボゴールにあるワイヤーハーネスを作っている会社だ。その会社、経営者の韓国人、知っていたのかどうか、インドネシア人スタッフになかに、いわゆるフィーを要求するやつがいて、利益が30%くらいなのに20%を要求していて、私の前のダイレクターが、それを、プロモーション費として、支払っていた。見返りの本人も何パーセントか受け取っていた。私に代わってから、それは、きっぱり、やめにした。それで、仕事がなくなってもいいと思っていた。払っていれば、どうせ、やっていても、利益がないからだ。ところが、その後、ほかの会社に、一時 一部、生産を回していたが、品質的に無理があったようで、元に戻ったばかりではなく、冷蔵庫の関係の仕事が増え、こちらにも注文が増えている。

ところが、そのフィーを要求していた連中が、一年ほど前に、韓国人の社長に、私がお酒を渡したのを覚えていて、同じものを欲しいと言ってきた。それなら、安いし、会社からの出費ではないし、品物だし。OKした。今日、納品のついでに渡したようだ。私に感謝と言っていたという。イスラムもこんなものです。

ところで、アホックさんに対して、1年の禁錮が検察から求刑されたそうですね。

あの世へ財産を持って行けにという話、私は、40歳(会社を作って10年後)くらいの時に、そう確認している。土日も含めて一日平均16時間は仕事をしていた。税金は、当時の私にしてみれば、相当多額を納めていた。その使い方、配分は気にいらなかった。そこで、とにかく、利益を少なくするように手を打った。従業員への配分をできるだけ多くした。会社負担で何かと皆さんに補助も出した。それでも、高額納税を続けた。それが、たまらなく、嫌だった。
仕事をしている時間16時間のうち、10時間分の利益を納税していた。ばかばかしいと思った。そして、そのころ、従業員に10年後に会社を辞めると宣言した。そして、その通り、社長を50歳で辞めた。そして、3年後にインドネシアに来た。当時、毎月100万円の使い道を任せられた(当時も今も、日本人一人に平均、月100万円かかるといわれていたし、言われている)。それを、私は、機械を買ったり、原料を買ったりして、技術指導の資金にした。当時から、家はルマーアバンの田舎に住み、車は自分で買い、運転手は使わず、できるだけ、技術指導、従業員の生活援助や日本語学校費用、また、皆さんと食事やボーリングやアイススケートなど体験、卓球台を寄付したり、工場の裏にバドミントンコートを作ったり、社内のバレーた卓球、チャトルなどの競技会も主催していた。お金を貯めるどころか、自分は節約し、皆さんのために使った。

当時の一緒にいた日本人は、社長を含めて、それが、私に対してPHをする理由になった。その後も、会社が変わっても、やはり、その会社の経営を任せられている人からは、追い出された。それでも、お金を持っていても仕方がないし、余分なお金を受けとっても仕方がないから、日本への留学生の保証人になり、資金を提供し、数人の日本での授業料や生活資金の援助もした。20年で、受け取らなかったお金と、使ったお金を合われれば、数億円になっていると思う。今でも、給料は8万円くらい、電気代や電話代は自己負担、車(納品にも使う)は貸してもらっているが運転手はいない、お手伝いさんもいない。お金を貯める必要はない、旅は自己資金、ゴルフは会員費用もプレー費も自己負担、これで、十分の生活をしているし、お客さんへの手伝いもできているし、若い従業員への技術指導もやっている。

どうですか、貯めようと思えば、おそらく、10億円以上貯めることができたと思う。しかし、貯めてしまってから、あの世に持っていけないからと言って、配分を始める、与えることを始める、では、ニュースになるかもしれないが、気が付くのが遅い。そんなに、貯めないで、何十年も前から、寄付や贈与や提供をしたら、もっと、よかったと思う。金額の多少ではない、気持ちだ。
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ブリトゥン、天国でしょ。
明日は、別の天国パンガンダランだ。

(^_-)-☆気持ちは不変 [思うこと]

 3015 日本に帰ってから何をするの?と、皆さんに聞かれる。今日見えたお客さんもレバラン後に帰国することを知っていて、やはり、聞かれた。
50歳で、会社の社長を辞めた時、また、53歳でインドネシアに出かける前、何をしたいの?何をするの?今の生活を捨てて、と、多くの人から問われた。その時も、今も、他人から見たら恵まれた環境にいるとみられていたし、見られている。以前は、外国へ行って指導をしたいから、少しだけでも若いうちに、まだ、動けるうちにということだったが、今回は、まだ、動けるからという心境だ。来る前は、それ程、長く、元気で動き回れるとは思っていなかったが、結構、いつまでたっても動き回れる、それなら、動けるから、今度は、日本でも、動いてみようということになった。
それに、もう、家族をほとんど放っておいて20年過ぎてしまったので、邪魔かもしれないが、いれば、妻のボランティア(地域の仕事)の補助など、何かの役に立てるでしょう。それに、孫や娘たちの補助もできるでしょうし、場合によっては、私が日本にいれば、ゴルフ仲間もメンバーが一人増えたと思ってもらえるでしょう。また、場合によっては、押出の技術のことでも相談に乗れるでしょうし、手伝いもできるでしょう。そして、肝心なことは、少し、長期的に体のチェックとメンテナンスができるでしょう。

ということで、完全に引き上げることはできないので、できるかどうか、“予定は未定にして決定にあらず”!だから。三年ほどは、半年を目安に両国にかかわることになる。と、皆さんに宣言をしている。社長を辞める前と同じように、気持ちがぐらつかないように。

今、何の仕事が一番忙しいというと、水槽の部品を作ることだ。日本の大手アクアリューム販売会社の水槽だ。夏の需要に合わせて、今、作って、5月6月の船に乗せて日本に輸出する。この仕事、季節もの、多忙と暇と落差が激しい。こちらの会社では、できるだけ、仕事量を平均化しようと努力はしている。だから、水槽と関係ない仕事もしている。しかし、下請けの我が社としては、どっと来る仕事を何とかこなさなければならない。今日はH-PVCパイプの両端の面取り(バリ取り)を3時間ほど手伝った。
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帰ったら、買おうと思っているこの水槽の中にも組み込まれている。日本中のホームセンターやペットショップに置かれる。不良品は出せない。責任重大である。インドネシア人もそのことはわかっている。
財産はあの世へ持ってゆけない、だから、自分が応援したい場所に寄付をする、それは、その通り、そう思う。ただし、違いがある。
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ジャラン カリマランは大型トラックも通過OKになっているので、すれ違いだけでも渋滞の原因になっている。

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(^_-)-☆決選投票結果 [情報]

 3014 インドネシアらしくない選挙結果速報。全てが遅いインドネシアだが、選挙結果が出るのは早い。投票終了後に開票するのではなく、投票が始まったら、開票を始めるのではないかと疑いたくなる。それも。どういう機関が発表しているのか、いくつもの発表がある。最大2%くらいの違いがある。僅差だったらわからないが、今回のようにはっきりしている場合は、負けたほうから敗北宣言をだす。正式結果は、多分、二~三週間先に選挙管理委員会から出るでしょう。それは、どうでもいいことになる。
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ジャカルタ知事選挙、アホックさんが負けちゃったね。アニスさんが当選だね。予想外の、大差だった。イスラムが大部分の社会、当然といえば当然だが、カリジョドに見るように、彼の実行力は、大したものだと思う。このまま、身を引いては、もったいないと思う。また、まだ、州知事はアホックさんで、交代するのは半年後?でしょうか。どうでしょうか。
ただし、判決がどうなるかだと思うが、市民権はく奪のようなことにならないと思う。
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Wi-Fiはもう、どうでもよくなった。飾りとして期待していたが、何の音さたもないので、すでにで、電源を切ってしまった。そして、アンドロメダの中で、一番容量が多い機種を買ってきて、事務所の真ん中に置いて使いだした。何の不自由もない。

 パスポートを受け取りにサクラへ行ったが、あそこへ行くと、なぜか、航空券の手配を頼みたくなってしまう。今回は、どこにしようかなと、つぶやいたら、ウィウィさんが、ワカトビはまだでしょ、という。彼女とは15年以上前から、知り合いで、私が、インドネシア中を訪問していることを知っていて、多分、まだ行っていないところは、ここだろうと、思ったのだと思う。ジャカルターワカトビ(JAKARTA-WAKATOBI)往復 ウイングス エアー(Wings air)で、4,5ジュタ(約4万円)で予約をした。ワカトビとは、何やら、日本の何かの名前のようだが、スラウェジの二本足の東側南端からもっと南の小島がある付近で、ダイビングスポットとして、かなり、有名だと思う。ダイビングが趣味の人にとっては、あこがれの場所かもしれない。この前,行ってきたラジャ アンパットと類似の場所だと思う。ジャカルタからは、ちょっと、遠回りをして、マッカサールとクンダリの二か所トランジットになる。6時間ちょっとかかる。時差の関係で、行きは5時間半、帰りは7時間だ。


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(^_-)-☆ITTEだって [状況]

 3013 まず、9;40に出発で、P.BEDに10時、打ち合わせが済んで、11時に出て、高速道路に入ったところで、サクラのビリーさんから電話、パスポートが届いたという。従業員と一緒だったので、そのまま、会社に帰った。午後は予定がなかったし、明日明後日は、予定が入っているので、15時に出てMMへ向かった。朝は渋滞がMMの1km手前からだったが、戻る11時過ぎには、渋滞がチカランウタマのゲートからになっていた。午後三時過ぎには、その渋滞がもっとひどくなっていると思い、ジャラン カリマランでMMへ向かった。のろのろ運転で、1時間かかった。多分、高速を使ったら、二時間以上かかったかもしれない。というのは、MMからの帰り、16時過ぎ、高速で帰った。その時、反対のジャカルタ方面の渋滞は、チカランウタマを通り越し、チカランバラットのゲート付近も通り越し、渋滞の尻尾は、どこまで東に延びているのか確認できなかった。
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行きのカリマラン通りの様子
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帰りの高速道路の様子、帰りは渋滞なし、ジャカルタ方面は大渋滞。

渋滞の原因の一つは、本来四車線で路肩も走れたから事実上五車線だったのが、車線を増やす工事?をしているため、現在は三車線になってしまっているが、その真ん中の車線で穴ぼこ修理をしていて、その個所は二車線になってしまっている。夕方出れば、チカランからジャカルタのアパートまで5時間かかるという話は、頷ける。本当にばかばかしい。

ところで、私の友人の一人が、ジャカルタに5年ほど住みながらEJIPに通っていた人がいる。その渋滞が年々ひどさが増すことに堪り兼ねて、デルタマスのサクラアパート兼ホテルに引っ越してきた。ここなら、EJIPまで渋滞は考えられない。多分、30分も掛からないと思う。ところが彼曰く、ジャカルタはブロックMまで歩いて5分の所に住んでいた。夜、出歩くわけではないが、その明るさと賑わいが、結構,気に入っていたという。デルタマスにきて、渋滞はなくなった通勤時間もほとんど無しに等しくなったが、静かすぎて、寂しいという。運転手を使っているから、渋滞でも眠ってしまっていればいいから、それ程、苦には、ならなかったと、今になって言っている。
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ということで、今月から一年間のワーキングビザの印がされたパスポートとKITAS(キタス、一種の住民票、インドネシア人ならKTPカーテーペー)を受け取るつもりだったが、キタスカードは廃止だとか。代わりは、何というのでしょうか、電子制限付き住民許可証ITTE(イーテーテーエー、イテテー)とでもいうのでしょうか。紙切れになった。住民証明が必要の時は、以前のKITASと同じようにこれを見せなさい、そして、常に持っていなさいということだ。こっちのほうがなくしてしまわないなと思うが、汚したり濡らしたりできないなと思う。カラーコピーを沢山して、あチコリに分散して保管しておこうと思う。インドネシアは何もかも変わりやすいなと思う。

何度も書いたが、運転免許証SIM(今は外国人も5年)を持っていれば、それがIDカードになる。ただし、外国へ出て、インドネシアに再入国するときには、KITASと同じようにこれを見せなければならない。キタスホルダーの通過、カウンターは、名前がITTEホルダーに代わっているのでしょうか。変な話だが、運転免許証が5年というのも不思議で、VISAはほとんど1年だから、切れてしまってもSIMを出せば、インドネシア国内では、身分証明と認められるのが、インドネシアらしい。

インドネシア人のための電子KTPでは、大規模な汚職があったらしく、KPKに重要人物が取り調べを受けているし、それがらみかどうか、KPKの捜査員がバイクに乗った男に顔面を襲われたという事件があったばかりだ。

手続きに従っただけで、何も問題はない。前回、前々回は、会社の責任者が手続きをなかなかしなかった、というより、仕方がわからなかった、というより、やる気がなかったから、書類を提出していないのに、提出したと言っていたし、要するに、能力がなかったので、なかなか、進まなかったが、今回は、私自身が責任者になっているので、エージェントとも直接連絡しあったし、書類を整える担当者に指示してスムーズに進んだ。

明日19日は、ジャカルタ州知事の決選投票日で、ジャカルタは休日ですね。ブカシは休日ではない。
 
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(^_-)-☆テレビの宣伝 [思うこと]

 3012 先週の木曜日から、事務所のWi-Fiの受送信気が機能していない、ネットがないと表示されている。そのことについて、すでに書いたが、今日までに直っていない。そして、今日も夕方までにはつけるようになっていない。設置もとに聞いても、気の利いた返事がないままだ。仕方がないから、コンビニへ行って、アンドロマックスのモデム買って、それで、間に合わせている。いつ、使えるようになるのでしょうね。使用料を取っているのだから、使えない期間の分、返金してもらえるのでしょうか。そんなわけないか。インドネシアらしい話です。事務所の連中も、あまり、気にしていないようだ。私だけが、気をもんでいるようだ。
IMG_7885.JPGポカリスウェトの売れ方は、半端じゃない。コマーシャルなどプロモーションもうまいと思う。また、ほかの飲み物、アクアやオチャに比べて、ボトルの強度、厚さでも、気いられていると思う。
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一つ提案がある。道端でもどこでも、コーヒーやオチャ、その他の清涼飲料水?は、粉で小さな袋に入れられていて、10袋くらい繋げられていて、店先に吊るされている、その種類が多い、日本では、まったく見られない風景だ。多くの人が立ち寄って、お湯を入れたり、冷たい水に氷を入れたりして飲んでいる。ゴルフのラウンド中、途中の売店で、私はコーヒーに氷を入れてポリ袋にストローを差し込んだスタイルの飲み物を必ず頼んで飲んでいる、5000Rpで安い。

そのほかに飲み物は、ポカリスウェットの粉を買っておいて、空になったポカリのボトルに水とその粉を2袋分混ぜて、冷凍庫で凍らせたものを持ってゆく、ランド中、約5時間で2本、飲みほす。で、提案だが、屠龍の売店にコーヒーと同じように、ポカリの粉袋が吊り下げてあれば、多くのプレーヤーが、ボトル(ゴルフ場では1万Rp以上する)を飲まなくても、5000Rpで、買える。また、道端のワルンやカキリマでも、吊るし売りをしたら、コーヒーと同じように売れると思う。せっかく、一箱5袋入りで売っているのだから、10袋繋がりにして、50袋入りの大袋で売り出したらいいと思う。そうすれば、贈答品にも使われやすい。とにかく、ソスロ系飲料やコーヒーなんかより、もっと、インドネシア人に浸透すると思う。
もっとも、日本人には道端の店での氷はお勧めしないが、インドネシア人も私も、がぶがぶ飲む。

日系企業は日本ということを強調したコマーシャルを流している。やたら、変な格好をした侍を登場させているし、着崩れした着物の変なかつらを被った腰元風の登場している。コマーシャルといえば、ライオンが目立つ。扱っているすべての商品のコマーシャルをやっているみたいだし、最後に、ライオンを強調している。宣伝はカオーが負けている印象だが、どちらのほうが儲かっているのかは知らない。グリコも新しい純日本風の新しいコマーシャルを流し始めた。


タグ:日本 宣伝 Wi-Fi
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(^_-)-☆最終日 [思うこと]

 3011 三週間連続の三連休の初回が終わった。今回のような、イスラムがらみではない祭日を含む三連休の場合は、行楽地に出かける人が増える。初日と終日には交通情報を行楽地付近やジャラントールのインター辺りから実況中継がある。渋滞情報だ。今日はアルス クンバリarus kembari Uターン情報である。高速道路は急速に延長されているという印象はあるが、渋滞場所が移動するだけ、とにかく、日常もそうだが、車やバイクの増え方や購買力や行楽欲にインフラが追い付かない。
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北ジャカルタのタンジュンプリオクのコンテナ港に通じる高速道路もやっと開通したようだ。最も重要な貿易港に。直ぐそばまで来ていた高速道路だったが、そのすぐそば場から日常的に渋滞になっていて、その渋滞が年々長くなっていた。ジャカルタ方面、ブカシ方面からも調節、コンテナ港のカスタム付近まで、行けるようになった。

プンチャックの渋滞から始まりバリの様子が長い休みの渋滞情報だった、以前はそれだけだったが、最近は、インドネシア全国の観光地からの情報を伝えている。ボルグドール、チャンディプランバナン、ブロモ、コタソロ、タンゲラン、パンガンダランなどなど、どこもかしこも、人や車があふれている。こういう様子を見ていると、インドネシアの未来は明るいと思う。

三日間、会社も一部の人が出勤して、一部の製品の生産を継続した。彼らは、どこへも行けなかっただろうが、オーバータイムもして、稼ぐことができたし、何より、自分たちの会社のための貢献したという、自覚を持っている。技術も蓄積した。

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(^_-)-☆ゴルフ二日目だが [思うこと]

 3010 また、忘れ物、財布を持って出るのを忘れた。7時スタート予定。5時に起きた。朝食や買い物の時間には十分、余裕がった。で、テレビを見ながら、うとうとしてしまった。目が覚めて時計を見たら、6時半。慌てて、身支度し、持ち物を確認し、家から飛び出した。ゴルフ場までの距離は2Kmほど、しかし、追い越せない狭い道が1Kmほど続く、前に車が、超ノロノロ運転、イライラしながら、早く行け、早く行けとしか思っていなかった。ゴルフ場についたのが、7時10分前、ついて気が付いた。財布がポケットに入っていない。取りに帰ってくれば、最低20分かかる。今更、取りに帰るわけもいかない。 6人、2組、一人もキャンセルできない。どうしよう。財布を持ってこなかったことと、スタート時間のことをいって、とにかく、後で払うからと、プレーすることができるようになった。

プレーを終えて、ロッカーから出たのが、12時半、財布を取りに家まで行って、払ったのが、13時だった。

出かける前の持ち物については、必ず確認している、習慣にしている。そのはずである。それでも、時々、忘れ物をする。なくても、何とかなるものばかりではあるが、ないと、気になる。今日の場合も、何とかなったが、余計な気を使うし、また、脳の容量が少なくなったなと思う。

会社では、今日も生産をしている。皆さん、よくやると思う。順調に生産できていれば、私が会社に行っても何もできないので、皆さんに任せている。とにかく、インドネシア人のインドネシア人によるインドネシア人のための会社ということを、彼らは、自覚をしているし、インドネシアでは、自分たちの会社でしかできないものを自分たちは作っているという誇りがある。と彼らは思っていると、私は思っている。彼らは、まじめだ。
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会社の近所の風景、稲は高く伸びているが、穂がまだ見えない。農家の庭先、私が子供のころの日本の田舎の家もこうだった。日本の70年ほど前にタイムスリップの感。

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(^_-)-☆人は様々 [人]

 3009 Good Friday祭日だが、クリスチャンではない皆さんは出勤、レバラン休暇に振り替える。私は、午前中ゴルフでした。
うまくいっていない仕事があって、19時過ぎまで会社にいた。結局、うまくいかなかった。金型からの樹脂の出方が変、何が原因かわからなかったが、最終的にわかって、それでも時間がないので、月曜日にとした。
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夕方、工場から。目の下は、釣り堀になっている。
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65歳だという。この養殖池の持ち主だ。餌をやりに来ていた。カンビン(山羊)の放牧もしていた。

http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage0013.htmlもう、10年以上前の話か。ひどい人はひどいね。直らないね。
http://space.geocities.jp/enplaindonesia/newpage001.htmlこんな人シリーズ、日本で社長時代には、想像できなかった、非常に興味深い人たちが多い世界を知った。なお、この後に、何人か追加する予定がある。

 会社へ行ったら、こんな話があった。インドネシアらしい話だと思う。経理と図面書きの、そのことでは、結構、できると思っている人たちだ。
 昨日の朝,出勤したときから、事務所内のWi-Fiが、ネットなしの状態になった。別に、それの担当者が決まっているわけではないが、設置したときに、立ち会って、パスワードを聞いた人、それが。図面書きの人だったので、なんとなく、彼が、その責任者のようなものになっていた。事務所にいる時間が長いのも彼と経理だったので、二人に、使えないことを伝えた。それ以前に、使えないことを彼らも知っていた。
 わかっていても、彼らは、受信発信器を何気なくいじっているだけで、導入した会社に問い合わせをしようとしないので、状況を話して、直してもらいなさい、と。頼んだ。

 私が席を外した時に、渋々、電話して聞いたらしい。一時間ほどして、私が戻った時に、彼ら、何も言わない。まだ、Wi-Fiが使えない。彼らに聞いてみたら、電話をしたという。原因は、と聞いたら、ガングー(一般的には邪魔という意味)だという。それで、彼らは、納得しているらしいのが不思議、私には、電話をしなさいと言ったのに、その結果の報告、電話したという話もないし、原因に関しての報告もないのも不思議だ。その日、一日中、使えなかった。

 今日、午後、会社へ行っても矢張り、使えない。どうなっているの?と聞いたら、やはり、ガングーだという、この地域全体にガングーがあるという。SMSが入っているという。昨日と同じだ。彼らは、使えないことを納得している。もう一度聞いた。使えない原因はと?そのガングーの原因は?と。そして、そのガングーはいつなくなる見込みなの?と。原因を聞くということは、そういうことでしょ?と。

 渋々、また、電話した。結局、ガングーの原因を、今も、チェックしているという。いつ、正常に戻るか、わからないという。ガパパの世界である。インドネシアである。私は、納得できないが、納得した。
 自分のモデムがあるので、それを使っている。

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(^_-)-☆ブアタン インドネシア [押出成形]

 3008 やはり、今日、来ると言っていた客先、中止になった。また、昨日書いた、ファミリー ギャザリングも30日に変更になった。ので、来週の三連休、22~24日にパンガンダランということにした。

ペレタイザーが働きだした。メイドインインドネシアのマシン ペレットだ。納品は2週間ほど前だったが、うまくいかなかった。ストランドが真っ直ぐ入らない、何本かをいっぺんにカットしたいが、押込み速度がバラバラ、それらを、何か所か、部品を変えたり、構造を変えたりして、何とか、使えるようになった。
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お願いした会社というか人、これは、ネットで売ろうとすれば売れる代物だと思う。自動ナイフカッター付き引取機も作ることができる。押出機も別の会社だが、作ることができる。水槽やバキュームボックスなども頼めば普通にできる。ということで、一か所でチューブ押出成形ラインやリサイクルペレットの製造ラインを受ける会社はないが、これらの装置を寄せ集めればラインが出来上がる。完全にブアタン インドネシアのラインができる。何も、いい加減な中国製を買う必要はない。それに、とにかく、安くできる。日本製なら最低1500万円、中国製なら1000万円、インドネシア製(Buatan Indonesaiaブアタン インドネシア)なら500万円で出来上がる。それに、なんといっても、メンテナンスが迅速にできる。それも、安価で。

私がインドネシアで自動ナイフカッター付き引取機を最初に作ってもらったのは、2003年でした。それから、その鉄工場で、5台作ってもらっている。その間に、回転鋸刃の自動カッターも3台作ってもらった。PT,NANBUとPT.TPRと内で稼働している。

 その気になって、見本市に出すなど、宣伝、プロモをすれば、売れると思うが、どうだろうか。その気になる会社は今のところないようだ。


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(^_-)-☆プラプラ クルジャ [行動]

 3007 今週の三連休は、14日は出勤日になっているが、私は、ゴルフにした。来週の三連休は、日帰りファミリー ギャザリングが予定されているので、参加しなければならない、それ以外の二日はゴルフ、再来週の三連休は、やっと、パンガンダランへ行ける。
ところで、グーグルで「パンガンダラン インドネシア」と検索してみた。私が10年前に投稿した4travelの記事がイの一番になっていた。4トゥラベルにパンガンダラン関係は、何回か投稿しているが、なぜ、10年前の記事が初っ端に出てくるのかわからない。その記事を読んでみた。40回と書いてあった。数えていないがすでに、80回以上でしょうか。そして、何ページかのタイトルだけを見てみたら、私の書いたものがたくさんあった。他の人はどんなことを書いたのかなと、ちょっと、読んでみた。海岸かサーフィンスポットしか書いてありいませんね。ここまで来て、もったいないですね。

中でも、非常に残念に思うことは、私以外、誰もラフレシアのこと書いないことでした。何を参考にして、西ジャワの南東端インド洋側の日本人がほとんど訪れない場所に行ってみようと思ったのでしょうか。ラフレシア ファトゥマは世界中、ここにしかないというのに。他で見たよという人は、ここから蕾を持っていたものです。持っていた人と話をしたことがある。種類は違うものなら、ブンクルやコタキナバルにもあるが。ジャングル歩きはちょっと、大変だが、パンガンダランまでせっかく行ったなら、ラフレシアを探してみてください。

中に、ジャワ島には海岸がないのでしょうか、などと,呆れることを書きたり、問いかけたりしている記事もある。バリのような、小さい島でも、周囲は、ほとんど海岸の連続だ。況や、ジャワ島に限らず、インドネシアの島々の周りはほとんど海岸だ。パンガンダランの半島には砂浜はほとんどないが、半島を頭とすれば、両肩だけを見ても、何十キロあるでしょうか,遥か彼方まで、広い砂浜が続く、ジャワ島の周り、全てが元砂浜といってもいいくらいだ。崖になっている場所、そして、港など人工的に砂浜ではなくなった海岸は、10%もないと思う。崖になっている場所もその下は、砂浜になっているとことが多い。私は、ジャワ島のほとんどすべての海岸に沿った道を自分で運転して通ったから、知っている。
http://otaenplaext.net/newpage21.html
http://otaenplaext.net/newpage115.html
腐るほど、沢山、記事を書いているが、比較的、最近のものです。
ウェブサイトの表紙もパンガンダラン関連が沢山紹介されています。
http://otaenplaext.net/newpage33.html 2012年にまとめたラフレシア ファトゥマ(ブンガ バンカイ)です。
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Lindungi KPK dari teror koruptori汚職人のテロから、KPK を保護する。汚職を取り締まる機関KPKの要人が、襲われた。
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Jaksa Belum Siap, Sidang Tuntutan Ahok Ditunda検察は準備ができていない。裁判延期を要求された。アホックさんの宗教裁判の結審が延び延びになっている。ジャカルタ知事の決選投票は19日だと思う。それまでには、判決は出ない。どうも、最近、イスラム侮辱裁判への関心が低くなってきているようだ。さて、どんな判決が下るでしょうか。
 プラプラ クルジャとは、仕事をしている振りをしている、という意味です。
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(^_-)-☆何回目?のイミグレ [習慣]

 3006 15日で切れるVISAの更新のために、またまた、ブカシバラットはスタジアムの裏側、ミトラ クルアルガの横道からはいるイミグレに行ってきた。9時の約束だったが、渋滞と駐車場のことを考えて、7:30には家から出発した。正解だった。タンブンまではランチャール、しかし、そこから、急に大渋滞になった。原因は、ブカシ ティムールを過ぎたあたり、路肩にパンク修理車があったことだが、もっと、主な理由は、路肩がなくなっていたことだ。何の工事でしょうか、ジャカルタからの反対車線はLRTの工事で路肩がなくなっていることは知っているが、今回は、ジャカルタ方面の路肩でも工事をしていた。これは、一車線増やす工事とみる。まさか、高速鉄道線路がこんなところにできるはずはないし、工事幅が、それにしては、狭すぎる。路肩走行ができないから、なお渋滞がひどくなる。ブカシバラットから先も大渋滞のようだった。
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結局、到着したのは、9時5分前、駐車場が閉鎖されていた。何処だ?と聞くと、あっち、と、サッカースタジアムの駐車場を指さした。それ程、遠くはない。歩いても5分の距離、駐車してイミグレの外国人窓口がある建物に近づくと、エージェントが、私を見つけて、手招きしていた。5分ほど持つと、中から呼び出しがかかり、写真、サイン2か所、全部の指の指紋、3分ほどで終わり。その間に、書類を見ないで、歳は?と聞く、60?という、違うよ、73と答えた。エッ、母と同じ年、びっくり、と言っていた。
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9時15分には、駐車場に向かった。駐車料金、3000Rp,相場だね。一年ぶりのブカシバラット、そう変わっていないが、20年前と比べれば、別世界だ。友人が住んでいたフィラ ドゥアラトゥスが懐かしい。今でもあるのかな。すでに大都市になっている。メトロポリタンのホテルショッピングモールしかなかった。まもなく、LRTの駅の建設もブカシバラットとティムールで始まる、もう、始まっているのかな。二年後には、スカルノハッタ空港まで電車で行けるようになる予定?だ。

あと何回、ここに来るのでしょうか。
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帰りは順調、渋滞なし、ところで、先ほど通ったジャカルタ方面、そちらは、大渋滞が伸びていて、アストラホンダモートルの工場辺り(チカランバラットとチビトゥンの中間)から、もう、渋滞になっていた。私が、もし、30分遅く出発していたら到着が、30分遅れでは済まなかったと思う。早く出てよかった。

VISA更新の申請を開始したのが、2月の末だった。余裕をもって、今日になった。ダイレクターのままなので、高齢者であっても、4回(5年目まで)は国内のイミグレで更新ができる。
  
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(^_-)-☆ラインの改善 [押出成形]

 3005 P.BED向けのちょっと大型のプルファイル、ABS。一応、量産になっているが、要求されている改良点があって、それを満足させるために、装置や金畑の改善を進めている。
もともと、我が工場の装置をそのままでは、この製品を作れない状態だったのに、引き受けてしまったということが前提になっているので、装置を改造しながら、何とか、製品にしてきたし、満足できる状態になっていない。口の字の下の線がない形、カタカナのコの字を90度、左に回転した形、幅が85mm高さも85mm、大体,引取機のベルトの幅が80mmしかないので、閉じている製品なら、問題ないが、下がないので、両足がベルトの外に出てしまい、製品を抑えられない、引き取れないという状態だった。
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まずしたことは、ベルトの幅を枠内で最大の100mmにした。一応、それで、引っ張れるようになり、量産をしたが、問題は、両足を20度以上、内側に傾け、両端が閉じるようにしなければならなかった、開いたままでは、ベルトで上下を絞めているから、両足が開いてきて、100mm幅のベルトからはみ出てしまう。閉じた製品でも、取りつけてしまえば問題外が、プレス工程で冶具にはめ込物が一苦労だし、実際に病院で組み立てるときにも手間がかかるし、力がいる。当然、両足はちょっと閉じただけにしてほしいという、話は出てくる。そこで、引き取りベルトの両側に、両側から、製品が押す冶具を取り付けた。これで、足が開いていてもベルトから外れないようになった。
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製品が閉じる、開くはどこでコントロールするかというと、内外の冷却速度をいじる。外、内を冷やすが、どこに水をどのくらい注ぐか、最初は引取機の関係で、閉じた状態にしなければならなかったので、上からの冷却水を多くした。その後、開かなければならなかったので、上、外からの水は少量にしたが、冷却金型の中に通すと少なくても早く冷えるので、金型の上からウエスに注ぐようにした。見てくれは良くないが、安定して、まともな製品ができている。これは、今の生産が終わったら、ウエスを使わないで、水を注げるよう改良する。
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200mほど東側の淡水魚養殖池の畦道?から、工場を望む、この道端に魚の餌になる残飯が積まれているというか放り出されている。インドネシアの田舎の豚小屋も同じ匂い、鼻が曲がる。この写真を見ていると、匂ってくる。これで、コイやグラメやマスが20cmや30cmにしてから出荷するそうだ。
私は、工場の右側の入り口の上に見える窓、その中にいる。


タグ:継続 改良 途上
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(^_-)-☆あげる 取られる [思うこと]

 3004 ゴルフはミニコンペ、コンペに思う。昔のコンパを思い出す。何を思い出すかというと、割が合わないということだ。酒を飲めないし、食べ物も高いもがおいしいとが美味しいとは思わないし、沢山を食べることもできない。そして、支払いは割り勘だから、酒飲み、大食漢、高いものを頼む人の分も負担しなければならないからだ。

大学の時から、ずーーとだ。親しい仲間同士なら、酒を飲み人はその分は別勘定にして、私がアルコール代を払うことはないが、付き合いでその中にいた場合は、そんなことを言い出す人はいないし、会計が、複雑になるから、当然割り勘、それは、仕方がないとはいえ、私が食べり飲んだりしたものの代金の三倍くらい払うことは、そう、まれではない。そして、皆さんはご機嫌だし、私のような人は少数派だから、何も言えない。送別会 歓迎会 忘年会 新年会 何かの打ち上げ 何十年の間に、他人の酒代をいくら払っただろうか。相当な金額になると思う。

私が、もし、酒に親しむ人間だったら、飲めない人、飲まない人には、どんな場合でも、合計から酒代を抜いて、割勘にするでしょう。

結構、自分としては何十年も引きづっている、割が合わない感、これからもずっと続く。だから、この、何年間、コンペは避けている、参加していない。これからも、参加はしないでしょう。こんなことを思っている人は少ないでしょうね。
日本でのゴルフの場合、運転の関係で、酒を飲む人はいないし、完全に個人別々に支払うので、負担感はない。

それで、自分で飲めないのに、作って、周囲の酒飲みの人に配っている。これは、損しているという感覚はないし、逆に、自己満足になっているのだから、気持ちの不思議さを感じる。

あげると、取られる、の違いは、どこからでしょうか。何十年の間の経済的、技術的援助のほうが、桁違いの高額だが、損の感覚は全くない。
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工場ではオーバータイム、皆さん、よくやる。突然のスコールで、帰りたいが車まで行けない。
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家の前のサンセット、稲の穂が出だしている。

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(^_-)-☆桜まつり [行動]

 3003 会社は忙しい、三交代は土曜日にも出勤というシステムだが、それでも、間に合わず、日曜もぶっ通しで、製造をする。先週もそうだった。原因は、以前にも書いたが、電気の容量が少ないから、全ての装置を一斉に動かせない、ということ。 使えるのに、使えない状態だ。
ということだが、会社は忙しいが、私はそう忙しくない。楽屋で出番待っているが、私が登場する幕が、なかなか、ないからだ。それも、電気容量が少ないからだ。新しい仕事を引き受ける状況にないからだ。

ゴルフの前に工場に寄って、生産状況を確認、安心してゴルフ場へ。終わって、また、工場に寄って、確認、安心して、今度は、オレンジ カントゥリーの桜まつりへ行ってみた。

シチィーヲークの時の桜まつりしか見ていないので、今日のオレンジ カントゥリーは、すごかった。16時過ぎに通りに到着した。車もバイクも、すでに、駐車場からはみ出ていた。止められる道にも止められていた。勿論、一見しただけで、すごい人出、駐車場に入ろうとしたが、満車ということで、そこを通り過ぎた、今、高層ビル建設中の工事者車が入る場所を指示せれた。そこも、すでに、バイクでいっぱい、ずっと奥にやった駐車スペースを見つけて駐車した。とんでもないところに来てしまった。

中に入ると、また、熱気もすごい、インドネシア人、日本に興味があるなと思う。高速道路のゲート側の駐車場は、多くの店が並び、その奥には舞台があり、日本人のグループが歌っていた。JKT48の一部もいたようだし、今、人気が出てきた、ティダ アパ アパのザ スリーという、吉本の三人組も来ていた。

ちょっと、違うだろうと思うが、しつこいピンクの造花さくらが、経路の上に飾られていた。ほとんどすべての人々が、記念写真を撮っていた。真っ直ぐには歩けない、ごった返していた。ほとんどすべての店に人が入っていた。店番が暇そうに座っている店はない。
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ゴルフのキャディに大勢あった。日本人の小さい子を連れた家族にも会った。日本もどきを楽しんだ。シューマイを蒸かしていたので、食べてみた,惜しかった。美味しかったと、言ってやったら、喜んでいた。今年は、桜の季節に、日本へ帰らなかったし、栗崎さんが亡くなったばかりだし、この雰囲気で、ちょっと、うるっときてしまった時があった。
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ゴミの処理、管理のシステム、さすが日本人が管理する催しだなと思う。処理係がユニフォームを着て、仕事をしていた。この。大混雑の中、ゴミのポイ捨てが全くなかった。インドネシアじゃないようだ。
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18時ころ、駐車場のバイクの向こうに富士山もどきの雲に沈みゆく夕焼けを見た。また、ちょっと、うるっときたてしまった。

たまたま、元南部の会長から、しばらく戻ってきていないが、今度、いつ戻ってくるの?という、メールが入っていた。7月には戻ると返事をした。孫の中学校入学式の報も届いていた。春ですね。春なのに、ですね。

タグ: 新年度
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(^_-)-☆気になる [思うこと]

 3002 来週から二週間の間に、5社、客先からの訪問を受ける。全て、日本では大手の名前の知れた会社だ。目的とか、来る人のポジションや人数を書いたうえで、都合はどうかとか、準備をお願いしますと、メールが入る。それらには、すぐに返事を出すことにしている。しかし、気になることがある。多くの会社は、こちらで来る時間を示していない。いつ?ということは、日時というくらいだから、訪問したいなら、日と時間は、同時に書くのが当たり前だと思うが、インドネシアでは、日と時間は一対にならないらしい。今回は、一社だけ時間の指定があった。そのほかは、何時に来るの?と、問い直さなければならなかった。そして、指定してきた一社は、その会社の日本人からだった。他は、インドネシア人からだった。都合がいい時間を知らせてほしいというものもなかった。インドネシア人の時間的感覚が違うことを意識させられる例だ。



もう一つ、5社のうち、私は2社くらいが、当日はキャンセルになると読んでいる。何が原因なのか、聞くことはないし、キャンセル側も理由は言わない。何か、急な用事が入ってしまうのでしょう。特に、定期?監査(オーディット)となると、結局、取りやめになることも多々ある。



気になることといえば、私が投稿した文章にアクセスしていただいている、いわば、常連の方がいらっしゃる。間違いを指摘していただく方もいる。ご意見番のような方もいらっしゃる。私が書いたことが気になるのでしょう。理由はともかく、興味を持っていただいているのは、非常に投稿し甲斐があると思う。その、いわば、常連の方が、ばったり、訪問してくれなくなる場合がある。大変気になるが、気になるだけで、なにもしない、再び、その方のアクセスでお目にかかりたいと思うだけだが。私には、その方の境遇や年齢は全くわからない。



3000回以上、インドネシアの非常に親しい方の中には、いつも、読んでるよ、と、言ってくださる方もいる。下手なことは駆けないな、間違ったことは書けないな、結構、プレッシューになっているが、適当人間だし、気ままな、行き当たりばったり人間だから、あまりプレッシャーになっていないのかもしれない。「徒然なるままに、日暮らし硯に向かいて、心に移り行くよしないごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそ物狂ほしけれ」の心境だが、別に怪しくも狂おしくもない。というこうでしょうか。
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まだ。こんな空がほとんど毎日見られるが、レバラン ムディックの前には、道路を修復しなければならない、始まっている。毎年の恒例行事だ。



タグ:徒然 何時 アポ
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(^_-)-☆近所の同業者 [押出成形]

 3001 近所の押出成型屋を紹介する。すでに7年ほど前からやっている。場所は、Graha Asri Jatineja Cikarang Timurというところだが、私たちが今いる場所も同じJatineja Cikarang Timurでともに田舎だが。彼らの場所は、ジャバベカ6から直線距離で北1Kmにあり、ENDOTAは、東500Mくらいだが、いずれも、迂回するので、ジャバベカ6からは、それぞれ、2Km以上ある。
その会社の名前はCV.MARSUFEB GODONG JATIという。PTが株式会社ならCVは有限会社ということでしょうか?会社がある経緯は、PT,ASIATEK FUJISAWA (PT,AFMI.現在、PT.TPRに社名が変わっている)工場長が弟を使って作らせたのが始まりで、一年ほど前に、その工場長もTPRをやめて、この会社に専念するようになった。
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仕事は、軟質PVCの異形やチューブで、AFMIの時から、その客先を横取りする仕事が主だ、今でも、インドネシアにある押出成形屋と同じように、S-PVCがほとんどだ。冷蔵庫のドアの内張りのマグネットが入ったガスケットという製品は、この会社の主力になっている。スマラン(ポリトロンの本拠地がある)に分工場をオープンし、そこでもガスケットを作るそうだ。私は、彼らの応援をずっと前からしている。NANBUのディッキー君、そして、元TPR(今、MGJ)のウイドド君、この二人が、インドネシア人で押出成形技術を持っている双璧だと思う。そして、私が一緒にいるヘニー君がそれに続くし、間もなく、二人を追い抜く。

この会社は環境劣悪、狭いし、5SもISOも関係なし、よく,こんな状態で仕事を注文してくれる会社がるなと思うほどだが、インドネシアは、これでいいのです。ただし、日系のある程度以上の規模の会社とは付き合えない。
私の棲み処もこの近く、昨日は、なんとなく寄ってみた。帰宅途中に、もし、この工場の前の道は普通なら、毎日でもここを通りたいくらいの近道になっているのだが、凸凹の連続、雨季なので、水たまりの連続で深いから、ちょっと遠回りのほかの道を使う。彼らと、そんな話をすると、笑っている。舗装をする予定はあるという、いつになるやら。

当たり前だが、同じ電力会社の範囲、この工場も同じ村、停電が多いそうだ。
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関係ないが、ちょっと宣伝。ところで、桜まつりがまた開かれる。チバトゥ インター」近くのオレンジ カントゥリーだと思う。8~9日だ。リッポチカランの時は、何回か言ったことがったが、移ってからは言ったことがない。

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(^_-)-☆運がついていた [日常]

 3000 3000回 毎日、書いて、3000回になった。8、3年くらいの月日、毎日でした。10年,3650回までは、継続できるかな。番号を付けてから3000回だが、実際の投稿は3300回ほどなので、9年前、2008年の4月辺りからだ。

ちょっと前に触れたが、私は、小学校の4年のころ、この両親から生まれた子で良かった。付いているな、と、既に思っていた。私は、幼稚園に行かないでいきなり小学校だった。もっとも、幼稚園に行ける子は半数もいなかった。親に、幼稚園へ行く子を見ながら、僕も行きたいと話したら、あの子たちは小学校へ行く前に、勉強をしておかないと、学校へ行ってから困るから行かなければならない子だよ。と、言われた。学校へ行って見ると、その通りだった。幼稚園に行っていた子より、私の方が成績は良かった。二年の時にはクラスのまとめ役にされていた。そのご、中学三年まで、学力は学校でいつも上位だったし、クラブ活動に普通に参加していたし、クラスや学校のいろいろな役もやらされていた。自然の成り行きだった。別に頑張った分けでもなかった。但し、役員はやらされていた、自分からやりたいと思ったことはなかった。勉強も運動も普通にしていて、それなりの結果を残していた。トップとはいかないが上位だった。
中学の時、家にテレビがない、良く、街頭テレビを自転車で10分くらいかけて、街の公会堂まで行って見ていた。クラスの友達の家にテレビが入った時には、その家に見に行った。すると、その家の親が、うちの子が勉強しなくなるから、見に来ないでほしいと言われた。高校も当たり前のように静高に入った。全て親のおかげだと思っていた。また、お前と一緒に遊んでいると馬鹿になっちゃうよ、と、他の友達から言われたこともあった。そういった子は、静高を落ちた。浪人して一年後に入ってきた。私はそれほど、友人からは、勉強をしていないのにできる、と、思われていた。高校では3000円もらい,のちに1000円返せばいいという、特別奨学金を受けていた。申請したら、すんなり通ってしまった。大学は、経済的理由で、国公立の工学部を現役で、でなければ、就職という条件だった。一期校は神戸を受けてみた、落ちた。二期校の梨大に滑り込んだ。ここでも特奨生、9000円受け取って3000円返せばいいというやつだ。親からは平均5000円ほど、家庭教師を掛け持ちで6000円、結構、余裕がある生活ができた。

卒業後は、かなり、気の赴くまま、行き当たりばったり、あまり、迷わず、いろいろ、決めてしまって、そのとおりになるようにして、結構、その通りにできた。お金は、自然に溜まって、納税もかなりの高額をしていた。そして、インドネシアに来てしまっても、行き当たりばったり、お金は、あの世に持っていけないから、適当に使ってしまっていた。あげてしまった。取られたものもあるが、気の毒な人だと思う。
それでも、今は、家賃1万3000円くらいの家に住んで、ゴルフも頻繁にするし、旅にも、相変わらず行くし、他人に頼ることなく、迷惑をかけることなく、他人を少し助けながら、自立できていると思う。投稿も毎日、欠かさずできている。同じツキでも運の尽きではなく、まだ、運が付いていると思う。
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ついに、閉じたチカランバラットインター近くのカルフール、なぜここに作ったのか理解できないほど、弁の悪い場所だった。
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ウエス(ぼろ布切れ)をこの店で買った。50KG、30万Rpだった。プルトミナ天然ガスの向かい側。Uターン場所近く。
 

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(^_-)-☆電気関係パーツ [日常]

 2999 以前はジャカルタのグロドックまで行って探した。ショッピング、と言っても、自分の食料品ではない。会社で使う、電気関係のパーツだ。予備品を含めて、一括の買い物だ。ブレーカーとかリレーとかスターターとかその他、色々、メンテナンスの関係者がリストを作ったので、それを見せての買い物。実は昨日、大雨の中、その店には行ったのだった。16時過ぎに着いた、しかし、店は閉まっていた。大雨だし、客が来ないから閉めちゃったのかなと思い、食料の買い出しがあるし、明日にしようとあきらめた。そして、今日、9時には到着、この一角、ジャバベカ1のコタ チカラン側の出入り口に近いが、廃墟のようなルコの中にある。50件くらいあるルコのほとんどは空き家になっていて、荒れている。店の遠目からも閉まっていた。ここも、どこかへ引っ越しちゃったのかなと思い、店の真ん前に行くと、何やら、張り紙がある、読もうと、車を降りたところ、右手の奥、50M以上離れた場所から、私を呼んでいる人が現れた。その店は、こっちだよと、手招きをしている。案内の通り、その場所に行ってみたら、新装開店したばかりのような店があった。求める店は。この一角で、とびぬけて、きれいな外装になっていて、わかっていれば、一番目立つ店だった。
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大量の買い物をした。7ジュタの買い物だった。グローバル マルチ パーツ,という店だ。どのあたりか知らないが、リッポチカランにもあるという。もしかしたら、奥のほうで、前に、行ったことがあるかもしれない。
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今朝のニュースで、上野公園の花見の風景を流していた。50種類の桜が咲いていると書いてある。とにかく、インドネシア人は花の名前を知らない、どこにでもある、ブーゲンビリアやハイビスカスも知らない、インドネシア語での名前も知らない、カンボジヤという、これも、どこでも見られる花の名前も知らない。ところが、ほぼ100%の人が、本物を見たことがない桜の名前は、誰もが知っている。そういえば、10日前くらいに、シンガポールの直ぐ南の島、バタムで桜が開花したというニュースがあった。たったの二本で、貧弱で、見るからにかわいそうな状態だったが、それでも、多くの人が、セルフィーで撮影をしていた。サクラSAKURAという、名前のものが、たくさんある。最近?オープンしたデルタマスにあるホテルアパート?も確かSAKURAだったと思う。インドネシア人は桜に憧れている。

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(^_-)-☆休みが多い [日常]

 2998 6月末までのインドネシアと会社のカレンダーです。イスラムの休日は10日ずつずれるから、今年は、たまたま、こういう具合になったのです。この4月中旬から、ラマダン、レバラン明けまで、休日がふんだんにある。大部分はイスラム関係だが、中に、クリスチャン、メーデー、今年から6月1日がパンチャシラの休みが増えた。イスラム以外の休みは、移動できるので、飛び石になっていれば連休にするし、レバラン休暇の前後に移動して、より長期にすることは、何処の会社でも普通に行われている。チュティ ブルサマの制度もインドネシア独特?で、有給休暇を使って会社を休みにしましょうという日です。
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で、今月の第三から第五に掛けて、三連休が三週続くが、14日は出勤する。5月に第二、第四の木曜日に祭日がある。この二日は、移せないらしい。金曜日出勤はそのままになる。イスラムの融通が利かないところだ。6月1日も木曜日だが移動しない。というのは、この会社、三交替勤務者は、土曜日も休みではないから、木曜日に休んでも二日仕事をすることになっているから、移動しないのです。

ところで、私は、どうしましょうか、ということになる。14日は出勤日にしたので、土日はゴルフ、その次の三連休、二回は、車で行ける場所に限るが、旅に出る。何処かは決めていないが、パンガンダランへはどちらかで行く、ラフレシアの状況をリサーチしてから決める。5月の二週目はゴルフになるが、四週目は、25日から、勝手に四連休にして、何処へ行こうかなというところ。その頃から、プアサに突入ですね。6月末には大型連休、レバラン休暇、これは、ゴルフ三昧になる。この期間、旅は無理。エアーチケットが急に安くなる7月始めに、帰国かな。仕事ではないことで、大変忙しくなる。
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得をした。一週間分の食材を購入、80万Rpくらいだった。メンバーなので、カウンターによって、何枚かのシールを受け取る。何枚か溜めると、何かをもらえる。それとは別に、何を買ったからなのか分からないが、カンターの女性、ちょっと待っていてねという。暫く待っていると、魚を持ってきた。bandeng cabut duriと書いてある。骨抜きのサバヒーだ。白味魚、インドネシアでは養殖が盛んな魚で、一番安い。この魚の切り身を買っていたから、おまけなのかな。それにしても、一人で、どうして食べようかな。
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夕方、今日も、土砂降り、帰宅途中、車の前の様子。小型トラックの荷台に三人の男性がビショ群れになって乗っている。その前と横には、積み過ぎのトラックが、この狭い、凸凹道ですれ違おうとしている。
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(^_-)-☆テレビ番組 [インドネシア]

 2997 “風雲、たけし城”?のインドネシア版をやっている。何年か前に、日本の番組が吹き替えで、“ベンテン タケシ”というタイトルでやっていた。今度は、こちらで、そっくりの番組を作って、“タケシズ キャッスル”というタイトルでやっている。完全にコピーをしていて、日本人がインドネシア人に変わっただけの番組だ。
一寸、気になることだが、“サスケ“のコピー番組もそうだったが、旭日旗もどきのマークが随所にみられることと、谷隼人役を韓国タレントがやっていること、良く嫌がらずに、楽しんでやっているなと思う。
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ところで、今日もゴルフ、再び、グリーンに乗ったら、自動竿のルールに戻った。昨日は、10万Rp以上を払ったが、今日は他の方が、マイナスが多く、10万Rp以上戴いた。これが、スコアーは昨日の方が良かったのだから、オリンピックとスコアーは結びつかない。10万Rp損した、得したと、印象は大きいが、ほんの800円程でしかない。日本の場合は、一点100円でやる場合が多いので、何千円の動きがあり、場合によってはプレー費より出入りが大きい場合もある。インドネシアでは、多く場合、一点2000Rpだから、17円くらい、どうでもいい金額と言えばいえるが、桁が大きいので、結構、損や得の印象が大きい。

相変わらず、洪水や掛け崩れのニュースは絶えないが、着実に乾季に向かっていると思う。夕方まで、雨の心配は無くなっている。それでも、夕方になれば、スコールはある。強風が先に来る。黒い雲が近づいてくると、その下に雨が落ちているのが見える。その雨が強風を起こすのです。風が先で続いて大粒の雨が落ちてくる。水に落下が風を起こすのです。降っている間、風も強い、雨が通り過ぎてしばらくすると風も止む。

樹木の枝が折れる、大木をへし折る、根こそぎ倒す、車や人が被害を受ける。道を塞ぎ、しばらくの間、通れなくなる。そういう頻度がまだ多い。インドネシアでは街路樹を手入れや剪定をする風景は、ほとんど見られない。成長も早い。そういう状態だから、被害の頻度も億なる。
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夕方、家の前の様子、旗が千切れそうに旗剥いている。

それにしても羽生選手、自然の流れで、何か、簡単に演技しているように見えますね。素晴らしいですね。世界は違うが、マー君、早く立ち直ってほしいですね。

また、それにしても、仲川遥香、ハルカ ナカガワ JKT48から、卒業?の後、テレビコマーシャル、全く見なくなってしまった。個人でも、いくつかに出ているようだが、夕方から夜にかけての番組で、見かけなくなってしまった。どうしたことでしょうか。インドネシアで一番有名な日本人と言われていたのに。
  
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(^_-)-☆追悼ゴルフ [インドネシア]

 2996 Penyortiran diberlakukan hingga bulan septemberバンドゥン南までの高速道路が、一応、大畑車両も使えるようになった。しかし、他の橋も点検や修復を継続するのだそうだ。9月にまた、安全かどうか、見直すということでしょうか。
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地形は、私が知っている、御殿場、厚木間の東名に似ていると思う。しかし、とにかく、この高速道路、山岳地帯を通るインドネシアでは、初めての高速道路で、上り下りの急さは、半端じゃないし、カーブも急だ。何故でしょうか、山や谷の地形そのままに道路を作っているのです。高い場所から低い場所に少しだけ土を移動しているだけだからだ。トンネルは全くなし、それでも、低すぎる場所は橋を作ってある。これが、橋桁の強度が低いというか、基礎がいい加減というか、傾いたり、ひびが入ったりしている。そもそも、開業以来、路肩の崩落は頻繁に起きていて、修復工事をあちこちでやっている。私はパンガンダランへ行くときに必ず通るのだが、車線規制がないときは一度もない。

交通事故も頻繁に起きている。魔の何とかというカーブが沢山ある。私も一度、車のエンジンルームが機能しなくなるほどの事故に会ったことがある。私の場合、夜11時過ぎ、真っ暗の中、急な登り坂を上りきったところ、前方が平らになるが、その先が見えない、そこに何か落下物があったが、見えなくて、それにぶっつかったのでした。
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一週間ゴルフを休んでパプアへ行っていたので、二週間ぶりのゴルフ、EJIPのばね屋さんの日本本社の会長さんと回った。先日亡くなった栗崎さんの会社の方です。栗崎さんの思う出話が絶えなかった。ゴルフ場のキャディーを始め多くの人から、栗崎さんは?と聞かれた。一緒に回った時の思い出に場面が数々、よみがえった。
 
タグ:危険 弔い
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(^_-)-☆年度末日 [能力]

 2995 学力の差は小学校6年ごろからつき始める。とういう、学習塾の先生の話を聞いたことがある。
さあ、明日から、新学年、新しい学校、という人が多いはず。

ところで私の持論です。中学生からバラツキが大きくなる。何故でしょうか。年度末ですね。孫の一人が明日から中学生。勿論、学区の公立中学です。当たり前にその学校へ行くことになっていた。小学校までは、歩いて5分の距離、中学は、多分、20分くらいかかるのかな。学力、運動能力のばらつきが大きくなる。出来る子、できない子、やれる子、やれない子の差が開いてくるのです。

なぜそうなのか、親と環境が原因です。また、環境は親が作っている場合が多いので、期すること親です。遺伝です。小学校までは、学力に差が付くほど、難しい勉強は無いのです。そして、その子が分からなければ、親も分からなければ教えられる範囲の勉強なのです。学習塾に通わせていれば、平均的な成績を収めることができるのです。

ところが、中学生になれば、覚えることも多くなるし、解くのも難しくなるし、応用力も必要なるし、根気も忍耐も努力も必要なる勉強の量が次第に増える。親が教えられるか、やれないか、ここで、違いが出て来るし、学習塾でも、本人が付いてゆけるか行けないか違いが出てくる。記憶力、努力も本人の素質の差です。
子供が家で、なかなか問題が解けなくて、宿題がはかどらない時に、親や兄弟の上に子が、ヒントを与えたり、覚えやすいように教えてやることが出来れば、勉強ははかどるし、覚える範囲も広くなる。家の人が助けることが出来なくなる家が多くなる。結局、遺伝です。勿論で突然変異はあるし、兄弟の中でも、引き次ぐ遺伝に差があるから、それが、全てではないが、大部分です。
今はどうか知らないが、私が学生の頃は、勉強ができる子の親ほど、収入が多い。優秀だし、努力家だし、地位も高い親の子供ほど、学力も高い。これは、仕方がないことです。
運動も似たようなことが言える。親の運動能力に子の運動能力に比例する。手先の器用さなども、当然、遺伝する。
一生懸命やっている人とそれほどでもない人、できるのは、どちらかは、結果を見てみなければわからない。私の今の仕事、出来る人は、なんとなく、いじっているうちにできるようになるが、できない人は、何やかや本人は頑張っているつもりであっても、できるようにならない。向いている、向いていないがはっきりわかる。ダメな人に教えても、ダメなものはダメだ。
残念ながら、やればできる、というのは、励ます言葉だが、やっても、できない人にはできない。努力が足りない、もっと、努力しなさい、というのも、言っている本人がどうだったか、考えて見なさいよ、ということになる。他に向いていることがあるかもしれない、それを探しなさいと、私は言う。自分がそれほどでもない親が子供に求めることは、自分と同じくらいの物しか求められないはずだ。

私は小学校の4年の時に、この親から出て、他の子より、運が良かったと思った。

話は変わる。
https://www.youtube.com/watch?v=gLlPdTYOhOQ
このyoutube動画、ジャカルターバンドゥン高速鉄道の受注に関してのものだが、大間違いがある。これを流した人は、いい加減な人だと思う。
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https://www.youtube.com/watch?v=4NRcOvvHj3M
中国案と日本案を比較している。ティオンコックとは中国の事です。ブンガは利息、60Tとは60ミリヤールのことで、約5000億円です。日本の工事費は高いというのは大間違いで、日本案の方が、距離が長いうえに費用は1000億円近く安い、利息もほとんど取らない。また、安全面での比較もしている。これで、何故、中国が受注したのか、子供でも、疑問に思う。政府保証は要らないという条件だけで、飛びついたのか、アンダーテーブルが多かったのか。起工式から1年3か月過ぎる。未だに、工事の姿が報じられていない。


タグ: 遺伝 素質
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(^_-)-☆高速なんとやら [インドネシア]

 2994 ペレタイザーを作った。インドネシアの町工場で、仕様を伝えて、作ってもらった。出来は抜群、後はいつまで刃が持つかだ。30ジュタ、26万円くらいかな、安いでしょ。メイド イン インドネシアです。
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Published 27 Mar 2017 at 9:30 pm
Kementerian Pekerjaan Umum dan Perumahan Rakyat (PUPR) kembali membuka Jembatan Cisomang Ruas Tol Purbaleunyi untuk dilewati semua kendaraan mulai 1 April 2017. Kendaraan yang boleh melintas sampai 5 gandar (golongan V) dengan beban maksimum 45 ton.
27日発表で、チソマン橋の修復が終え、チプララン高速道路、(チカンペックーパダジャラン間)4月1日から、従来通り、大型車も通行できるようになる。多分、他の高架橋も強化工事を継続するでしょう。

ところで、この高速道路の近くのどこかで、高速鉄道路線の建設工事が再開されたと1月に聞いていたが、その後、全く、これに関するニュースがないと思っていたら、つい先日、交通大臣、リニさん、から、ぼやきの発言があった。

Rini mengungkapkan, pihak China mensyaratkan supaya pinjamannya bisa segera cair, maka harus ada RTRW. Dengan demikian, penetapan lokasi (penlok) untuk pembangunan proyek ini tidak berubah.中国からの貸付け金がすぐに必要です、その後、Rencana Tata Ruang Wilayah (RTRW) の必要があります。したがって、プロジェクトの建設のための場所 の決定は変更されていません。
"Oo itu bisa dilakukan, tapi yang utama RTRW harus fix. Pembicaraan kita dengan CDB, RTRW harus fix sehingga penloknya tidak bisa berubah. Selama bisa demikian, CDB tidak masalah,"
それは行うことができますが、主なもの RTRW を修正する必要があります。China Development Bank (CDB). と話して RTRW 必要があります penloknya を修正するので、それは変更できません。CDB が問題ではない場合は。
中国からの資金が提供されていないのです。

スラバヤまでの方はどうなっているのでしょうか。日本が5月には案を出すことになっているらしい。
Pembangunan kereta semi cepat Jakarta-Surabaya mulai masuk fase awal studi kelayakan atau feasibility study. Rencananya studi kelayakan digelar Mei 2017. ジャカルタ-スラバヤ初期段階調査またはビジネス検討開始から半高速列車の開発。計画の実現可能性研究発表 2017年 5月
 
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(^_-)-☆お別れ [人生]

 2993 海へ行ったのに、腿がパンパンに張って痛む、座椅子からの立ち上がりが大変、両手を卓袱台につかまって、体を持ち上げなければならない。原因は、島に上陸してから、ちょっと高台に上がるのに、両手を前について上がるような、梯子のような急は階段を上る、それを、何回か、繰り返したからだ。また、島での移動はタクシーより、オジェックが主だった。オジェックって長時間乗ったことがなかったが、意外に、後ろに捕まっていると腹筋を使うし、股を大きく開くので、内腿の足の付け根の筋肉を突っ張らせている。また、両足に力が入る。かなり不自然な状態になっている。歳を取ると痛みは長い時間差でやってくる。
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リッポチカランのシロアムへ行ってきた。なんというか、ついこの前まで、一緒のカートでゴルフをしていた方が、この世から消えてしまうとは、この世の習いとはいえ、言いようがない悲しみがこみ上げてくる。栗崎さんにお世話になった方が非常に多いので、私と同じような気持ちの人も多いと思う。場所は、建物の右端、ちょっと、地下へ降りた場所でした。息子さんや奥さんと、栗崎さんは、多分、私が同じカートに乗って、ゴルフをしたのが、最後だと思う、こんな話をしながら、つい涙が流れた。「人生是離別」

お別れは、30日の夜8時までです。

会社はこの連休中、私が遊んでいる最中、オーバータイムで継続生産をしていた。とにかく、電力不足で、フル稼働できないので、仕方がないらしい。内の会社は、三交代勤務の人達は、土曜日は通常出勤なので、今回の連休は、28日を27日に移動し、日、月、二日連休になっていたが、その二日とも出勤してもらった。日系、コリアン系各社、冷蔵庫の販売が好調の様子、それ関係のプロファイルチューブ注文が増えているからだ。

http://otaenplaext.net/newpage125.html 旅行記 
http://otaenplaext.net/newpage126.html 写真
Raja Ampatの記録です。早速、ウェブサイトに移しました。


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(^_-)-☆現実に戻った [旅]

 2992 午前中は、ソロンの海岸散歩などでのんびり休んだ。水浴びを楽しんでいる家族連れが多く出ていた。
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ワイゴホテル、西海岸道路沿い、目の前が海だが、天候に恵まれなかった、サンセットは厚い雲の中だった。ワイファイは部屋内で完璧、ローディングが早かった。ただし、最初に入った部屋で繋げようとしたが、ネットの名前が現れない、フロントに電話し、どうも、繋がらないことを理解できないらしい、ルームサービスに部屋に来てもらった。彼、納得、受信、発信機のランプが消えている。これじゃだめだという、二階だったが、三回なら、繋がるからと言い、三階の部屋に移動した次第、ここの通路にある受信機はランプが点いていた。とにかく、持って行ったデモムは、圏外、どうにもならないから、ホテルのワイファイに頼るしかない。

11時にホテルに迎えに来てもらった。途中、トコ オレ オレToko oleh oleh(土産物の店)に寄ってもらうつもりだったが、休日でほとんどの店は閉まっていて、土産物屋もクローズ。町を素通りで空港に入った。残念、土産物を買えず、仕方がないから、マッカサールのトランジットの時に、従業員への土産をまとめて買った。コテカは、空港で売っていたが、滅茶苦茶高いし、もらっても嬉しくないだろうから、買うのは止めた。空港で写真を撮っただけだった。右端に見える4~5本が、それです。
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もう、何もかも、慣れたものだから、帰宅までの行動は問題なし、ジャカルタへ到着し、テンパット パーキルイナップからの迎えを頼んだ。ブリトゥンの時には、チケットを持って出なかったので、困ったが、今回はHPの番号が書いてあるチケットを持って出たので、呼び出せた。但し、待つ場所を決めていないので、傍にいたセキュリティに変わってもらって、待っている場所を決めてもらった。

空港からは順調、渋滞も最少、それでも、2時間かかって住処に到着、20時だった。また、日本と時差、2時間の場所だ。
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空港に着陸態勢に入った時に、大揺れし、上下にも相当動いた。雷雨の中に突入したからだ。17時前で、まだ、明るいはずが、外は真っ暗とはいわないが、相当、暗くなっていた。空港を出る時には、小雨になっていて、きれいな虹が現れた。ラジャ アンパットでも虹を見た。その一週間前、ブリトゥンは、虹の兵隊さん、ラスカル プランギの島だった。栗崎さんが亡くなった後に、立て続けに虹をみた。朝、ソロンの海岸を散歩して、夜はチカランの田舎の家にいる。明日は、最後のお分けに行く。
 
タグ:現実 帰宅 順調
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(^_-)-☆ピアネモ [旅]

 2991 一番近いと言ってもスピードボートで2時間近く掛かるという。インドネシアは、冬至を過ぎたばかり、一番日の出が遅い、日本と同じ時間のこの地の6時ではまだ真っ暗だ。これが、ジャカルタの6時なら、二時間後だから、明るくなっていて、ゴルフのスタートもとっくにしている。ということで、真っ暗の中、ホテルの車で出発する港へ向かった。
出発時は日の出前だが、天気が良かったので、相当明るくなっていて、朝焼けの雲が見事だった。とにかく、ひたすら、ベタナギの海を滑るようにはしる。目的地ピアノモまで1時間半と言っていた。途中、スコールに在った。その時間は、10分くらいだった。思いがけなく虹のゲートが出来あがっていて、その門をくぐるように通過すると、また、青空が広がった。

結局、二時間かかったが、目に入る景色は、ユニークで、ちょっと日本では見られない風景が現れた。良く、写真で紹介されている景色だ。その島?岩?の周りをぬって、展望台の下の船着き場に到着。この階段は、他のインドネシアの階段と同じように、急だし、一段ごとの高さが違うし、幅も違う。インドネシアの手作り階段の見本のようなもの、急ですよ。日本人が想像する以上に急登りですよ。流石に一挙には登れなくて、途中の踊り場で休憩をした。息を切らせてやっと展望台に到着、腿が痛いし、ふらついている。それでも眼下の景色にすぐに目お奪われた。その島々の間を縫ってきたのだが、その印象と違っていて、もっこりとした固まりが不規則に配置されている。石灰岩が土台になっているのだが、桂林の海上版、縮小版だ。
そこから降りて、また、それらの固まりをぬって、次のスポットに向かった。岩に近づくと。その尖った鋭利で、触っただけ怪我をしそうで、ちょっと怖い。そんなことをおもっていると、出来損ないの船着きがに到着した。ここで降りるのかと聞いたら、そうだという。その先に階段がない。言われるままに、登ったのだが、きつい上に、階段ではなく、その尖った岩を上るのだった。女性や高齢者では無理でしょう。一応、行き止まりのちょっとした平らなところから下を見ると、星の形をした入り江が目に入った。これを、見せたかったのだった。時間は9時を過ぎていた。

次はどこへ連れて行ってくれるの、訳が分からないが、まだ、時間がたっぷりあるから、他の島へ行くという。30分ほど飛ばすと、何やら、桟橋に多くのダイビング客が立って居た。ダイビングスポットが近くにある島のようだ。この島の名前は、トランスウィサタだという、本来の島の名前はないのかと聞いたら、名前はなかったという。

次に行ったのが、パシールプティ、要するに、満潮時には消えるが干潮の時には、現れるという、白い砂浜だ。ブリトゥンにもあったし、あちこちにある種類の砂浜だ。ダイビング途中の欧米人やジャカルタからの人達が立ち寄っていた。ここで、一泳ぎ、これもブリトゥン以来、ぷかぷかと浮いているのが気持ちいい。

14時発のエクスプレスカパルに乗って、ソロンへ、20分遅れ発、所要時間はやはり二時間、やっぱり、明日9時発では、12;25発のフライトには間に合わないことを確認した。遅れることが、足り前なのでしょう。遅れていることに全く、御免なさいのアナウンスはない。
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ピアネモの展望台から。ワイサイからひたすら西に走る。
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出発時と帰港時に天国への入り口が見えた。四次元の入り口のようだ。

夕食はホテルの隣にあったさえないワルンでソトアヤムしかないというので、食べた。どの土地のソトアヤムも同じような味だ。ブンブがマサコで同じだからだと思う。

やはり負けたか二回戦、早実も負けたし、一勝一敗ならいい方だ。静高、夏は、また、頑張って!!
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170317-00000016-nkgendai-life ちょっとね。
 
http://otaenplaext.net/newpage26.html" target="_blank">http://otaenplaext.net/newpage26.html
http://otaenplaext.net/newpage28.html 同じパプアのジャヤプラとメラオケの写真です。

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(^_-)-☆ワイサイ [旅]

 2990 9時に船が出るはずなのに、9時半にやっと出帆、そして、1時間半と言っていたが、2時間以上掛かって、11時半過ぎにワイサイの港に到着した。それで、27日(明日)の計画は全て、白紙に戻し、14時出発の船に乗ってソロンに戻るしかなくなった。28日9時出発では、ソロンに着くのが11時半を過ぎてしまう可能性が高く、12;25のフライトには間に合わないかもしれないからだ。

明日、一番近くの島々PIANEMOへ半日スケジュールで行くことにした。そのほかの島々は1日掛かりでないと無理だという。それに、一人でスピードボートをチャーターすると、一日にレンタル料が8ジュタになるという、半日なら4.5ジュタ、だから、明日は6時に出発、戻りは船の出発前13時頃に、戻るスケジュールで行くことにした。ぶっつけ本番、下調べ何もなし、では、仕方がない。旅の後で、こうすればよかったという文章を書くことにする。
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ワイサイ(WAISAI)に向かう船の中、ラウラさん、アンジェリーナさん、お爺ちゃんはこんな遠くに来ているよ、一緒にいつか旅をしたいね。そんなことを考えながら、先日、亡くなった栗崎さんのことも頭をよぎっていた。曇り空だが、この海と空をなんとなく眺めていた。南の島々の天国だね。旅ができるっていいねっと。
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港近くのホテルに入ったのが12時過ぎ、島々に行くことはできないから、この島を巡ってみることにした。オジャッククで、1時間半ほど、海浜公園が意外にきれいに整備されていて、夕方にも歩いていってみた。オジェックの運ちゃんが撮ってくれた。“バッパ ダリマナ“と聞かれる。そして、続けて、マナード? アンボン?比較的近くから来たインドネシア人だと思うらしい。こんな格好で、ビーチサンダルの老人を見て、日本人だと誰も思うわけがない。
  
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