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(^_-)-☆VISA受け取り [行動]

 3331 14時過ぎに、タクシーで大使館へ向かった。直線で1km以下だと思うが、一方通行と渋滞のため30分も掛かった。着くと、この装置の左のランプに、受け取ってあった引換証のGRコードを当てると、Xの№カードが出てきた。48だった。14~16時までの受け取り時間だったが、私が入った14:30過ぎ、私の後から来る人は何人もいなかった。直ぐに、カウンターからの呼び出しが始まった。
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渡す時間は短い、どんどん進む、15時過ぎに私の番、カウンターへ行くと、私と番号を見て、担当者、慌てている。日本人だよね、という。渡そうとしたパスポートがマレーシアだった。手元の箱に、渡すはずのパスポートが何通かまだ残っていた。その中を探している、ない!慌てて、奥の方に行って、1分ほどして戻ってきた。あった、あった、と言いながら、微妙な笑いをしていた。良かった。無いなんて言われたらどうしようかと思った。
張られているステッカーを確認し、受取サインをした。ま、2分間くらのことだった。

今回の目的を達成した。ストレスというか、ずっと、緊張が続いていて、心臓に悪いなと思いながら、おまけに下痢と腹痛状態、高齢者にとっては、一寸、過酷だったのかな。冷房が効きすぎの部屋で順番を待つ、首や腰を回したり、筋肉痛の腿や肩を揉んだり、何やかやと、じっとしていられなかった。

日本人と会うことは無かった。当たり前のことだが、マレー人がほとんどだと思う。エージェントに任せて一日で済んでしまうシンガポールでとるのが常識みたいなもの、わざわざ、それ以外の国でとるもの好きはいないでしょう。私は、これが、インドネシア以外で更新は最後になるでしょう。次があるなら、リタイアビザになる。

ほっとして、外に出た。快晴、暑い。ゴルフ時の帽子をかぶって歩き出した。大使館の前の道の向こう側に広大な緑地がある。ゴルフ場だ。歩いてホテルに帰ることにした。お腹の具合も、気にならなくなっていた。
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このモノレールの下を右に行けば、ホテルの近くのイセタンに行けることが分かったうえで、反対の左へ行って、行くだけ行って、嫌になったら戻ってくればいいと、ジャラン、ジャラン(マレー語ではプシン、プシン)を続けた。こんな、明るい、暑い風景のモノレールの下を主に歩いた。
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小学校に上がる前、静岡駅前で、家族とはぐれてしまった時のことを思い出しながらだった。探したり、交番にいったりしてみたが、なかなか、親が見つからなかった。もういい、自分で帰るといって、チンチン電車の線路に沿って歩き出した。家族が一緒なら、この電車に乗って、安西通りの厚生病院まで行って、そこから、一直線に歩くけだったたら、道は分かっていた。ただ、お金がなかった。歩いた。呉服町通りを行けば、より近いが、電車道なら絶対迷うことはないと決めて歩いた。今のセノバ(新静岡)辺りを通って、県庁前を通って、茶町を通過、家に着いたのが多分、家族と別になってから3時間くら過ぎていたと思う。家族が家の前にいた。私が、どこにいたのか、どこを通って帰ってきたのか聞かれた。私としては、なんでもなかった。このモノレールの下を戻れば、迷わずにホテルに帰ることができる。約70年前と変わっていない。
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そんなことを思いながら、歩いていると、一転俄かに、黒雲が覆いはじめ、強風に立木がざわつき始めたと思う間もなく、大粒の大雨になってしまった。雨宿りを繰り返しながら、引き返すことにした。そして、イセタンに着いた。まだ、断続的に大雨が続いていた。ホテルに戻ったのは、18時過ぎだった。体調いい。緊張から解放された。
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